8 俺ってば恋の○ューピーちゃん?(マヨネーズではない)
ステラちゃんは無事にパンの配達を終えて店に戻った。
おばちゃんが手伝いのお礼にと、エピやパニーニなどを紙袋につめてくれた。おお、パンにバターが塗ってあるし、ベーコンやチーズがはさまってるよ。ネコだからニオイでわかるぞ!
ゲーム世界なだけあって、街の見た目は中世後期のヨーロッパ風味でも食生活の水準は現代日本と同程度だ。
本当の中世なら、バターやチーズなんて、高級品だったろう。
ステラちゃんはパンをもらってお礼を言うと、店をあとにする。
家に帰る予定なのだけど、ステラちゃんはぼんやりしていて、どこか夢見心地で歩いている。
「わたしったら、うっかりしていた。さっき助けてくださった方のお名前を聞いておけばよかった。お礼をしたいのに、あの方がどなたかわからないわ」
『ちっちっち。いいかステラ。颯爽とあらわれて、あえて立ち去る。名乗らねぇのが粋なヒーローってもんだぜ』
「ふふ。そっか、ヒーローは名乗らないのが粋なのね。でも、やっぱり知りたいな」
もしかしてステラちゃん、クラウドに惚れたのかな。
俺は、ステラちゃんを助けた少年が誰だか知っている。ステラちゃんに正体を伝えることもできる。
でも、クラウドはガイドブックに載っていた王族の礼装ではなかった。高そうな服ではあるけど、多分私服。お忍びってことだろ。
クラウドがあえて名乗らなかったのに、俺が勝手に教えるのはフェアじゃない。
身の上をあかしたくなかった、クラウドの意思に反しているような気がした。
レストランの前にさしかかったとき、食い入るように店の中をのぞきこんでいる少年とすれ違う。
耳が隠れる長さの銀髪で、たれた犬耳にふさふさ尻尾、執事服の少年だ。モブとは明らかに違う整った顔立ちに、見覚えがある。
聖獣探しに一役買ってくれる上に、ゲームの攻略対象でもある獣人、シルヴァだ。
そういやここで出会いイベントだったか。
『にゃ! ステラちゃん、帰るのちょっと待った。あの犬耳のお兄さんに声をかけてくれ』
「なあに。どうしたの、イナバちゃん。犬耳のお兄さん、ってあの人?」
客が長蛇の列を作っているわけでもないし、入り口から見えるテーブル席も空きがある。
なのにシルヴァは店に入らない。
入り口に置かれた立て黒板のメニューを見て、財布を取り出して中をあらためる。
金が足りないのか、がっくり肩と尻尾を落としている。
哀愁ただよう背中を、ステラちゃんも放っておけないと思ったようで。
「あの、お兄さん。どうしたんですか」
「え? ボクに言っているんですか?」
ステラちゃんの声に振り返ったシルヴァの腹の虫が、せいだいに鳴いた。
シルヴァはぎこちなく目をそらしながら口走る。
「あ、あはは……お恥ずかしいところを。これは、その。ええと、ボクはまだ見習いで薄給だから、あまり食べ物を買えないんです」
ステラちゃんはそんなシルヴァを笑ったりせず、おばさんからもらったパンを紙袋ごと渡す。
「じゃあ、これを食べて。わたしのお友だちの店のパンなの。バターの香りがして、とっても美味しいのよ」
「ええええええ!? そ、そんな! これは君のものでしょう? もらえませんよ!」
シルヴァはパンをステラちゃんに返そうとするけれど、またお腹の虫が騒ぎだす。
それを聞いて、ステラちゃんは人差し指をピンと立てて提案した。
「だったら、はんぶんこしましょう。家族で食べるには足りないけど、わたし一人では全部食べられないの。ママの作るお夕飯が入らなくなってしまうもの。だから、お兄さんが手伝ってくれる?」
無理強いはしないけど、手伝ってもらえたらうれしいな。そう続けるステラちゃんはやっぱり天使だ。
「うう。あなたには負けました。では、半分、ご相伴にあずかります」
シルヴァは困ったように耳と尻尾をたれて、ステラちゃんの提案に乗った。
街の中心にある噴水前ベンチに並んで腰かけて、二人はパンをわけあう。
おばちゃんが焼き立てのをくれたから、紙袋を開くと同時にバターの香りがあたりにただよう。
俺とヤマネにも、パニーニに入っていたチーズとハムをわけてくれたぜ! まだあたたかいし、うまいッ!
シルヴァも、最初は遠慮していたけれど、一口二口と味わって、それから幸せそうに大口をあけて食べだした。空腹に耐えかねていただけあって、焼き立てパンの魅力には抗えなかったようだ。
パンを食べ終えると、シルヴァが丁寧に頭を下げる。
「パンをわけてくれてありがとう。ボクはシルヴァ。貴女の名前を聞いてもいいでしょうか」
「わたしはステラ。それから、猫のイナバちゃん。ネズミのヤマネちゃんよ」
ステラちゃんが俺たちのことまで自己紹介に含めていることに、シルヴァはクスクスと笑う。
「ステラさんに、イナバ、ヤマネですね。覚えました。ボクは聖女様と聖獣様にお仕えする執事になるために、勉強しているんです。本当は空腹のあまり倒れそうだったので、助かりました。ありがとう、ステラさん」
礼を言って笑うシルヴァは、執事見習いというだけあって口調や物腰がやわらかで、動きもきれいだ。現代なら絶対モテる。
ステラちゃんとシルヴァを運命的にめぐり合わせた俺、最高!
微笑み合う二人を見て、乾杯したい気分になった。