6 女王陛下と王子様の思惑、二人の聖女候補 feat.女王クリスティア
イナバとステラが依頼を探しているその頃。
エスペランサ城では、女王クリスティアが王子を私室に呼んで、ささやかなお茶会を開いていました。
腹心の侍女マリリンが用意した紅茶はエスペランサティーのファーストフラッシュ。
クッキーも、自国の農場で採れた小麦とミルクとバターで作られたもの。
春らしい心地よい陽気なので、ティーセットはテラスのテーブル席に用意させました。
執務の合間、この場所で侍女の淹れた紅茶を飲むのが、わたくしのお気に入りです。
ここはとても見晴らしがよくて、エスペランサの城下を一眸できるのです。ドレスの裾を揺らすそよ風も心地いいわ。
「今ごろ聖女候補の二人は、がんばって聖獣さまを探していることでしょうね、クラウド」
聖獣さまは高貴なる存在。
絵姿を描くことも禁じられているので、過去の聖獣さまがどのようなお姿だったのかは文献を頼りにするしかありません。
聖女のちからを持つ娘が二人現れたのは過去に例がありません。
前例がないだけで、きっととても意味のある、神の思し召しなのでしょう。
向かいに座る息子クラウドは仏頂面。腕組みしたまんまで、返事をしてくれません。
爽やかな気持ちが台無しです。
せっかく金髪に凛々しい紺碧の瞳という王子らしい容姿に産みましたのに、本人は全く頓着していません。
「一年後、聖女が決まったら、貴方は聖女を妻に娶るのですよ。歴代の王がそうだったように、二人で国を支えるの」
「お言葉ですが母上。貴族のキシリアはともかく、ステラという子の方はまだ十五の子ども、しかも庶民ではありませんか。本当に動物の声を聞く魔法を使えるのですか?」
クラウドは、わたくしの言葉にうんとは言いません。
身分を問題点として難色を示す息子に、頭痛を覚えてしまうわ。
「あなたと二歳しか違わないじゃない。あなたが二十歳になる頃には、素敵なレディになっているわよ。将来の国王が命の貴賎を身分で決めるなんて……わたくし、そんな子に育てた覚えはないのだけれど」
「ぐ……」
クラウドは無言で目をそらします。
ごまかすようにクッキーをつまみ、紅茶を口に含む。この子は都合が悪くなると、黙って目をそらす。幼い頃から、悪いクセは変わらないままです。
成長してもどこか子どもっぽい息子に、自然と笑みがこぼれてしまう。
「仕方ありませんわね。あなたがそういうのなら、無理に聖女と婚姻を結ぶことはないわ。彼女たちにも選ぶ権利はあるのだから。むしろクラウドのことを願い下げというかもしれませんし」
「ちょ、母上……本人を前に、それはひどくないですか。これでも、ぼくの妻になりたいという人のひとりやふたり」
「それはあなたが唯一の王子という、将来国王になることが約束された立場だからです。ためしに身分を隠して、お忍びで城下を歩いてごらんなさい。王族の肩書のないあなたに言い寄ってくる人はゼロでしょうから」
ピシャリと言い切ると、クラウドの目に涙が浮かびます。さすがに言い過ぎたかしら。
けれど、これくらい言っておかなくては、この子は王子の地位にあることの重さを理解できないでしょう。
「……わかりました。母上のお望み通り、城下に行ってきますよ! 身分を隠して、ただの人として!」
悔し紛れか、皿に残っていたクッキーを全部口に放り込んで紅茶で流し込み、足音荒く出ていきました。
「マリリン。クッキーのおかわりくださる?」
「いけませんよ、陛下。あまり食べると、お夕食が入らなくなってしまいます」
「あら残念」
マリリンにたしなめられて、肩をすくめます。冷めてきた紅茶を飲みながら、息子が城下でどうなるか思い巡らせるのでした。