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8-5(平原王とのいくさ5)

 ノックの音でイズイィは目を覚ました。頭が痛い。二日酔いだろう。昨夜ライたちと祝杯を上げて、途中から記憶がない。

 どうやってここまで帰って来たのか、それも判らない。

「イズイィさん」

 扉の向こうからためらいがちに声が響く。

「カイトか……?」

 イズイィはベッドに体を起こした。陽の光がまだ弱い。何かなければ訪ねて来る時間ではない。

「どうした」

 ぐらぐらと揺れる頭を支えて扉を開ける。

 カイトの栗色の瞳が彼を見上げた。カイトがいるのは居間だ。つまり彼女は、黙って家に入ったことになる。そんなことをする子ではない。

 何か、異常が起こらない限り。

「ごめんなさい。さっき、伯母さまと会ったら血の匂いがしたの。それで、もしかしてと思って来てみたら……」

「え?」


 二日酔いの痛みは残ったが、酔いはきれいさっぱり飛んだ。仮にも傭兵である。戦場で死体は見慣れている。

 それでもイズイィは思わず目を逸らしそうになった。

「これで、生きているのか……?」

「うん」

 視線を落としたまま、カイトが頷く。

「これをお前の伯母さんが?」

 カイトの伯母をイズイィは知っている。人当たりも柔らかく、森人にしては上品な女性だと、彼は思っていた。

「伯母さまだけじゃないと思う。多分、うちの一族の女たち」

 イズイィは子供の頃に祖母から聞いた話を思い出した。悪戯をして叱られた時に聞いた話だ。狂泉様の森で本当に怖いのは、男じゃない。女たちの方。悪いことをすると、狂泉様の森の女たちに連れてかれるよ。

 連れていかれて、そして--。

 イズイィはブルリッと身体を震わせた。

「楽にしてやりたい。いいかな」

「ああ」

 イズイィが頷き、カイトは山刀を抜いて、殿下の前に膝をついた。



「あいつは一ツ神の信徒じゃないと思う」

 殿下の死体--もしくは殿下だった物体--を森に返し、血を洗い流してから、イズイィはコーヒーを淹れた。

 カイトの前にはお茶を置く。

「じゃあ、何?」

「信奉者といったところだろうな。モルドの」

「モルド?誰なの、その人」

「一ツ神の信徒を率いている男さ。彼らの言い方に従えば、"常世への水先人”ということになる。

 今、実質的にキャナを支配している男だよ」

「よく判らない。そんな人をどうして信奉するの?」

「結果を出しているからな、モルドは」

 カイトの耳に、ガヤの街に行く道中で聞いたヨリの言葉が蘇える。どういう話の流れだったか。『彼らは結果を出しているの』ヨリは確かにそう言った。『一ツ神の信徒は、少しずつ、ううん、とても増えてるの』あの時、ヨリはそうも言っていなかったか。

「酔林国にいた時に、一ツ神の信徒が増えているって聞いたわ。彼らが結果を出しているからって。彼らが洲国と、えーと、百神国を追い払ったからだって。

 それと同じこと?」

「そうだ」

 苦々しくイズイィが頷く。

「ヤツはキャナから洲国と百神国を追い払い、国を纏めて、逆に攻め込んでいる。負けいくさもあったが、全体としてみれば順調と言っていいだろう。

 憧れを抱く者は多いんだ。

 残念ながらな。

 あの男は--」

 イズイィが、殿下の死体があった壁際に視線をやる。

「あくまでもオレの感覚的なものだが、利用されていたんじゃないか、と思う。一ツ神の信徒に。

 カイトが言ったもうひとつの頭、そいつが多分、一ツ神の信徒だ」

「うん」

「ヤツラは、あの男のような、モルドに憧れを抱く者を足掛かりにして他の国に潜り込むんだ。

 例えば、洲国のナソ州」

 カイトも知っている洲国の郡州の名をイズイィが挙げる。

「あそこがそうだった。後から知ったことだが。そこで初めて、ヤツラの遣り口を知ったんだ。

 ヤツラは信奉者に取り入って組織に潜り込み、少しずつ侵食して、最後に裏切るんだ」

「イズイィさん。どうしてこの森に来たの?」

 カイトは不意に話題を飛ばした。

「ホントはずっと一ツ神の信者を追ってるんじゃないの?」

 イズイィが自嘲するように笑う。

「オレはここに仕事があるから、ルゥ殿に呼ばれたから来ただけさ。オレが食うために、仲間や、家族に食わせるためにな」

「でもこの後、ナソ州に行くって聞いたわ」

「それも呼ばれたからだよ。ナソ州はキャナに屈したが、まだ屈していない人々が残っている。彼らに是非にって頼まれたから、行くんだ」

「だったら--」

 と、カイトは奴隷の男のことを話した。死を厭わずナソ州に戻った男のことを。ただ--。

「名前は知らないの」

「判った。十分だよ。会ったらよろしく言っておくよ。

 ところでカイト、お前の方はクスルクスル王国に行くんだったな」

「うん」

「だったら少し気をつけた方がいい」

「何を?」

「あの男、……オレも殿下と呼ばせて貰おうか、殿下の側にいたもうひとつの頭だが、もしかすると、クスルクスル王国から来たのかも知れない」

「どうしてそう思うの?」

「オレがキャナから来たと言った時、殿下はひどく驚いていた。キャナの人間に初めて会ったみたいにな。彼の驚き方からすると、殿下を操っていた一ツ神の信徒はキャナから来たんじゃない。

 じゃあ、どこから来たか、だが」

 殿下を森に返す前に、イズイィは死体を詳しく検めた。気になったのは殿下が着けていた指輪だ。

「殿下が着けていた指輪だけどな、クスルクスル王国でしか産出しないめずらしい石が嵌められていたんだ。

 まずこれが理由のひとつ。

 次に、彼の服に刺繍されていた紋章から判断すると、多分、殿下はファリファ王国の王族だ。

 ファリファ王国は大平原の東の端にある。平原王を出したこともある古い家柄で、大平原の他の国とも付き合いが多い。大平原に触手を伸ばすならうってつけの国だ。

 海運業が主産業の一つで、クスルクスル王国との交易も盛んだ。

 船を使えばクスルクスル王国とは簡単に行き来ができる。

 最後に、これが一番大きな理由だが、クスルクスル王国自体がどうにもおかしい。

 王家だってひとつの家だ。家の中がどうなっているか、仲が好いのか悪いのか、外からじゃあ本当のところは判らない。

 だけど妙にバタついている気がする。

 キャナの脅威がそこまで迫っているって言うのに、わざわざ国内でモメ事を起こしているように思える。

 クスルクスル王国に一ツ神の信徒の気配が感じられて、どうにも仕方ないんだよ」

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