7-6(消せないもの6)
演武会二日目は、剣術の試合である。
演武場の脇に控えた参加者を見て、カイトは思わず「これだけ?」と、先に来ていたプリンスに尋ねた。
参加者が少ない。5人か6人しかいない。
「ホントはもっと多かったんだけどね」
プリンスが答える。
「エトーさんを見て、ほとんどの人が出るのを止めちゃったんだ」
ああ、とカイトは思った。
参加者の中で、まるでそこにだけ光が当たっていないかのように、エトーの周りが暗く沈んでいた。
確かにエトーは怖い。例え試合で使うのが木剣でも、本当に切られそうな雰囲気が彼にはあった。
いや。理屈ではない。ただ、エトーは怖かった。
「ホントはいい人なんだけどな」
「ボクもそう思うよ。でも、実際に対峙するとなるとね」
ちなみにプリンスは最初から剣術は不参加である。
「どうして?」と訊いたカイトに、プリンスは「ボクは猟師だからね。剣は性に合わないよ」と答えた。
剣が性に合わないと感じるのはプリンスだけではない。
北の民はプリンス以上に剣術に馴染みがなく、それもまた、参加者が少ない理由のひとつだった。
参加者が少ない分、必然的に試合数も少なくなり、午前中のうちに決勝となった。
対戦するのはライとエトーである。
二人は組み合わせでも別格扱いとなり、決勝まで一試合しかしていない。その一試合も、赤子の手を捻るよりも簡単にケリをつけた。
毎年演武会が開かれる酔林国ならともかく、剣などまともに握ったことのない北の民が相手である。当然すぎるほど当然な結果だった。
「ねぇ、カイトちゃん。ちょっとライのおっさんに、いじわるしたくない?」
決勝が始まる直前のことである。
プリンスは邪心の欠片もない笑顔で、カイトに悪だくみを提案した。
「なに?プリンス」
「あのね……」
演武場に上がったライは、観客席でカイトがエトーに何かを話していることに気づいた。カイトは演武場に背中を向けていて、演武場に向かうエトーをカイトが呼び止めたように思えた。
ちらりとエトーが視線を上げる。エトーの視線を追って、ライは顔をしかめた。エトーの視線の先にプリンスがいたからである。
「何を話してた」
「ゴートの入れ知恵だろうな」
演武場に上がったエトーが答える。陰気な声がいつもよりさらに昏い。
「嬢が、オレの本気を見てみたい、だとよ」
「……なに?」
「爺っさまじゃないが……、嬢に言われると血が滾るな」
「お前……」
木琴がカーンと鳴る。
エトーの薄い唇が楽し気に歪む。
「腹にしっかり力を入れてろよ。ライ」
ライは木剣を上段に構えた。酔林国で戦った時よりも距離を取る。何をされても対処できるよう、より広く視界を拡げる。
「行くぜ」
エトーが足を踏み出す。木剣は左手にある。身体を左右に--は振らない。まっすぐライに向かって来る。
エトーが細かく足取りを変えた。ライとエトーは傭兵時代からの長いつき合いだ。そのライにしても初めて見る足捌きだった。
エトーの身体がぶれる。
ライの眉間に皺が寄る。目がおかしくなったか--と、疑う。
そして、エトーの身体が二つに分かれた。
「なっ……!」
左右両方にエトーが飛んだ。--ライにはそうとしか見えなかった。
ヤバイと思う間もない。
エトーを見失うと同時に衝撃が来た。
鉄の棒で殴られたような強烈な一撃がライの腹部に叩き込まれ、溜めていた息を唾と共にライは噴き出した。
ライの膝が折れる。
食いしばった歯の間から苦悶の声が洩れる。
膝をついたまま、エトーを探して顔を上げたライの肩口に、背後から木剣が差し込まれた。
エトーである。
「何か言うことはあるか?ライ」
「……いつか、本気のお前を、ごほっ、ぶっ倒してやるよ……」
「楽しみにしてるぜ」
と口の端を歪めてエトーは木剣を引いた。
「ライ、大丈夫?すごい音がしたけど」
「大したことねぇよ」
演武場に上がって来たカイトに、ライは虚勢を張った。頑張って胸も張る。
「災難だったね、ライのおっさん」
プリンスは上機嫌である。
「……テメエ。後で覚えてろよ」
「ん?ライさんが負けたことを忘れるなってこと?」
「言ってやがれ」
「エトーさん、おめでとう」
カイトがエトーを見上げて声をかける。
「ライに勝ったぐらいで言われてもな」
エトーの表情は陰気なままだが、ライは『こいつも上機嫌だな』と苦々しく思った。
「じゃあこれで、祭りは終わりだね」
カイトの声は、浮き立った演武場に静かに響いた。
「次は、平原王だね」
カイトは大声を出した訳ではない。しかし彼女の声は観客席まで届き、狂泉の民人の間に、小石を投げ入れたように波紋となって拡がっていった。
「おう」
腹の痛みも忘れて、いつもの大声でライは応じた。
「ヤツの首根っこをつかんで、ぶんぶんぶん回して、自在宮まで投げ返してやろうぜ」
「うん」
と、深く頷いて、カイトは笑った。




