四章◎死体と教会
正式名称セント・ジャイルズ・イン・ザ・フィールズ教会はゴシック風の尖塔を持つレンガ造りの建物である。一時は荒廃していたが一六三〇年に再建されてから、この教区のシンボルとなっている。
またセント・ジャイルズこと聖アエギディウスは疫病の守護聖人であることから、疫病を恐れる一般市民の礼拝が後をたたない。そしてその用地の広さと地理的要因から、疫病防護の業務に携わるものたちの拠点ともなっている。
その庭には疫病によって亡くなった死体を埋めるための穴が無数に掘られているが、そのほとんどはすでに定員オーバーという状態で、どの穴にも死体がみっしりと詰め込まれている。にもかかわらずまだ盛り土もされずに放置されているままだ。何につけても人手が足りないのだ。
それを表すように、普段は緑が生い茂る芝生の上には、その緑を覆い尽くすように死体が積まれている。疫病の魔の手にかかった死体は、死後も安心して眠りにつくことができないでいるのだ。
そればかりでなく、怠惰な死体運搬人によって、きちんと死体を積むこともせず、脇の道路の石畳の上に投げ捨てられている死体も多く見られるのだから、この世の地獄である。
ウォレスの説明によると一六六五年の大疫病の時には、教会の庭に三千体もの死体を埋葬したという。深く土を掘ればすぐに白骨に突き当たるというありさまだ。逆に疫病に侵されていない死体に関しては、別途、領域を分けて浅いところに埋めることで労力を節約しているとのことであった。
だが今回は疫病で亡くなった死体が主眼ではない。ドラゴンに食い殺された死体を確認しに来たのである。
おびただしい死体の山から離れて、教会に隣接した石畳の通りの脇に、ひっそりと布に覆われたそれはあった。他の死体は衆目にさらされているというのに、かの死体はまるで人目から逃れるように覆い隠されている。
「覚悟はよいかな」
ウォレスはそう呟きながら、怪訝そうに眉を吊り上げる。
「ロンドン塔の拷問吏であっても、ここまではやるまいという有様でな。とても人目に晒し続けるわけにはいかんのだ……」
脅しめいた警告を発しながら、おもむろに布を剥がしていった。死体を覆っている布は厳重にも二重になっており、一枚目の布を剥がした段階で見え始めた二枚目の布は、大量の血を吸ってもはや元々が何色かわからないほどにドス黒い。ウォレスは身じろぎながら、二枚目の布も、つまむようにして剥がしていく。
「うっ、これは……」
覚悟していたはずのダニエルがえずくように漏らした。
それはあまりに異様な死体だった。
その死体は石畳の上で脚をV字に広げ、天を仰ぐような姿勢で横たわっており、奇妙に歪んだ上半身に、両腕が力なくS字を描くように添えられている。髪の毛や目元のシワといった顔の様相からして、少しやつれた初老の男だった。だが、視線を口から下へと落としていくと、それ以上の推測を阻害するように、骨と肉とが忌まわしき暴力で蹂躙されているのだった。
まず、口と顎から胸にかけて巨大な爪で切り裂いたかのようにパックリと割れ、口から喉、食道を通って胃袋までが丸見えという状態だった。そこだけを見てもドラゴンに襲われたと言わしめるおぞましさがあった。
だが、凶行はそれだけでは済まなかった。更に下半身に目を向けると、下腹部から太ももあたりにかけては、もはや元の状態が残っていないほどズタズタに切り刻まれ、皮膚と肉と内臓とが赤黒いミンチとなっていた。
ウォレスはダニエルの苦痛に満ちた表情を確認すると、再び死体を覆い隠した。
「どう思う? やはりドラゴンの仕業かね?」
問われて、口元を押さえながらダニエルは少し考え、それから答える。
「こいつはあまりにおぞましいですが、わたしとしては、それだけにドラゴンに襲われた死体とは考えづらいですね。これはあまりに意図的だ。恐るべき憎悪か、それともあまりに無邪気な残酷さがそうさせるのか……あまり積極的には考えたくはありませんが、ドラゴンの仕業に見せかけたこの死体は、確実に人間が手を下した所業だと、逆に確信しましたよ」
「つまりは何者かがドラゴンによって殺されたと見せかけたというわけかね?」
「理由は定かではありませんが、そういう意図がある可能性も捨てきれませんね。もうすこし調べてみないことには測りかねますが」
「いずれにせよ、このあたりに凶行を企てた人間がいる可能性が大というわけだな。まったく、疫病で手が回らないこんな時に……」
ウォレスは頭を抱えながら大げさに左右に振ると、次にダニエルの両肩をぐいと掴んで、
「ダニエルくん。わしは自警団と検察員の仕事をこなすので精一杯なのだ。君の広範な知識と弁舌の巧みさ、それを紡ぎ出す君の頭脳で、この事件の犯人を探し出すことに協力してほしい。なにも縄で縛って捕まえてくれというわけではない。犯人を確定させてもらえれば、あとは我々自警団にまかせてもらえばよい。お願いだ、頼むよ」
しばしダニエルは沈思黙考にふけった。もちろんドラゴンの存在など信じてはいない。確実に人間の仕業であると口にしたばかりであったが、あのように蹂躙された死体を瞼の裏で思い返すと、わずかではあるがその確信も揺るがざるをえない。仮にドラゴンでないにしても、犯人が野獣や猛犬をけしかけて襲わせた可能性もある。それゆえに、この案件に深入りすることは、疫病と対峙する以上に危険であることを本能が警告していた。
その逡巡を邪魔したのは、場違いに明るいゲイブの声だった。
「こころよく引き受けますとも。だよねダニエル?」
沈痛な空気の中、ゲイブは勝手な代弁をしたのだった。
ダニエルは表情をこわばらせたまま、ゲイブの襟をぞんざいにつかむと周囲に聞かれないようにするために少し引き離して、耳元に口を近づけ小さな声で諭す。
「ゲイブ、君はちょっと黙ってくれないかな……」
「えー。だって面白そうな事件じゃない」
「君も死体を見てわかっただろ。あの凶行、恐るべき執念とパワーだ。もし犯人が、あれをヤスヤスとこなすようなとんでもない暴漢だったら、とてもじゃないがわたしたち二人じゃ太刀打ちできない」
「まあ、そのときはそのときでしょ。それにあの死体、切断面の出血の感じからして、切り裂かれたのは死んでからだと思うよ。だとしたら、その執念はともかくとして、パワーはそこまで必要ないことになる。もちろん相手が本物のドラゴンじゃないとして、だけどね」
切断面を観察していたとは目ざとさだけは一人前だ、ダニエルは感心したが、それは表情に出さないようにする。
「……とりあえず」
ダニエルはウォレスの方に振り返って、
「いくつか質問してもよいですか?」
ウォレスは眉を動かして同意を示した。
「まず、殺害された死体の身元はわかってるんですか?」
「ああ、それは、わかっている。こいつはカトラーという、このへんではちょいと有名なスリ師でな。数ブロック先のあばら家に住んでいたはずだ。小悪党とはいえ、貧乏人からなけなしの金品を盗むような非道なことはしなかったようだ。義賊というほどではないが、多少の金品を盗まれても困らない立場の人間からカトラー自身が食っていける程度の盗みを働いていたらしい。だから、殺しに巻き込まれるような恨みを買っていたとは、とても思えんのだ」
ウォレスの説明をうけて、ダニエルはゲイブに無言で視線を向け、知ってるか、と目で問いかける。
それを理解したゲイブは雄弁に答える。
「カトラー、確かに少しは有名だけど、その名声は一昔前って感じで、最近はうだつの上がらない生活をしていたって話だ。若い頃はあまりのテクニックに天才スリ師と呼ばれていたほどなのに、最近では腕も落ちたのか、半年ほど前にスリがばれてお縄さ。それでニューゲート監獄に入ってたらしいけど、つい最近、釈放されたって風のうわさで聞いたよ」
釈然としない表情でゲイブの話を聞いていたのはウォレスだ。
「なるほど、裏社会の情報には詳しいようだが、わしもそれくらいの情報は掴んでおったぞ」
負け惜しみにしても、その顔つきは真剣そのものだ。
「まあまあ……」
ダニエルは二人をなだめつつ続ける。
「それと話が変わりますが、もしドラゴンの仕業でないとしたなら、この死体はどうやって運んだんでしょうかね? いくら疫病のせいで人通りが少ないとはいえ、教会に面した通りのど真ん中で、このような時間がかかる殺人をするわけにはいかんでしょう」
「それなんだが、少し離れた教会の敷地に台車が見つかっている。普段は疫病にやられた死体を運ぶためのものなのだが、どうやらそれが使われたらしい。いわゆる死体運搬車というやつだな。荷台には明らかに血の跡と思わしきものが散見されたよ。もちろんカトラーの血痕と決まったわけではないが、状況からして明らかだろう。それに、ひっきりなしに死者がでるものだから、死体運搬車を調達するのは簡単だ。いつでも利用できるように、そのへんに捨て置かれているものもあるくらいだ」
「なるほど、ということは誰かが運搬中の犯人を目撃したかもしれませんね」
「もちろん死体を発見してからというもの、目撃証言がないか動き回っているところだ。だが夜明け前に運ばれてきたらしく、証言者が現れる見込みはかなり少ない。おまけにジョージが叫びまわっているものだから、関わりたくないと思っている市民も多くてな。聞き込みに回っても追い返されたりすることもある始末だ」
「つまり、このドラゴンによって食い殺されたような殺人事件は、目撃証言もなく、市民からの協力も得られにくい状況なわけですね」
そんな風に一度状況を整理して、ダニエルはあからさまに渋い表情をしてみせる。しかしウォレスも簡単には引き下がらない。
「ダニエルくん、君も破産だの何だのあって、今は色々と大変だろうが、いずれ新しい事業に乗りだすのだろう? 組合や教区との付き合いも大事になる。その時は、わしからも色々恩返しをさせていただこうと思っているよ。だから、この事件の解決に力を貸してはくれまいか」
確かにウォレスはほうぼうに顔が利く。無職で金銭的にも苦労しているダニエルにとって、今後の再起への足がかりは何よりも重要だ。そんな背に腹は代えられない状況とはいえ、今回の事件は、その異常性も含めて、自分の手におえる案件であるかどうかの自信がない。ダニエルは無表情のまま唇を真一文字にしていたが、特に否定の意志を示さなかったために、ウォレスはそれを肯定の意味と捉えてしまったようだ。
「おお、引き受けてくれるか、ありがたい。それではジョージの次に死体を発見した者を連れてくるから、一緒に聞き取りをしてほしい」
もはや諦観の境地に到達していたダニエルは、途中から目をつぶり、すべてを受け入れる心づもりで聞いていた。
◎
しばらくすると背後に人の気配を感じた。ダニエルとゲイブの二人が振り返るとそこにいたのは、落ち着いた表情でこちらを見つめるスラリとしたスタイルの婦人だった。見たところダニエルと同年代の三十代後半といったところだろうか。その手には目に鮮やかな赤い杖をもっていることから、任命された調査員であることがわかる。
ウォレスが二人に向かって紹介する。
「彼女はエイミーだ。調査員として教区のいくつかの家を定期的に回ってもらい、死者や病人の報告をしてもらう仕事をしてもらっている。今朝も、その仕事中に教会前を通りかかったところ、ジョージの奴が叫んでいるのを見かけて気にかかり、この死体を見つけたとのことだ」
エイミーは優雅な動きで軽く挨拶をした。泰然とした振る舞いを前にして、ダニエルも少し身なり整えてから一度咳払いをする。
「わたしが今回の事件の捜査に協力することになりましたダニエル・フォーと申します」
「フォーさん? ああ、貿易商を営まれてる方だったかしら」
問われて言葉に詰まるダニエル。どうやらエイミーはダニエルのことを以前から知っているらしい。しかし、残念ながら貿易商としての事業は倒産しており、いまはコーヒーハウスなどで配るパンフレットを書いては小銭を稼ぐ程度の立派な無職である。エイミーの一言で、破産してからの日々が走馬灯のように駆け巡ったダニエルは体も硬直し、顔もこわばり、できの悪い木偶人形のようになってしまった。
その表情を見てエイミーは何かを思い出したようだった。
「あらごめんなさい。たしか、政治方面に集中されたとかで、もう廃業されたのでしたかしら」
「ええ……そうなのです……組合のためを思って行動したのですが、ちょいとばかり政治方面に首を突っ込みすぎまして、本業の方をおろそかにしてしまったのです。でもご心配なさらず。たしかに破産はしてしまいましたが、債権者の方々とはもう和解して、円満に解決しております」
そんな最低限の言い訳をする。
「そうでしたか、それはご苦労でしたわね。そういえば一度あなたの奥様とお話したこともありましたのよ。元気になされているかしら?」
それはダニエルにとって、さらに致命的なひと押しだった。どっと吹き出る冷や汗を拭って、なんとか声を絞り出すようにして回答する。
「疫病が流行っておりますので、妻と子供は田舎に疎開させております」
この台詞が正常に言えたかどうか、もはや自分でもわからなかった。実は疫病が流行する少し前、破産処理が終わった頃に、ダニエルの妻子は、これ以上の面倒に巻き込まれたくないという理由で家をでていってしまったのだ。事業が成功すれば戻ってくると信じてダニエルは再起を誓っているのだが、疫病が流行していては街は活気もなくビジネス再開もままならず、妻子が戻ってくる日がいつになるやらわからない。そんな不安定な状況にダニエルはいるのだった。
一方、その様子を見てニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべているのは脇に立っているゲイブだ。ダニエルの状況を理解しているだけに、人の不幸は蜜の味と言わんばかりに笑いを堪えるので必死という形相をしている。
エイミーは今度はそのゲイブの方へ視線を落とす。
「それで、そちらの坊やは?」
「僕はゲイブリエル・スペンサー。ダニエルの助手です」
帽子に手をのせて、意気揚々と答えて愛嬌のある笑顔をふりまく。
「あら、かわいい坊やじゃない」
「油断なされるな。この小僧は街のならず者でしてな、スキを見せると貴重品を盗まれますぞ」
悪態をついたウォレスがゲイブを睨みつけて更に続ける。
「疫病のおかげで役人どもがわがまま勝手に疎開を始めとる。そのせいで、このあたりはなかば無法地帯。この小僧みたいな、普段は石の下に隠れているならずものたちがここぞとばかりに跋扈しとる。わしら自警団が四六時中目を光らせておかんと治安は守れん」
次にウォレスはエイミーを見据えて、
「貴方がやられている調査員の仕事は実に尊いものですが、こういう奴らがうようよしておりますから、重々、気をつけて行動してくだされ。それに、例の潜伏情報もあることですしな」
ウォレスの意味深な発言にエイミーは反応する。
「もしや今回の事件は彼女の仕業ではないでしょうね」
ようやく立ち直ったダニエルが割り込む。
「彼女? 彼女とは誰のことです? ウォレスさん」
「そうだったな、あらかじめ君にも伝えておこう。あまりおおっぴらにはできないのだが、かのモル・フランダーズがこのあたりに潜伏しているという噂があってな。確かに彼女が犯人という可能性も、いやいや、大いにあるかもしれん。なにせニューゲート監獄で生まれ、ジプシーに育てられ、数々の男の情婦として世間を渡り歩き、詐欺と窃盗を繰り返しているという生粋の大悪党だ。何をやらかすかわからん」
ウォレスは大げさに語ったが、ダニエルは冷笑気味だ。
「ちょっと落ち着いてくださいよウォレスさん。わたしもモル・フランダーズの噂のひとつやふたつは聞いたことがありますよ。しかし彼女は確かに犯罪者ではあるかもしれませんが、さすがにあのような殺しをやるような人間じゃないと思いますよ」
「君は悪党をかばうのかね! 何にでも、もののはずみというのもあるだろう。カトラーとモル・フランダーズ。悪党同士、利害の衝突でもみ合いになり、グサリとやってしまうことだって……」
「とはいえ、女手ひとつであのような殺し方は難しいでしょう。運ぶのだって一苦労だ」
ウォレスは思い込むと熱くなってしまう悪い癖がある。それからも更に強引に論を展開するも、いずれも冷静なダニエルの反論の前では二の句が継げないものばかりだった。この一連のやりとりにはゲイブも思わず呆れ顔だ。
ダニエルはウォレスをなんとかなだめ、落ち着かせてから、改めてエイミーを見据えた。
「あやうく本題を忘れるところでした。エイミーさんに目撃情報を聞くとしましょう。お話していただけますか?」
ダニエルとウォレスのやりとりに、少々面食らっていた様子のエイミーだったが、すぐに落ち着いて話始めた。
「今日は夜明けとともに目覚めて、それから早朝の見回りをするために家を出ました。まだ日が昇り始めてから間もなかったので、少し肌寒いくらいでした。教会に向かって歩いていると、朝霧の向こうから何か不気味な咆哮が聞こえてきたんです。はじめは獣の声かと思ったのですが、しばらくするとそれが人間の声だと気づきました」
「それはジョージの声ですか?」
「そうです。その声に引き寄せられるように、まさにこの場所まで小走りで近づくと、道路の石畳の上に力なく横たわる死体を発見しました。そのすぐそばには半狂乱になっていたジョージが膝立ちで戦慄していました。死体を見つけて興奮していたのでしょう『ドラゴンにやられた!』という言葉以外は、ほとんど意味不明のことを叫んでいました」
「つまり、ジョージが第一発見者で、貴方が第二発見者ということになりますね。それ以外に誰かがその場にいたりはしなかった。間違いありませんか?」
ダニエルが念を押すように尋ねると、エイミーは間違いありませんとはっきり答えた。
「その後に調査員の仕事に向かわれたと聞いていますが」
「ええ、一大事だとは思ったのですが、調査員としての仕事もしなければならなかったので、急いで教会に寝泊まりしているスコット牧師のところへ向かいました。それから牧師と二人で一度現場に戻り、簡単に説明して、自警団に通報してもらうようお願いしてからここを後にしました。それから調査員としての持ち場を一巡りしてきたので、こちらに戻ってきたら自警団の皆様がいたので顔を出した次第です」
「スコット牧師と戻ってきたときにはジョージはいましたか?」
「わたしも混乱していましたので、はっきりとは申せませんが、恐らくスコット牧師と戻ってきたときには、すでに姿がなかったように思います」
「つまり、貴方が現場を離れてからジョージが何をしていたかはわからないということですね?」
一連のやりとりのなかで、エイミーは事件当初の混乱を思い起こしたためか、少し気分が悪くなった様子で、うつむき目をつぶりながら首を横に降った。
ダニエルは少し考えてからウォレスに問う。
「ウォレスさん。ジョージが第一発見者であることを考えると、やはり彼の証言が必要ですね」
「もちろん、それは試みたのだがな。ジョージに関しては諦めたほうがいい。事件に関する質問やドラゴンについて聞こうものなら、耳が引きちぎれそうなほどの叫び声を上げるわ、暴れだすわで手がつけられんのだ」
案の定の回答にダニエルは考えを切り替えざるを得なかった。ジョージから証言を得るのは諦めて、とりあえずスコット牧師に話を聞いてみるしかないようだ。
◎
ウォレスに率いられるようにダニエルとゲイブがセント・ジャイルズ教会の中に入ると、そこはさながら戦場の様相を呈していた。詰めかけている自警団をはじめとして、教区で任命された検察員や監視人、調査員たちが互いに情報交換を行っている。三人の直後に入ってきたのはエイミーで、そそくさと向かったところからして調査報告をするためのようだった。
その一方で、一時の休息をとる医師や看護師たちの姿も見られる。ここは疫病対策を執り行う現場の最前線なのだ。
ごった返す人々の中からウォレスが声をかけたのは、肩ほどまで伸びた巻毛を振り乱しながら、精力的に動き回っている人物だった。声に気づいて振り返ったその姿は、肉付きの良い丸顔ではあるが、沈鬱な表情のせいですっかり生気が失われている。彼こそがセント・ジャイルズ教会の牧師、ジョン・スコットなのだった。
「ウォレスさん、お仕事ご苦労さまです。どうですか、ドラゴンは見つかりそうですか?」
「ドラゴン……かどうかはまだわかりませんが、こちらのダニエル・フォー氏が今回の奇怪な事件を明らかにしてくれるでしょう」
必要以上に期待を煽る紹介であったので、ダニエルは少々気まずそうな顔をしながら言葉少なく挨拶をした。スコット牧師の憔悴しきった表情に少しだけ笑顔が戻る。
「貴方が今回の事件を調査してくださるのですね。ありがたい、何卒よろしくお願いします。わたくしはジョン・スコットと申します。数年前からセント・ジャイルズ・イン・ザ・フィールズの教区牧師を努めております。この教区を預かる身として、いち早く平穏な日々をとりもどさなくてはと、毎日そればかり考えて疫病患者の救済を続けてまいりました。ロンドンの情勢が不安定なおかげで、大火で焼失したセント・ポール大聖堂の再建も滞っていますし……」
「スコット牧師はセント・ポール大聖堂の司祭でもあるのだ」
ウォレスが補足した。スコット牧師もうなずいて続ける。
「ええ。なんといってもあそこは市民の心の拠り所ですから、一刻も早く再建する必要があることはおわかりでしょう。そのためにも、あのおぞましき瘴気を吐き出すドラゴンを追い払い、そしてこの疫病を鎮圧する必要があるのです」
右手の拳が赤くなるほどに力説しているスコット牧師を前に、ダニエルはいつも以上に冷静を装って答える。
「スコット牧師、少し落ち着いて聞いてください。我々はまだ今回の事件の犯人がドラゴンだとは断定しておりません。それは死体を発見したジョージという男が勝手に騒いでいるだけでして……」
「あの死体を見たでしょう? あれは間違いなくドラゴンの仕業ですよ! ロンドン西方に毒の沼地があって、そこには昔からドラゴンが住んでいるという話です。それが時々目を覚ましては飛び立ってこのあたりまで回遊してきては人間を貪り食うのです……だからいつも西から東に疫病が広がっていくのだ……ああ、恐ろしい……」
スコット牧師の弁舌を前にダニエルはたじろいだ。牧師の勢いは止まらない。
「中世の説教集によれば、ドラゴンは空を飛ぶさいに、唾を水に飛ばす。するとその水が毒され、多くの人々が命を落とし、さまざまな病気にかかった、とあります。疫病が流行していることからも、ドラゴンがこの街で今まさに暴れんとしていることがわかるでしょう。通りのあちらこちらで焚かれている篝火だってそうですよ。ドラゴンがもっとも嫌うのが骨を焼いたときの臭いなのです。だからもともとは骨の火と呼ばれていたのです。いまでは大火の浄化作用とないまぜとなってしまいましたが、疫病が蔓延したさいには篝火を焚くことで少しでもドラゴンの影響を遠ざけようとしているのです」
先程、三人でしていた篝火についての詳細な理由が聞けたためか、ゲイブは興味津々といった様子で頭に叩き込むように真剣に聞き入っている。そんなゲイブを横目で見ながら、お前はどちらの味方なんだとダニエルは心の声で語りかけるも通じるわけはなかった。
ダニエルとしても言われっぱなしというわけにはいかない。
「スコット牧師。そういう伝説・伝承のたぐいがあることは、ある程度承知していますが、今回の事件をドラゴンによるものと考えるのは、あまりに合理性に欠けると申しますか……」
ダニエルが言い切らないうちにスコット牧師は反駁する。
「では貴方は、ドラゴンの仕業でないと証明できるのでしょうか?」
「すぐには難しいかもしれませんが、犯人を捕まえることでそれは達成されるでしょう」
「少なくとも現時点では証明できないということですよね」
気難しい表情をするスコット牧師に、ダニエルも負けてはいられないと語気を荒げる。
「そうおっしゃいますがスコット牧師。実際にドラゴンの姿を、その目ではっきりと確認した人間がいるわけではないでしょう? ドラゴンなど、第一発見者であるジョージが頭の中で作り出した幽霊のようなものですよ」
「目で見たものしか信じられない。そうおっしゃるわけですか。しかし貴方も神や天使の存在は信じるでしょう?」
「もちろんです。神なくしてこの世界は存在しえません」
「その通り。神なくして、誰がこのような精密な世界を作れたでしょうか。では貴方は本物の神や天使をその目でご覧になったことがありますか?」
問われてダニエルは言葉に窮する。
「そうでしょう。その姿を見ていなくても、神は確かに存在するのです。しかし貴方は、同じく見たことがないという理由だけでドラゴンの存在を否定しました。もちろん神は、その昔から、ときには奇跡をもたらし、ときには神罰をあたえることで、その存在を示してきました。ドラゴンだって同じことですよ。各地で伝承があり、そして本日、まさにその仕業としか思えない凶行がなされた。神をも冒涜する忌まわしき死体損壊です。どんなに恨みがあろうと、あのような状態になるまで斬り刻む人間がいるでしょうか。あの死体を見た誰しもが、そう感じるはずです。そもそも疫病が蔓延しているここロンドンで、わざわざ人殺しをするだなんて無意味です。すなわち、あれを人間の仕業と考えるほうが不合理ではないでしょうか。わたしはそう考えます。ゆえにドラゴンは存在するのです」
血の気の引いた憔悴しきった表情からは思いもよらない力強い弁舌に、そこにいた誰しもが言葉を失い聞き入っていた。
「なかなか説得力あるね」
ゲイブが皮肉めいた口調でダニエルに耳打ちをする。演説のつるべ打ちに顔面を硬直させた表情のまま、ダニエルもささやきかえす。
「スコット牧師は説教集まで出版してる名演説家なんだよ。思ったより面倒なことになったぞ。とりあえずここは一度引こう」
ダニエルはスコット牧師に向かいなおした。
「わかりました。牧師のおっしゃることも一理あります。とりあえずカトラー殺害の犯人に関して、ドラゴンの可能性を排除せず調査を進めます」
その発言に反応するように背後から声が発される。
「今、話を小耳に挟んでしまったのですが、ドラゴンに殺された可能性があるのだとすると、死因もすぐにはわからないということでしょうか?」
そこには調査員としての報告を終えたエイミーが立っていた。
「わたくしは調査員として死体を発見したので、死因を報告しなければなりません。でも死体があの通りですから医師に判断をお願いすることも難しいのです。ドラゴンによって殺されたのだとしたら殺人として報告するわけには参りませんし、それに色々と手続きが異なる気もするのですが……」
その疑問にスコット牧師が答える。
「たしかにそうかもしれません。死体の処置も変わってくるでしょう。とりあえず現時点で回答を出せそうにないので、それまでは教会の地下室に安置することにしましょう。あそこなら昼でも温度が低いので、すぐに腐敗したりしないでしょうからね」
「では、わたくしも報告書を書くのは保留するとしましょう。それではフォーさん、ドラゴンでもなんでも構いませんので、早く犯人を捕まえてくださいな」
エイミーは笑顔も見せずにダニエルに目で訴えかけた。
◎
教会の外に出るとウォレスの部下と思わしき自警団の若者が慌てた様子で近づいてきて、息を切らしたまま報告を始めた。
彼の報告によると、どうやら早朝にカトラーの死体を運び出すところを目撃したらしい人物が名乗り出てきたとのことだった。
「なんと、それはありがたい。早速話を聞こう。ここに連れてきてくれ」
自警団の若者は、すばやく後ずさると、すぐに目撃者であるジェイコブという男を連れてきた。
その顔にはシワが入りはじめているものの、自信に満ち溢れた精悍な表情をしており、健康的な体格は町に漂う疫病の死の香りを一切感じさせない。
「これはこれは、ジェイコブさんじゃないですか」
「顔見知りなんですか?」
ダニエルが聞くと、ウォレスは少々大げさに同意した。
「このあたりのちょっとした名士でな。彼の証言ならば間違いなく信頼できる」
ウォレスによるとジェイコブは問屋業をはじめ幅広いビジネスを展開している商人で、大きな屋敷を構えるほどではないが、そこそこ裕福な暮らしをしているらしい。教会への寄付なども積極的に行う敬虔な人物であることから、一目置かれる存在のようだ。
「では順を追って聞かせていただけますかな」
促されてジェイコブは落ち着いた様子で語り始めた。
「ええ、ではまず今朝の話からすればよいですかね。丁度、今朝は眠りが浅く、たまたま夜明け前に目が覚めてしまったのです。起きてしまったのはよいものの、まだ意識の半分は夢の中という様子だったので、少し外の空気が吸いたくなって二階の窓を開いたのです。すると、窓下の道路からゴロゴロと台車を転がす音がしました。夜明け前の薄暗い中、眠い目をこすりながらよく見ると、そこに見えたのはランタンを持ちながら死体運搬車を引く人物の後ろ姿でした。台車の方には布がかけられていましたが、おそらく死体が載ってたんでしょう」
ウォレスはそこまで聞いて、死体を覆い隠している一枚目の布をめくり、ドス黒く変化した二枚目の布をジェイコブに見せた。
「その布というのは、これですかな?」
ジェイコブは布の奥にある死体を想像したのか、少し怯んでから答えた。
「その時点で、こんなおぞましい色に染まっていたかどうかは記憶が定かではありませんが、大きさからしてその布だと思います。そして死体運搬車からは点々と血が滴っていたのです。今から思うと、疫病で亡くなった死体が血を流すというのも不自然な話ですが、その時は眠かったせいもあり、特になにも思わなかったのです」
「見かけた死体運搬車というのは、あそこにある台車ですかな?」
ウォレスは死体の脇にある台車を指差す。
「ええ、あれです。死体運搬車はどれも似たようなものなので断言はできませんが、見たのはあの形のものでした」
「それで、その死体運搬車を引いていた人物はどんな人相でしたかな? また、なにか不自然なところはありませんでしたか?」
「それが医師の格好をしていたものですから、特に不自然だとは思わなかったのです」
「医師ですと?」
「ええ、疫病医師ですよ。あの鳥のくちばしみたいなのがついた奇妙なマスクをかぶっていたものですから、顔はまったく見えませんでした」
疫病医師と聞いてウォレスは思わず唸った。疫病医師がかぶっているマスクは、大きく突き出したくちばしのような形が特徴で、そこに薬草などを入れて疫病の瘴気から身を守るために使われている。たしかにあのマスクをしていては表情はおろか、男女を見分けることも難しいだろう。
「なるほど、犯人は疫病医師のマスクをかぶることで、仮に目撃されても特定されず、しかも死体を運んでいても怪しまれないよう工夫したわけか。こいつは考えたな」
ダニエルが感心する。そしてウォレスからバトンタッチするかのようにジェイコブに問いかける。
「顔はわからないにしても、背格好などはわかりませんか?」
「目撃したのは二階からですし、かなり薄暗かったので、正直、背格好にも自信がありません。極端に大柄だったということはないというくらいでしょうか。いずれにせよ疫病医師の姿は疫病が流行してからはよく見かけるものですから、別にどうとも思いませんで、そのまま再び寝てしまったのです」
「たしかにおっしゃる通り、ありふれた光景ですからね」
一連のやりとりを聞いていたゲイブがダニエルに耳打ちをする。
「ねえ、目撃したとはいえ、特に怪しいとは思ってなかったわけだよね? どうして今頃になって名乗り出てきたんだろう」
なるほど、とダニエルはうなずき、その質問をそのままジェイコブにぶつけた。
「それが、先程まで自宅にいたのですが、外から恐ろしい叫び声が聞こえてきたんですよ。『ドラゴンに食い殺された!』と繰り返し叫ぶ男の声です。その声によると、どうやら今朝方、この近所でドラゴンに食い殺された死体が見つかったっていうじゃありませんか。わたしはドラゴンなんて信じていませんから、最初は迷惑な狂人の妄言だと思って聞き流していたのですが、あんな大声では否が応でも耳に入ります。そして聞き続けているうちにハッとしました。もしかするとドラゴンに食い殺された死体というのは、自分が早朝に目撃した血を滴らせていた死体なんじゃないかと、その可能性があるんじゃないかと思ったのです。叫ぶ男が去った後も、通りを見ると自警団の方々が慌ただしくしていたものですから、やはり何か関係あるのかもしれないと思い、念の為、駆けつけて来た次第です」
どうやらジェイコブはジョージの叫び声を聞いて、事件の存在を知ったらしかった。
「ジェイコブさん」とウォレスが感激した口調で話しはじめた。「我々は、あなたのような目撃者を探していたのですよ。こうして名乗り出ていただけて大変感謝しております。ジェイコブさんの証言のおかげで犯人がしぼれそうです。まさかジョージがなにかの役に立つこともあるとは……」
そのままウォレスはジェイコブと他愛もない会話を続ける。それを傍目で聞いていたゲイブがダニエルにだけ聞こえる程度の声量でぼやく。
「ウォレスさんは何でも大げさなんだよな。ジェイコブさんの見た死体だって、カトラーと決まったわけじゃないだろうにさ」
ダニエルも小声で応じる。
「しかし血を滴らせた死体だとしたら、疫病に感染した死体ではないだろう。それを疫病医師の格好で運んでいたのだから怪しいのは間違いない。タイミング的にもぴったりだ」
「証拠があるわけじゃないでしょ。他に目撃者がいるわけでもないしジェイコブさんの虚言の可能性もあるよ」
「彼が犯人だとでも? もちろん検証する必要はあるが、彼が犯人だとしたら名乗り出ること自体がリスキーだ。ジョージみたいに頭がおかしくなっているなら別だがな」
二人がコソコソとやり取りをしている間に、教会からスコット牧師がでてきた。どうやらカトラーの死体をそろそろ現場から離し、もっと人目のつかない場所に移動させたいらしい。
スコット牧師がウォレスを含めた自警団数名と相談しているところに、ジェイコブが親しげに話しかける。スコット牧師もジェイコブのことはよく知っている様子だ。
「ところでスコット牧師は死体をご覧になったそうですね。自警団のみなさんの聞くところによると、殺されたのは身寄りのない孤独な男だったそうじゃないですか。こそ泥とはいえ、それほど悪い男ではなかったとのこと。それにしちゃ、あんまりな殺され方じゃないですか。可哀想に、彼をこの教会の共同墓地に埋葬してあげちゃいただけませんかね?」
「ええ、もちろんですとも。こちらで丁重に埋葬させていただこうと思っております」
スコット牧師の慈悲深い回答を聞いて、ジェイコブはいたく感動したようだった。
「安心しました。しかし疫病患者たちと一緒に、すし詰めに埋葬されるというのはあまりにも不憫だ。ぜひとも通常の墓に埋めてあげて欲しい。そうでなくては安心して天国に召されることもできないでしょう。疫病対策で忙しいとは思います。少ないが、これを埋葬費用の足しにしてください」
ジェイコブは数枚の硬貨をスコット牧師に手渡した。
「ジェイコブさん、いつもご寄付をいただき、ありがとうございます。できるだけご期待に添えるよう、そして死者の魂が安らかに眠りにつけるようやらせていただきます。あとはわたくしどもにお任せください」
スコット牧師はジェイコブと固い握手をした。
「ところで」
そう切り出したのはウォレスだった。
「ジェイコブとさんが証言してくれたおかげで、とりあえず犯人がドラゴンという線は消えたことになります。これで牧師も一安心できますな」
続いてスコット牧師に一連の説明をした。
「なるほど、そういうわけでしたか。しかしジェイコブさんが目撃した死体がカトラーのものとは限らないのではないでしょうか?」
その問いにはダニエルが答える。
「まあ厳密にはそうですが、目撃した時間帯といい、死体が血を流していた不自然さといい、ジェイコブさんが見かけた疫病医師が犯人で死体がカトラーでほぼ間違いないでしょう」
「おっしゃることはわかりました。犯人は人間である蓋然性が高いということですね。皆にも怪しい者には警戒するよう呼びかけておくとしましょう。一方でドラゴンが存在しないと決まったわけでもないでしょう? そちらの方の調査もお願いしますよ」
不意をつかれたダニエルは反射的に答える。
「ええ、もちろんドラゴンのことも忘れてはいませんよ」
スコット牧師は満足そうな表情をして、
「では、ドラゴンにも警戒しなくてはなりませんから、いつも以上に篝火を焚いて、瘴気と共にドラゴンを追い払うことにしましょう」
そう言い放つと、スコット牧師はくるりとひるがえってその場を離れ、遠方へと去っていった。どうやら篝火の指示をしている様子である。
ゲイブは肘でダニエルを突いて、
「へえ。ドラゴンの可能性は捨ててないんだ……」
「仕方ないだろ、スコット牧師にあそこまで念押しされてちゃ。まったく、わたしも本当にドラゴンがいるような気がしてきたよ」
ダニエルはうなだれて大きくため息をついた。
その様子を気にもとめないウォレスは、信頼感を表現するようにダニエルの肩を両手でぐっと掴んで神妙な声で話し始める。
「よし、それでは調査を始めよう。わしはこのあたりの聞き込みをしてカトラーの釈放後の様子を探ろうと思う。死ぬ前に何をしていたのかがわかれば、犯人に近づけるかもしれないからな」
更にダニエルの双眸をじっと見つめて続けた。
「君にはカトラーの家の調査をお願いしたい」
それからウォレスは二人にカトラーの家の場所を事細かく説明すると、その体躯に見合わぬ素早さで颯爽とその場から消え去った。ていよく仕事を押し付けられたダニエルとゲイブは、あっけにとられた互いの顔を見合わせるほかはなかった。
疫病条例――感染家屋と患者に関する規定その二
・各戸主は、家人が腫れ物や紫斑、腫脹の徴候を訴え、原因不明の危篤状態に陥った場合には、二時間以内に検察員にその旨を報告しなければならない。
・検察員や調査員、外科医によって悪疫と判断された病人は、直ちに自宅に隔離されなければならない。患者が隔離された場合、たとえその命が助かっても、患者を出した家は一ヶ月間閉鎖される。ただし、家人は所定の予防薬を服用すること。
・病毒に侵された家財道具は、火気や香料をもって十分に消毒すること。消毒済みの家具類以外は、使用を禁ずる。これらのこと全ては、検察員の監督指導のもとに行わなければならない。