3 前世の鬼畜上司(♂)が悪役令嬢ってマジかよ(泣)
キシリアは俺をどこかの屋敷に連れて行く。
ファンタジーアニメに出てきそうなゴージャスな建物だ。オトモが俺を床に放り投げた。イテェ。
間髪入れずハイヒールが俺を踏む。
『ぐにゃん!! うう。ホントこいつ鬼島課長みたいだ』
「お前、やはりイナバだな。おれを鬼島と言ったな」
『なんで。人間がネコの言葉をわかるなんてこと、あるわけが』
ここは異世界で、しかも俺はネコになっている。人間だった面影なんてみじんものこっていないのに、なんでこいつは俺がイナバだとわかるんだ。
「おれは鬼島だ。ネコの声がわかるのは、魔法とかいうらしい。バカどもがよくやっているスマホゲーだかソシヤだか知らんが、なぜオレがこんな姿にされないといけないんだ」
俺を踏む元鬼島なお嬢様(中の人は五十過ぎのオッサン)は、眉をひそめて舌打ちする。
マジかよ。ここは魔法のある世界なのか。
いくら美少女でも中身が鬼島とか、しかも生まれ変わっても鬼島に足蹴にされるとか。
俺はなんのために異世界に生まれたんだ。
サラバ、俺の幸せネコらいふ。
それにしてもキシリアとステラ、どこかで聞いた名前だな。動物の声を聞ける魔法も、ええと……。
ああ! 妹の真由子がリビングでやってた乙女ゲーの設定だ!
【聖なる娘は愛を探す】ってゲーム。
聖獣を信仰する国エスペランサ。
三百年に一度、聖獣の声を聞くことのできる乙女が生まれるという。
乙女は聖女と呼ばれ、王とともに国を支える。
先代の聖女が没して三百年目の今年、聖女の力に目覚めた乙女はなんと二人。
主人公ステラと、貴族の令嬢キシリア。
ステラちゃんはまだ十五歳。現代日本で言うなら中三から高一なのだ。対するキシリア嬢は十八歳。
女王はどちらが本当の聖女なのか見定めるため、二人に命じる。
一年の間にエスペランサの聖獣を見つけ、王の元に連れてくること。
先に聖獣を見つけたほうを聖女とする。
というのがゲームのはじまりだ。
女王の言うまま聖獣をみつけ聖女になるもよし、聖獣探しを手伝ってくれる男性と恋に落ちて、聖女以外の道に進むもよし。
キシリアは、ステラちゃんのライバルキャラだ。
真由子は中学校から帰ると攻略本にフセンをたくさん挟んで、恋愛イベント攻略だ依頼達成だと奮闘していた。たまの休日、リビングのソファで寝転がって、真由子のゲームに口出しして楽しんでいた。懐かしいわマジで。
ってことはえーっと。
『にゃ。ここは【聖なる娘は愛を探す】通称セイムスの世界?』
「世界の名前などどうでもいい。お前はこのゲームとやらを知っているのか」
『そっすね。妹がやってたから大まかには。ステラちゃんが迎えるエンディングによっては、キシリアは死にます』
「おれはこんなくだらんところで死ぬわけにはいかないんだ。平のお前と違って課長なんだから。とっとと聖獣ってのを見つけてこい。もしくはあのステラというガキが負ける結末にしろ。あいつが勝つと俺が死ぬんだろ。おれが生き残れるならなんでもいい」
命令する前に足をどけてくれねぇかなこのガチクズ。
ゲームのキシリア嬢はここまで性格ゲスじゃない。貴族として誇りを持って行動していたから、悪役とはいえ、よきライバルだったのだ。
キシリア嬢ならともかく、鬼シリアが聖女になったら一日で国が滅ぶぞ。
『俺に拒否権は』
「あるわけ無いだろ」
前世で散々俺を奴隷扱いしといて、生まれ変わっても命令を聞けって図々しい。
こいつは本来のキシリア嬢じゃない。中身が鬼島だから鬼シリアで十分だ。
俺は鬼シリアのブーツの下から這い出て、玄関から飛び出す。
ステラちゃんに協力しよう。
あの子なら、この国をまともな方に変えてくれる。
叶うなら、ステラちゃんのような優しい人のあふれる世界であってほしい。
俺が聖獣探しに出たと思いこんでいるらしい鬼シリアは、悪役じみた高笑いをして屋敷に入っていった。