14-14(ザワ州の亡命公子14(矢の放たれし先))
カイトに続いて店を飛び出したのはオセロである。店の奥にいたが、他の誰よりも早かった。
腰を浮かそうとしたエルは、マルがすぐに止めた。大きな瞳に不安を溜めて振り返ったエルに、マルが首を振る。クロは居酒屋の奥を探り、外の騒ぎに耳を澄まし、「大丈夫そうだぜ」とエルとマルに声をかけて立ち上がった。
居酒屋を飛び出したオセロが見た時には、カイトはすでに、弓を下ろしていた。
「モモ」
カイトがモモに声をかける。
地面に落ちた灯りが倒れた男たちを照らしている。一人は呻き声を上げているが、他の二人はぴくりとも動かない。
何が起こったか判らないのだろう、モモは呆然と立ち尽くしている。
「モモ。こっちに来て」
カイトが再び声をかけ、「あ、うん」とモモが足を踏み出す。カイトもモモに歩み寄って、倒れた男たちを背中で隠すように彼女を抱き寄せた。
「モモ、大丈夫か?」
オセロがモモの顔を覗き込む。
「あ、はい」
エルが走り寄って来て、「わたしが。オセロさま」とカイトに頷き、モモをカイトから受け取る。
エルの傍らには当然マルがいる。戦神の護り人である彼がエルを来させた意味を、オセロはすぐに理解した。
「頼む」
オセロは倒れた男たちに歩み寄った。
襲撃者は二人とも頭部を矢で射抜かれていた。ガイを襲った男は頭部だけでなく、短剣を握った手も射抜かれている。
オセロの臣下は誰もがいくさの経験がある。刀傷の手当てにも慣れている。ガイを手当てしている臣下にオセロが視線を向けると、臣下は深く頷いた。
判ったと声を出すことなく頷き返し、オセロは「大丈夫か、ガイ」と声をかけた。
「はい……」
「傷は深くはない。が、動くな」
声もなくガイが頷く。
オセロは立ち上がり、他の臣下を呼んだ。
「アイブ殿に連絡を」と、いつもよりも更に低い、感情を伴わない声で命じる。「テート互助会をやる」
モモを刺そうとした男にオセロは見覚えがあった。西の広場で彼を刺そうとして、カイトにふくらはぎを射抜かれた若い男だ。
「オレではなくモモを狙ったということは、こちらの報復を想定しているだろう。今なら屋敷にヤツラの大半が集まっている可能性が高い。
叩き潰す絶好の機会だ」
「よろしいのですか」
「アイブ殿が乗ってこなければ、オレたちだけでやる」
オセロの瞳の奥で怒りが燠火となって燃えている。臣下の口元が獰猛な笑みに歪んだ。異国までオセロにつき従った臣下たちである。心の動きはあるじによく似ていた。
仲間をやられたらやり返す。
ごちゃごちゃ考えるのは、後の話だった。
「ねぇ。クロ」
オセロたちから離れて、居酒屋の入り口の脇、夜の闇に表情を隠してカイトはクロに尋ねた。
「なんだ」
「どうしてモモが襲われたの?」
「公子さまじゃなくて、か?」
「うん」
「公子さまを直接狙うより、モモを襲った方が公子さまには堪えるってことだろうな」
「それが森の外のやり方なの?」
「そうとは限らねえ。ただ、ヤツラはそう考えたんだろ」
「ヤツラって?」
クロはクロで、ガイを襲った方の男に見覚えがあった。北門で彼らに絡んできたチンピラたちのうちの一人だ。
「テート互助会だな。とりあえずは」
「どうすればいいの?どうすれば、モモを守れるの?」
カイトはガキだ。クロはそう思っている。だから、カイトをこの件に関わらせたくはなかった。
しかしそう思いながら、クロは大きく息を吐いてから、平板な声で答えた。
「潰せばいいんだ。互助会を。両方」