12-4(橋の街にて4(王領司の依頼2))
王領司はあまり驚きを見せなかった。ぱたぱたとうちわを動かしながら「ほう」と言っただけである。
「カイトぉ」
クロはクロでのんびりとカイトに話しかけた。
「王領司様の話を遮るのは失礼だぜ。
すみませんね、王領司様。コイツは礼儀ってモンを知らねぇから。
それで、そのティア、でしたったけ、その子と、えーと、グラム殿下が森で死んだのが、どう関係するんで?」
王領司がクロに視線を向ける。眉が僅かに上がる。そして意外なことに、王領司はすぐに低い笑い声を響かせた。
「存外、面白いヤツだな、お前も」
お前も。つまりクロはついでで、最初っから王領司の狙いはカイトにあったのだとクロは悟った。
そしてまた、わざわざそれを明かしたということは、敵意はない、心配するな、という暗示でもある。
扉の向こうにはまだ、誰かがいる。
さっきまでと同じようにこちらの様子をずっと窺っている。
だがやはり、危険な感じはない。
信じるかどうかは別にして、しばらく様子を見た方が良さそうだと判断して、クロは浮かしていた背中を再び背もたれに預けた。
王領司がクロからカイトに視線を戻す。
「なぜグラム殿下を森に連れ帰って殺したのか、無理にとは言わん、言えないこともあろう、よければ話してくれんか、狂泉様の森人よ」
「あの人がもう一つの頭のところにいたから」
「もうひとつの頭?」
「平原王の軍に、平原王とは別にもう一つ頭があったわ、森から見ると。平原王は逃がした。でも、ううん、だから、もう一つの頭は潰した方がいい、そう思ったわ」
「ふむ」
王領司がうちわを顎に当てる。
「もうひとつの頭が、グラム殿下ということか?」
「ううん」
「では、なぜグラム殿下を森に連れ帰った?」
「あの人は危険じゃなかったから」
カイトの話は判り難い。
王領司は幾つかの仮定を立てて、彼女に問い返した。
「危険じゃない、というのは森に連れ帰った理由にはならんな。殺さない理由にはなっても。
わざわざ生かして森に連れ帰ったのは、何かをグラム殿下から聞き出す為か?
いや、誰かの為か?」
カイトは答えない。それが答えだった。
王領司は満足して、再びぱたぱたとうちわを動かした。
「よい。十分じゃ。では話の続きに戻るとしよう。
グラム殿下の葬儀の最中にな、ファリファ王国の王と王太子夫妻、それに侍女が数人殺された。毒殺じゃ。
その犯人、いや、容疑者と言うべきかの、それが先ほど言ったティアという娘での」
「それがコイツと何の関係があるんです?」
王領司が笑う。自嘲気味に。
「すまぬな。ワシはこういう回りくどい話し方しかできなくてな。倣い癖というのはなかなか抜けぬわ。
ワシが知りたかったのはな、森の娘よ。お前が平原王とのいくさに加わっておったか、ということだったのだが、それはもう判った。
しかし今はちょっと別のことを訊いてみたい。
よいか?」
「なに?」
「ティアという娘が王と王太子夫妻を殺したのは、狂泉様の森人とのいくさにグラム殿下が狩り出され、死んだからだとファリファ王国では見ておるようじゃな。グラム殿下が死んだ責任が、グラム殿下を送り出した王にある、とティアという娘が考えたということじゃろう。
つまり、もしグラム殿下が森で死ななかったら、王と王太子夫妻、それに侍女たちは死なずにすんだということになる」
「……」
「どう思う?」
「えっ?」
「もし、お前がグラム殿下を殺さなければ王と王太子夫妻、それに侍女たちは死なずにすんだ、ということだ。
森の娘よ。
そのことを、お前はどう思う?」
カイトが黙る。
顔を伏せ、考え込む。
沈黙はしばらく続いた。
「判らない」
「ふむ?」
言葉の先を王領司が促す。
「わたしがその子に……、ううん。違う。わたし、わたしが」
もう一度黙り、しばらく考えて、
「わたしの矢は、そんな遠くまで届かないわ」
と、カイトは答えた。
「そりゃそうだ」
すぐにクロがおどけたように言い、「ふむ」と王領司は再びうちわを顎に当てた。
「わたしの矢は、そんな遠くまで届かない、か」
「うん」
「なるほどの。確かにな。確かに」
何度か頷き、王領司はこもった笑い声を響かせた。
「その通りだな、森の子よ。納得した。
では、前置きが長くなったが本題に入るとするかの」
王領司が手を叩く。
すぐに扉が開いて、四角いトレイを持った事務官が現れた。トレイが王領司の前に置かれる。
「お主ら、市民証と通行許可証を求めているそうだな。ワシが代わりの物を用意してやろう」
王領司が細長い紙片をトレイから取り上げ、クロの前に置く。
2枚ある。
「お主ら二人を見聞官に任命したい。受けてくれるか?」
 




