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14-13(ザワ州の亡命公子13(ゾマ市の居酒屋にて))

 ダウニたちが帰るのを待っていたかのようにエルの屋敷にカイトを訪ねて来た者があった。

 若い男で、オセロの臣下のガイと名乗った。

 さわやかな笑みを湛えたガイを見て、クロは、「公子さまよりあんたの方がずっと公子さまらしいな」と軽口を叩いた。

「これを」

 ガイがカイトに差し出したのは一本の矢である。

「公子から伝言です。助かったと。先日の約束もある、是非、カイトさんに礼をしたいと申しております」

「オレも行っていいんだよな?」

 カイトが答える前にクロが訊く。

「”スフィアの娘”と戦神様の護り人も、ご一緒にと」

「それで、どこに行けばいいんだ?」

「それは……」

 ガイが言い淀む。

「なんだ?どうした?」

 クロの問いに、ガイは軽く咳払いをした。

「日時と場所については、後日お知らせいたします。どこにするか、--会計士殿と相談する必要がありますので」

 クロは笑った。つまりモモにお伺いを立ててからということだ。

「タイヘンだな。アンタらも」

 ガイが首を振る。

「会計士殿のおかげで我々も俸禄を頂けるようになりました。感謝しています」

「どうかしたの、クロさん」

 ガイが帰った後、不思議そうに首を捻るクロにエルが尋ねた。

「判らねぇな、と思っただけさ。あんなネジネジに捻じ曲がった公子さまにどうしてあんな素直なヤツが付いているのか」

「それはオレも知りたい」とマル。「モモがどうしてあんなヤツに惚れたのか」

「そうね。わたしも知りたいわ」

 と、エルもまた、頷いた。


 翌日のことである。

「人を探すなら娼館ね。だって、娼館は情報の溜まり場だもの」

 というエルの提案で、カイトはエルとマルの3人で歓楽街に出かけることになった。

「どうしてオレはついてったらいけないんだ?」

 クロの問いに、エルは「カイトが恥ずかしがるでしょ」と笑って答えた。

 カイトたちが戻って来たのは陽が落ちてからである。

「待たせて悪かったな。すぐに晩メシにするわ、おっさん。エル、手伝ってくれ」

「ええ」

 マルとエルが厨房へと消える。残されたカイトは力なくリビングの椅子に腰を落とした。

「どうだった?何か手掛かりはあったか」

 クロの問いにカイトが首を振る。カイトが酷く疲れている。

「どうしたんだよ」

「ニーナたちを怖いと思ったけど、」とカイトは答えた。「……甘かった」



「トワ郡という名前はね、大災厄の後に、ここに、トワ郡に最初に国を建てた一族に由来しているのよ。

 それがトワ一族」

 エルが説明する。

 ゾマ市の中心部にある居酒屋だ。エルが説明している相手はカイトで、同じテーブルにはマルとモモも座っていた。

 クロはというと、居酒屋の奥でオセロたちとテーブルを囲んで賑やかにやっている。数十枚のカードを使ったゲームに--もちろんカネをかけて--、文字通り前のめりにのめり込んでいるのである。

「ロタ一族じゃなくて?」

 カイトが問う。

 サッシャがかつてトワ郡を治めていた一族のひとりだということは、クロに教えて貰っている。

「ええ。トワ郡に最初に国を建てたのはトワ一族よ。

 トワ王国トワ王朝ね。

 このトワ王朝がおよそ300年続いて、次のイダ朝が150年。イダ朝の後はしばらく混乱状態が続いて、主に北部と中部、南部に分かれて争いを繰り返していたけど、そこを突かれて洲国に支配されたの。

 150年ぐらい前にようやく洲国を追い出して独立を取り戻したのが、北部トワ郡を地盤としていたロタ一族よ」

「……複雑すぎる」

「クスルクスル王国の歴史は70年程だけど、クスルクスル王国が成立する以前、大災厄以降からの歴史を勉強していると、あたしでもイヤになるもの。

 複雑すぎて。

 あっちと引っ付き、こちらと争って、また引っ付いたと思ったらケンカ別れしてって……、もうタイヘン」

 とモモ。

 カイトがため息を落とす。

「モモがイヤになるのなら、わたしには覚えるなんてとてもムリ」

「ずっと変わらないのはゾマ市だけだよな」

 と鶏肉を頬張りながらマル。

「ゾマ市だけってどういうこと?」

「大災厄の後にね、トワ郡に最初に戻ってきたのがスフィア様の信徒だったの。まだトワ一族がトワ王国を興す前にね。

 そういうこともあって、トワ郡が洲国に支配されていた頃も含めて、ゾマ市はずっと半自治都市としての地位を維持しているのよ」

「ハンジチトシ?」

「ゾマ市はね、国に課された税は当然、クスルクスル王国に納めてるわ。でも税の徴収や市の運営はゾマ市民で構成された委員会が担当しているの。委員会はスフィア神殿に属しててね、ゾマ市には中部トワ郡の郡支所もあって、郡支所が治安維持にあたってはいるけど、ホントはスフィア神殿が治めているのよ」

「エル」

「なに?マル」

「カイトの頭から湯気が出てる。コイツに理解しろと言うのがムリだ」

 モモがあはははははと笑う。

 エルも温かく笑った。

「そうね。だったら--」


 エルやモモの笑い声を背中に聞きながら、クロは力なく背もたれに身体を預けた。口を大きく開け、視線を天井に彷徨わせる。

「また負けた……」

 クロの対面に座ったオセロがにこやかに笑う。

「もう少し軍資金を貸そうか?犬公殿」

「ムリだ……。とても返せねえ……」

 ふむとオセロが頷く。

「だったらちょっと相談したいことがあるんだがね。オレの依頼を聞いてくれれば借金はチャラにしてもいいぜ」

 クロが身体を戻す。オセロを見ることなくため息を落とす。

「止めとくよ。うまいだけの話なんてねぇからな」

「話だけでも聞いてくれないかな。聞いてくれるならマララ酒を奢ろう」

 クロがちらりとオセロを見る。

「会計士様に怒られるぜ?」

「心配してくれるのはありがたいが、オレのアルバイト代から払う。大丈夫だ」

 クロは嗤った。

「公子さまの貧乏臭さに敬意を表するよ」

 臣下がテーブルのカードを片付け、オセロが身体を乗り出す。

「互助会を片付けたい。手伝って欲しい」

「オレに?カイトに?」

「二人とも。だが、正直、森人の嬢ちゃんに」

 クロの前にマララ酒の入った湯呑が置かれる。

「何のために互助会を片付けるんだ?」

 湯呑を口に運びながらクロが訊く。

「アテにできる話じゃないんだがね。国に帰る足掛かりにするためだ。だが、正直、どうなるか判らない。詳しく話すには可能性が低すぎるからな」

「正直、正直って言うヤツほど、信じられねぇよ」

 オセロが笑う。

「元々信じてないだろ、犬公殿は、オレを」

「旨い酒を呑ませてくれるヤツはみんな信じてるよ、オレは」

「オレの目的は国に帰ることだ。互助会を潰そうと考えたのも、その為だ。それはいいかな?」

「ああ」

「策は単純であるべきだ。だからまずは、互助会を潰すことだけを目的にしている。

 その後のことは、後のことだ」

「公子さま、あんた、アイブとツルんでるのか?」

 唐突なクロの問いにオセロは驚かなかった。

「アイブ殿の目的は言うまでもないだろう」

「ああ」

 前の郡支所長、スイ様の仇討ちだ。

「だけどよ、どうしてあんたらだけでやらない。アイブには部下もいるし、公子さま、あんたの腕ならやれるんじゃねぇか?」

「”古都”」

「えっ?」

「テート互助会を潰すために、ジャング互助会の連中が、”古都”の魔術を買っているんだよ。犬公殿」


 ”古き国々の都”。略して”古都”。魔術師の支配する国だ。

 ”古都”は魔術を売ることを生業のひとつとしている。魔術師を派遣することもあれば心得がある者に魔術を教えることもある。売価だけを得て何らかの術を施すこともある。

 そもそも”古都”は、不死を研究し、不死を実現できれば優先的に提供することを約して多くの国の王族、貴族から資金を引き出している。

 クロも知っている。

 決して公にはできない話だ。

 不死。通常なら笑い飛ばされても当然の話だ。しかし、いつか必ず不死は実現できると”古都”の魔術師は主張する。

 なぜなら、既に不死は実現しているから、と。

 千の妖魔の女王、シャッカタカー。我らが首席に座る、彼の御方を見よ。特異な例ではある。しかし、現に成し遂げられている術なれば、不死は普遍の術となるであろう。我らが十分な資金を得れば必ず、いつか、と、”古都”の魔術師は言う。

 そして、”古都”の魔術師たちの口車に乗って、多くの王族、貴族たちが莫大なカネをドブに捨てている。

 クロに言わせれば、「世の中、バカが多いねぇ」ということになるのだが、”古都”が様々な国に深く根を張っていることは確かだった。


 クロはため息を落とした。

「もしかして、この前、テート互助会の連中と西の広場でモメてたのは、このことと関係があるのか?」

「テート互助会はテート互助会で、ジャング互助会に対抗するために”古都”から魔術を買おうとしているようだな」

「この前の騒ぎはそこに繋がるのかよ」

「少しでもテート互助会の資金源を断ちたくてね」

「もしオレが断ったらどうする?ここまで話を聞いといて」

「あんたは不思議な人だな、犬公殿」

「ああ?」

「あんたの話にはウソが多い。しかし、それを知っているにも関わらずアイブ殿はあんたを信じている。

 アイブ殿だけじゃない。森人の嬢ちゃんもだ。

 だからどうもしないよ。

 あんたなら、この話を聞いても誰にもしゃべらないだろう」

「オレを買いかぶり過ぎだぜ」

 クロが湯呑のマララ酒を飲み干す。

「ま、そういうことだったら、オレの答えを言っとこう。協力はできねぇ。カイトにそんなことは手伝わせられねぇ。

 借金は、まぁ、いつか返すからちょっと待ってくれ」

「あんたならそう言うと思っていたよ、犬公殿」

 立ち上がりかけていたクロは訝し気にオセロを見返した。

「まだ何かあるのか?」

「フウって子がどこにいるか、知りたくないか?」


 クロは腰を下ろした。オセロの青い瞳の奥を覗き込む。オセロの言葉がウソとは思えなかった。はったりにしては安っぽ過ぎる。

「どこにいる?」

「オレは知っている。いま言えるのはそれだけだな。どうするか、すぐにとは言わない、嬢ちゃんと相談して後で返事をもらえないか」

「あんたが知っている。それだけで手掛かりになるぜ?」

「そんなことしないだろう?犬公殿は。いや、そうでもないか。そうだな。こう言えばいいか?

 互助会を潰すことは、モモを助けることにもなる」

 イヤなトコを突きやがる、とクロは思った。

 確かにモモを助けるためと言えば、カイトはためらうことなくうんと言うだろう。

 だが、自分の女を交渉のネタにするか?と不機嫌になり、皮肉を込めて、

「そっちが本当の目的かい?公子さま」

 とクロは訊いた。

「まさか」

 オセロが短く否定する。

 クロは首を振った。

 あまりに簡潔な否定の裏に、真実があるように思えたのである。

「良く判らない人だな、あんたは」

「犬公殿ほどではないさ。さて、この話はもう終わりにしよう。そろそろモモを帰さないといけないからな」

 クロは嗤った。

「タイヘンだな。若い娘を恋人にすると」

「羨ましいか?」

 クロは鼻を鳴らした。

「オレはお姫様が好きなんだ。あんたとは趣味が違う」

 薄く笑って、オセロはガイを呼んだ。

「ガイ、悪いがモモを送ってやってくれ」立ち上がったクロに向かって「借金の話は気にしないでくれ、犬公殿」と続ける。

「なんでだ」

「さっきのゲームが、ぜんぶ、話の糸口を作るためのイカサマだったからさ」

 と、オセロは答えた。


「モモ。公子さまがもう帰れ、だとよ」

 カイトたちのテーブルに行き、クロはそうモモに声をかけた。

「私がお送りします。会計士殿」

 クロの言葉をすぐにガイが引き継ぐ。

「あ、はい」

 モモがオセロに視線を向ける。口元に笑みを浮かべて軽くオセロが眉を上げる。モモも黙って頷き返した。

「それじゃあ、またね。エル、マル、カイト」

「ええ」「おお」「うん」

「お先に失礼します、クロさん」

「気をつけてな」

 ガイに連れられてモモが店を出て行く。モモが座っていた席にクロが座る。「まだ飲んでていいんだよな、公子さま!」とクロが叫び--、

 カイトの首の後ろの毛が、逆立った。


「ああ、もちろん……」

 カイトが椅子を蹴り飛ばす音が、オセロの声を断ち切って居酒屋にけたたましく鳴り響いた。

 何事かと人々が振り返った時には、弓を拾い上げ、カイトは居酒屋の外へと飛び出していた。

 素早く視線を回す。ガイの手にした灯りが10mほど先にある。カイトから見て、左側にガイ。右側にモモ。

 並んで歩く二人の後姿だけが夜の闇の中にぼんやりと浮かんでいる。

 ガイの傍らに小さな鈍い光がある。引き摺るように闇を纏い、短刀を腰だめに構えた人影がガイの傍らにある。右側の闇。掬い取れそうなほど濃い闇の奥。ガイに話しかけているモモの傍ら、姿は見えないが、そちらにも誰かいる。

 そうしたことをカイトは瞬時に見て取り、見て取った時には、彼女の弓から矢が放たれていた。

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