拾い者
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ダージマン国には、幼い頃から決して近づいてはならないと言われている、薄暗い森がある。その森は、一度入れば必ず迷い込んでしまうことから「迷いの森」と呼ばれていた。迷いの森には魔女が住んでおり、森の最も奥にある魔女の家に辿り着けた者はいない。その魔女はとても優秀だが、大変恐ろしい存在なのだとか―――
* * * * *
わたしは18歳で、本物の魔女である。ひいひいおばあちゃんの頃は、魔女という存在が認知されていたそうだ。しかし、だんだんと人々から恐れられるようになり、この森の奥でひっそりと暮らすようになったと聞いている。今では、魔女の存在は御伽噺となってしまっているし、わたし以外の魔女に出会ったことがない。そりゃそうだ。だって隠れて暮らしているもの。
迷いの森の言い伝えは本当だ。この森に迷い込んだ人たちは、最終的にまったく別の場所へたどり着くことになる。誰も好き好んで迷い込んだりはしない。
だからこの森には、人なんて落ちているはずがないのである。
「ちょっと、大丈夫ですか?!」
いつも通り薬草をとるために森の中を歩いていたら、なぜか男の人が倒れていた。見たことのない変な服を着ている。
さすがに、この状態で放置するわけにはいかないだろう。家に連れて帰ってあげたいが、わたしよりも長身で、体格のいい男を運ぶとなると骨が折れる。
とりあえずやってみるか、と彼の腕を掴み、わたしの肩を支えにして、少し強引で申し訳ないと思いながら持ち上げようとした。
「うぅっ…」
彼が目覚めたと分かり、なるべくはっきり聞こえるように声をかける。
「痛かったですよね!ごめんなさい!あなたを運ぼうとしたんだけど、やっぱりわたし1人だと難しくて…」
彼は立ち上がろうとしたが、力が入らないようで、その場に倒れ込んでしまう。
「身体はわたしが頑張って支えるから、足だけでも動かせますか?」
「……うご…かせ…る」
「わかりました!わたしの家、すぐそこなんです。それまで耐えてください」
彼が足を踏み出す速度に合わせて、わたしも彼を全力で支える。日頃から森を歩いて回っているため、体力にはそれなりの自信があったが、ドアの前に着く頃にはヘトヘトになっていた。
家に入り、上のジャケットのようなものを脱がせて彼をベッドに寝かせる。
「この首元のやつ、苦しそうだな」
赤いなにかが、彼の首元にあったので、外そうと思って引っ張ったのだが、どうやって結ばれているのかがわからなかった。数分格闘して、どうにか緩めることができたため、1番上までしめられていたボタンを2つほど外した。
「呼吸は安定してる」
特に大きな怪我をしてはいなかったので、彼が目覚めるまで待つことにした。しかし、待てど暮らせど起きる気配はなく、気づいた頃にはすっかり朝になっていた。
「でも、起きてないと…」
椅子に座ってウトウトしていたが、瞼の重さに抗えなくなり、いつのまにか眠りに落ちていた。
* * * * *
「おはようございます」
目が覚めたとき、声が聞こえた方を見ると、彼がすでに起きていた。
「へっ?!おはようございます…」
「僕を支えて、ここまで連れてきてくれたんですよね?助けてくれて、ありがとうございました」
「いえいえ!これくらいなら大したことないですよ。それに、わたしのほうが年下だと思うので、敬語じゃなくていいですよ」
「じゃあそうさせてもらうよ。こっちの方が話しやすいんだ」
雰囲気の柔らかい人のようで、穏やかな声のトーンが耳に心地良い。
「もう起きあがっても大丈夫なんですか?」
「あぁ、君のおかげですっかり元気になったよ」
顔色も良さそうだ。
「それなら良かったです!」
けっこうがっつり寝ていたようで、もう昼を過ぎている。少し寝過ぎてしまったと椅子から立ち上がろうとすると、彼が少し困った様子で話しかけてきた。
「あのー…助けてもらって突然こんなことを聞くのは本当に申し訳ないんだけど、ちょっといいかな?」
「はい?なんですか?」
「ここってどこだろ?」
「ダージマン国にある森の中です」
「え、なにそれ?ニホンじゃないの?」
「……ニホンって、どこかの地名ですか?」
「いや、国の名前だけど」
「……そんな国、知らないですよ?」
「僕もダージマン国なんて知らないよ。そもそも、なんでニホンじゃないところにいるの?」
彼は、起きたばかりだからか、混乱している様子だ。変な夢でも見たのかもしれない。
「あの、よかったら世界地図見ますか?」
「…お願いします」
少しでも落ち着いてもらおうと、引き出しから折り畳まれた世界地図を出して、机の上に広げた。
「ここが、ダージマン国です。見てもらうと分かると思うんですけど、ニホンって名前の国はどこにもないんですよ」
「……僕が知ってる世界地図と違う。もしかして、これが異世界ってやつか?」
「え?異世界?」
「どんなに痛くても怒らないから、つねってもらってもいい?」
「は?」
差し出された手に困惑する。彼は倒れた時に、頭を打ったのかもしれない。
「いいから」
「…分かりました。いきますよ」
わたしは遠慮することなく、言葉通り、思いっきり彼の手をつねった。
「いったい!」
「ごめんなさいっ!」
彼の短い叫びを聞き、やっぱり痛かったのだと慌てて手を離す。
「いや、ありがとう。これで確信したよ」
力強く頷く彼に反して、わたしは首を傾げた。これで何が確信できるのだろう。
「僕、別の世界から飛ばされてきたみたい」
…………はぁぁぁぁぁ?!
* * * * *
「僕の名前はミゾグチタクヤ、24歳。気づいた時にはあの場所に倒れていて、君が助けてくれたんだ」
「わたしはサラといいます」
「え?ミョウジは?」
「ミョウジって…?」
そんな言葉は初耳で、意味がよくわからない。
「…ないのか。じゃあ、僕の名前はタクヤ」
さっきと名前が少し変わっている。
「ミゾグチタクヤって名前じゃないんですか?」
「えーと、ミゾグチっていうのは、おまけみたいなものだから忘れて」
「分かりました」
彼はニホンという国に住んでいて、5日ぶりに職場から帰り、とにかく眠たかったため、床に荷物を置いてそのままベッドに倒れ込んだ。目が覚めたときには、森でわたしに声をかけられていたそうだ。
「僕が知ってる世界地図はこんな感じ」
タクヤが書いてくれた世界地図は、見たことがないものだった。
「服も、かわったものを着てますよね…?」
「あぁ、これ?スーツだけど知らない?」
「…知らないですね」
「まぁ、これだけだと信用できないかもしれないけど…」
「いえ、信じます!」
嘘をついてるとは思えないほど話がすらすら出てくるし、実際におかしな服を着ている。それになんとなく、タクヤが悪い人には見えなかった。
「え、信じてくれるの?僕もいま、自分で言ってて信じられてないんだけど…」
「タクヤさんのことは、信じたいなって思いました」
「……ありがとう」
タクヤは照れたのか、わたしからふっと目を逸らした。
「はやく元の世界に戻りたいですよね!帰る方法を探さないと」
「いや……、戻りたくはないかな」
タクヤのその言葉は、わたしには衝撃的だった。
「えっ?でも、ご家族とかが心配してるんじゃないですか?」
「うーんと、家族には見捨てられてるし、ブラック企業で社畜のように働かされてたし、正直、あの世界にいなくてよくなったっていう解放感のほうが強いかもしれない」
事情はよく分からないが、タクヤが以前いたところは、あまり環境がよくなかったようだ。
「タクヤさんが帰りたくないなら、それでいいと思いますけど…。あ、そうだ!」
今日はあの人が来る日だ。
「今日、知り合いがくるんですよ。その人なら信頼できますし、いろいろと相談できると思います」
「じゃあ、ちょっとその人に話を…」
グルルルルルルゥゥゥ
「………ふふっ。お腹空いてるんですね」
「…恥ずかしすぎる」
タクヤの顔は、りんごのように真っ赤になっていた。
「昨日の野菜スープが残ってるんです。良かったら食べてください」
「出会ったばかりなのに、そこまでしてもらうのは…」
「作りすぎちゃって困ってたんです。食べるの手伝ってくれませんか?」
決してウソではない。昨夜も今朝も、何も食べていないので、2人で食べるには充分すぎるほどの量が残っていた。
「……じゃあ、いただこうかな」
「温め直してくるので、少しお時間いただきますね」
昨日、家を出る前に作ったスープを火にかける。沸騰してきたところで火を止めて、スープをお皿いっぱいに盛りつける。そして、机の上にコトリと置いた。
「はい、どうぞ」
「いただきます」
タクヤは順調に食べ進め、すぐにお皿はすっからかんになった。
「おかわりいりますか?」
「十分お腹いっぱいだよ。ありがとう。ごちそうさまでした」
「いえいえ。じゃあ、薬飲んでください」
濃い緑の、ドロッとした液体をコップに入れてタクヤに渡す。タクヤに拒否権などない。
「薬……?」
タクヤが顔をしかめた。
「わたしが作ってるんです。元気が出るお薬ですよ」
「待って。それって怪しいときのやつ」
「なに言ってるんですか?補剤ですよ。怪しくないです」
タクヤはゆっくりと薬の入ったコップに手を伸ばし、目を瞑って一気に薬を飲んだ。
「うわぁ、にっがい…」
美味しくないだろうなとは思う。可哀想な気もするが、良くなるためなので諦めてほしい。
「このまま寝ててくださいね!」
「僕、さっきまで寝てたよ?」
「体力回復の1番の近道は寝ることです!眠くなくても、目を瞑っているだけで違いますから」
少し不服そうな彼を無理やり寝かせ、とにかく目を瞑っていてと伝えて、わたしもスープを飲む。しばらくすると、寝息が聞こえてきた。やはり疲れていたのだろう。
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