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14-16(ザワ州の亡命公子16(それぞれの結末))

「婿殿が来ている?」

 ゾマ市の郡支所長であるプロントがその報告を受けたのは、朝食を終えた後である。

「はい。まだ、夜が明ける前に。旦那様はまだお休みだとお伝えすると、支度ができるまで待つとおっしゃられて」

「何の用だ」

 不機嫌にプロントが訊き返す。

「それは旦那様に会って直接、お話しなさると」

 プロントは鼻を鳴らした。

「こんな朝っぱらから、仕事熱心なことだ」

 アイブは応接室のソファーに背筋を伸ばして座っていた。プロントが入って来たのを見て立ち上がり、敬礼する。

「いつも固いことだな。婿殿」

「朝早くに申し訳ありません。郡支所長」

「郡支所が開くまで待てなかったのかね?」

「はい」

 妙に薄汚れているな。ソファーに身体を落ち着けてようやく、プロントはそのことに気づいた。なんだか、血で汚れているようにも見えるが……。

「それで、なんだね」

 テーブルに置かれた湯呑に手を伸ばしながら訊く。アイブの前にも湯呑が置かれているが、手がつけられた様子はない。

 いつも通り。

 いったいこの婿はいつになったら--。

「昨夜、テートとジャング、両互助会の会長を殺害いたしました」

 プロントがきょとんとする。

「テート、ジャング、両互助会に騒乱の企図ありとの情報を入手し、投降を促したものの拒否され、やむなく戦闘となり、これを壊滅いたしました」

「……壊滅?」

「残念ながら屋敷にいた者は、女子供も含めて殺害するより他になく、誠に残念です。

 遺体はすでにスフィア神殿に依頼し、埋葬の手はずを整えており、スフィア神殿の方々がそれぞれの屋敷に向かわれています。

 ただ、テートとジャングの遺体につきましては、郡支所長の検分が必要と思い、郡支所に運んであります」

「ま、待て。婿殿」

 プロントが慌ててアイブを遮る。

「テート互助会と、ジャング互助会を壊滅させた……?」

「屋敷にいなかった者も若干はいるかと思われます。現在はそうした者を捜索させているところです」

「何、何を言っている。婿殿。か、壊滅……?」

 アイブが短く息を吐く。どこか遠くを向いていたアイブの視線が、プロントの顔に焦点を合わす。

「--ようやく、スイ様の仇を討つことが出来ました」

 プロントの全身の血が凍った。

 アイブの細い瞳に冷たい憎悪がある。

 脂汗を流しながらゴクリと喉を鳴らして口を開いたが、プロントは言葉を形にすることが出来なかった。

「このような早朝に伺ったのは、郡支所長から巡察使様にご報告いただいた方が宜しいのではないかと思ったからです」

「ほ、報告?」

「はい」

 アイブが頷く。視線がプロントから外れる。

「では、朝早くに失礼いたしました」

 再び敬礼し、アイブが背中を向ける。プロントは訊けない。アイブが知っているのだと確信がある。互助会の背後に自分がいたと。自分こそが前郡支所長の仇なのだと。

 プロントの額の血管がどくどくと鳴り、『ワシを殺さないのか?』という問いが頭蓋の奥で痛いほど渦を巻いた。

「郡支所長」

 背中を向けたままアイブが言う。

「これからもゾマ市のために働いていただけることを、期待しています」

 応接室の扉が静かに閉じられる。ずるずるとプロントの身体が落ちる。天井へと定まらぬ視線を向けたまま、プロントは心臓を抑えてしばらく激しく喘ぎ続けていた。



 ”古都”の術が施された死体は、埋葬する前に調べる必要があるだろうと、郡支所に運び込まれた。

 運び込まれたのはジャングとテートの死体とは別の部屋である。

 封印され、魔術によって室温が下げられた部屋の扉が、不快な音を立てて開いた。

 入って来たのは一人の男である。

 男が呪を呟き、室内の明かりが灯る。

「これはこれは巡察使殿。こんなところに何のようですかな」

 耳に心地よい声が低く響く。

 声をかけられた男--巡察使のダウニは、親し気な笑みを浮かべて声の主を見た。オセロが部屋の奥で腕を組み、背中を壁に預けて、部屋に入って来たダウニに笑顔を向けていた。

 二人の間には死体が4つ並べられている。

 そのうちのひとつは二つ合わせたテーブルに置かれているにも関わらず異様に太い手足がはみ出してしまっている。

 ダウニは、並べられた死体をちらりと見てから、

「オセロ公子こそ、何をなさっているのです?」

 とオセロに問い返した。

「人を待っていました」

「ほう」

「来るかどうかは判らなかったのですが、待ちぼうけにならずには済んだようです」

「わたしをお待ちになっていたと?」

「いいえ」

 オセロが首を振る。

「わたしが待っていたのは、”古都”の魔術師ですよ」

 ダウニがくっくっくっと笑う。

「クスルクスル王国の巡察使であるわたしが、”古都”の魔術師だとおっしゃるのですか?」

「ええ」

「何を証拠に?」

「まずはここへ来られたことです。

 ”古都”の魔術師は良くも悪くも研究熱心です。彼らにとって術を売ることは魔術研究の一環でもある。術を施した被験者が死んだ。とすれば、どうやって殺されたか知ることは、術の改良に繋がることになる。

 おそらく術を施したのはあなたではない。しかし、確認せずにはいられなかった。

 それが”古都”の魔術師ですからな」

「わたしはクスルクスル王国の巡察使ですよ。巡察使として、騒動について王に報告する義務がある。

 だからここに来た。

 そうは考えられませんか?」

「何より、あなたの影」

「ほう」

「影に妖魔を飼っておられますな」

 ダウニが嗤う。オセロの問いを肯定することはない。影が動くこともない。

 しかし、オセロの問いを否定することも、ダウニはしなかった。

「もし仮にわたしが”古都”の魔術師だとして、あなたは何のために”古都”の魔術師を待たれていたのですか?オセロ公子」

「わたしは正義を求めているだけですよ」

「正義とは?」

「いま、千丈宮を抑えているのは、キャナです」

「そうらしいですなぁ」

「ザワ州の正当な州公が誰か、キャナならば、王に認めさせるのは容易いでしょう。そしてキャナの背後には、”古都”の魔術師がいる」

「キャナに利点がありますかな。あなたの言われる、正義が行われたとして」

「クスルクスル王国への道が拓けますよ。貴重な兵を損じることなく」

「ゾマ市は戦禍に見舞われることになる」

「そうとは限らない。ゾマ市はゾマ市だ。中立を保とうとする」

「ふむ」

「キャナとしても戦神様の護り人と干戈を交えるのは得策ではない。いくさに合理性を求めるモルド殿ならそう判断するでしょうな」

「それは……」

 ダウニが言葉を飲み込む。

 オセロはダウニのためらいに、意外と”古都”もモルドを御しきれていないのではないか、と悟った。

 この時初めて、オセロはモルドという正体不明の人物への興味を抱いた。

「悪くはない取引ではありませんか?」

「……どうでしょうな」

「結論を出す前に、ひとつ叶えていただきたいことがある」

「ふむ?」

 オセロはそれまでと口調を変えないよう、注意しながら口を開いた。本心を悟られないよう。さりげなく。

「わたしをモルド殿に、会わせていただきたい」

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