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7-1(消せないもの1)

 うなされていたカイトが、悲鳴を上げて跳ね起きる。

 ベッドの上に体を起こし、荒い息を吐く。暗い室内を見回し、訝し気な表情を浮かべる。夢を見ていたと気づいたのだろう、垂れた髪の向こうから短い嗚咽が漏れた。

 やがてカイトは、横になって身体を丸めた。

 カイトと並んで眠っていたハルは、半分眠ったまま、カイトに体を寄せ、彼女を後ろからそっと抱き締めた。

 ハルがクル一族の集落に来てから数日が経つ。それからずっと、ハルはカイトの家で寝起きを共にしていた。

 両親やオルガ一族の人々は近くの森の中で野宿をしている。

 クル一族の家でと勧められたがルゥが固く断った。これからやってくるだろう、他の一族の人々と差をつけない方がいいからと。

 ただハルだけは、カイトの傍にいて欲しいとカイトの伯母に頼まれ、ルゥもその方がいいと勧めたのである。

 カイトは毎夜、うなされた。

 うなされて、目覚めることなくそのまま深く寝入ることもあれば、今日のように悲鳴を上げて飛び起きることもあった。

 昼間のカイトは割と普通だ。

 量は少ないが、きちんと食事も取る。

 笑顔も見せる。

 けれど、カイトが普通に見える、むしろそのことが、ハルの心を重くまだらに曇らせていた。



「何も心配することはないよ。ハルちゃん」

 ハルにそう言ってくれたのは、プリンスである。

 彼の印象は、最初は最悪だった。

 葬儀の翌日、「久しぶりだね、カイトちゃん」と、いきなりクル一族の集落に現れて、プリンスは馴れ馴れしくカイトに声をかけた。

 カイトが驚いて声を上げる。

「どうしてここにいるの!?」

「カイトちゃんと別れてからこっちに来てたんだよ。でも、南に、クスルクスル王国の方にいたから来るのが遅くなっちゃったんだ。

 ごめんね、カイトちゃん」

「カイト」

 ハルがカイトに囁く。

「誰なの」

「あ。えーと。酔林国に行く途中に知り合った人」

 プリンスがハルに顔を向ける。

「カイトちゃんの友達?可愛いね、君。名前を教えてもらっていいかな?」

 プリンスの軽薄な口調に不信感を抱きながら、カイトの知り合いならと「ハル。オルガ一族のハルです」とハルは答えた。

 プリンスは、

「ハルちゃんか。よろしくね。ボクのことは森のプリンスと呼んでくれる?」

 と明るく言った。

『殺そう』

 咄嗟にハルがそう思ったのも、無理はなかった。


 弓の腕の巧拙は、狂泉の森では重視されることが多い。ハルがプリンスの話を聞く気になったのも、軽薄な外見と異なり、彼の弓の腕がハルの知る他の誰よりも上だったからである。

 もちろんカイトを除けばだが、ハルにとってカイトはすでに比較の対象外だった。

「あたしもカイトは大丈夫だって思いたい。ううん、思ってる。

 でも、やっぱり心配なの。あの子が無理しているんじゃないかって。

 無理をして、……壊れちゃうんじゃないかって」

「無理はしてるだろうね。ご両親があんなかたちで亡くなったんだから。でもね」

 プリンスが少し言葉を切る。

「いま、ボクらがカイトちゃんにしてあげられることは何もないんだって思うんだ。ハルちゃんが実際にやってるように、カイトちゃんに寄り添ってあげるぐらいしかね。

 少なくともボクは、それ以上にいい方法を知らないよ」

 まだ納得していない様子のハルを見て、プリンスは言葉を続けた。

「ハルちゃんは、酔林国にキャナが攻め込んだことがあるって、知ってる?」

「うん」とハルが頷く。

「ボクもね、参加してたんだよ。あの戦いに。

 ボクはまだ革ノ月を迎える前だったけど、弓の腕には自信があった。

 ボクの母上はボクを生む時に死んでしまってね。父上もボクが10才になる前に病気で死んで、一族に助けられて生活には困らなかったけど、一人で生きていけるように懸命に弓の腕を磨いたんだ。誰にも負けないようにね。

 もっとも、父上も母上も弓は上手かったそうだから、元々才能があったってことだとは思うけどね」

 プリンスのおどけた言い方に、くすりとハルが笑う。

「……でも、思い上がりだった。

 酔林国ではね、森の外に出てた人たちが戻って来て、キャナに対抗するために軍を組織してたんだ。軍と言っても、20人より少し多いぐらいだったけど。

 いや、違う。

 --23人だ」

 プリンスが言い直す。

「ボクは何もできなかった。ただ、助けられただけで。

 軍の人たちはボクたちを守るように前へ出て、キャナが引いた時には、5人しか残っていなかった。

 弓では誰にも負けないつもりだったけど、ボクは誰も、ただの一人も助けることができなかったんだ」

 プリンスの口元に、笑みがある。

「辛かったよ。父上が亡くなった時より。今でも胸が張り裂けそうになるんだ、あの時のことを思い出すと。

 親しい人が死ぬ、ということがどういうことか、あの時に初めて知った気がする。

 カイトちゃんがボクと同じかどうかは判らない。

 だけど、ボクの経験からするとね、何もないんだよ。今のカイトちゃんにしてあげられることは。ただ寄り添って、カイトちゃんが一人じゃないって教えてあげることぐらいしか。

 だからね、カイトちゃんは心配ないと思うんだ。

 こうしてカイトちゃんのために駆けつけてくれる、ハルちゃんがいるんだから」



 夕食の折に楽しそうにプリンスのことを話すハルを見て、カイトは眉をひそめた。

 食卓に並んでいるのは、今日、3人で森に入って獲って来た獲物である。カイトが二人から離れた間に何かあったのかも知れない。

 そもそもここにプリンスがいないのが怪しい。別れ際にハルに向けたプリンスの思わせぶりな眼差しも、勿体ぶった態度も、思い返せば怪しすぎる。

『こいつはただカッコつけてるだけさ、嬢ちゃん』

 なぜかヴィトの声がカイトの脳裡で木霊する。

「ハル」

 カイトは声を改めてハルに話しかけた。

「プリンスと何かあったの?」

「え。何もないわよ」

 鈍いカイトでも、何かあったのだと判った。

「あのね、ハル。

 告げ口するみたいだから、あまり言いたくなかったことなんだけど」

「なに、カイト」

「酔林国で友達になった子がね、プリンスのこと……」(以下略)

 カイトの話を聞き終えたハルの反応は、カイトの予想したものとは違っていた。

「ふーん」

 ハルの口元に、笑みが浮かんでいる。

「そうなんだ」

 ハルの瞳が輝く。森で獲物を見つけた時の輝きである。

「……」

 プリンスに悪いことをしたかな。カイトはそう思った。

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