14-8(ザワ州の亡命公子8(死の公女の森1))
一部が崩れてはいたものの意外としっかりした石段を登って、カイトはエルに続いてゾマ市を囲む城壁の上に出た。
『広い』
城壁の頂面の幅は5mはある。その頂面が左右どちらを見ても果てしなく続いているのである。直径が10キロもあるというだけあって、近くではただ頂面がまっすぐ伸びているようにしか見えなかったが、そのまま目で追うと次第にゆるやかな弧を描きはじめ、ところどころ崩れて風景に溶け込みながら延々と続き、最後は遠くに霞んで判らなくなっていた。
城壁の内側に視線を移すと、クロの言った通り、いくつか湖まである。当たり前のように田畑があり、草を食む牛や馬の姿も見える。
「あれが」
と、エルが城壁の中心部を指さす。建物は城壁内に点在しており、エルの指さす先に一番多くの建物が集まっていた。
「スフィア様の神殿よ」
湖に浮かんだ島に、白い大きな建物が幾つも連なって並んでいる。遠くてよく判らなかったが、全て平屋だとカイトには見えた。
「郡支所はあの辺りで、わたしたちの家はあの辺りよ」とエルが順々に指をさす。
「きれいなところだね」
緑が多い。
森に帰ったような安心感がある。
「そう言ってもらえるのは嬉しいわ」
「わたしたちのこと、ここから見てたよね、エル」
「やっぱり気づいてたんだ」
エルが城壁の外側へと向かう。城壁の外には北へと延びる街道が続いている。
「ここから旅をしてる人を見るのが好きなの。あの人はどこから来たんだろう、何を見てきたんだろうって。
わたしはゾマ市から出たことないから、いろいろ想像するのが楽しいのよ」
エルの隣に立ってカイトも数日前に辿ってきたばかりの街道へと目を向けた。
「それなら自分で行ってみればいいのに。マルがいるし」
「見習いじゃなくなったらそうするわ」
「どういうこと?」
「見習いの間はね、ゾマ市からは離れられないの。そういう決まり。今、ゾマ市を離れたら”スフィアの娘”じゃいられなくなっちゃう。
そうなったらマルともお別れしないといけないし、ちょっと悲しいわ」
「オレも他に行くところなんかないしな。エルに”スフィアの娘”を辞められるのは、ちょっと困るぜ」
石段の登り口を守るように腰を下ろしたマルが言う。
二人揃って『ちょっと』と言ったのをおかしく感じて、カイトの口元が緩んだ。
「わたしがここで一番好きなのはね、あれ」
エルの指の先を追うと、北門を挟んだ西側の城壁に一本の木があった。高さは3mほどだ。青々と葉を茂らせ、濃い影を落としている。木の向こうには何もなく、辛うじて城壁に引っかかっているという感じだった。
「あの木、城壁に根を張ってるの。かなり長く根を伸ばしているから城壁の中からだと根が見えるわ。
なんだかいいと思わない?」
「そうかな」
「まだしばらくは大丈夫だと思うけど、いずれあの木は城壁ごと崩れ落ちるわ。あの木が成長して大きくなれば、あの木自身の重みでね。
わたしそれを見てみたいの。
モモはこの街が好きだから、城壁が崩れるところなんか見たくないって言ってたけど。
カイトはどう思う?」
少し考えてから、カイトは「トワ郡に入ってから、たくさん廃墟を見たわ」と、風になびく髪を抑えながら答えた。
「廃墟?」
カイトが頷く。
「クロが教えてくれた。トワ郡がクスルクスル王国に取り込まれた時に使われなくなった城や大災厄で壊れてそのままになってる街だって。
酔林国に行った時にね、わたし、用水路を見たの」
「うん」
「それまでわたし、狂泉様の森よりきれいなものなんてないと思ってた。でも、とてもきれいだったの、陽の光に輝く用水路が。ううん。用水路だけじゃなくて、用水路の間で揺れる稲の波が。
それで思ったの。
人の作ったものも森と同じぐらいきれいなんだって。
わたしが酔林国でお世話になっていた人はお酒を造ってたわ。とても丁寧に手間をかけて。そのお酒がすごくおいしくてね、人が作るもので当たり前にあるものなんてひとつもないんだって、その人に教えて貰ったの。
だからトワ郡に入って、廃墟がそのまま廃墟になってて、どうしてそのままにしてるんだろうって不思議だったわ」
「どうして直さないんだろうって?」
「うん」
「この街の城壁も、直せばいいのにってこと?」
「うん」
「意外ね」
「何が?」
「狂泉様の森人なら、自然は自然のまま、在るがままにするべきだって考えてると思ってた」
「オレもだ」とマル。
「酔林国に行かなかったら、わたしもそう考えてたと思う」
「聞いてみないと判らないものね」そう頷いて、エルは果てしなく伸びる城壁へと目をやった。「城壁を直さないのはね、直したくても直せないからよ」
「どういうこと?」
「この城壁はね、誰が造ったか判らないの。大災厄で壊れて、人も記録もなくなっちゃったから。ゾマ市という名前も大災厄以降につけられた名前でね、元々の名前が何だったかもぜんぜん判らない。
大災厄までは、この辺り、と言うか狂泉様の森の南側は全部、キャナ王国だったのよ」
「クスルクスル王国も、全部?」
「洲国も百神国もね。でも、だからこの城壁をキャナ王国が造ったかと言うと、それも確かじゃないわ。
この城壁ね、すごく正確な円形になっているの。不必要なほど。だから、デアがこの城壁を造ったんじゃないかって考えている人もいるわ。何か魔術的な理由で、こんなに正確に造ったんじゃないかって」
「デア?」
「大災厄が起こる前に旧大陸と新大陸のほとんどを支配していた国。魔術師が支配していた、呪われた国よ」
「魔術師が支配していた……」
「うん」
何かがカイトの記憶に引っ掛かる。『亡霊の国だ』そう言ったのはライだ。『過去の栄光を忘れられない連中のな。大きな国じゃねぇ。人口は1万もあるかどうか、ってとこだが、実態は判らねえ。
魔術師が支配する国。
そして、名を口にするのも憚られる御方たちのうちの一柱を守護神とする国だ』
ライはそう教えてくれた。
「それって、”古都”と関係があるの?」
マルが身動ぎする。
「カイト、”古都”を知ってるの?」
エルの声に揺らぎは感じられない。けれど、緊張感がある。
「知っていると言うほどじゃないわ。酔林国にいた時に聞いたことがある。
キャナの、一ツ神の背後に”古都”がいるって。……名を口にするのも憚られる御方たちのうちの一柱を守護神としている国だって。
あとは、森を出てから『王妃の黒いローブ』で見たぐらいかな」
マルが笑う。
「十分だぜ、それで」
「そうね」とエルも笑い、しばらく考えてから、「多分、関係があるわ。デアと”古都”は」と言葉を続けた。
「”古都”が建国されたのは大災厄の後のことなの。
大災厄によってデアが滅んで、魔術師たちは国を失くしたわ。でも、過去の栄光を忘れられない一部の魔術師がデアの復活を国是として、”古都”を建国したのよ。
もう一度、旧大陸と新大陸、すべてを支配するんだってね。
ねえ、カイト。カイトは、デアの4大魔導士って聞いたことある?」
カイトが首を振る。
「ううん」
「デアの4大魔導士というのはね、魔術師が支配していたデアの中でも、特に魔術の技に優れていたって言われる魔術師たちのことでね。
デアが滅んだ今でも人々に恐れられている魔術師たちよ。
筆頭が、赤い魔眼の魔術師、永遠なる者、神殺しとも呼ばれる偉大なるマスタイニスカ。
次が、空白の砂漠にある街ラクドに住むと言われる、闇の司祭ウィストナッシュ。
それと、千の妖魔の女王にして既に死せる者シャッカタカー。
最後が、波の魔術師、岩のホウンガン。
4人とも伝説みたいなもので、そもそも本当に存在していたかどうかも確かじゃないんだけどね」
「デアのってことは、全員少なくとも800歳ってことだぜ?信じられるか?カイト」
「それって、4人とも今も生きているってこと?」
「そう言われているわ」
「信じられない」
「でね、”古都”がどんな国か、はっきりとは判らないんだけれど、12人の委員で構成された委員会で運営されていることは判っているの。
委員会のトップは首席と呼ばれてる。その首席に座っているのが、さっき言ったデアの4大魔導士のうちのひとりよ」
「だれ?」
「千の妖魔の女王。シャッカタカーと呼ばれる魔導士が、”古都”の建国者よ」
「ボード市の郡支所長が殺された」
クロにそう教えてくれたのはアイブである。郡支所のアイブの執務室でのことだ。
「ふーん」
椅子にふんぞり返るように座って、興味なさそうにクロは応じた。
「首が切り落とされて、郡支所に晒されていたそうだ」
はぁ、とクロがため息を落とす。
「相当恨まれてたってことかねぇ。殺ったのは誰だい?」
「まだ犯人は捕まっていない。
だが、あんたなら心当たりがあるんじゃないか?ここに来る前に、しばらくボード市にいたんだろう?」
「知らねえなぁ」
向かい合って座ったアイブの細い目が、クロの瞳の奥を探る。
「本当に?」
「まったく」
クロは軽く肩を竦めた。
アイブの視線が緩む。『相変わらず素直なヤツだぜ』と思いながら、クロは探りを入れるために言葉を続けた。
「だけどよ、自警団、あるだろ?あっちにはよ。あの連中が一番怪しいんじゃねえか?なんだったかな。確か、北の郡支所に勤める小僧が郡支所長に殺されて、それで自警団の連中がいきり立ってるって聞いたぜ?」
「らしいな」
アイブが背もたれに身体を預ける。
「だが、もし連中だとしたら、相当な証拠がなければ手は出せないな」
「なんでだよ。ちょっとひっ捕まえて締め上げればいいじゃねえか」
「そんなことできるかよ」
「どうして。互助会の連中じゃあるまいし」
「もっと悪い」
「ん?」
「自警団の大将、知ってるか?」
「名前はな」
「名前だけか?」
クロの胸がざわつく。
「……サッシャ、だろ?」
「サッシャ・ロタ」
「え?」
「サッシャ・ロタが、大将の名前だよ」




