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8-1(平原王とのいくさ1)

 狂泉の森の木に登り、カイトは大平原に陣取る大軍を遠望した。

 平原王の大軍と正面で相対する位置に潜むカイトから見ると、大平原が全て人波で覆われているかのようだった。

 様々な国の寄せ集めであることを示すように、平原王が座すと思われる中央の軍はかろうじて統一感を保っていたが、左翼、右翼ともども軍勢の装備は多種多様で、遠目にはまるで大平原に広がる花畑のようにも見えた。

 カイトが平原王の砦を落としてから、3ヶ月が過ぎている。

「なかなか絶景だねぇ」

 カイトの隣の枝で、軽い口調で言ったのは、プリンスである。プリンスのさらに向こうには、ハルが潜んでいた。

「何人いるんだっけ、あれ」

「5万人」

 短くハルが答える。声に緊張感がある。

「よく集めたもんだね。食事を用意するだけで大変だ」

「ねぇ、プリンス」

「なに?カイトちゃん」

「あそこに平原王がいるんだよね」

 カイトが指を差したのは、滞陣した軍のほぼ中央、そこから後ろに下がった軍旗が並べられた高台である。

 樹上から見ていると、高台を中心に実に効率よく軍が運用されていることが判る。軍旗の立つ辺りから人が両翼へと走り、軍が動き、報告の為だろう、また人が戻る。

「そうだろうね」

「セノーね」

 トークスの街の酒場で会ったのがおそらく平原王自身だろうと、ハルは後でプリンスから聞いた。

「あの時、殺しておけば良かったのに」

「このいくさが神々の意を得たいくさじゃなければ、そうしたんだけどね。神々に納得していただけるように、少なくとも一度は戦わなくっちゃ」

「……判ってる」

「怖いの?ハルちゃん」

 そんなことない、と言いたかったが、ハルは素直に頷いた。怖い。確かにそうだ。正体の判らない怖さが、彼女の中にあった。

「何が怖いの?」

「え?」

 プリンスが優しく微笑む。

「それを忘れちゃ駄目だよ、ハルちゃん」

「……」

 ハルはプリンスから、平原王の大軍に視線を戻した。改めて問われると、怖いと思っていることが不思議に思えた。

『あたしは何を怖がっているんだろう……』

「ねえ、プリンス。何かおかしくない?」

 不意にカイトが声を上げた。

「何が?カイトちゃん」

「あそこ」

 カイトは平原王のいる辺りより少し左側、軍旗も何もない場所を指さした。

「あそこにも、人の流れがある」

 プリンスが目を凝らす。ハルもカイトの指さす先を見た。



 狂泉の森から、一人の男が平原王の軍に向かって歩き始めた。

 ヴィトである。

 平原王の軍からも、一人の女が進み出た。

 平原公主の巫女だ。ただしこちらは徒歩ではない。乗馬姿である。

 二人は両軍の--と言っても一方は森の中だが--ちょうど中央で向かい合うように足を止めた。

「馬に乗れるとは思わなかったぜ。意外と行動的なんだな、巫女様」

 馬から降りた巫女はヴィトの軽口には乗らなかった。第三の目が描かれた眉間に、深く皺を寄せたままである。

「では改めて確認させていただきます。

 こちらの勝利の条件は、そちらの最後の一人まで殺すか、3024人の方を殺すこと。または、狂泉様が敗北を受け入れられること。

 よろしいですね」

「ああ、いいぜ」

「一方、そちらの勝利の条件は、平原王様の兵が残らず殺されるか、平原王様が討ち果たされること。または、平原公主様が敗北を受け入れられること。

 お間違いないですね」

「確認するまでもねぇよ」

「次に、こちらが勝利した場合には、平原王様が軍を率いて森に入ることを三度、お許しいただくこと。

 そちらが勝利すれば--」

「巫女様も含めて、とっとと立ち去ってくれればいいさ。オレとしては残念だがな」

「立ち去って、二度と森には近づかない、ですね?」

「巫女様だけなら、何度でも来ていただいていいんだぜ?」

「ではこれにて約定は成されました」

 ヴィトの軽口を受け流して、厳しい顔のまま平原公主の巫女は宣した。

「承知」

 ヴィトが応じる。こちらはニヤニヤと笑ったままである。

「ヴィト殿」

「なんだい、巫女様」

「お互い、神に恥じぬいくさを致しましょう」

「わざわざ言われるまでも……」

 ヴィトの返事を聞くことなく、平原公主の巫女は馬上の人となった。そのまま平原王の軍に向けて馬を走らせる。

「最後まで、つれないねぇ」

 と、ヴィトは満足そうに呟いた。


 狂泉の森にヴィトが戻るのと入れ替えに、猟師たちは森から出た。森を背中にずらりと並んで、まず真ん中に立ったライが雄叫びを上げた。すぐに他の猟師たちが続き、彼らの声は少し遅れて平原王の軍まで届いた。

 平原王の軍の兵士たちが同じように雄叫びを響かせる。

 まるで互いの健闘を誓うかのように、そうやって何度か叫び合って、猟師たちは森に下がった。

「櫓を出せ」

 平原王が短く命じる。

 大気がゆらゆらと揺れる。魔術によって隠されていた攻城櫓が、平原王の軍の前に現れた。

「おいおい」

 森の中でライが呆れたように呟く。

「いつの間にあんなものを作ってたんだ」

 現れた攻城櫓は、トークスの街の郊外でライが見た櫓よりも遥かに大きかった。高さは50mはあるだろう。横幅も15mはある。しかも攻城櫓の正面は、火矢を防ぐためだろう、鉄板で黒く覆われていた。

 平原王の兵士たちが攻城櫓に群がっていく。人力で押し出すのだ。何百人もの兵士が取り付いていく。

「まだあるみたいだよ、ライさん」

 プリンスが指さした先で、更にゆらりと大気が揺れる。ひとつ、ふたつ、と数えて、「限度ってモンを知らねぇのか、アイツは」とライは数えるのを止めた。

 現れた攻城櫓は20基である。

「さあて。死ぬなよ、プリンス」

「ライさんこそね」

 ライが笑う。

「いざって時には死ぬ。それがオレの仕事だからな」

 軽く手を上げてライが森に消える。プリンスは傍らのハルに顔を向けた。

「怖い?ハルちゃん」

「うん」

 ハルは近づいてくる攻城櫓に目を向けたまま頷いた。

「怖いわ。でも--」

「ボクたちにとっては、これはいくさじゃないよ」

「うん」

「狩りも怖い?」

「狩りのときにも怖さを忘れちゃダメだって、革ノ月で教えられたわ。プリンスさんが言いたいのは、そういうことでしょう?」

 プリンスが微笑む。

「ねぇ、ハルちゃん。もしこの騒動が終わってまだボクが生きていたら、ボクとお付き合いしてくれる?」

 ハルは攻城櫓からプリンスに視線を戻した。

「うん」

 ためらうことなく頷く。

「あれ?」

 意外そうにプリンスが声を上げる。

「本当に?」

「うん。でもプリンスさん。もしあたしとお付き合いするのなら、絶対に他の女の子に手を出しちゃダメよ。

 それでもいい?」

「もし手を出したら?」

「プリンスさんには敵わないけど、あたし、弓には自信があるわ」

 笑みを浮かべたままハルが答える。

「いいね」

 とプリンスも笑った。

「約束したよ、ハルちゃん」

「うん」

 と、ハルは力強く頷いた。

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