1 元社畜な俺、ネコになって参上。
俺様はネコである。
ついさっきまで、日本のブラック企業に飼われる社畜だった。
これは今ハヤリの異世界転生ってやつだな。
睡眠時間が二時間しかない社畜生活送ってたから、過労死かなー。
稲葉真一郎、享年二十五歳。死因はブラック企業の犬だったからってか。今はネコだけど。ワロスワロス。
ネコな俺は灰色の空の下で、三毛のママンに舐められ毛づくろいしてもらう。
キョウダイは二匹。やったぜ。俺ってば弟二匹も獲得してるじゃんよ。
人間時代は妹しかいなかったから、憧れてたんだよな弟。毛深いけど兄弟は兄弟だ。
俺がミルクを吸うと兄弟たちもミルクを吸い、ついでに俺の顔を前足で押してモミモミしてくる。
押すなよ、絶対押すなよ。俺じゃなくてママンのおっぱいを揉め。
あー、ママンのおっぱい吸ってたら眠くなってきた。
もうスーツ着て満員電車に詰め込まれなくていいんだ。毎日サービス残業三時間しなくてもいいんだ。
フルチンマッパでも逮捕されない、惰眠をむさぼれる愛玩動物サイコーやん。ママンのおっぱいおいしいし。
俺はネコであることを受け入れて、兄弟たちとともにママンのおっぱいを堪能した。
《イナバ……イナバよ》
しわがれた声に呼ばれて目を開けると、ハロウィンのおばけみたいな白い服を着たじいさんが現れた。おいおい、変なじいさんが浮いてるよ。成仏してクレメンス。
真っ暗な空間の中、俺たちの足元に映し出されるのはどこかの病室。
人間の俺が、たくさんの機械と管を刺されてベッドに寝ていた。ドクターのドラマでよく見る生命維持装置ってやつか?
『あれ。俺がいる?』
《イナバよ。お前はまだ往生しておらん。過労で倒れ、生死の境をさ徨っているのだ。魂だけが手違いで、一時的に体を離れて異界のネコに転生してしまった。今ならまだ人間に戻してやれるぞ》
『にゃー。つまり、ここは異世界で、俺がネコになったのはミス。じいさんの力で、俺は人間に戻っちゃうわけ?』
念の為に確認をとると、じいさんは深くうなずいた。
《そうじゃ。そこはお前が生きていたのとは異なる世界なのだ。魔物が出るゆえ、ネコとして生きていくのは過酷じゃ。せめてもの詫びとして、特別に能力を与えた上でもとの人間の体に》
『いや、このままでいいっす』
《は? 今なんと?》
じいさんがありえんことを聞いたような顔をして、もう一回聞いてくる。
『何度でも言おう。俺はこのまま、人間やめてネコになる。ママンとキョウダイのもとに返してくれ』
《お主の年齢なら、人間に戻ればあと五十年は生きられる。ネコの寿命は長くても十数年。ネコの生は人間のものより過酷だろう。それでもネコがいいのか?》
『愚問。俺は新世界のネコになる!』
生きていても地獄みたいな社畜VSママンに愛されるネコ生。天秤にかけるまでもなく、ネコしか勝たん。
《ほんの短い間に、そこまで新しい家族を愛していたとは、恐れいった。お主のその心に免じて、わしは引こう》
じいさんの姿が消えて、あたりはどこかの路地裏に戻る。
それにしても特別な力を与えてやるなんて、あの浮いてるじいさん中二病発症中なのか。八十過ぎて「俺は神だ」ってキツいな。俺が孫なら泣くぞ。
まあ、変なじいさんのことはさっさと忘れて、今日から夢の猫ライフ満喫だ!
表紙になっているイラストは、ニセオジロさまに描いていただきました。ありがとうございます。
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