輪廻転生
…ここはどこだ?
俺は今、暖かく緩やかな流れのある空間を流れに身を任せて漂っているような感覚が身体全体を包んでいる。
現状を確認するために目を開こうとするが、視界を確保することが出来ない。目という存在が元からなかったかのような。目という器官自体を忘れていたような感覚に陥る。
俺は…誰だ?…ここは?…
『このまま…………になるな…………』
『………は………かわいそう…………にしますか』
この曖昧な意識の中をしばらく漂っているとふいに断片的だが男性と女性の会話が聞こえてきた。
透き通るような澄んでいるような聴いていると心が落ち着く声質をしている男女がなにかを一生懸命に話し合っているようだ。だが、俺の意識は夢の中にいるような感覚と頭全体がふわふわとしていて酔い潰れた時の感覚というか周囲の話し声は聞こえるが何を話しているのかが理解出来ない状況になっている。当然、男女の会話の内容は頭に入ってくることはない。
『 でも………このままでは……………』
『………慈悲を………………しよう』
そして、俺の意識も次第に海の底に沈むようにゆっくりと薄れていく
『ええ。…………力を………』
『我々の…………与え……記憶も…………』
『いや………記憶は…………ままにしておこう』
男女の会話はその後もしばらく続き、漸く結論が出たのかお互いが納得したような声色へ変わる。
そして、俺の身体全体が更に暖かく感じ始める
暖かさが暑さへと変わり始めた頃、急激に意識が失われていく
『『良き人生を……に魔の神のご加護が在らんことを』』
意識が完全に失われる寸前にそんな声が聞こえた気がした。
白い世界にふたつの人影とひとつの灯火があった。
そこは見渡す限り何も存在していない。存在することを許されていないような空間で全体が白い靄に包まれており、靄は緩やかな流れで周囲を漂っている。視界が悪いはずなのに地平線の向こうを確認することが出来る不思議な世界。そして、金髪にシトリンのような瞳をした人物と白髪に深く濃いアメジストのような瞳をした人物がいた。二人ともとても整った顔立ちをしていて芸術品と言われてもまったく違和感を感じさせない程の存在感を醸し出している
そして、二人の傍にゆらゆらと浮いているのは灯火ではなく人魂らしいものが存在していた。その人魂は淡く弱々しい赤の光と紫の光をゆっくりと交互に変色させている。二人は人魂に手を翳すと手のひらから神々しい光が発せられた。その光を浴びた人魂は幾何学的な模様をした一言で例えるなら魔法陣を幾つも刻まれ、魔法陣が人魂に定着するとひとつ、ふたつと魔法陣は順番に消えていく。幾つもの魔法陣が問題なく刻み終わると人魂はいくつもの色を混ぜ合わせた虹色の光を強く帯びる。そして、人魂を中心に人魂を囲う程の魔法陣が現れた。
魔法陣が激しく発光して光と共に魔法陣が消失すると、そこにいたはずの人魂の姿も白い世界から消えていた。
原初神カオスと冥府神タルタロスはひとつの魂を異世界へと送り出した。
地球がある世界で誤って死亡したひとつの魂にお詫びの印を刻み込み、体よく魂の所要量の隙間が空いた別の世界へ転生させたのだ。
「無事に行ったようだな」
「ええ。そのようですね」
「これで眷属神の失態も無くすことが出来たか。あの魂には悪いが別の世界で余生を過ごしてもらおう」
「我らの力も少し分け与えましたから問題なく過ごせるでしょう。過度な力は破滅を生みますから力加減が大変でした」
「我も少し力を入れ過ぎたかもしれんな。あの魂が我らから得た力に溺れて破滅に向かう時は少し手を加える必要があるか」
「そのような事が起きないように眷属神には定期的に監視するように伝えておきます。その役目を今回の失態の罰にしたいと思います」
「それで良いか。では、屑族神にはタルタロスから伝えてくれ。我はもう行く。この件に関してはそんなに時間を掛けていられないのでな」
「畏まりました。カオス様のお手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「なに、良いってことさ。子の面倒事を片付けるのも親の仕事だ。後は頼んだぞ」
原初神カオスは転移魔法陣を展開すると冥府神タルタロスに雑務を任せて転移した。
冥府神タルタロスは敬礼して原初神カオスに見送ると自分も雑務を片付ける為に転移魔法陣を展開して輪廻転生の間を去った。