8-3(平原王とのいくさ3)
平原王の本営から響いていた音楽が止まったことで、カイトは平原王に気づかれたのだと悟った。数えきれないほどの足音が地鳴りのように湧き起り、大地を揺らしながら遠ざかっていく。
小さくなる足音を追うように白い霧が辺りを覆い尽くすのを待ってから、カイトは平原王が陣を張っていたはずの高台へと音もなく走った。
しかし、辿り着いた高台には誰の姿もなく、カイトは這いつくばるようにして地面を探った。兵士たちにひどく踏み荒らされていたが、ここに陣を張っていた主、平原王が慌しく、かつ迷うことなく逃げ去ったことを、すぐにカイトは知った。
『オレたちが全員死んでも、お前が平原王を討てばオレたちの勝ちだ』
カイトが森から出る前に、ライはそう言った。
『だけどな、お前が死んだらやっぱりオレたちの負けだ。お前がこのいくさの、オレたちの柱だ。
だから必ず生きて戻って来い。カイト。
いいな』
子供に言い聞かせるように、ライはそうも言った。
第一陣と第二陣の兵士たちも、平原王が逃げたのだと、少なくとも本営に何か異常が起こったのだと気づいたのだろう。
平原王の軍は混乱の只中にあった。
狂泉の森からはライたちが打って出ているはずだ。
カイトを生かすために。平原王軍の注意を少しでも、カイトから逸らすために。
カイトはためらうことなく狂泉の森へと踵を返し、森へと戻る途中で、混乱する平原王の兵たちの中にあって、確かな意思を持って走る足音に気づいた。
いくさが始まる前、平原王の軍を樹上から遠望したカイトは、平原王の軍の中にある、平原王とは別の人の流れに気づいた。
「頭が二つある?」
カイトの話を聞いて、イズイィは訝し気にカイトの言葉を繰り返した。
「まさか、一ツ神の……?いや、しかし--」
そうしてしばらく考え込んでいたが、やがて彼は視線を戻し、明るい笑顔をカイトに向けた。
「気にするな、カイト。お前は平原王を討つことだけに集中してくれればいい。考えるのは、オレの仕事だ」
そうしたやり取りをカイトは思い出し、迷わず足音を追って、混乱するひとつの一団に行き当たった。
彼らが平原王の軍の中で、どういう立場にあるか推測することは出来なかった。
人数は20に少し足りない程度だろう。
「平原王が逃げただとっ!」
若い男の喚き声が聞こえた。
口調から、彼がこの一団の長なのだと思われた。
「田舎者め!これだからヤツは信じられぬ!あんなヤツがそもそもモルド様と比較されることがおかしいのだ!なんという意気地なしだ!」
「殿下。どこに耳があるか判りませぬよ」
低い声が若い男をたしなめる。
『こいつだ』
とカイトは思った。霧の中に響いた低い声には、若い男に対する侮蔑が隠されていた。
『こいつが、もうひとつの頭だ』
カイトは音一つ立てることなく弓を構えた。
まず5人が--カイトが頭と見定めた男も含めて--喉を矢で貫かれて死んだ。彼らが崩れ落ちるより早く次の、さらに次の矢が飛んだ。残った者のうち3人だけが、最初の矢の音を聞いて身を伏せ、体を躱したが、まるで彼らがそうすることを知っていたかのように、カイトの矢は、彼らが身を伏せ、体を躱したところに飛んだ。
霧の中にドサドサドサッと重い布袋が投げ出されるような音がいくつも響く。
悲鳴を上げた者は誰もいない。
残ったのは殿下と呼ばれた若い男、一人である。
「どうした、何があった」
カイトは黙って立ち上がった。狂泉の森では矢は貴重だ。霧の向こうから聞こえる喧騒も、殿下の声も無視して、カイトは死体から矢を回収して回った。周囲は白い霧に覆われて、伸ばした自分の手さえ見えない。けれど死体がどこにあるかは、耳で聞いて判っている。
殿下がどこにいるかも音で判る。
「おい!何か話せ!」
殿下の声に恐怖が宿る。
死体となった部下たちは誰も彼の命令には応えることはできなかったが、一人だけ、まだ生きている者がいた。
彼は襲撃者の存在に気づいてその場に伏せ、飛来した矢も身体を捻って躱し、辛うじて急所だけは外したのである。
苦痛の声を押し殺し、男はそろりと腰の長剣へと手を--、
「せっかく拾った命だ。やめときな」
陰気な声が頭の上から降って来て、男はぎくりっと動きを止めた。
「死にたいのなら、止めないがな」
「あんまり遅いから迎えに来たぜ。カイト」
さらに別の、戦場にいるとは思えない無神経な大声が霧の向こうで響く。
「きっとここにいると思ったよ、カイトちゃん」
明るい声を響かせたのは、プリンスである。霧の中から現れたプリンスは、一人残った殿下の細い肩にポンと両手を置いた。
殿下はビクリッと身体を震わせ、恐る恐る背後を振り返り、戦場には不釣り合いな一人の少女が霧の中から現れるのを見た。
ハルだ。
「さあ。帰りましょう、カイト」
「うん」
矢を回収し終えたカイトが頷く。
男が一人だけ自分の矢を躱したことは、当然知っている。
しかし、とどめを刺す気はカイトにはなかった。彼女は猟師だ。立ち上がりさえしなければ、自分に危害を加えようとさえしなければ、食べることのない命を奪う必要はどこにもない。
長剣に手を伸ばしたままの男を残し、恐怖に声を失くした殿下を引き摺って、狂泉の守り人たちは、白い霧の中へと消えていった。
平原王は白い霧を抜けて視界が開けてもまだ、走り続けた。500mほど走ってようやく足を止め、彼は後ろを振り返った。
彼に従っているのは20人ほどの少人数である。
「軍を纏めろ!隊列を組み直せ!」
平原王は声を限りに叫んだ。
老人が腰を浮かした時、彼は咄嗟に「全軍後退!」と叫んで駆け出した。近衛隊が直ちに彼に従い、他の兵士もためらうことなく続いた。
彼の直属軍である平原王国軍はまだ猟師たちと一戦も交えていない。
まだ一人も欠けていないのである。
平原王国軍の兵士たちが平原王の周囲に陣を、人の壁を築き終えた頃になってようやく、足をもつれさせて老人は平原王に追いついた。
「な、何をなさろうと言うのですか?王よ」
「ここで軍を立て直す!森の野蛮人どもを蹴散らしてくれるわ!」
「それは、はぁ、ちょ、ちょっとお待ちを」
老人が膝に手をつく。息が乱れて声が出ない。
「誰か!ご老人に白湯を持て!」
「や、すまぬ」
持ってこられた白湯を受け取り、少しだけ口に含み、老人はゆっくりと喉に落とした。長い息を吐き、残りを飲む。
「手数をかけたな」
兵士に湯呑を戻しながら、やれやれと老人は腰を叩いた。
「歳を取るといけませんなぁ。両の足がまだ震えておりますわ。それで、何の話でしたかな。ああ、猟師どもを蹴散らすということでしたか」
「そうだ。ご老人」
イライラと平原王が応じる。
「それはお勧め出来ませんなぁ」
「何故だ!」
平原王は霧を指さした。霧はかなり広範囲に溢れ出し、いくら見回しても狂泉の森はどこにも見えない。
「まだこちらの兵士はほとんど残っている!ご老人!予定通り霧を吹き飛ばせ!今度はこちらの番だ。ヤツラは森の外に出ている。いくさはここからだ!」
猛る平原王を宥めるように、老人はふむふむと頷いてから口を開いた。
「通常のいくさならばそうでしょうな。しかし、私は一刻も早く王都にお戻りになることをお勧めしますぞ」
老人は腕を上げて指さした。
平原王のように霧を、ではない。パニックを起こしているのか、東へ、西へと逃げ去る兵士たちを。そのほとんどは、平原王が征服した国の兵士だった。
「ヤツラがどうした!猟師どもなどしょせんは3000程度だ!我が手勢だけで蹴散らしてくれるわ!」
「正面から戦って蹴散らすなら、確かに十分でございましょう。彼奴らが戦ってくれれば、ですがな。
ま、それは置いておくといたしましょう。
一番の問題はそこではございません。
私が申し上げているのは、あの兵士どもが、霧から逃れたにも関わらず、なぜ王の下に参集しようともせず、あれほど全力で、いったいどこへ向かって走っているのか、ということでございます」
「なに?」
怒りに象られた平原王の顔に、疑念が混じる。
「彼らは故郷に向かって走っているのですよ、王。平原王の軍が猟師どもに敗れた。そのことを伝えるために。それを聞いたかの者どもの故国は、何をするでしょうな。
王はここにおられる。
では、今、王都の守りは、自在宮の守りどうなっております?」
平原王の顔から怒りが抜け落ちていく。
老人の言わんとしていることを、理解したのである。
「霧を吹き飛ばすことはできましょう。しかし、その時には猟師どもは森の中です。そして彼奴らは勝鬨を上げるでしょうな」
「勝鬨?まだいくさは始まったばかり……」
「神々に、勝利を告げる為にですよ、王」
平原王はあっと声を上げた。
「このいくさは通常のいくさではありません。神々の意に従ったいくさです。
一戦を交え、王を退却させ、勝鬨を上げる。これで、猟師どもは勝利の体裁を整えることが出来ました。
おそらく彼奴らの狙いは、まずは王の首を取ること。
そして、それが叶わぬ場合には勝利の体裁を整えること。
いや、よく考えましたな」
「王よ」
老人に代わって平原王に声をかけたのは、平原公主の巫女である。
いつものように天に向かって背筋を伸ばし、冷やかに平原王を見ていたが、逃げる途中にどこかで派手に転んだのだろう、整った顔まで泥だらけで、威厳も何もあったものではなかった。
「わたくしは、平原公主様の御声を聞くことはできませんが、平原公主様が不機嫌になっておられる気配は感じられます。
二柱の神の間では、既に勝敗は決したのではないかと」
平原王は巫女から視線を逸らせた。
平原王は彼女が苦手だった。彼女が平原王を、有力な信徒のひとり、としてしか扱わなかったからである。他の信徒に接するのと同じように、常に毅然と平原王に接したからである。彼女の厳しいまでの清廉さが、権謀術数を駆使し、血に塗れた身には息苦しかったからである。
平原王が巫女から視線を逸らしたのは、泥だらけになりながらいつもと変わらない彼女の姿に、妙なおかし味を感じたからだ。
巫女を笑うのは失礼と、笑いをこらえ、こらえきれず、ええい、ままよと、平原王は声を上げて笑った。
巫女への笑いはそのまま自分自身への笑いとなり、すぐに狂泉の森人に対する感嘆の想いへと変わった。
もう少し、正確に記せば。
少なくとも老人には、平原王の表情の変化はそのように見えた。
そしておそらく--ここが大事なところだ--平原王を囲む兵士たちにも、そう見えた筈だ。
平原王は白い霧に、晴れ晴れとした顔を向けた。
「そうか。まんまと森の野蛮人どもにしてやらたということか」
「怖れながら」
老人が頭を垂れる。
それを見下ろし、平原王は鼻を鳴らした。
「出立の用意をさせよ!諸国の軍が攻め寄せる前に王都に戻るぞ!我が直属軍、平原王国軍の全軍にそう伝えよ!私は一足先に戻る!」
王は老人を見、次に巫女を見た。
「巫女殿。平原公主様に私の不甲斐なさを謝っておいて下されるか。むろん一息つけば、自在宮に赴き、平原公主様に謝罪もいたしましょう。
ご老人。あなたは残った諸国の軍を纏めて、自在宮に参られよ」
「承知いたしました」
老人が頭を下げる。
兵士の一人が、馬を引いて来る。
平原王は馬上から霧を振り返った。やがて老人の言った通り、霧の向こう、おそらくは狂泉の森から、勝鬨が聞こえた。
「見事ないくさであった!」
勝鬨に応じるように、平原王はよく通る声を響かせた。
「今日のところは私の負けだ!
我が兵士諸君!我らは敗れた!彼ら、狂泉様の守り人の信仰心の前に!今日のところは彼らの勝利を称えよう!僅かな人数で5万の大軍を前に一歩も引かなかった彼らの勇気を称えよう!
だが、兵士諸君。我らに負けをもたらしたのは彼らの信仰心と勇気だけではない!
見よ!」
と、平原王は、逃げ去っていく他国の兵士たちを指さした。
「信義に反し、逃げ去って行く者たち!彼らこそが、我らの敗因だ!彼らが、3024人の同胞の仇を討つことを妨げたのだ!いずれ彼らは我らの王都に、平原公主様の自在宮に攻め寄せて来よう!
兵士諸君!我らはこれから王都へと駆け戻り、逆に打って出るのだ!
かの裏切り者どもに、今日の報いを受けさせるために!大平原に本当の平和をもたらすために!
兵士諸君!いくさはこれからだ!」
兵士たちが地響きのような喚声で応える。平原王が馬上から老人を見下ろす。
「ではご老人。死ぬなよ!」
「王こそ。くれぐれもお気をつけを--」
老人の言葉を最後まで聞くことなく、平原王は馬に鞭を入れた。平原王国軍の兵士がすぐに平原王の後に続く。兵たちの足取りは力強く、士気が落ちている気配はない。
『流石よの』
遠く去っていく平原王を見送りながら、老人は胸のうちで呟いた。
『とても負けいくさの後とは思えぬわ……』
「参集の目印とする。軍旗を立てよ。諸国の兵が集まり次第、我らは自在宮に参るぞ」
ぼそぼそとそう命じてから、老人は参集して来る兵士たちに目を向けた。
平原王に逃げるよう告げた時から、現在の状況は想定してある。ただ、どれぐらいの国が残るかは、老人にも確とは判らなかった。
『意外と残っておる……』
老人が逃げるだろうと思っていた国の兵もいる。一方で、老人が残るだろうと思っていた国の幾つかが欠けている。
全体としては、老人の予想よりも多くの国が残っている。
『これは存外、災い転じて、というヤツかも知れぬな。何より--』
「神官長殿」
呼ばれて老人は振り返った。
誰に呼ばれたかは、振り返らなくても判る。神官長。ここで彼をそう呼ぶのは、平原公主の神殿組織に属する者だけ、つまり平原公主の巫女である。
平原公主の巫女は、顔についた泥もそのままに、参集する兵士たちを興味深げに見つめていた。
「なんですかな。巫女殿」
「わたくしの気のせいでしょうか。いくさが始まる前より、軍容が少し、澄んでいるように感じられます」
「ほう」
老人の顔を微かな驚きが掠める。しかしすぐに老人は、傷跡の残る唇を歪めて、とぼけたように笑って見せた。
「私には判りませんな。巫女殿の気のせいでしょう」
「そうですか」
聡い御方だと思いながら老人は言葉を続けた。
「我らは平原王様に命じられた通り、諸国の兵が集まり次第、自在宮に戻ります。巫女殿もご一緒されますかな」
「いえ。神官長殿、自在宮に戻る前に、わたくしに少し兵士をお貸しいただきたいのですが、よろしいですか?」
「兵士を?」
訝し気に老人が問う。
「はい。霧が晴れれば、遺体の埋葬をしたいのです。
こちらが敗れればすぐに立ち去るという条件でしたが、狂泉様もそれぐらいはお許しいただけるでしょう」
「ああ」
萎びた老人の心のひだに、苦いものが混じる。遺体を埋葬する。雷神の元神官長でありながらそのことに彼はまったく思い至らなかった。
「そうですな。いや--」
遠雷庭が遠い。
「兵を1000人ほど残しましょう。申し訳ないが、我らは先に戻らさせていただくことといたします」
「ありがとうございます、神官長殿」
平原公主の巫女が微笑んで礼を言う。
礼を言われることではない。礼なぞ言われたくない。だが、ま。
「何の。よろしくお願いいたします、巫女殿」
悔恨に沈むには彼は歳を重ね過ぎている。残った国々の処遇をどうするか。逃げ去った国々の処遇をどうするか。
老人の頭はすでに、忙しく回り始めていた。
「カイト、そいつは誰だ?」
イズイィに訊かれて、カイトは「もうひとつの頭のところにいた人」と答えた。ライが引き摺って来た男--殿下のことである。
イズイィは言葉を失くして、カイトの後ろのプリンスを見た。プリンスが肩を竦める。
イズイィは男に素早く視線を走らせた。
「これは失礼した!」
満面の笑みを浮かべてイズイィは殿下に歩み寄った。ライに目配せし、殿下をライの手から解放して殿下の服の土を払う。
「何か行き違いがあったようだ!どこもお怪我はされていないか?無礼があってはならないと申し付けていたが、この混乱だ。申し訳ない」
イズイィが殿下の耳に口を寄せる。
「私は、キャナから来た者です」
イズイィの囁き声は、殿下にしか聞こえなかっただろう。
「キャナ?」
声を裏返して、殿下はイズイィの言葉を繰り返した。
「では、モルド様の?」
イズイィの四角い顔を探るように見返して、殿下はイズイィに囁いた。イズイィは頷かない。否定もしない。ただ笑っているだけである。
だがそれを、殿下は肯定と受け取った。
「そ、そうか。モルド様の手は、狂泉様の森にまで伸びていたか!」
急に元気を取り戻して、殿下は叫んだ。
殿下がひとつの名を口にする。
「……は何も言っていなかったが、そうか。流石はモルド様だ。では、狂泉様の森人と計らって、平原王を倒す算段だったのか?」
「いいえ。まだ彼には生きていていただいた方が、我々にとっては都合がいいかと」
「うん?……ああ、まずはヤツに大平原を纏めさせようということか?そうか。その後に大平原に攻め込もうというのだな。
なるほどその方が、大平原を容易く手に入れられるだろう。
ではその時には、我が国が先頭に立つと約束しよう」
「そうおっしゃるのは、まだお早いのでは?」
笑顔のままイズイィが罠を仕掛ける。
殿下は気分を害したようにむっと口を閉じた。「そんなことはない。なるほど今はまだ……、その」
「ああ、これは逸り過ぎましたな!」
やはり、と思う。
コイツは王ではない。おそらく王になれる立場でもない。しかし、王になりたいと強く望んでいる。王になりたいと強く望んで……、
「お許し下され。信じておりますよ。その際には貴方様が王となられて、国を率いられると」
「そ、そうか」
「はい」
殿下が卑しく笑う。
「そうか。やはりそう思うか。
それにしても、羨ましいことだな」
「何がですかな」
「そなたたちキャナの民がだ。モルド様のような、素晴らしい御方に国を率いられていることがだ」
イズイィが動きを止める。笑顔が固まる。しかし、イズイィの様子が変わったことに、殿下は気づかなかった。
「キャナの王族は自分たちこそ竜王様の末裔だと主張しているが、怪しいものだ。モルド様が国を率いるまで、あいつらは何をやっていた?
身内の権力争いだけではないか。
雷神様が神殿の扉を閉じたのも、きって王族に愛想を尽かしたからに違いない。
そうは思わないか?
姫巫女様も雷神様の神殿に閉じ込められたままだと聞く。本当にお気の毒なことだ。だが、いずれはモルド様が雷神様の神殿の扉も開いてくださるだろう。
私は、モルド様こそ、竜王様の本当の末裔だと……」
殿下の声が途切れる。イズイィが殿下の胸ぐらを荒々しくつかんだのである。
「な、何をする……!」
「……続きは後でゆっくり伺いましょう。……そうでないと」
「そ、そうでないと……?」
「……」
殿下を睨み据えたままイズイィは答えない。
「そいつはこっちで引き取ろうか?イズイィ」
殿下の背後から場にそぐわない大声が、重い沈黙を破って呑気に響いた。ライである。
「ええ」
低くイズイィが頷き、ライが殿下の襟首をつかむ。
殿下が目を見開いてライを見上げる。イズイィを振り返り、何か言おうと口を動かすが、言葉にはならなかった。
引き摺られていく殿下の悲鳴を聞きながら、己を落ち着かせるようにイズイィは長い息を吐いた。
「イズイィさん」
カイトに声をかけられて、イズイィはいつものあたたかい笑顔を浮かべた。
「見苦しいトコを見せちまった。すまなかったな、カイト」
「ううん」
「ありがとうよ、カイト。わざわざアイツを捕まえて来てくれて。この恩は一生忘れないよ」
「それはわたしが言うことだと思う」
イズイィをまっすぐ見上げて、カイトが言う。
「えっ?」
「ありがとう、イズイィさん。森のみんなを死なせないでくれて」
イズイィはぐっと言葉に詰まった。
それは彼にとって、何より嬉しい労いの言葉だった。




