休暇のキャンプ
俺の名前は秋葉 夕焼
食品販売を行っている中小企業に勤めている28歳の独身男性、現在は彼女募集中である。
今日は週末の連休を利用してキャンプをする為に朝早くから仲の良い友人達とキャンプ場に来ていた。
このキャンプ場は知る人ぞ知る穴場で河川とキャンプスペースが隣接していて気軽に釣りをすることが出来る。釣れる魚は食用の虹鱒や山女魚などが多く生息していて山の奥まで入山すれば大物が釣れることもある。登山家にも釣り人にも人気のスポットになっている。公共施設が充実している割にはキャンパーには余り人気がないので騒いでも周りに迷惑を掛けることがないから俺の1番のお勧めキャンプ場なのだ。
「いやぁ〜。マジでキャンプって最高」
そんなことを言いながら俺はキャンプ道具と釣り道具をワゴン車から下ろす。このキャンプ場はキャンプ場内に車を入れることの出来るオートキャンプ場なので荷下ろしがとても楽に出来るのもお勧めの一つ。
「ホントな。今日は天気も良いし、絶好のキャンプ日和だな」
俺の後ろで荷下ろしした荷物を広げてキャンプ道具を組み立てている男性が言った
この男は俺の親友で佐々木 裕司
32歳妻子持ちのリア充男だ。
「それよりも今日は魚が釣れる事を祈ろうよ」
裕司と一緒にキャンプ道具を組み立てているもう1人の男性がボソッと呟いた
この男も俺の友人で會見 誠
28歳独身で俺と同じく彼女募集中である
先月のキャンプで魚が一匹も釣れず、悔しい思いをしながら酒を煽ったことを思い出したのか。真剣な顔を浮かべながら釣り具をメンテナンスしていた
「大丈夫。今日は少し奥の河川まで釣りに行けば釣れるさ。先月は楽して近場でやったのが悪かったし、運が無かっただけさ」
「そうだね。今日は絶対釣って塩焼きにして食べよう。焚き火を囲って宴だ」
「その前にセッティングして休憩がてら一杯やろうぜ」
裕司は手で乾杯する仕草をしながら俺達に言う
「それもアリだな。ついでに肉も少し焼くか」
三人でキャンプの設営を行い、手慣れた手付きでテントとタープを立てると荷物と寝具をテント内に入れてからBBQの準備をする。
祐司が炭を起こし、誠はクーラーボックスからキンキンに冷えた喉越しの切れ味があるグレイカラーの缶ビールを三缶取り出す。
俺はもう一つのクーラーボックスから昨日の夜中に仕込んでおいた自家製ダレがたっぷり染み込んだ鶏肉やらホルモンと野菜を取り出してテーブルに置く。
設置した焼き台へガンガンに熱された炭を投入し、焼き網を乗せて火で炙って消毒から具材を乗せる
ジューっと良い音を奏でながら生肉が鮮やかなピンク色から少しずつ赤みがかった色へと変えていく。
「そんじゃ準備も出来たし…かんぱ〜い!」
三人が各々の缶ビールに手を添えてプシュっと音を出しながら口を開けて缶ビールを軽くぶつけ合う
そして三人共一気に缶ビールをグビグビッと飲む
「ップハー…やっぱキャンプで飲むビールが1番うめぇな!」
「だな。自然の中で飲むと開放感が半端ねぇわ」
「今日は絶対虹鱒を釣り上げてやる…」
「分かったから。誠も根に持ち過ぎだから。三人で釣ればすぐ釣れるさ」
笑いながら誠に対して話しかける祐司は指で釣竿の形を作り、クイクイッと魚を釣り上げるジェスチャーを取る
「そうさ。パパッと釣って今夜はパーっと宴だぜ」
そんな話をしながらゆったりとBBQを楽しむ
くだらない話を交えながら缶ビールの空き缶が二桁を超えた辺りで誠が声を掛ける
「そろそろ釣りに行こうぜ。このままだと酔っ払って釣りが出来なくなる」
「そうだな。昼すぎまでには切り上げれるようにするか」
祐司が残っていた缶ビールの中身を一気に飲み干すと空き缶をゴミ袋へ投球する
誠も焼き網に残っていた肉と野菜を皿に取って一気に口に放り込み、ビールで胃に流し込む
俺も皿に残っていた食べ物を平らげるとカラスや野生動物に荒らされないように道具を片付けてから貴重品を車内に入れて鍵を掛ける
三人が各々の釣具を持ち、釣り用の服装に着替えると河川へ歩き出す
「今日の餌は何にする?」
「んー。やっぱりブドウムシでしょ」
「俺は今日はガチだからイクラを持ってきたよ」
「ほんとやる気満々だな。ガチな誠に任せて俺等はブドウムシで行こうか」
「おい。お前等も本気でやれよ。自分の食う魚は自分で釣れよ。自給自足だからな!」
「わかってるよ。なら釣った魚のサイズで勝負するか?」
「お?いいね。なら負けた奴が勝った二人に今度飯を奢るってのはどう?」
少しムキになって話す誠に釣られて俺は勝負の話をすると祐司も面白そうだと思ったのか乗り気になって賭けを提案してきた
「いいね!賭けるか。誠にはどうする?」
「俺もやるよ。まぁ俺はイクラ様が居るから負けないけどな!」
キャンプスペースから一番近場の河川へ到着した俺達は各々の釣り具を取り出して仕掛けを取り付けたり、川の中に入る為のウェイダーに着替える。
俺は渓流竿を使ったミャク釣りで本日のお魚さんのご機嫌を探るつもりだ。
誠と祐司も俺と同じようで渓流竿を使ったミャク釣りで様子見するようだ。
俺は魚にバレないように静かに川の中に入り、釣竿を振るうとポイントに仕掛けが川の流れによって通過するように少し上流部分に仕掛けを着水させる
仕掛けがポイントから外れると竿を上げて仕掛けを戻し、もう一度、上流部分へと仕掛けを投げる
これを魚がヒットするまで繰り返す
三人はそれぞれ自分が見つけたポイントで釣りを開始する
釣りを始めて二十分が過ぎた頃、祐司の竿がググッとしなり、魚が食いついた。
「お?キタ!初ヒットは俺が頂き!」
祐司は魚をバラさないように一度だけ竿を引き上げて、魚が咥えた針が口に深く刺さるようにしてゆっくりと川岸へ誘導する
水面から姿を現した魚を見て祐司は嬉しいはずなのに釈然としない顔を浮かべる
「あー。ウグイだわ。こりゃ食えないわー」
祐司は釣り上げたウグイを針から外し、川にリリースする
俺達の獲物は美味しく食べれる虹鱒か山女魚なので食べれてない。または、食べたくない魚はノーカウントにしていた
「どんまい。食える魚は俺が釣ってやるよ」
俺は祐司に軽い嫌味を言いながら竿を振るう
ポイントに仕掛けが通りかかると俺にも魚が食いついた。
「お!次は俺だ!この当たりは虹鱒かなー」
俺も祐司と同様に魚をバラさないように一度だけ竿を引き上げ、針を魚の口に食い込ませてから川岸に引き寄せる
「ハゼじゃん!何が虹鱒よ。ウグイより雑魚釣ってんじゃん!」
祐司は俺が釣り上げた茶色い色をしたハゼを見て笑いながら馬鹿にしてくる
「うっさいな!次は虹鱒を釣るから良いんだよ!予行練習だよ!予行練習!」
俺もハゼを針から外し、川にリリースする
ハゼもウグイも本当は食べようと思えば食べれるのだが、渓流釣りと言えば虹鱒と山女魚なのでその二種類縛りを敢えてしている
「まだ釣ってない誠よりはマシだろ!」
俺はまだ当たりが無い誠へ話しを振る
「釣りというのはな。無心に魚が来るのをひたすら待つ根気のいる修行なのさ」
誠は修行僧のような何かを悟ったかの様な表情で俺達の会話に入ることなく無心に竿を振るう
「…あぁ、そうですか。それは宜しいことで」
誠の反応になんとも言えなくなった俺は会話を切って釣りを再開する
三人が三人共少しずつ下流から上流にポイントを変えて行きながら釣りを始めて一時間が経った頃
本日初ゲットとなる虹鱒の当たりが誠を襲う
「ッ!この当たりは虹鱒か山女魚だ」
誠も俺達と同じ様に一度、竿を引き上げて魚をバラさない様にしてから川岸に誘導する
水面に顔を出した魚を見て誠は嬉しそうな表情をしながらランディングネットを使い、魚を引き上げると虹色の身体をした魚がピチピチと跳ねながら誠の手から懸命に逃げようとするが、もう逃げられないことを悟ったのか最後には誠に捕らえられる
手慣れた手つきで虹鱒から針を外すと虹鱒はクーラーボックスへ収容された
「よーし!初ゲットは俺だぜ!」
誠はとても嬉しそうに俺と祐司に向けてピースサインをする
「あーぁ。初ゲットは誠か。まぁ俺もこれから釣るけどな」
「そうそう。釣りはこれからだよ。誰が一番デカいのを釣るかさ」
初ゲットを惜しくも誠に取られた俺と祐司はまだ勝負は始まったばかりだと誠に言う
「っま。ボウズだけはやめてくれよ。勝負にならないからさ」
「アイツには絶対に勝つ」
「だな。あの顔見てると何か腹立つ」
一人だけ優越感に浸って話す誠に俺と祐司は内心で湧き立つ怒りを抑えながらも負けん気で釣りを再開する
それから少しずつ上流へと向かい、二時間程時間が過ぎると良いポイントに当たったのか三人共ボウズにはならずに各々が本日の食料でもある虹鱒と山女魚をゲットしていた。
「結構上流まで来たな。そろそろキャンプ場に戻るか」
「そうだね。これ以上釣っても俺達だけじゃ食べれないしね」
「テントに戻ったら魚のサイズも測ろうぜ。喉も渇いたし、冷えたビールが飲みたいな」
三人は釣り具を片付けるとキャンプ場へ戻る為に上がってきた川岸を下流へと降る。
その時に山中に響き渡る程のサイレンが鳴り響いた
「ん?このサイレンってなんだ?」
「多分、上流にあるダムが放水を始めたんじゃないか」
「なら川岸に居るとヤバいよね。少し川岸から離れよう」
俺達は川岸から少し離れて歩き始めるとダムの放水によって徐々に河川の水嵩が増してきて川の流れが早くなっていく
「この流れだと魚も逃げちゃうから早めに行って良かったな」
「撤収のタイミングも良かったしね」
「釣りの成果も良いし、今日のキャンプは最高な日になりそうだ」
そんな事を話しながら俺達はキャンプスペースまであと少しの河川へと差し掛かろうとした時、誰かの悲鳴が聞こえたような気がした。
「なんか聞こえないか?誰かの悲鳴のような…」
「まだ夜じゃないぞ。こんな昼間から怖い話をしても誰も怖がらないから」
俺の呟きに反応した祐司は俺が祐司達を怖がらせる為の怖い話と思ったのか、祐司が茶々を入れる
「いや、本当に聞こえたんだって。子供の様な女の子
の声が…」
「ここはキャンプスペースに近い場所だから子供が鬼ごっことかしてるんじゃない?」
誠も悲鳴は聞こえてない様子で憶測で話しをする
「なら良いんだけど…」
俺はふと河川の方は目を向けると子供が流されている光景を目の当たりにする。水嵩が上がってる影響で川の流れが早くなっている中を子供が必死にもがいていた。
「いや!子供が川で溺れてる!ちょっと荷物持ってて!」
俺は隣にいた祐司に持っていた釣り道具を渡し、河川へと走り出す
「っな!ちょっと!酒飲んでんじゃん!大丈夫か!?夕焼!」
「大丈夫だ!飲んだのは午前中だし、もう抜けてる!」
俺を止めようとする祐司に走りながら応える
「あぁ、もう!俺が荷物を持っておくから誠はキャンプ場の管理人にこの事を伝えてくれ!俺は携帯で救急車を呼んどくわ!」
祐司は誠が持っていた荷物を奪うように受け取ると携帯を取り出して消防署へ電話をかけ始める
「分かった!じゃあ荷物は頼んだ!行ってくる!」
誠もそう言うと管理棟へと走り出していく。
俺は河川敷に辿り着くと着ていたウェイダーを脱ぎ捨て、川へと飛び込む
放流の影響か水嵩が上がっているせいで大人でも気を抜いたら飲み込まれて溺れてしまうような流れの中を泳ぎ、子供が溺れている場所へと向かう