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【完結版】呪縛のジオグリフ  作者: 三ツ沢ひらく
五、蜥蜴の儀式
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第43話

「晶ちゃんそこを退くんだ」


「嫌! また撃つつもりなんでしょう。絶対に嫌!」


「君を傷つけるつもりはないという言葉を撤回することになるよ。死にたくなければその子を置いて下がるんだ」


 若菜の酷な言葉に晶はぶんぶんと首を振り涼にしがみつく。


 無闇に動くこともできない状況に晶は唇を噛み、ボロボロになった涼と自身の体を見下ろした。


 若菜は晶、『転校生』にこだわっている。


 この場で凶弾の盾になり得るのは晶しかいない。


 撃たれる可能性はもちろんある。しかし晶は賭けようとした。


 涼を撃たせない。そのために晶は涼に向けられる銃の射角を塞ぐように立った。


「晶ちゃん!」


「撃つなら撃てばいい。人体に影響はないってさっき自分で言ったんでしょ。私は退かない!」


「君って子は本当に……!」


 そうしている間にも涼の体は軸を失ったようにふらつく。


 晶が両手首を掴んでいるためなんとか立っている状態だ。


「はあ、はあ……はなせ、」


「なっ何言ってるの」


 若菜に狙いを定められているのは涼だ。


 晶が離れればすぐにでも銃撃されてしまうだろう。


 一発掠めただけで辰海が倒れてしまうのだから、前後不覚の涼が喰らったらタダでは済まない。


 それでも涼は大きく身じろぎ、晶を肩で突き飛ばした。


「あっ!」


 どうして。壁際に転がった晶は目で訴える。


「俺はっぐ、ぅ……女を盾にはしねえ」


「それは殊勝な心がけだ。まあそうやって自我を保っているのも時間の問題だが」


 支えを失いがくりと膝をついた涼に、若菜の銃口が向けられる。


 喘ぐような呼吸に額に滲む血と汗。涼は焦点の合わない目を地面に落としたままだ。


「お前の……目的は、俺なんだな」


「正確には君の中の邪霊だけどね。ふーん、霊力で邪霊を抑え込んでいるのか。『転校生』でもないのに頑張るねえ。このまま大人しくしてもらおう」


「邪、霊か。は、なら残念だったな、」


「何?」


「黙って、やられるのは……気に食わねーんだ!」


 最後の力を振り絞るように涼は吼える。


 そして若菜が発砲する直前に大きく横に飛んだ。


「涼くん危ない!」


 特殊弾が涼の体すれすれを通りそのまま地面にめり込む。


「くっ無駄な足掻きを」


「無駄はお前の方だ!」


 息も絶え絶えになった涼が手にしたのは役目を終えたはずの一本の破魔矢だった。


 その存在に若菜はぎくりと顔を歪め、再びカチリと撃鉄を鳴らす。


「何をするつもりだ?」


「はあ、はあ。お前の、思い通りには……させねーよ」


 手元に弓もない状況で銃を相手にするには頼りない、古びた一本の矢。


 しかしそれは若菜にとって最悪の状況をもたらす唯一の可能性だった。


「まさか……」


 そして若菜の悪い予想どおりに、涼は破魔矢を強く握り締め、


「悪霊退散!!」


 迷いなく己の胸を突き刺した。


 ▽


 涼が自分が他の子供と違うことに気が付いたのは彼が小学生の時だった。


 奉職の家に生まれたという意味ではない。


 涼には人に見えないものが見えた。


 家族は全く気にすることはなかった。そういう家だと幼い頃から教えられた。


 しかし他人との交流が増え、自分の性質が『人から受け入れられない』ということに気付いた頃にはもう涼は一人になっていた。


 父親から受け継いだ血のせいにしていた頃もあったが、今では粗暴に振舞うことで自ら人を遠ざけるのが手っ取り早いと思い付き、そうしている内に番長など変なあだ名がついたりもした。


 そんな中でも得た友人は涼の特異性を気にしない。気楽だった。


 けれど心の奥底では『誰かに理解されたい』という欲が常に燻っていた。


 だからつい口を出した。


  「お前変わってるね。見てて退屈しないよ」


 初対面でそんな言葉をかけてきて以来友人関係が続いている、顔面偏差値と刺激欲求が振り切っている偏人と。


「ずっと見えてたんだよね? 私の後ろのやつ。嫌だったでしょ。ごめんね」


 粗野なやりとりに動じもせず、まるで涼を普通の人間のように連れ回すおかしな転校生に。


 そんな二人が異常な状況に傷付き倒れようとしているのは許せなかった。


 人より多くが見えるならば、人より多くのことができる。


 同じ性質を持つ父親の教えを今なら理解することができた。


 除霊などは出来なくても、今、友のためにすべきことがあるのだ。


 「うおおあらああ!!」


 涼の胸に矢尻の切っ先が埋まった。


 ボロボロの矢は結界を壊して既に壊れていたのか、加重と衝撃に耐えられずバキリと真っ二つに折れる。


 それでも破魔の効果は十分だった。


『ぎゃああああ!!』


 涼の中の邪霊が叫声を上げ、のけ反り、口をぱくぱくと動かしながら天を仰ぐ。


 それから突然電源が落ちたおもちゃのように地面に倒れ込んだ。


 涼の意識もない。折れた矢が刺さったその胸元に、じわりじわりと血が滲む。


 ほんの一瞬で起こったその出来事に晶の体は雷に打たれたように固まる。


 目の前で起こった事への理解が追いつかない。


 涼くん、涼くんと声なき声で呼びかけるが涼がどうなってしまったのか分からない。


 分かることは涼が動かないことと、苛立つ若菜の様子だけだった。


「ああ、ああ! 全く余計な事を! 捨て身で邪霊の力を削るなんて常人に思いつくわけが」


 苦虫を噛んだような表情の若菜が涼との距離を詰めようとしたその瞬間、


 「この学園の者が常人でなくても不思議はない。そうだろう、ハーリット」


  冷たく怒気を孕んだ声が若菜に投げかけられた。


 石室の入り口には二つの人影が浮かぶ。


「はっ……やあ星野先生、ご機嫌よう。今日も今日とて僕の邪魔をしに?」


「当然だ」


 険しい表情で歩みを進め若菜と対峙するのは、教師ではないもう一つの顔をした星野。


 そしてもう一つは。


「お前がやったのか」


「斗真くん……!」


 意識のない白鷺と涼、満身創痍の晶と辰海。


 その四人の有り様にこめかみに青筋を立て凄む斗真の姿だった。


 そこに斗真の意思があるのかは分からない。


 ただ憤怒の形相を浮かべゆっくりと扉をくぐる様子に、晶は安心すると同時に胸騒ぎを覚えていた。


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