八章◎埋葬と活劇
夜霧に包まれたロンドンは日中の気温とは打って変わって、肌寒いほどに冷え込んでいた。セント・ジャイルズ教会の地下室も外の冷え込みの影響を受けて、食料を保存しておくにはちょうどよい環境となっている。しかし、いま保存しているのは食料ではなくカトラーの死体だった。
その死体から距離をおき、壁際に隠れるようにして待機しているのはダニエルとウォレス、そしてウォレスの部下である数名の自警団である。夜が更けこんでからというもの、ずっとこの穴蔵に身を潜めているのであった。
「ダニエルくん、本当に犯人があらわれるんだろうな?」
しびれを切らしてウォレスがささやいた。ダニエルはできるかぎりの小声で応じる。
「ウォレスさんこそ、ちゃんと噂は流してくれたんでしょうね」
「もちろんだとも。君の言う通り、明朝にもカトラーを疫病患者用の穴に埋葬すると周囲に喧伝しておいた。本当にこれでよかったのかね?」
「ええ、バッチリです。夜が明けるまでに、必ずや犯人が現れるはずですよ」
「しかし、この歳で徹夜はこたえるわい」
ウォレスのぼやきももっともで、すでに地上に通じる窓がうっすらと明るくなってきている。そろそろ夜が明けようとしているのだ。
その時だった。静まり返っていた地下室に、静かに忍ぶような足音が響いてきた。ゆっくりとしかし確実に、カトラーの死体が置かれている方へと近づいてくる。ダニエルは手元の明かりを吹き消し、息を殺して闖入者に備えた。
闖入者はランタンを片手に歩みを進めてくる。その顔は疫病医師のマスクで覆われているため、表情を覗き見ることはできない。
そしてカトラーの死体を覆う布に手をかけたその時、ウォレスの掛け声の下、数人の自警団が一斉に飛びかかった。
ほとんど暗闇での格闘となったが、多勢に無勢、すぐに闖入者は取り押さえられた。それでも抵抗は激しく、羽交い締めにされながらも、なおも暴れている。
「いい加減、観念するんだな」
ウォレスはそう言い放ち、次にダニエルの方を見た。
「ダニエルくん、こいつは一体何者なのだ?」
「カトラー殺しの真犯人、第五王国派の復興を企む残党ですよ」
それを聞いた闖入者は糸が切れた操り人形のように力が抜けていった。それはダニエルの指摘が確かであることを意味していた。
見事、罠にかけることに成功した自信みなぎるダニエルは、さらなる宣告を犯人に向かって告げた。
「お前には悪いが、カトラーの死体は穴に埋めさせていただく」
「やめろ! それだけはやめてくれ! 頼む!」
疫病医師のマスクの向こうで不明瞭な懇願が続いている。
それを不思議そうな表情で眺めているのはウォレスだ。
「こいつはなぜカトラーの死体にこだわっとるのだ?」
「それはですねウォレスさん。この犯人は、まだカトラーが金の指輪を持っていると思い込んでいるのですよ!」
そしてダニエルはゲイブの推理を思い起こしながら、犯人を諭すように犯行の真相を解き明かすべく語りを始めた。