表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/233

6-3(帰郷3)

 カイトは玄関の扉を勢いよく開き、「ただいま!」と弾んだ声を響かせた。父と母を驚かせるつもりだった。

 しかし、返事はなく、居間は深く静まり返っていた。

「あれ」

 肩にかけていた荷物を、いつも使っている自分の椅子に置く。弓を立て掛け、矢筒と山刀も外した。父と母に話したいことがいっぱいあった。「母さま!」「父さま!」と二人を探すがどこにも姿がない。いつもより室内が片付いている。カイトはそのことにすぐに気づいたが、それを不審とは思わなかった。

 二人で森に入ったのかも知れない。もしそうなら、数日は帰って来なかったとしても不思議ではない。

 カイトは巫女である老女の家へと向かった。

 森に入るなら老女に断ってから行くはずだ。そうでなくても、彼女なら両親がどこにいるか知っているだろうと考えたのである。

 老女の暮らす平屋の前に数人の人影があった。集落の女たちである。老女はその中心に、ひどく疲れた様子で座っていた。婆さまが座っているなんてめずらしい、とカイトは思った。

「婆さま!」

 カイトの声に全員が振り返る。カイト、カイト、と女たちが彼女の名を呟く。しかしまだ、カイトは何も不吉を感じなかった。

「ただいま戻りました」

 老女が座ったままカイトを見上げる。

「そうか。戻って来たか」

 口調が重い。

「婆さま。父さまと母さまが家にいないの。どこに行ったか、知ってる?」

「死んだ」

「え?」

「カタイとサヤは、死んだ」

 カイトは冗談だと、本心から思った。だから笑った。

「何を言ってるの、婆さま」

「本当なの」

 カイトは声を振り返り、そこに伯母がいることにようやく気づいた。

「本当に、サヤとカタイは死んでしまったの」

 涙声でそう言って、伯母は両手で顔を覆った。



 カイトは口をつぐんで立ち竦んだ。

 両手で顔を覆った伯母をまじまじと見返す。視線を回し、自分を見つめる女たちを順々に見る。だが彼女は、実際には何も見てはいなかった。

 このとき彼女が見ていたのは、空っぽの、板のように奥行きのない、薄っぺらな闇だけだった。

「なにがあったの」

 感情の消えた声でカイトは訊いた。

「カイトは平原王、を知っているか」

 答えたのは老女である。

「うん」

「平原王の兵士がな、森に攻め寄せてきたのじゃ。理由は知らぬがな。許可なく森に入った者がいると森が知らせて、我らが一番近いところにいたので、弓を取った」

「うん」

「森に入った者はすべて殺した。だが、フォンが捕まった」

「フォンが」

 老女は頷き、話を続けた。

「フォンは捕まって、殺されなかった。……友釣りに利用されたのじゃ」

 カイトの眉がぴくりと動く。

「最初に森を出たのは、カタイじゃ」

「父さまが」

「だが、誰が、というのは問題ではない。いずれは時間の問題じゃったろう。30人ばかりが森を出て、全員が狩られるように殺された」

 カイトは、ガヤの街を思い出した。

 砦には500人程度の兵が常駐していると、ライは言っていた。森から出てしまえば、たったそれだけの人数で酔林国に対するには十分だと。

「……母さまは?母さまも、森を出て戦ったの?」

 老女が首を振る。

「その夜にな、何人かの女が死体を森に戻そうと、森を出た。だが、戻ったのはサヤだけで、戻りはしたものの、カタイの首を抱いて死んでおったよ」

「……」

「それが今朝のことよ」

 伯母が震える声で言う。

「二人はもう、狂泉様の許にお返ししたわ」

「フォンは、フォンはどうなったの?」

「ワシが殺した」

 平板な声で老女が言う。

「あれの母が兵どもの注意を引いている隙に、ワシが……、この手で、な」

 老女を囲んだ女たちが嗚咽を漏らす。老女の両手が腿の上で震えていた。いつもは巨木のような彼女が、小さく、弱々しく見えた。

 その老女を見ながら、カイトは「良かった」と晴れやかな声で言った。

「フォンも、婆さまに楽にして貰ったのなら」

 訝しく思って老女はカイトを見上げた。カイトの口元に、笑みがあった。不安が老女の胸を苦しいほどに絞めつけた。

 カイトの正気を疑ったのである。

「婆さま」

「なんじゃ」

「狂泉様に誓いを」

「どんな誓いじゃ」

「一族みんなの仇を。一族一人の命に対して、仇の命、10で償わせる」

「出来るのかえ」

「出来なければ、狂泉様がわたしを殺して下さるわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 物語が大きくうねりだした
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ