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13-2(反乱の影2)

 すり減った石畳を歩く人は誰もいない。連なった石造りの家にも人の気配はない。家には天井もない。

 廃墟となった街の狭い路地の地べたに座って、クロは誰も住まない家の壁に凭れて大きく欠伸をした。

 緊張を紛らわすためではない。ただ、ヒマなだけだ。

「ん?」

 路地を曲がった先で足音が響く。

 酷く乱れた呼吸音と、恐怖に濁った臭いが近づいてくる。

「アイツが取り逃がすなんて、珍しいねぇ」

 よっこらせっとクロが立ち上がったところへ、男が一人路地から姿を現し、現れた途端すぐにギャッと悲鳴を上げて転倒した。

 どこからか飛んで来た矢が、男の足を貫いたのである。

 クロは笑った。

「そんなヘマ、しねぇか」

 クロがいるのは、狂泉の森に近い、北部トワ郡でも北にある廃墟である。

 賞金稼ぎのシゴト中だ。

 もっとも実際にシゴトをしているのは、カイト一人だ。

 カイトが取り逃がした賞金首を捕えるのがクロの役目だが、困ったことにカイトはクロにシゴトを回してくれないのである。

 遠くで男たちの叫び声が響く。

 パニックになっている。

 だが、カイトの気配は、いくら耳を澄まし、臭いをかいでもどこにもない。

『どうなってるのかねぇ』

 矢で足を貫かれた男に歩み寄り、悪口雑言を喚き続ける口を閉じさせて(このまま大人しく縛られるか、それとも森人の娘に今度は喉を貫かれるのがいいか選ばせて)、「アイツと一緒だと腕が鈍っちまうなぁ」とクロは呟いた。


 カイトがクロのところに戻ると、クロは剣を両手に素振りをしていた。いや、素振りと言うより敵を想定しての鍛錬と言った方がいいだろうか。

 クロが戦っている仮想敵が、カイトにも見えた。

 正面から振り降ろされた長剣をクロが右手の剣で受ける。左手の剣で突き刺し、素早く抜いて左側から襲ってきた剣を受ける。右手に握った剣で突き刺し、身体を回して、背後から襲ってきた剣をはじき返し、左手の剣で切り上げる。

 ひとり、ふたり。クロを取り囲んだ仮想敵が次々と倒されていくのが判る。獣人ならではの身体の柔らかさか、背後へも器用に剣を回す。

 ライともエトーとも、剣筋が違う。

 だが、強い。

 オレは人が死ぬのはなるべく見たくないんだよ--。

 カイトと出会ったときに、クロはそう言った。

 クロの話にはウソが混じることが多い。本当のことが判りにくい。けれど、あれは本当のことだったんだと、カイトは思った。

 最後に掌で器用にくるりと剣を回し、クロは剣を鞘へと収めた。

 カイトを振り返り、「よお、お疲れ」と、獣人は少しも息を乱すことなく、だらしなく笑った。


 不思議なぐらい、手掛かりがない。

「どうなってんのかねぇ」

 馬車に揺られながらクロは愚痴った。

 カイトが探す、フウのことである。

 北部トワ郡の中心都市、ボード市。クロはここで何らかの手掛かりが得られると思っていた。カイトに話した通り、狂泉の森人は嫌でも目立つ。5年前。王が代替わりし、人々の記憶に強く残っている年だ。

 だが、いくらあたっても5年前にたった一人で狂泉の森から出て来た筈の少女について知っている者はひとりもいなかった。

 賞金稼ぎのシゴトがてら狂泉の森に近い街まで足を延ばしたのも、フウの手掛かりを求めてのことだ。

「ホントにトワ郡にいるのかよ、その子」

 クロと向かい合って座ったカイトには、答えようがない。

 そもそもタルルナの情報は、南部トワ郡にある、海軍管轄下の港町に住む商人の噂話が元になっている。

 フウがいるのが、トワ郡の北部、中部、南部のどこかも判らない。

 タルルナにしても『あまり遅くなっては申し訳ないから、途中経過として』カイトの探し人はトワ郡にいると思われる、と知らせてくれたに過ぎない。

「よくそれで森から出て来たな、お前」

 と、クロには呆れられたものである。

「ごめん」

 カイトにしてみれば、フウを探すために森を出ると決めた時に、トワ郡にこんなに人が多いとは思ってもいなかった、ということになる。多くても酔林国ぐらいかなと、漠然と思っていたのである。

「ところで、わたしたち、どこへ向かってるの?」

 馬車に揺られながらカイトは訊いた。

 御者の男を除けば、彼らの他に馬車には誰も乗っていない。

「むかし知り合った魔術師に、是非見ておいた方がいいって教えられたモンがあるんだ。この近くに。

 こっちに来たことはなかったし、ワザワザ見に来るほど興味もなかったからそのままにしてたんだが、シゴトだけして帰るっていうのも癪だからな。

 ちょっとした観光さ」

「なに?それって」

「名残りだよ。大災厄の」


『これってなんだろう』

 初めて見る風景にカイトは驚くことはなかった。戸惑いもない。見ているのが何か、判らないのである。

 坂を登った先にあったのは、ただの穴だった。

 ただし、ただのと言うには、かなり広い。

 周囲は岩だらけで木も草もなく、対象物が何もないため広さの見当がつかない。1キロか、いや、2キロはあるだろうか。すり鉢状で、広さに比べると浅く見えたが、実際にはかなり深いと思えた。

「これが大災厄の名残か?」

 クロが尋ねた相手は、彼らをここまで案内してくれた御者の男である。

「どうだ、スゴイだろう!」

「よく判らねぇ」とクロ。

「張り合いがねぇな。スゴイと言えよ」

 男はこの穴を見たいという客を案内することでカネを稼いでいるという。

「わたしもよく判らない。何がスゴイの?」

「この穴、空から星が落ちてきて出来たんだ。すごくね?」

「そりゃ、ただの伝承だろ」

「ホントのことさ!だってよ、魔術師連中を連れて来たときには、連中、感動して涙まで流してたぜ!もっと良く調べたいからここに泊まりたいって、だから、あの小屋をオレが建ててやったんだ」

 男が指さす先に小さな小屋がある。

「あそこでビールも飲める。どうだ、寄ってかねぇか?」

 と、男は妙に必死だった。

「いや、いい。オレたちは魔術師じゃねえからな。コレの価値がよく判らねぇ。だからもういいわ」

「穴に降りる道もあるんだ。降りてみねぇか?下から見るとまたズイブンと景色が違うぜ?」

「またバカ高い案内料、取るんだろ?」

「安くしとくよ」

 クロは笑った。

「近頃いろいろぶっそうで観光どころじゃねぇから、客が減ってるんだろ?それは判るけどよ、ワリィな、オレたちはもういいや」

「そんなこと言わずに。こっちは嫁と子供を食わせねぇといけないんだ」

「貸し切りってことで馬車代を大目に払っただろ?それで、アンタの嫁と子供に美味いものを食べさせてやりな。

 オレたちにできるのはそれぐらいだ」

 男が肩を落とす。

「じゃあもう帰るか?」

 と男が言ったところへ、「……わたし、降りてみたいな」とカイトが割り込んだ。「はぁ?」とクロが声を上げる。

「ホンキかよ」

「うん」

 クロはため息を落とし、御者の男に顔を向けた。

「なあ、あそこでビール、勝手に呑んでていいか?」

「いくらでも呑んでてくれ」

 御者の男が上機嫌でクロに小屋のカギを渡し、「さ、行こうぜ、嬢ちゃん」と歩き始める。

 一杯いくらだ、と訊こうとして、クロはやめた。どうせバカ高いに決まっている。文句は戻ってから言えばいいやと、「……意外と物好きだねぇ」と呟いて、穴の縁に建てられた小屋へとクロは足を向けた。


「本当に、ここ、空から星が落ちてきて出来たの?」

 斜面を下りながらカイトが先を歩く男に尋ねると、男はハハハと短く笑った。

「そうだ、って言いたいとこだけどよ、嬢ちゃんにはウソはつきたくねぇなあ、どうしてだか。

 オレには判らねぇっていうのがホントのとこさ。

 なあ、嬢ちゃん。大災厄って知ってるか?」

「うん。何百年か前にたくさん人が死んだっていう災厄のことでしょう?」

「そう、それだ。

 大災厄の際にはここだけじゃなくて、星が数えきれねぇほど落ちて来て世界中を燃やし尽くしたって、この辺りでは言い伝えられてるぜ。

 オレに言わせりゃあ、ぜんぜん燃え尽きてねぇじゃん、ってとこだけどな」

「落ちて来た星は残ってるの?」

「魔術師たちも穴の中を調べてたけどな、溶けちまったか、砕けて飛び散ったかしたんだと。むしろ星のかけらは穴の外でたくさん見つかったみたいだな」

「降りてみるとここの広さが判るね」

「だろ?穴の底まで200mはあるらしいぜ、ここ」

「そんなに?」

 カイトは周囲を見回した。底まで降りる斜面はなだらかで、そんなに深いとは思えなかった。それだけ穴自体が広い、ということだろう。

「ホントに広いんだ、ここ」

「みんなもっと見に来てくれればいいんだけどな」

「ここって、オジサンが見つけたの?」

「ずっと前から知られてたよ、地元では。けど、珍しいモンだってのは魔術師が調べに来るまでは誰も知らなかった。で、魔術師たちが引き揚げた後に、なんとかカネ儲けに使えねぇかって考えて、アレをオレが建てた」

 男が指さしていたのは、穴の底の中心辺り、少し盛り上がった丘の真ん中に据えられた小さな建物だった。

「何?あれ」

「月の女神さまの祠さ」


「魔術師たちが言うには、大災厄以前には、太陽に似た大きな星が空を回ってたそうだ。それが落ちて来て、無くなっちまった。

 無くなった星は、月、っていうそうだ」

「それって、暦と関係あるの?」

「さあ。良く知らねぇな。なるほど。そんなこと思いもしなかったから魔術師に訊いてねぇよ。

 もしかしたら関係があるかもな」

「そうなんだ」

「月には、月を司る女神さまがいらしたらしいが、月が無くなっちまって名前のない、失われた神様になっちまった。今じゃあ、北にある”空白の砂漠”のちっぽけな国で細々と祀られているらしい」

「それで祠を建てて差し上げたの?」

 男が照れくさそうに笑う。

「建てて差し上げたって言うといいことをしたみたいだけどよ、目的はさっきも言った通りカネさ。

 嬢ちゃんたち森人は狂泉様に近いから判らねぇかなぁ、巡礼って」

「ジュンレイ?」

「各地にある神殿を回って、神様の加護を祈るんだ。ま、半分は、美味いモノを食って変わったモノ見てって、ただの観光旅行だけどな。

 パロットの街の龍翁様の神殿。海都クスルの海神様の神殿。

 大きな神殿はどこもけっこう巡礼者で賑わってる。

 今は行くのが難しいが、キャナの遠雷庭は雷神様の本神殿とされてるから、各国から信徒が訪れてた。

 で、考えた訳だ。

 他のどこにもいらっしゃらない神様を祀れば、ここにも巡礼者を呼び込めるんじゃねぇかなってな」

「でも、”空白の砂漠”にはいらっしゃるんでしょう?」

「行くには遠すぎるぜ?”空白の砂漠”は」

「どんな神様だったの?月の女神さまって」

「失われた神様だからなぁ。良く判らねぇんだそうだ。ただ、いと高き所からオレたちを見守っていてくれたことは確かだよ。

 これを建ててからオレんとこも調子がいいんだ。

 ガキどもは病気知らずだし、じっさんもばっさんも前より元気になった気がする。女房も妙に機嫌がいい。

 ご利益はあるぜ?」

 男が建てたという月神の祠は、遠くからでは判らなかったが、石造りの祠自体はカイトのひざぐらいの高さしかなく、祠の上に、祠全体を覆うように木製の屋根が建てられていた。

 祠の小さな扉は固く閉ざされており、大きさは違うが、ガヤの街で見た雷神の神殿をカイトに思い出させた。

 風はなく、日差しが強い。

 しかし空気が軽く、気持ちがいい。

「ここ、涼しいね」

「不思議だろ?」

「祠の中には何があるの?」

「かけらさ」

「かけら?」

「魔術師が記念にってくれた星のかけらさ。見つかったのは穴の外だけどな。それをお祀りしてあるんだ」

「だからここ、涼しいんだ」

「ん?」

「本当に、月の女神さまがいらっしゃるから」

「そう言ってもらえると嬉しいねぇ」

 カイトは月神の祠に向かって頭を下げた。

 そのまましばらく瞑目する。

「何を熱心に祈ってたんだ?」

 帰り道、男はに訊かれて、「わたし、人を探しているの。空にいらした神様ならご存知かも知れないから、見つかりますようにって」とカイトは答えた。

「なるほど。人探しか。今度、月の女神さまが何の神様か訊かれたら、人探しの神様だって答えることにするか」

 そう軽口を言って、

「まぁ、最近は客が減っちまったけど、一番のご利益は、オレにカネを稼がせてくれたことかな」

 と、男が笑う。

「おかげで傭兵に行かなくて良くなったからなぁ」

「オジさん、傭兵なの?」

 驚いてカイトが問う。

「元、だけどな。好きでやってた訳じゃねぇけど腕っぷしには自信があるからな」

 確かに男の腕は逞しい。

「獣人のあんちゃんがビールを飲んでる小屋も、さっきの祠も、ここまで嬢ちゃんたちを運んで来た馬車も、傭兵時代の稼ぎが元手さ」

 傭兵と聞いてカイトが思い浮かべたのはライである。

 ライは酔林国の軍に所属していた。

 ということは。

「クスルクスル王国の軍にいたってこと?」

「違う違う。お花畑のために戦うなんて真っ平さ。

 それに、クスルクスル王国はずっといくさとは縁がなくて、もう10年はいくさをしてねぇよ。

 オレがいたのは洲国の軍さ」

「でも、洲国って……」

「違う国だって言いたいのかい?」

「うん」

「いざいくさってなったら、傭兵の出身地なんか関係ないさ。クスルクスル王国と洲国が戦うのならちょっとは考えるだろうけど、洲国が戦っているのはキャナだからな。傭兵がどこから来たか雇う方も考えないさ」

「そうなんだ」

「ガキもいる。口うるさいけど、大事な女房もいる。もういつくたばっても不思議じゃねぇが、まだじっさんもばっさんも生きてる。

 まだ死にたくはねぇからな、傭兵稼業はもう廃業さ」

 ふと男が言葉を切る。

 そして、カイトに話すのではなく、自分自身に言い聞かせるように、小さく呟く。

「もし、ペル様が立たれたなら、話は違うけどな」


 街へと戻る馬車の中でカイトは、御者の男が傭兵だったことをクロに話し、

「オジさんはお花畑のために戦うなんて真っ平って言ってたけど、どういう意味?」」

 と尋ねた。

 クロが鼻で笑う。

「いまの王のことさ、クスルクスルの。英邁王さ。頭の中がお花畑のように幸せな、バカな王のために命は張れねぇってことさ」

「わたしの知ってる人は、生きてるって実感があるから傭兵をやってるって言ってたけど、そういう人だけじゃないんだね」

「ほとんどのヤツらは食ってくためにやってるだろうよ、御者のオヤジと同じで。

 好きでやってるっていうのは、ま、変わりモンじゃねぇか?」

 カイトはライをはじめとする酔林国の軍の人々の顔を思い浮かべた。エトー。カーラ。マクバ。軍団長。

「変わり者かどうかはよく判らない。でも、みんな優しかったわ」

 と、言う。

 クロが低く笑う。

「なに?」

「何でもねぇよ。早くボード市に戻って、テオの陰気な顔でも見に行こうぜ」

「うん」

 みんな優しいねぇ。クロは一人胸のうちで嗤った。判るぜ、と思う。困ったモンだねぇ、と。



「宿泊税に入湯税。何かを買う度にも税金を取られる。おまけに10日ごとに滞在税が必要だなんてよ。テオ、酷過ぎるんじゃねぇか」

 クロが文句を言っている相手は、小柄で、まだ若い男だった。下から覗くようにしてカウンター越しにクロに対応している。けれど姿勢は卑屈に見えるものの、栗色の瞳には強い意志があり、言葉にも淀みはなかった。

 テオ。

 ボード市の郡支所に勤める役人だ。

「すみません、ボクもそうは思うものの、決まりなので」

 心底申し訳なさそうに言いはするものの、滞在税を支払った証明書を準備する手は休むことなく動いている。

 カイトはクロの後ろに立って、テオの手を目で追っていた。

 テオの手の動きは滑らかでまったく無駄がない。

 見ていて気持ちがいい。

 やっていることはわたしたちとはまったく違うけれど、この人はきちんと森と向き合っている人だ、とカイトはテオの手の動きを追いながらいつも思う。

 クロが言った通り、すでに何度目かになるか判らない10日ごとの滞在税を支払うために、郡支所を訪ねてきたところである。

「で、フウって子について何か判ったかい?」

「何も新しい情報はないですね。他の街の郡支所に勤める友人にも聞いてはみたんですが、誰も心当たりはないそうです。

 そのフウって森人の子がトワ郡にいるとしても、北部じゃなくて中部か南部にいるんじゃないかとボクは思いますよ。

 はい、お待たせしました」

「そうか」

 クロは証明書を受け取りながら「わざわざ調べてくれてありがとうよ。すまなかったな」と礼を言った。

「行こうぜ、カイト」

「うん」

「ありがとうございました」

 テオの声が郡支所を後にする二人を追う。

 彼の視線もだ。

 なぜこの人はいつもわたしをあんな目で見るんだろう、とカイトは思う。何かを期待するような、不安のこもった目で、縋るように。


「テオの言う通り、フウは北部トワ郡にはいねえのかもしれねぇな」

「うん」

 郡支所を出てから、クロの、あまり素性の良くない知り合いのところにも寄ってみたものの、やはりフウに関する情報は何もなく、北部トワ郡にはいないんじゃないかと、テオに言われたのと同じことを言われたのである。

「次の滞在税は、中部トワ郡で払った方が良さそうだな」

「さっき聞いたシゴトはどうするの」

 クロが顔をしかめる。

 あまり素性の良くない知り合いに、シゴトをひとつ頼まれたのである。ボード市から西にある街でのシゴトだ。日程的には片付けられないこともない。

 だが、

 商売敵が都合よく賞金首になった。だから片付けてくれというのである。

「あまり関わりたくねぇんだよなぁ」

「だったら、オレが別のシゴトをご紹介しましょうか?クロさん」

 背後から声をかけられてクロが振り返ると、にこやかな笑みを浮かべて、トワ郡に入った際に出会った自警団の若い男が立っていた。


 若い男は一人ではなかった。

 出会ったときに連れていた二人とも一緒ではなかった。若い男の背後にいたのはクロの見知らぬ男だった。

 口をへの字に結び、睨むようにクロとカイトを見つめている。

 歳は40代だろうか。

 肩に弓がある。

『あの時、もうひとりいたってカイトが言ってたのは、コイツか』

 と、クロは察した。

「知らない相手から仕事は受けないことにしてるんだ。止めとくよ。えーと……」

「そういえばまだ名前を名乗っていませんでしたね。

 オレはサッシャ。サッシャと呼んでください、クロさん。そちらの森人のお嬢さんは、カイトさん、でしたね」

「どうして知ってるの?」

 前に会った時にクロの見聞官の証しは見せたが、カイトの分は見せていない。もちろん名前も教えていない。

「あなたの名前は噂で聞きました。お二人で随分ご活躍されていますからね」

「その噂の出どころは、テオ、か」

「えっ?」予想外の名にカイトが思わず声を上げる。

 サッシャの顔にも驚きが浮かんだ。

「臭いが残ってるぜ、アイツの。あんた、テオと会ってきたばかりだろう?」

 サッシャが苦笑を浮かべる。

「参りましたね」

「何を企んでる。用があるのは、オレか?それともコイツか?」

「前に会ったときに言ったでしょう?見聞官の証しを見せて貰ったときに、聞きたいことが増えたって。

 テオとは幼馴染でしてね。

 郡支所に勤めているから人を探すときにはよく当てにするんです。

 それで訪ねて行ったら、さっき来られたって聞いて、お探ししてたって訳です」

「ホントかね」

 サッシャに残るテオの臭いが濃い。特に胸元。まるでテオが、サッシャの胸ぐらを掴んだかのようだ。

「とりあえず呑みに行きませんか。オレが奢りますから」

 クロの疑いを晴らそうとするかのように、サッシャは朗らかに笑った。


 居酒屋に入ると、サッシャを見た店主が「若さま」と呟くのを、クロは聞き逃さなかった。

 クロとカイトが並んで座り、サッシャが対面に座ったが、弓を肩にかけた男はそのままサッシャの後ろに腕を組んで陣取った。

「落ち着かねぇな」

 文句を言うクロに、「すみません、コイツ、真面目なので。ジブ、護衛はいいからお前も座れ」とサッシャが言ったが、

「できません」

 と、太く低い声が短く答えた。唇は申し訳程度にしか動いていない。ジブ。それが男の名なのだろう。

「座らないのなら出て行け、というのも無理なんだろうな」

 軽い口調で言ったクロにジブが沈黙で答える。

 店主をはじめ、店の客は慣れているのか、誰もジブの存在を気にしている様子はなかった。

「まずは、あんたが何者か教えてくれねぇか。さっき店の親父があんたのことを若さまって呼んでたのが聞こえたが、あんた、どっかの貴族の若様ってとこかい?」

 ジョッキを口に運びながらクロが訊く。

「ええ」

「それも結構有力なって感じだな。あんた」

「北部トワ郡では名家と言っていいでしょうね」

「貴族の若様が自警団の大将か……、おっと。大将でいいんだよな?」

「はい」

「で、そのサッシャさんがオレたちに何を聞きたいんだ?」

「まずは、なぜあなた方がマララ王領司さまの見聞官になられたのか、ですね」

「オレみてぇな獣人とコイツみたいな森人が、なんで……、という意味だよな」

 コイツと言われたカイトは黙って食事を口に運んでいる。弓は肩から外して脇に置いている。ただし、ジブに対する警戒は解いていない。

 カイトがとりあえず食事をしているのは、ジブが腕を組み、弓を肩にかけて敵意を示していないからだ。

「まあ、そうですね。組み合わせとしても異色ですし」

「オレがコイツにつき合っているのはたまたまコイツに助けられたからさ。その時に約束したんだ。コイツの人探しを手伝ってやるって。

 で、オレたちが見聞官なのは、たまたま王領司さんの身内の娘を助けたからさ。

 おっと。信じられないのも無理はないが、ホントウだ。

 王領司さんが何を考えてオレたちを見聞官に任命したかは、オレには判らねえ。それは王領司さんに訊いてくれ」

「ではなぜ、カイトさんは森を出られたんです?」

「さっき言った通りさ。

 人を探してるんだ。コイツの親戚の子だ。その子が5、6年前に森を出て、行方が判らねぇ。苦労しているなら助けてやりたい。まぁ、そういう理由だ。

 テオから聞いてるだろ?」

「ええ」

「他に何か質問は?」

 サッシャがためらう。

 彼の見せたためらいが、サッシャが訪ねて来た理由が次の質問にあるのだとクロに教えた。さて、何を訊く気なのかな、と考えるが判らない。質問というよりむしろ、何かメンドウなことを頼んでくる気かと疑う。

 けれど短い沈黙の後に彼が口にした質問はあまりにクロの意表を突いていて、クロはあやうくひっくり返りそうになった。

 腹を決めたようにクロに視線を戻して、サッシャはクロにこう尋ねたのである。

「『森から訪れし者が、南の国々に秩序をもたらす』。出所不明のご神託です。ご存知ですか?」

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