57 ステラちゃんの生活は平穏を取り戻し、あとはキシリアをもとに戻す魔法を聞き出すだけ……
二人の言い合いを見ている限り、今日はもう建設的な話し合いができそうもない。
ステラちゃんと俺は帰ることとなった。
客間に戻ると、ヴォルフラムとシルヴァがまだ待っていてくれた。律儀だ。
「どうだった、ステラ」
「え、ええと……なんといいますか……………。うん、お父さまとお母さまのところに帰れて良かったですね、キシリアさま」
あの光景を説明するわけにも行かず、ステラちゃんは答えに迷った。いつもハキハキ答えるステラちゃんが目を泳がせているから、ヴォルフラムは何か察したようだ。
「……ベルジェからある程度聞いてはいた。キシリアと入れ替わった人物は、まともに話を聞いてくれるタイプではないのだろう」
いつの間にか膝の上には召喚されたメラがいる。
「それでは、トゥーランドット伯。私たちはこれで失礼します。何かあれば私の使い魔に伝えてください。魔法士団の人間をよこします。ジャンの尋問を急ぎますので、今しばらくお時間をいただくことをお許しください」
『にゃー。にゃーるをくれたら動いてやらんでもにゃい』
くそ真面目に話す主と使い魔の温度差がハンパない。メラの言葉がわからなくて良かったな、ヴォルフラム。
ステラちゃんを家まで送ったあと、ヴォルフラムとシルヴァは城に戻っていった。
夕方になり、いつものように家族揃ってリビングで食事を摂る。俺たちネコ家族も、ママさんが用意してくれたミルクスープのおすそ分けをもらっている。
俺たちの分はネコの舌に合わせて薄味にして、冷ましてくれている心配り。良い人だにゃ。
ルークはスープボウルに口をつけて、いつもシルヴァがいたあたりに目を向ける。
「もう護衛が必要なくなったとはいえ、シルヴァがいないの、なんか変な感じだな」
「そうねぇ。わたしもシルヴァくんが来てくれるのに慣れてしまっていたから、つい、作り過ぎちゃった」
ママさんが見せてくれたお鍋には、あと二人分はスープが入っている。シルヴァが見かけによらず大食漢なものだから、たくさん作っていたのだ。
「まあそう言うな二人とも。シルヴァくんはお城勤めなんだ。シルヴァくんのなすべき仕事がある」
平静を装うパパさんもちょっと寂しそうだ。いつも日曜大工や庭の手入れを一緒にしてたからなぁ。息子が一人減ったみたいな心境なのかも。
「ごちそうさま。私、部屋で勉強の復習してるね」
ステラちゃんは早々に食べ終えて、食べ終わった食器を片付ける。なんか元気ないのが気になって、俺はステラちゃんについていく。
一人部屋に戻ったステラちゃんは、アルベルトから出されていた宿題を広げる。借りていた魔法書は読み込みすぎて紙がクタクタになってきている。
アルベルトもまた、出張してこなくて良くなったため、明日からは城に出向いて授業を受けるのだ。
窓の外、星空を眺めて、ステラちゃんはポツリとつぶやく。
「最初の状態に戻っただけなのに、ちょっと寂しいね、イナバちゃん」
『そうだにゃ〜。最近すごく賑やかだったもんにゃ』
良くも悪くもステラちゃんのまわりはバタバタ目まぐるしかったから、急に静かになって戸惑いもあると思う。
「キシリアさまも、パパとママのもとに帰れたし、あとは早くもとの体に戻れるといいね」
『そうだにゃ。キシリアの体のほうがああいうふうになっていたこと、おどろいたろ』
「うーん……。まさかうちのパパよりも年上のおじさまが中にいたなんて、想像もしなかったわ。もとに戻れないとキシリアさまも不安よね」
あの毒舌について言及しないのはさすがである。
『魔法士団が尋問して、吐いてくれるといいんだけどにゃ。あの人、一筋縄じゃいかなそうな気がするにゃ』
しかも元々はカイトの兄だったってことはアレだろ。カイトが家訓だかなんだかで、尋問や毒に耐える訓練を受けて育ったってことは、兄のジャンもまた同じ教育を受けたはずだ。
俺の予想は当たっていたらしい。
魔法士団や騎士団が何日尋問を繰り返しても、ジャンは絶対にキシリアをもとに戻す方法を吐かないと聞いた。
そこに一石を投じたのが、カイトであった。





