21 闇を往く者たち feat.カイト
ステラに接触した日の夜。バーで編集部の先輩ジムさんと合流した。
人のあまり来ない寂れたバーは、オレとジムさんの他に片手の指でも余る人数しか客がいない。光魔法のランタンが点々と設えられていて、オレンジ色のほのかな灯りが店内をぼんやりと照らしている。
店の奥にある指定席と化したテーブル席で、オレはワインとチーズで小腹を満たす。
ジムさんは蒸留酒のグラスを三回ほど空にしてから、ようやく口を開いた。
「ありゃー、なんかに憑かれてるな」
「ジムさんは疲れてるってより飲みすぎじゃない? それかなりアルコール度数高いやつじゃん」
仕事とはいえ無骨なオッサンと額突き合わせて飲むなんて、オレってば超マジメ。
「そうじゃねえ。あのお嬢様、まるで別人みたいになっちまってる。粗暴だし仕草の優雅さがない。昨日なんてネグリジェでうろついてたぜ? いいとこのご令嬢が」
「ネグリジェ! ねえジムさん、オレと担当変わりません?」
「下心見え見えなんだよ、このアホンダラ!」
オレの頭からドビシ! といい音がした。
丸めた新聞で引っぱたくな。帽子をかぶっているからいいけど、このイケメンに傷がついたらどうしてくれるつもりだ。
「だって男として見たいじゃん、スケスケネグリジェで歩くグラマラスなお嬢様。監視するならぺたん子よりメロン乳なお嬢様がいいよ」
「お前って奴ぁ……」
ジムさんが額を押さえて四杯目のグラスをあおる。
それにしても人が変わってしまうというのはどういうことだろう。
「冗談はさておき。そのお嬢様の変化、なんか陰謀が働いていそうだね」
「ああ。伯爵家に先を越されたくない連中か、それとも自分ちより位の低い家の令嬢が女王の覚えよくなるのが気に食わない連中か……。犯人候補が多すぎて悩ましいな」
禁術の可能性という言葉はあえて口にしない。
暗黙のルールだ。
王室がステラに執事の護衛をつけたのは、その犯人たちの手が伸びるのを防ぐためか。
庶民出の聖女なんて過去に例がない。彼女はきっと、権力を欲しがる貴族連中がこぞって養子に取りたがるだろう。
本人の意志など無視して。
「……そろそろ出るか。つけられていたな」
「ジムさんが、ね。オレはつけられるようなヘマしないから」
ただでさえ人のいない店の中だ。殺気だだ漏れのジジイが、離れた席からずっとオレたちの様子をうかがっている。
雇われたやつかな。キシリアに禁術が使われたという情報が流出するのは、犯人たちにとって避けたいことのようだ。
「釣りはいらないよ」
「承知しました」
カウンターにいる店主に飲んだ分より少し多めに金を渡して、店を出る。
春の夜風は涼しくて気持ちいい。
武装したヤバイ奴らに囲まれてなければ最高の気分だったろう。
ジムさんはタバコをポケット灰皿に押し込むと、頭をガシガシかく。
「カイト。一人でも多く倒したほうが勝ち。負けた方はこのあと飲み直しのメシおごりってのはどうだ?」
「誰に言ってるのかなこのオッサンは。オレの圧勝に決まってる、だろ!!」
オレは左右の太もものベルトに挿していたクナイを抜いて一閃。闇に身を潜めていた誰かのうめき声があがる。
ひとり、ふたり……刺客は五人か。ただの新聞記者二人に大層な歓待だ。上手く気配を消しているつもりか。
東国のシノビの末裔クジョウ・カイトを舐めるなよ!
ジムさんは素早く路地裏に向かう。
二手に別れたほうが敵も分散してくれる。
さてと。この場に残ったやつを片付けて、美味いメシおごってもらうとしますか。
「そこのオジサン、オレと勝負しようよ。オレが勝ったら、アンタの雇い主の名を吐いて、ついでに有り金全部置いていってもらう」
「……俺が勝ったら?」
「バカじゃない? 絶対オレが勝つんだから、アンタが勝ったときの条件なんて必要ないでしょ」
街灯の下に一瞬照らし出された黒服の男は齢七十近くに見える。見事に白くなった髪をオールバックにしていて、額に横一文字の目立つ傷痕がある。
骨ばった頬、広い肩幅、服を着ていてもわかるがっしりしたガタイ。裏稼業の人ってのがよくわかる。
「こんなおもちゃで勝とうなんて、大人を甘く見るなよ、小僧」
ジイサンがボソリと呟いて地を蹴る。ボウガンの引き金を引く音が、闇夜に響き渡った。





