15-3(ファロでの出会い3(フウ))
「フウは精霊に愛されている」
カイトとクロと並んで歩きながらイタカはそう言った。
翌日のことである。
イタカは「フウのところへはオレも一緒に行こう」と申し出た。「あんたの言う通り、フウがカイトちゃんと矢を向け合うことになってもそれはオレたちにはどうしようもないことだ。しかし、できればそうはならないようにしたいからな」と。
ファロに広がる湖は、レヴリ湖という名だと、イタカは教えてくれた。
「マウロ様の屋敷はこことレヴリ湖を挟んだ北側にある。レヴリ湖を船で突っ切るのが一番早いが、残念ながら逆風だ。
歩いて行こう」
イタカの腰には酒の入った竹筒が下げられている。
「これがないと手が震えてね」
というのが理由である。
「オレも人のことは言えねぇけどよ。中毒だぜ、それは」
「酒を止めるぐらいならオレは死ぬよ」
クロは笑った。
「判らないでもねぇわ、それ」
「精霊に愛されているってどういうこと?」とカイト。
「魔術の才能があるってことさ、カイトちゃん。
ファロに来た時にはフウは文字すら知らなかった。それがちょっと教えただけですぐに魔術が使えるようになったんだ。精霊が喜んでフウの術に従うんだよ。もちろんまだ魔術師というには遠いが、才能はオレよりもはるかに上だ。
それに、もしかしたら--」
「もしかしたら、なに?」
しばらく考えてから、イタカは首を振った。
「いや、止めとこう。オレも詳しく知ってる話じゃないしな」
何度も途中で休みながらカイトたちがマウロの屋敷に着いたのは、昼も随分過ぎてからのことである。
「船でファロに行ったぁ?」
対応に出たマウロ宅の使用人はどこか焦った様子で頷いた。
「その、イタカ様のところに。お嬢さまと二人で」
「行き違いかよ。それで、オレに何の用だ?」
「それは、その」
使用人がちらりとカイトとクロを見て口ごもる。
「この二人なら心配ない。何があった」
イタカを見、もう一度カイトとクロを見て、使用人は腹を決めたように口を開いた。
「イタカ様もご存知でしょう。最近、旧ロア城に山賊が住み着いていることを」
「知ってる。反乱軍とか称している連中だな」
「村の者が何人か加わったようなんです。その、反乱軍に」
「本当か」
使用人が頷く。
「それで、お嬢様が」
「判った。もういい。連れ戻しに行った、そういうことだな」
「はい」
「船はあるか?」
「ございます。こちらに」
「どういうことだよ」
イタカに続きながらクロが問う。
「聞いていた通りだ。すぐに後を追わないと。オレがいないとなると二人だけで山賊のアジトに乗り込んで行きかねん。いや、行くだろうな。間違いなく」
「そのお嬢様とフウの二人きりで?山賊のアジトまで?」
「そういう娘なんだよ。ミユは」
船に乗り込むと、イタカは大きく息を吸い、呪を唱えた。酔ってはいても声に揺らぎがない。順風である。そこに風の精霊の術でさらに船足を早めようというのである。
破れそうなほど帆が膨らみ、ぐんぐん速度が上がる。かなり上位の精霊が呼び出されているのだと、船の速度からクロにも想像がついた。
「いぬ先生も帆を抑えてくれ!」
「すげえな、隊長さん!見直したぜ!たいした魔術の腕だな!」
風の音に負けないよう、クロが叫ぶ。
「オレだけの力じゃねぇよ!精霊にも判るんだ。フウのために急いでるってな!だから進んで協力してくれてるんだよ、精霊が!
精霊に愛されているっていうのは、こういうことさ!」
日が落ちる前にファロ側の港に辿り着き、走り込んだ海軍特別養成所で彼らを待っていたのはミユとフウではなく、ひとつの知らせだった。
「隊長さん、これ。急ぎの知らせって、どこかの兵隊さんが持ってきたよ」
かかしの差し出した封書を開いて、イタカは顔色を変えた。
「なんだよ。また何かあったのか?」
「ミユとフウが向かった旧ロア城にいるのはただの山賊だ。ただ、ヤツラは近隣の住民の支持を得るために、建前として反乱軍を名乗ってる」
「それで?」
「その反乱軍を討つために、オム市から軍が来るそうだ」
「いつ」
「もう来てる」
旧ロア城はファロの街から南へ徒歩で3時間ほどのところにあった。
トワ郡によくある他の廃墟と同じく、旧ロア城はトワ郡がクスルクスル王国に取り込まれた際に廃棄された城だという。ファロからオム市へ続く街道を望む山の上に築かれ、周囲はちょっとした森だ。
もう来ているということではあったが、城の近くに兵士の姿はなかった。
「城を囲むのは明日、ってことか?」
クロが呟く。
カイトとクロは旧ロア城に続く山中にいる。イタカの姿はない。旧ロア城が見え始めた辺りで二人について行けなくなり、「先に行ってくれ。すぐに追いつく」と息も絶え絶えに言われたので置いて来たのである。
「無茶をするお嬢様だねえ」
斜面を登りながら、どこか楽し気にクロが呟く。ミユはファロを治める土豪マウロの一人娘だという。
旧ロア城に籠ると思われる山賊は30人ほど、とイタカは掴んでいる。反乱軍を名乗ってはいるがたいした悪事は働いていない。だから放置しておいた。イタカの職務からすればどこかに報告する義務もない。
まさかそこに知り合いの娘が二人で乗り込むようなことになるとは、イタカにも予想外だった。
「ちょっと会うのが楽しみだぜ」
カイトとクロが登っているのは城の正門とは反対側である。二人の登る斜面の下には小さな川が流れている。
見張りはいない。
「不用心だ……」
クロがそう言いかけたときである。
「弓で狙っている。動けば、殺す」
知らない若い女の声が、突然、森に響いた。