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66 俺は新世界の神に会いにいく

 ステラちゃんがここに来た事情を知ると、クリスティア陛下は、そっとステラちゃんの頭をなでた。


「ステラ。いいえ、聖女ステラ。聖獣さまを見つけてくれてありがとう。──キシリア。あなたも、人間に戻りたいでしょう。わたくしたちが必ずなんとかするから、希望を持ち続けるのよ」

『陛下……。はい。わたくし、叶うなら元に戻りたいです』

「ありがとうございます、陛下。キシリアさまも、元に戻りたいと」


 ステラちゃんがスカートの裾を持って礼をする。

 陛下は頷いて、心強い言葉をくれる。


「ヴォルフがジャンの部屋で見つけた術式を、魔法士団の訓練場で試してみようと思うの。創造神さまのいらっしゃる場所へ繋がるという術を」

「それは危険ではないのですか、母上。創造神さまの領域というのは、本来死者が導かれる場所でしょう。誰がそこに行く役目を担うのです。下手をすれば命を落とすのでは」


 クラウドの懸念は最もだ。死人が……魂のみがたどり着ける場所に行く。失敗したら術にかかった者はきっと死ぬ。

 陛下は毅然とした態度を崩さない。


「クラウド。貴方の不安もわかるわ。けれど、ジャンの身勝手で人ではなくなってしまったキシリアを、このままにしておくなどできないの。アルベルトが、術者になると立候補をしてくれたわ。ヴォルフを……魔法士団の長を失うわけにはいかないからと。同じ術を行使したジャンが生きて戻ってきているのだから、失敗する可能性は低いと思うわ」

「そんな。アルベルトさまが?」


 見知らぬ人ならいいというわけではないけれど、やはりそれなりに交流のある相手が危険な術に挑むというのはショックが大きい。

 ステラちゃんは青ざめた。


『……わたくしは戻りたい。人間に戻って、お父さまお母さまと言葉を交わしたい。でも、その願いを叶えるには、誰かが命を危険に晒さないといけないのですね。なんとお詫びしていいのか、わかりませんわ』

「キシリアさま……」


 キシリアも、自分の願いで人が死ぬかもしれないと知って泣いた。ステラちゃんは、その小さな体を優しく撫でる。



 それから俺たちは訓練場に集う。

 雨が上がり、訓練場の広場に出た。草野球できそうな野球場くらいの広さがある。

 ここでは普段、魔法士たちが魔法の訓練に勤しんでいる。今は人払いがされて、関係者しかいない。


 城から使いの者が出されて一時間後、鬼シリアも呼ばれて訓練場に来た。

 どれくらいぶりに外に出たのか、顔色が不健康に白い。屋敷の者たちが必死に手を施したんだろう。一応はドレスアップされている。


 眉間にたてじわ。ふてぶてしく、体はたしかにキシリアなのに、お嬢様らしさの欠片もない。

 あからさまな舌打ちをして、陛下やクラウド、ステラちゃんといったその場に集まった人間を見回す。


「なぜ俺がこんな薄汚い場所に呼び出されなければならない」

『性格悪っ』

「イナバ。上司に向かってその口の聞き方はなんだ」


 おっと。うっかり本音が漏れちまったい。

 他の誰もが同じことを思っただろう。みなさんの笑顔が引きつっている。

 アルベルトだけはいつもと変わらない無表情で、魔法書を片手に会釈する。


「挨拶がおくれた。貴殿の名前はキシマだと聞いている。私はアルベルト・ローエングリン。此度は貴方とキシリアを元に戻す術を使うことを任された。神の御元みもとへ行き、ジャンの魔法をなかったことにしてほしいと願い奉る」

「そうか。ならさっさとやれ。俺は早く仕事に戻らないといけないんだ」


 丁寧に対応されても、年下相手には態度が悪い。

 こういう扱いは慣れっこなのか、アルベルトはとくに文句は言わない。

 後ろに控えているシルヴァは、泣き出しそうな顔をしている。アルベルトと幼なじみだったな。

 幼なじみが下手したら死ぬかもしれない。本当なら全力で止めたいだろう。


 キシリアは鬼シリアの前に座り、目を細める。あれは相手をめっちゃ軽蔑している目ですわ。


 アルベルトが術を使うために一歩踏み出す。

 このままアルベルトを犠牲になんてできない。俺は、アルベルトの前に飛び出す。


『アルベルト。頼みがあるにゃ。神さまの、ところに行くというその術、俺に使ってくれ』

「な、何言ってるのイナバちゃん!?」

『いいから、ステラちゃん。アルベルトに伝えて』


 俺の発言に、ステラちゃんは慌てる。俺は揺るがない。このゲーム世界で、俺は元々イレギュラーな存在だ。本来シナリオにいなかった存在がなくなっても問題はないはず。

 アルベルトは大切にしてくれる人がいるのだから、身を危険に晒しちゃいけないと思う。


「でもイナバちゃん」

『俺は大丈夫にゃ! ガンジョーだからな。これまでだってなんとかなってきただろ? 崖から落ちたときだってソーマが助けてくれたし、運だけはいいんだ。ちょっと神さまと話してくるにゃ』


 ステラちゃんは涙を流す。


「イナバちゃん……わかった。そこまで言うなら。ちゃんと帰ってきてね」

『ありがとう、ステラちゃん』


 アルベルトに、俺が神のもとに行く役目を引き受けると伝えてくれた。

 アルベルトも驚いていたけれど、最終的に合意を得られた。


 俺は魔法陣の真ん中に座る。

 ネコ生最後の日が曇り空なのが惜しいぜ。

 ママンパパン、きょうだいたち。こっちの世界で家族になれて、嬉しかったぜ。お別れも言わず勝手なことしてごめんにゃ。


 アルベルトが手をかざし、魔法陣が青く輝く。

 さあ、このゲームの神のもとに行こう。

 キシリアを助けるために。

 

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[一言] イナバちゃん……幸運を(´;ω;`)
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