九章◎推理と天使
「いいかいダニエル。今回の事件は、まさに君が解き明かすべき事件なんだ」
そう言って、ゲイブは高らかに金の指輪をダニエルの目の前に掲げた。指輪を見せつけられてからというもの、ダニエルはいまだに混乱した表情のままだ。
「どういうことなんだ?」
「それはこの指輪に関することなんだけど、いきなりそこから話しはじめても意味がわからないだろうから、それは後で触れるとして、まず僕が犯人の企みに気づいたところから話すよ。今回の事件、正直なところ、昨日まではまったくチンプンカンプンの状態だったんだ。今思えば、色々なところにヒントが散りばめられていたんだけど、それらが語りかける精霊のささやきを僕はまったく聞き取れていなかった。だけど今朝ジョージが殺されて、その死体と対峙したとき、僕は強烈な違和感を覚えた。それは殺害方法が醸し出す気味の悪さとかではなくて、そこに犯人が込めたもの、殺害方法自体が意味している過剰なメッセージを嗅ぎ取ったせいなんだ。ダニエルはあの死体を見たとき、まず何を考えた? あの時に言っていたことを思い出してみてよ」
言われるがままダニエルは今朝の情景を思い出そうとする。
「そうだな……ジョージの殺され方は間違いなくカトラーと同じだった。そしてカトラーの殺害方法を正確に知るものは限定されるから、愉快犯などの第三者による犯行ではない。したがって、カトラーとジョージを殺したのは同一犯だ。おそらく犯人はジョージに何か重要な事実を知られたか、あるいは知られたと思って殺したのだろう。たしか、そう結論づけたはずだ」
「合理的に考えれば誰だってその結論に至るよね。でも少し不思議じゃない? 犯人の立場になって考えてみてよ。とりあえず犯人にはジョージを殺す動機があったとしても、殺害方法を変えてもよかったわけだよね。変えなかったからこそ同一犯と推測することができた。それは大幅に容疑者を絞り込めるということにもつながる。ということは犯人にとって不利なことしかない。それに、第一あんな風に肉や内臓をえぐりだすのは、日頃から家畜を解体している肉屋がやったとしても大変に手間がかかる作業だ。殺すことが目的なら、他にいくらでもやりようはある。もちろんカトラーは指輪の件でなにかしら恨みをかっていたために、あのような残忍な殺され方をされた可能性もあるけど、ジョージが同様の恨みをかっていたとは考えにくい。普通に考えれば、あのような殺され方をされるような道理はないはず。でしょ?」
「たしかに……ということはどうなる?」
「結論を急ぐ前に、忘れちゃいけない重要なことを確認しておかなくちゃならない。それはドラゴンのことだよ。ジョージはカトラーと同じく、ドラゴンによって食い殺されたかのような姿で発見されたよね。でも殺されたのは家の中だ。壁や家具に破損があったわけでもなく、どう考えたってドラゴンが入り込んで殺したようには見えない。つまりジョージはドラゴンによって殺されているが、同時にドラゴンによって殺されていないことになる」
まるでスフィンクスの謎掛けのようなことをゲイブは問いかけてくる。それに対してダニエルも果敢に応じる。
「そんなことは論理的にありえない。アリストテレスによれば、ある事物について同時に、それを肯定しつつ否定することはできないはずだ。矛盾というやつだぞ」
「そう。ジョージの死体は一見、大いなる矛盾を孕んでいる。そして、それこそが僕が違和感を覚えた原因なんだ。整理してみるね。まずドラゴンによって食い殺されたかのようなジョージの死体が意味するのは、さっきダニエルが言っていたように、ジョージとカトラーが同一犯であることだ。そして次にジョージがドラゴンによって殺されていない、ということが意味するのは、カトラーもまたドラゴンによって殺されていないということなんだ。だって、そうでしょ? ジョージを殺した犯人はカトラーも殺している。ジョージはドラゴンによって殺されていない。故に、カトラーはドラゴンによって殺されていない」
先程ダニエルが言及したアリストテレスになぞらえてか、ゲイブは三段論法を見事着地させると、さらに言葉を続ける。
「だから犯人がジョージをあんな風に殺してまで伝えたかったメッセージは『カトラーはドラゴンによって殺されていない』ということになる」
「まてまて、わたしはカトラーがドラゴンによって殺されたなんて一度たりとも信じちゃいないぞ」
「ダニエルが信じていなくても、信じてる人は多いでしょ。まずジョージがそうだったし、迷信深い教区の人々も多くが信じて困っているとウォレスさんが言っていた。それにスコット牧師もね」
「それはそうかもしれないが、そんな意見は事件とは直接関係ないだろう? ウォレスさんや自警団の人々含め、少なくとも捜査している我々はドラゴンなんぞ存在しないという前提で犯人を探している。スコット牧師だってドラゴンを信じてるというよりは、ドラゴンによって殺された可能性がゼロではないという立場だ。ちゃんと説得すればわかってくれるさ」
「確かにわかってくれるかもしれない。けど、僕らが必要以上に説得する必要もないでしょ。だって僕らは犯人を捕まえて、犯人はドラゴンではなく人間でした、とやるつもりだったんだから」
「つまり、何が言いたいんだ?」
「犯人は再び殺人を犯すというリスクまでとって『カトラーはドラゴンによって殺されていない』ということを主張したかったってことになる。それって、ドラゴンによって殺された可能性が確実にゼロになってくれないと困る、ということだよね」
ダニエルは無言でうなずく。
「じゃあ逆にドラゴンによって殺されたとしたらどうなるかを考えてみれればいい。スコット牧師が言っていたことを思い出してよ。牧師はドラゴンは毒を撒き散らし疫病を運んでくるとさかんに主張していたよね。だから、もしドラゴンによって殺されたとしたら、それは疫病患者の死体として扱わなくてはならない。当然そうなるよね。つまりカトラーの死体は疫病条例に従い、六フィート以上も深く掘った穴に埋葬しなくてはならないことになる。それこそが犯人にとって最も困ることだったんだ」
ダニエルはそこまでのゲイブの主張を無理矢理飲み込んだ。
「わかったわかった。君の推理、そこまでは確かに納得する。だがしかし、なぜ犯人はカトラーを深く掘った穴に埋葬されては困るんだ?」
ゲイブはニヤリと唇を上げた。
「そう、実はここで金の指輪に登場してもらわないといけなくなるんだ。実は僕の推理もここで一度行き詰まったんだけど、ここでこれまでの出来事を頭の中で想像してみたんだよ。カトラーの死体、金の指輪のこと、そしてロンドンで今何が起きていたのか、それらを一気にぶちまけて想像してみた。その時、僕の頭の中にいくつかの仮説が同時にひらめいて、輝きだし、交錯し、すべてがやがてひとつの星座の形をなしたんだ。そして、その仮説に導かれるようにして僕は指輪を発見した。更に、指輪に刻まれた文様を確かめることで仮説は確信に変わった。そしてダウニングが言っていた『long Spn Xis Xis』の文様、それが意味することは本当は何なのか? 一度、逆から読むことを検討したことがあったけど、それは当たらずとも遠からじだったんだ。見てごらん、君ならすぐにわかるはずだよ」
ゲイブによって眼前に突きつけられた指輪、そこに刻まれた文様を見せられたダニエルは、それがひと目で何をあらわしてしているのかを理解した。
「メネ・メネ・テケル・ウパルシン。ダニエル書の五章二十六節にでてくるヘブライ語じゃないか」
ダニエルは興奮して続ける。
「バビロンの皇太子であったベルシャザル王が催す酒宴の最中、突然空中に手が出現し、壁にこの文字が書き出される。メネ・メネ・テケル・ウパルシンとは、神がバビロン王の治世を数え、それを量り、そして国が分かたれることを意味する。誰もその意味を解読できなかったが、預言者ダニエルだけがそれを読み解いた。そしてその預言通り、翌日ベルシャザル王は殺され、バビロニアは滅びる」
「へえ、さすが。ダニエルだけあってダニエル書はしっかり覚えているんだね」
「馬鹿にしないでほしいものだね。こう見えても聖職を目指していたこともあるんだぞ。それにベルシャザル王の酒宴は有名な逸話だ」
「でもダニエル書に関する知識も乏しく、ヘブライ語も読めないダウニングは、無理矢理アルファベットに変換しようとして『long Spn Xis Xis』なんていう変な文字で覚えてしまったわけさ。ところでダニエル書の預言にのっとって活動しているピューリタンの過激派といえば?」
ピューリタンの過激派と聞いて、ダニエルは死亡報告書を持ってきた時にゲイブとした一連の会話を思い出す。ダニエル書の預言にのっとりアッシリア、ペルシア、ギリシア、ローマに続き、イングランドが千年王国として世界を支配するのだと主張する一派、それは……
「第五王国派か!」
「御名答。ここまでくれば、かなり今回の事件の霧が晴れてくるでしょ。こうして僕の頭の中で、いくつかの仮説が次々と生まれては組み合わさっていったんだ」
ゲイブは指輪をくるくると器用に回しながら続ける。
「まずこの指輪だけど、これは第五王国派のリーダーを示す称号のようなものらしいんだ。そして、これまでの持ち主はニューゲート監獄に収監中のハロルド・ヴァイナーだった。ここまでは指輪を発見した後に、いくつかその筋の人達に聞いて回って裏を取ってきたので間違いない。そしてヴァイナーは監獄の中に指輪を持ちこみ、リーダーとしての権威をふるい続けていた」
ゲイブの帰りが遅かったのは、その推理を裏を取っていたためだったことにダニエルは気づき驚かされる。
「たしかに、ありそうな話だ」
「ここからは推測も織り交ぜて話すけど、事実と照合するかどうか確認しながら聞いて欲しい。次に登場するのが一連の事件の犯人だ。犯人は次期リーダーを目論んでいて、なんとか指輪を手に入れようと、その機会をうかがっていた。第五王国派は衰退するばかりだったけど、指輪を手に入れることさえできれば、次期リーダーとして影響力を行使し第五王国派を立て直すことができる。そう考えていた。当初はヴァイナーを脱獄させようとしていたのかもしれない。けれど疫病が流行したことで、ヴァイナーが獄死し指輪が役人に回収されてしまうことを恐れた」
ゲイブはそこで一息入れて続けた。
「そこで白羽の矢が立ったのがカトラーだ。犯人はカトラーにわざと捕まってもらうよう依頼した。そしてニューゲート監獄に収監されることでヴァイナーと接触をはかり、指輪を外に持ち出させようとしたんだ。そして半年後、カトラーは指輪を持ち出すことに成功する。だけどここで犯人の最初の誤算があった。報酬が低すぎたか、なにかしら条件が折り合わなかったのか、理由は定かではないけど、カトラーが素直に指輪を渡さなかったんだ」
「だからカトラーは殺されたというわけか?」
「いやいや、ことはそう簡単じゃないんだよ。そんな単純な事件じゃないから、すぐに謎がときほぐれないんだ。少し話を戻そう。いいかい、カトラーはニューゲート監獄から指輪を外に持ち出したわけだけど、どうやって看守や役人の目を逃れたんだろうね? ヴァイナーと違ってカトラーはただのこそ泥だ、買収などの手は使えない」
ゲイブが挑発するように見つめてくる。しばらくしてダニエルが考えあぐねていると、ゲイブは指輪をつまみ上げて、それを食べてしまうようなポーズをした。
「飲み込んだのさ。というより、僕がカトラーの立場だったらそうすると考えた。それが今回の事件を読み解く重要な鍵だったんだ。本当に飲み込んだかどうかまではわからない。もちろんヴァイナーが手を回し悠々と持ち出せた可能性もある。ただカトラーは指輪の引き渡しを拒むのに、こんな言い訳をして渋ったんだよ。『ニューゲート監獄から持ち出す時に指輪を飲み込んだのだが、体のどこかにひっかかったらしくて、まだとりだせないでいる。しばらく待ってもらえないか』とね」
まるで見てきたように語るゲイブの推理を、ダニエルはただ陶然として聞くしかない。
「もちろん犯人はカトラーの言い訳なんて半信半疑で聞いていたと思うよ。この時点では少なくとも犯人にはまだ余裕があった。疫病が流行しているこの情勢では、指輪を転売しても大した金にならないことは知っていたと思うし、多少時間がかかってもカトラーの体から出てくるのを待つか、転売するよりは報酬を受け取ったほうが利益になることを理解してくれればよかった。だが事態は急変してしまう。そのせいでカトラーはあんな風に殺されてしまった。それはカトラー自身が恐怖していたことでもあった」
恐怖。その言葉を聞いて、ダニエルの脳裏に浮かんできたのは、カトラーの家の寝室に落ちていた疫病予防の呪符のことだった。周囲の家がことごとく疫病の魔の手に落ち、残されたのは自分だけ。その恐怖は想像以上のものだったに違いない。
「疫病か。カトラーはインチキな呪符に頼るほど疫病を恐れていた」
「その通り。カトラーは疫病に感染してしまったんだ。顔が青ざめ体調が悪そうに見えたというダウニングの証言からして、その時点からカトラーの体は疫病に蝕まれはじめていたんだろう。それから監獄帰りで体力も落ちていたカトラーは急速に病症が悪化していった。ものの数時間で、少なくとも犯人に抵抗できないほどに体力は消耗していった。そこに犯人が訪れる。もちろん飲み込んでいたなどという言い訳は信じていなかっただろうから、最初はベットで動けなくなっているのをいいことに、家探しをして指輪を見つけようとしたに違いない。しかし、探せども指輪は見つからない。そして、もしかすると本当に飲み込んでいるのでは? と疑い出す。と同時に、犯人は現状が最悪の状況であることに気づいたんだ」
そこで一度、ゲイブは深く呼吸をしてから続けた。
「もしカトラーが疫病患者として死んでしまい、それが調査員に見つかってしまったら、どうなってしまうだろうか。そうしたら疫病条例にもとづき、死体は六フィート以上も深く掘った穴に埋葬されてしまう。それでは深すぎて掘り起こすことも難しいし、大量の感染死体と共に埋められるから、見つけることなど不可能だ。白骨化した後に指輪を探し出すことなど夢のまた夢ってことになる。それならばいっそのこと、死ぬ前に殺して取り出すしかない。こうして犯人はカトラーを殺し、できる限り血を抜いてから解体した」
ゲイブは眼光鋭く述べた。ダニエルは残酷さを思わせるその視線から逃れるように頭を抱える。
「なんてことだ、そんな理由であんな恐ろしい殺され方をしただなんて……」
「だけど、喉を切り裂き、食道から胃まで覗き込み、腸まで探っても指輪は見つからない。血や肉をとりだし、家の裏でそれらを水で洗い流しても指輪は見つからない。焦った犯人は、実はまだ家の中に隠されているかもしれないと思い、壁に貼られた疫病予防の呪符を破って点検するまでして徹底的に調べた。でも覗き穴という隠し場所には気づかなかった。だって普通に考えれば、覗き穴の向こうは家の外だ。家の中に隠したと思いこんでいる犯人からしたら、覗き穴は完全に死角だった。こうして犯人は再び体の中にあるのだと思い始める。そして解体しても探せないのであれば、死体が白骨化するのを待ってから取り出すしかない、という結論に到達する。だけど、そうなると再び解体前と同じ問題が浮上してくる。先も言ったけど、疫病患者の死体はまとめて六フィート以上も深く掘った穴に埋葬されてしまうので、その後に指輪を発見するのはほとんど不可能だ。そして、それが回避できないことを示すように、カトラーの死体には疫病患者特有の徴候が現れていたんだ」
ダニエルはこれまで見てきた疫病に感染して亡くなった死体の数々を思い起こす。どの死体も異様な腫瘍があり、特に顕著だったのは太ももの付け根あたりに見られるものだった。
「そうか、黒い疫病の特徴……鼠径部にできる腫瘍か!」
「そう。このまま死体が見つかったら確実に疫病に感染した死体として処理されてしまう。だから疫病患者としての痕跡を消し去るために、犯人はカトラーの鼠径部をえぐるように削ぎ落とさなくてはならなかった。カトラーの死体を思い出してよ。指輪を見つけるためだけだったら上半身を解体するだけですむのに、下半身も激しく傷つけられていたでしょ? そして腫瘍を切除したものあるけど、実際にはそれ以上に傷つけられていた。太もものあたりまでズタズタに切り刻まれていたのは、鼠径部だけをえぐり取ったものと思われないようごまかすためだったんだ」
「なるほど。その結果、意図せずドラゴンに食い殺されたかのような死体ができあがってしまったのか……」
「あとは教会の前に放置すれば、慈悲深いスコット牧師が教会の共同墓地に埋葬してくれるに違いないと犯人は考えた。あんな死体を見たら、誰だって残忍な殺人事件だと思うだろうからね。でも犯人にとって予想外だったのがジョージの存在だ。彼がドラゴンの仕業だと騒ぎ始めたため、計算が狂ってしまうことになる。それからしばらくして、街中を騒ぎ立てて回るジョージの声を聞いた犯人は、スコット牧師が力説していたようにドラゴンが疫病を媒介する存在であることを思い出したんだ。このままでは疫病患者でないことを偽装した苦労が水の泡となる。仕方なく再び現場に駆けつけてみると、ジョージのたわごとを信じているものが少なくないことを知る。それだけならまだしもスコット牧師までドラゴンによる犯行であると疑い始めている。だから犯人はドラゴンに殺された可能性をゼロするため、再び自らの手を汚さなくてはならなくなったんだ」
「それがジョージが殺された理由か!」
「犯人にとってジョージの殺害はまさに一石二鳥だったんだ。これ以上騒ぎ立てるものもいなくなるし、同時にカトラーがドラゴンによって殺された可能性も否定できる。これであとは通常通りにカトラーの死体が教会の共同墓地に埋葬されるのを待つだけとなった」
ゲイブが披露した一連の推理、それはスキのない完璧なものにダニエルには思えた。そしてその結果、自然と犯人の姿が浮かび上がってくる。
「ダニエル、これでもうわかったでしょ。犯人は騒ぎ立てるジョージの声を聞き、みずから出向いて目撃証言をしなければならなくなった人物だ。そしてカトラーを疫病患者と同じ穴に埋葬しないでほしいとスコット牧師に依頼していた人物だ」
言わずもがな、ダニエルにもその犯人の名がわかっている。
「さて、この指輪に刻まれたヘブライ語の意味を解読したのは、さっき解説してくれたように預言者ダニエルだった。だから言ったでしょ、君が解き明かすべき事件だって。これですべてわかっただろうから、あとは君がこの事件にかたをつけるべきだ」
ゲイブの言葉はまるで啓示のようにダニエルの耳に響き、頭蓋の中で反響している。心地よい酩酊状態に近い不思議な感覚の中で、ダニエルは口をパクパクさせて呪文のように言葉を紡ぎ、無意識にダニエル書の一節を引用していた。
――かの人ガブリエル、迅速に飛て晩の祭物を献ぐる頃我許に達し、我に告げ我に語りて言けるは、ダニエルよ今我汝を教えて了解を得せしめんとて出きたれり
「ゲイブ……いやゲイブリエル……君はわたしを預言者にたとえたが、君もその名の通り、ダニエル書にでてくる大天使のつもりなのか……」
ゲイブはその視線でダニエルの両目を捉えたまま、天使のような微笑みをいつまでも浮かべていた。




