プロローグ3 11年前,7年前
轟々と、嵐が狂泉の森の木々を揺らしていた。
家から姿を消した娘を探しに外に出たサヤは、まだ三歳にしかならない娘が、おもちゃの弓矢を手に、扉の外で空に向かって何か叫んでいるのを見つけた。
「何をしているの!カイト!」
サヤは娘を叱りつけた。
「とどかないの」
泣きながら、カイトと呼ばれた娘は答えた。
「あいつにとどかないの」
サヤは娘の指さす先を見た。
娘が指さしているのは、雲に厚く覆われた空だった。
「カイト、あんた、嵐をやっつけようとしたの?」
口を真一文字に結んで、娘が彼女を見る。それが娘の示した肯定と察して、サヤは思わず笑い、娘の前にしゃがみ込んだ。
「良い子ね、カイト。でも、あれは無理。だってあれは、んー、神だもの」
「かみ?きょうせんさまのような?」
「そうよ。わたしたちは嵐には叶わない。ただ、通り過ぎるのを待つだけ。狂泉様のご加護を信じてね。さあ、お家に戻りましょう」
カイトが空を振り仰ぐ。それは決して、母親の言葉に納得した表情ではなかった。そして彼女は、母親に手を引かれて屋内に戻るまで、じっと流れる雲を睨みつけていた。
嵐に矢を向けた幼いカイトが、狂泉の落し子と呼ばれるようになったのは彼女が7才の時である。
父をはじめとして多くの男たちが狩りに出ていた夜に、カイトはふと、集落に誰かが近づいて来ている気配に気づいた。彼女の家の裏手。少し離れてはいるが、森の中。息の殺し方が獣のそれではなかった。カイトは他の誰にも言わず、自分の子供用の弓矢を手にした。
翌早朝、見知らぬ男たち3人の死体が集落の外れで発見された。
狂泉の森にも、はぐれ者はいる。掟を犯して集落を追い出された者たちは、狂泉の森を出るか、徒党を組んで流れ者となった。そうした連中が食料や女を求めて集落を襲うことがたまにあり、近隣の集落に問い合わせても3人に該当する者はなく、彼らはそうした連中であろうと推測されて処理された。
誰が彼らを殺したのか、それはすぐに知れた。
死体の喉には、刺さるはずのない子供用のおもちゃの矢が、深々と突き刺さっていたのである。
父も母もカイトを褒めたが、カイトは自分が褒められる理由が判らず、むしろ眠たそうに欠伸を噛み殺していた。