14-17(ザワ州の亡命公子17(貰えるものはありがたく))
オセロが、エルの屋敷にクロを訪ねて来たのは数日後のことである。オセロは臣下も連れずに一人で訪れ、
「犬公殿だけか」
と、リビングに座るクロに尋ねた。
「マルが師匠のゴラン様に稽古をつけて貰うって言うんで、エルとカイトはついて行ったよ」
「そうか」
「何の用だい。公子さま」
「互助会を潰すのを手伝って貰ったからな。約束の報酬を支払いに来た」
「ありゃ成り行きってヤツで、約束なんかしてねぇけどな。貰えるもんはありがたく頂戴するよ。
どこにいる?」
「呑みながら話そう。マララ酒を持ってきた」
「気が利くねぇ」
台所から湯呑をふたつ探してきて向かい合って座り、
「で?」
とクロは訊いた。
「5年ほど前にザワ州で内輪揉めがあってね。キャナは関係ない。ザワ州の民人同士の、本当の内輪揉めだ。父も仲裁はしたが、結局、いくさになった。双方合わせて100人程度の小競り合いだったが、その時に、双方の兵士が何人か森人の子に殺されたという噂が立った」
「ザワ州かよ」
クロがぼやく。
「いくらこっちを探しても見つからねぇハズだな」
「ザワ州は狂泉様の森が一部大きく南に張り出しているからな。おそらくそこから森を出たんだろう」
「その子はどうなったんだ?」
「見失ったそうだよ。戦場から逃れて、東へ、トワ郡の方へ逃げたと聞いている。噂の通りそのまま東へ逃げたとすると、辿り着くのはここから西、ファロという土地だ」
「ど田舎じゃねぇか」
「ファロを治めているのはマウロ殿という方だ。フウという子はそこにいるよ。多分」
「多分、なのか?」
「ファロには王都から派遣された役人がいる。その役人にアイブ殿を通じて照会をかけたんだが、狂泉様の森人などいない、という返事だった。
納得できなくてね。商人を通じて噂を集めると、いる、ということになる」
クロは顔をしかめた。
「嫌な展開だな」
「そもそも、何故、ファロには郡支所の役人ではなく、王都から派遣された役人がいるのか。アイブ殿も知らなかったよ。
妙なところだな、ファロは」
クロもトワ郡に長くいるが、ファロに行ったことはない。気に留めたこともない。海都クスルから派遣された役人がいるというのも初耳だった。
「助かったぜ、公子さま。オレたちだけじゃあ探し出せなかったかも知れねぇ。多分、というのが引っ掛かるけどよ、とりあえず行ってみるよ」
クロはマララ酒を飲み干し、改めてオセロを見た。
「それで、あんたはどうするんだ、これから」
オセロが笑う。
「犬公殿なら想像がついているだろう?」
クロはため息をついた。
確かに想像はついている。だが--。
「良くねぇことしか、思いつかねぇけどな」
とクロは答えた。
カイトたちが戻って来たのは、昼過ぎのことである。
「お前もゴラン様に手合わせしていただいたか?」
クロの問いにカイトは首を振った。
「そんな気になれなかった」
「マルがゴラン様にね、カイトに何回やっても勝てないって話をしたら、ゴラン様、しばらくカイトを見て、『私でも勝てそうにないな』って笑われたのよ」とエル。
「とても敵う気がしない」
ゴランは70近い老齢だった。
背は高いが細身で、顔だちも優しく、一見すると武人とは見えなかった。しかし、この人は高い壁だ、とゴランの前に立ってカイトは思った。
足が竦むというのではない。
怖さはない。
むしろ優しく包み込まれるような安堵感さえ感じた。
しかし同時に、この人には勝てない、とカイトは思ったのである。
「へぇ。お前でもねぇ。そりゃスゲェ」
「姫巫女様にも会ったわ。おきれいな方だった」
「おう」
クロが声を上げる。
「姫巫女様にはオレも会ってみたかったなぁ」
「会ったことないの?クロ」
「ある訳ないだろ。ゾマ市に住んでたとは言ってもオレはしがない賞金稼ぎだぜ?いつも遠くからご尊顔を拝していただけさ。
そう言えば知ってるか、カイト」
「何を?」
「姫巫女様とゴラン様は兄妹だってよ。二人とも、元は西の大洋に面したどこかの国の王女様と王子様だったってよ」
「エルに聞いた」
よく似ているなと思って、後でエルに尋ねたのである。
「でも、王女様と王子様だとは知らなかった」
「オレもウワサでしか聞いたことはないんだけどよ。間違ってねぇよな、エル」
「ええ。そうね」
「ホントかどうかは知らねぇが、ゴラン様は王太子だったって言われてる。けど、姫巫女様が”スフィアの娘”になりたいって言い出した時に--」
「クロ」
カイトがクロを遮る。
「ん?どうした?」
「その話は、後で教えて」
抑えてはいるが強い口調でカイトが言う。
「ああ。いいぜ」
カイトが話を遮った理由は判らなかったが、クロは頷いた。
「おっさん。オレたちの留守中に誰か来たのか?」
「ああ。公子さまが来たぜ」
「湯呑を使ってもいいけどよ。片づけぐらいしろよ」
「すまねぇな。頼むわ、マル」
「手伝うわ。マル」
「ねぇ、マル」と、エルがマルに尋ねたのは、二人でキッチンに行ってからである。「わたしって感情が顔に出やすいのかな」
「オレには判らねぇけどよ、判るようだな。カイトも。モモも」
「不思議な子たちね」
「特にカイトなんか、むちゃくちゃ鈍そうなのにな」
「本当にね」
と、朗らかにエルは笑った。
「さてと。カイト、そろそろトワ郡ともオサラバできそうだぜ」
二人残されたリビングで、クロはカイトにそう声をかけた。カイトが振り返る。流石にクロの言葉の意味はすぐに判った。
「見つかったの?」
クロが頷く。
「ああ。多分、だけどな」