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手比べ

作者: シャー芯

 生まれたての硝子のような不安定な手。 優しくあなたは包んでくれた。

 「将来、どんな子になるのかしら」

 ぼくを真っ直ぐに、強く、優しい眼差しで見つめる。 口が上手く動かせなくて、もどかしくて、悔しくて、泣くことしか出来なかった。

 「あらあら、難しい事聞いちゃったね。 ごめんね」

 謝らないでよ。 いまのはうれし泣き。 優しすぎて、また大声で泣いた。 

 ぼくが大きくなって、喋れるようになったら「ありがとう」を最初に言おう。 親指をしゃぶりながら、そんな事、考えてたんだよ。 

 「ママ」

 初めて言った言葉。

 「ママ」

 ありがとう。 いつも優しくしてくれて。

 「ママ」

 ごめんね。 これしか言えなくて。 ありがとう、って言えなくて。

 それから何日も、何日も経って。 寝るときになると、前は子守唄だったのに、最近は絵本を読んでくれる。

 「むかし、むかし……」

 これが絵本を読むときのあなたの初めの言葉。 ぼくはいつも、勇者が悪者を倒す頃に眠くなって、寝てしまう。

 ぼくが大きくなって、夜遅くまで起きていられる様になったら、今度は、ぼくがあなたに本を読んであげよう。 あなたはどんな物語が好きなのかな。

 「にんじん、じゃがいも、たまねぎをください」

 幼稚園で読んだお買い物の本。 先生があなたに聞かせて、びっくりさせてあげなさいって。

 「すごいね。 もう読めるようになったんだ」

 あなたは手を叩いて、褒めてくれた。

 ぼくは、あなたのその笑顔が大好きだ。 

 「また、読むからね」

 あなたとの最初の約束。 あなたは、ぼくの頭を撫でてくれた。

 入学式。 あなたは、なんだかさびしそうで。

 「どうしたの」

 ぼくが聞くと、あなたは、ぼくが選んで買ったピンクのハンカチを目に押し当て、

 「時間が経つのは早いね」

 と、涙した。

 初めて見るあなたの涙。 驚きと、悲しみと、戸惑いが一気に押し寄せる。

 「よし、よし」

 ぼくは下唇を力いっぱい、噛み締めて、悲しみを打ち消した。

 あなたはそんなぼくを、驚いた顔で見ている。 その顔に、もう涙は流れていない。 

 引きつった笑顔で、ぼくは笑ってみせる。 すると、あなたも引きつった、でも素敵な笑顔で笑ってくれた。

 ぼくはその時、嬉しくて、でもなんだか切なくて、拳を握り締めて、うつむいた。 あなたはハンカチをぼくに差し出した。

 「つかう?」

 頷いて、そっと受け取った。

 あなたの真似して目に押し当てた。 すると、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

 「ごめんね」

 また、そんな事……言わないでよ。

 優しすぎて、また涙がでる。

 春が過ぎて、夏が冷えて、秋になった。

 大きな紅葉を拾いに行った時の事。 あなたは突然、

 「手比べしようよ」

 なんて言い出した。

 ぼくは泥だらけの手を目の前に差出して、あなたの手を待つ。 下から、ぴったり這うように合わせていく。

 「大きくなったね」

 指先をみてポツリという。

 そんなあなたを、ぼくは思って、

 「まだまだ、だよ」 

 なんて言ってみる。

 ぼくが大きくなっていくたびに、あなたはだんだん老いていく。 その事を、あの時、初めて知った。

 「時間が経つのは早いね」って、何時の日か。 言っていた。 なんとなくしか思い出せない程に、いまは昔話。

 成人式。 あなたが選んでくれたスーツを着て、ただ黙って、話を聞く。 その時だった。

 「……さん。 お母さんの容態が」

 静寂の空間をぶち壊すように、席を立ち、走り出した。

 反抗期。 あなたの言葉を、すべて無視した。 「もう、あと少しなの」 そんな事も、どうせ嘘だって決め付けたくて、星空の中、ぼくは泣いていたんだ。 

 わかっていた。 あなたのこと。 だから、見たくなかったんだ。

 これ以上、思い出を作ったら、失ったときの悲しみを受け止められなくなりそうで、ただ怖かった。

 「ごめんね」

 あなたの言葉。 ぼくの気持ち。

 「ありがとう」

 照れくさくて、言えなかったけど。 これを一番、聞かせたい。

 ぼくは、こんなに早く時が流れるなんて、知らなかった。

 病院に着いた時には既に、あなたは力尽きて、白い布に顔隠していた。 その白い布が、ぼくの脳内にまとわり付いて、思い出が一瞬にしてすべて思い起こされる。

 ゆっくりと、あなたの眠るベッドへ近づく。

 ぐったりとした手を取り自分の手とあわせてみる。 体温はまだ少し残っていて、暖かくて、生きてるみたいだった。

 久しぶりに手比べすると、ぼくの方が大きくなっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 詩じゃなく短編小説ならいいとおもいました。詩という事で評価すると。回想が多すぎ生まれた時と最後だけでいいとおもう。
2009/02/19 21:08 退会済み
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