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5-5(タルルナの使い5)

 酔林国で市が開かれるのは1ヶ月に1度だ。ガヤの街では、それがほぼ毎日開かれるとカイトは教えてもらった。

 市の規模としては酔林国の方が大きいだろう。

 ガヤの市は場所も狭く、出店している露店の数も少なかった。しかし、露店に並べられた商品の種類はガヤの街の方が多く、場所が狭い分、市はひどく混み合っていて人出は逆にガヤの方が多いようにカイトには感じられた。

 食料品が多く、鳥やウサギなどが並べられているのがカイトには珍しかった。狂泉の森では、肉はもちろん、食料は自給自足が基本だからだ。

 あちらこちらと覗いていたカイトが足を止めたのは、工芸品を並べた露店である。

「これいいな」

「何か気になるものがあった?」

 カイトと一緒に歩いていたヨリが尋ねる。

「この櫛。とてもきれい」

 カイトが指さしたのは、螺鈿細工の施された櫛である。

「ほんとね。素敵だわ」

 これなら調度いいと、

「二つ欲しいの。これで足りる?」

 と、カイトは酔林国に来る途中で商人に貰った銀貨を差し出した。

「誰かにプレゼントするの?」

「うん」

 櫛を受け取りながらカイトはヨリに頷いた。

「ひとつは母さまに。もうひとつは、いつもお世話になってるハノさんに」

「お父様の分のお土産はないの?」

「……うーん。それは、要らないかな」

「ま、そうよね」

 と、カイトはヨリと二人で笑った。


 市が開かれている広場の南側に、広場より一段高く建てられた建物があった。小ぶりではあるが石造りで、間口が広い。

 ただし、厚みを感じさせる両開きの木製の扉は、市場の賑わいを拒否するかのように固く閉ざされていた。

「タガイィさん、あの建物は何?」

「雷神様の神殿だ」

 カイトの視線を追ってタガイィが答える。タガイィの大声に憂いが潜む。

「ここは雷神様の神殿前の広場なんだよ」

「雷神様の」

「元々は巫女様が御一人いらっしゃったらしい。オレがガヤに来た時にはもう扉が閉じられてたから良くは知らないが、巫女様は近くで暮らされているってことだ。

 どこにお住まいになっているか、詳しいことは巫女様の御意向もあって誰も教えてはくれないがな」

「そうなんだ」

 と、カイトが神殿に目を戻すと、閉じた扉の前に人影があった。広場に背中を向けて、神殿の扉を見詰めている。

 女のようだった。

 背中に落とした、鮮やかな赤い髪がまず目を引いた。

 カイトの視線を感じたのか、女が振り返った。まだ若い。カイトと同じぐらいの歳だろう……と考えて、カイトは戸惑いを覚えた。『きれいな子』と思った。なぜだか歳が判り難い。もっと年上じゃないかと思わせる濃厚な色香が、距離は離れていたが匂ってくるかのようだった。

 少女の栗色の瞳が笑う。

 気のせいか、瞳の奥で赤い光が瞬いたようにカイトには見えた。

「どうかしたか、カイト」

「あ、ううん」

 ライを振り返って首を振り、神殿に視線を戻すと、少女の姿は既になかった。不思議に思って辺りを探すが、どこにもそれらしい姿はない。

「行くぞ、カイト」

「うん」

 いくら見回しても雑踏に少女の姿はなく、カイトは訝しく思いながら神殿前の広場を後にした。


 駅馬車に乗り込もうとしたヨリに近づくと、ライは小声で何かを話しかけた。ヨリが真剣なまなざしでライを見上げて頷く。

 その姿を見ながら、カイトは、『ライが一ツ神や”古都”のことを話してくれたのは、わたしに話すフリをして、本当はヨリさんに聞かせたかったからじゃないかな』と思った。

 走り去る駅馬車を見送り、ライと二人で森に戻ったカイトを待っていたのは、一ツ神や”古都”のことを忘れさせる知らせだった。

「カイト、お客さんだ」

 カイトとライに労いの言葉をかけた後、トロワはそう言った。

「タルルナの使いだそうだ」

「タルルナさんの?」

 カイトの声が緊張に強張る。

 現れたのは40代と思われる優しそうな男だった。

「はじめまして。カイトさん」

 穏やかな笑みを浮かべて、男は名を名乗った。タルルナの息子の一人だと言う。

「今日は母に代わって報酬をお渡しに参りました」

「報酬って、タルルナを酔林国まで護衛した時のヤツか?」

 尋ねたのはライである。

「はい」

 男がカイトに視線を戻す。

「ここでお話しても構いませんか?カイトさん」

 カイトは頷いた。自分の心臓の鳴るどきどきという音が聞こえるかのようだった。

「お願いします」

「判りました。カイトさん、あなたの探し人は、クスルクスル王国のトワ郡にいらっしゃると思われます」

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