4 ステラちゃんが俺の家族を救ってくれたので、全力で恩返ししようと思う
キシリアの屋敷を抜け出した俺は、ステラちゃんのもとに行くと決めた。
ママンや弟たちはステラちゃんが保護してくれているだろう。
だからステラちゃんを探すために道なき道を走った。
ドイツのガイドブックにありそうなファンタジーな町並みの、塀の下とか柵の隙間とか、くぐり抜けていく。
ネコは液体、納得だ。
真由子のプレイを横で見ていただけだが、なんとなく物語の拠点である王都エスペランサのマップは覚えている。
ステラちゃんが住むのは王都の西側、庶民住宅街の一角だ。
人間より優れた嗅覚のネコであることが、今ここで役に立つ。ママンのニオイを辿るんだ。
ママン、キョウダイよ。無事でいてくれ!
いかにもファンタジー世界のゲームらしい服装の人たちがたくさん行き交っている。病院の前に、ママンを抱えたステラちゃんがいた。足元にはキョウダイたちもいる。
『にゃーー! ママン! キョウダイ! ステラちゃん!』
「あ! さっきのネコちゃん!? よかった。無事だったのね」
こわばった顔をしていたステラちゃんが、ぱぁっと笑顔になる。
ママンが鳴いて、ステラちゃんはそっとママンを下ろしてくれる。ママンの体に包帯を巻かれていて、包帯に滲む血が痛々しい。
『にゃ。坊や! あぁわたしのかわいい坊や。よかった、よかった。もう会えないかと思ったわ』
『ママン! キョウダイ!』
『『兄ちゃん!』』
一時間ぶりの家族の再会だ。
ステラちゃんも我が事のように喜んでくれる。
「ネコちゃん、もう大丈夫よ。先生がお薬を塗ってくれたの。そんなにひどい怪我ではないから、一週間くらいで治るって」
『ママンを助けてくれてありがとう、ステラちゃん』
「ううん。わたしは何もできなかったわ。貴族に逆らえなくて、あなたを連れて行かれてしまって。大丈夫だった? あなたも蹴られたでしょう。手当してもらわないと」
おおう、天使だ。天使がおる。
ゲーム画面で見ていたときは、十五歳とは思えない小ささとドジっ子で心配だった。だが、こうして本物が目の前にいると、守ってあげたい気持ちに駆られる。妹と同い年というのもある。
優しくて謙虚で、不条理に立ち向かう。攻略対象の男たちがオチる理由がよくわかるぜ。
俺は首を左右に降る。
『俺はへっちゃらだ。キシリアから聞いた。ステラちゃんは聖獣を探さないといけないんだろう。俺はイナバ。俺に手伝えることがあるならなんでも協力するぞ!』
「イナバちゃんね。もしもわたしを手伝ったら、あなたはキシリアさんにひどい目に遭わされるんじゃないの?」
さっき俺がかなり手酷くやられていたから、心配してくれている。
『大丈夫。俺は表向き、キシリアを手伝うフリをする。ステラちゃんは俺と家族の恩人だ。恩人に仇で返すようなマネはしない。手伝えることがあるなら言ってくれ』
『にゃー! おれたちもてつだう! ママンを助けてくれたお姉さん、ありがとう!』
『そうよ。ステラさん。わたしたち、あなたのためにできることをするわ』
「ネコちゃん達……」
涙を流して、両手で顔を覆うステラちゃんに、一人の少年が駆け寄ってきた。
小さな背中を撫でる姿は、ステラちゃんによく似ている。けれど髪は短いし、はいているのはステラちゃんのスカートと同じ色、型違いのショートパンツだ。
彼はステラちゃんの双子の兄、ルーク。
ルークは少しかがんで、ステラちゃんの顔をうかがう。
「大丈夫か、ステラ。貴族とひと騒動あったって聞いたから驚いたぞ。怪我はないか?」
「お兄ちゃん。心配かけてごめんなさい。わたしは大丈夫。この子達が貴族の人に蹴られていたから、止めたら口論になってしまって」
「動物にも優しいのはステラのいいところだけど、無茶するな。ステラもネコたちも無事でよかった」
俺も兄だから、妹が心配なのわかるわ。ルークとはいい友達になれそうだ。
ステラちゃんはひざを抱え、俺たちの頭を優しくなでる。それを見て、ルークは複雑そうに眉を寄せる。
「……でも、か弱いネコを蹴るなんて。貴族ってひどい奴らだな」
「……あの方がネコちゃんを怪我させたからといって、貴族すべてがひどい人ということにはならないわ。きっと、話せばわかりあえる人もいるわ」
ステラちゃんの話すことは理想論で夢物語のようだけど、今回のことで貴族を嫌いにならない心は、綺麗だと思った。
ルークも、妹のそういうところが好きなんだろう。
ステラちゃんの頭をなでて、妹と似た笑顔を浮かべた。
「ステラが聖女になれたなら、そういう日も来るかもしれないな」