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5-3(タルルナの使い3)

「一ツ神の信徒は、少しずつ、ううん、とても増えてるの」

 しばらく沈黙した後、ヨリは静かに言った。

「存在しない神様なのに?」

 ヨリが頷く。

「だって百神国を実際に追い払ったのは、王家でも貴族でもなく、彼ら、一ツ神の信徒たちだから。

 追い払ったどころか今は逆に百神国と洲国に攻め込んでる。

 彼らは結果を出しているの。

 それにね、カイトちゃん。

 わたしたちには存在しない神様でも、彼らは一ツ神が存在しているって信じているの。いくら他の神様の神官様や巫女様が一ツ神なんて神は存在しないと言っても、存在しているって。

 むしろ彼らは、一ツ神だけが本当の神様だって、信じてる」

「どういうこと?」

「彼らはね、一ツ神以外の神様は、すべて偽物の神様だって主張しているのよ」


「狂泉様は……、狂泉様は、偽物なんかじゃない!」

 カイトは思わず叫んでいた。叫んでからあっと口を開いてヨリの顔を見直し、「……ごめんなさい」と顔を伏せる。

 ヨリが優しく微笑む。

「気にしないで、カイトちゃん。わたしだってそう思うもの。狂泉様は偽物なんかじゃないって。

 だけどあの人……、あの人たちは、そう言うのよ。一ツ神の信徒たちは」

 そう言ってヨリが黙る。

 カイトも視線を足元に落とし、3人の歩く足音だけがしばらく続いた。

「森から出るぜ、カイト」

 重苦しい空気を払うように、いつもの大声でライが言った。

 顔を上げたカイトの前で、狂泉の森が切れていた。


 雑草に覆われた荒れ野を風が渡って行く。

『木がない』

 カイトが最初に思ったのはそのことだった。

 荒れ野とは言え、実際には木もあちらこちらに生えてはいたが、狂泉の森を見慣れたカイトにとってはないも同然だった。

 酔林国でさえ、ここまで木がない景色をカイトは見たことがなかった。

 なんだかヘンだ。

 距離感がおかしい。

『広すぎるんだ』

 森との境界に立って、カイトはそう気づいた。

 いつも意識することなく距離を測っている目標がない。遠くにあるもの、近くにあるもの、つまり遠近を正しく認識できない。

「大丈夫か、カイト」

 立ち竦むように足を止めたカイトにライが声をかける。

「少し、休む?」

 ヨリも心配そうに訊く。

 カイトは一度目を閉じ、顔を伏せ、まず足元を見た。

 大丈夫。ちゃんと見える。

 そこから一番近くの木に視線をやる。うん。問題ない。少し顔を上げる。まだ大丈夫。思い切って100mほど先の木に視線を飛ばす。次第に焦点が合うように距離が測れるようになっていく。

「ちょっと矢を撃っていい?」

「ああ。いいぜ」

 カイトの放った矢は、カイトの狙い通り、失速するのではなく弧を描いて100mほど先の木の脇に突き刺さった。

「ホントに大丈夫か?」

 木を狙ったカイトが、狙いを外したと思ったのだろう、カイトの顔をライが心配そうに覗き込む。

「うん」とカイトは頷き、ライに笑顔を向けた。「ありがとう、ライ。もう大丈夫。行こう」

 歩きながら歩幅で距離を確認する。

 問題ない。地面に刺さった矢を抜きながら、うん、とカイトは頷いた。顔を上げる。風景がきちんと認識できる。奥行きの認識にも狂いはない。

「広い」

 改めてカイトは呟いた。

 何もかもが広い。

 大地だけではなく、遮る木々のない空も。

「カイト。あれがガヤの街だ」

 ライの指さす先に、何かが見えた。岩の塊かとカイトは思ったが、そうではなかった。カイトが見ていたのは、遠くからでもはっきり形が判る、ガヤの街を囲む城壁だったのである。


 いくら歩いてもガヤの街は近づいたという感じがしなかった。つまりそれだけあの街は大きいんだ、とカイトは気づいた。

「一ツ神の背後には、”古都”がいるって噂があるんだ」

 独り言のように突然ライが口を開き、「”古都”?」とガヤの街から視線を戻してカイトは隣を歩くライを見上げた。

「”古き国々の都”。そういう名前の国だ。だけど誰も”古き国々の都”とは言わねえ。略して”古都”。狂泉様の森の南にある国さ。狂泉様の森とは接していないがな。百神国ゴダの、さらに西にある国だ。

 タルルナが言ってただろう。酔林国に入るときに、あれを国と言うかって。話したら悪いことが起こりそうだからあまり話したくないって。

 覚えてないか?」

 視線をガヤの街に向けたままライが問う。

「そう言えば、言ってたかな……」

 カイトの記憶はその程度である。

「どんな国なの。その国は」

「亡霊の国だ」

「え?」

「過去の栄光を忘れられない連中のな。大きな国じゃねぇ。人口は1万もあるかどうか、ってとこだが、実態は判らねえ。

 魔術師が支配する国。

 そして、名を口にするのも憚られる御方たちのうちの一柱を守護神とする国だ。……ヤツラは、惑乱の君を守護神としているのさ」


 気温がいきなり下がった。

 凍えそうなほどに。

 そう、カイトは感じた。

「惑乱の……君?」

 囁くように問い返したカイトに、ライが「ああ」と頷く。平静を装ってはいたが、『惑乱の君』と口にしたライの横顔にも緊張感が漂っていた。

 森の守護神である狂泉をはじめとして、雷神や平原公主などは、全て光に属する神々である。

 一方、闇に属する神々も世界には存在していた。

 彼らは、その配下たる妖魔を含めて、闇の一族と称された。

 しかし人々は誰も、その呼び名を口にすることはなかった。口にすれば、彼らが訪れると信じていたからである。彼らの話をするときには、人々は、名を口にするのも憚られる御方たち、と言った。

 その、名を口にするのも憚られる御方たちの中に、狂気と混乱を司る神がいた。

 惑乱者と称される神。

 名は、XXXX。

 人は、いつの間にかその名を覚える。誰にも教えられたことがないにも関わらず、まるで前世の記憶を思い出すかのように。そして、ほとんどの者は、一生のうちに一度もその名を口にすることなく、人生を終えるのである。

 惑乱の君。

 それが彼の神のことを話すときの呼び名だった。

 カイトも知っている。狂泉と平原公主が力を合わせて戦ったと、神話で語られる闇の神こそが、惑乱の君だった。

「その”古都”が一ツ神の信徒の背後にいるって噂がある。”古都”の魔術師どもを迷宮大都で見たってな。

 つまり一ツ神の信徒っていうのは、それほど得体が知れないってことさ」


「後はトロワに聞きな。”古都”についてはヤツの方がオレより詳しいし、正確だからな」

 ライはそう言って、それ以上、キャナとの戦争については語らなかった。

「どうだ、カイト。初めて見る外の街は」

 すでにガヤの街の城壁は、カイトの目の前にそそり立っていた。高さは10mを超えているだろう。

「これを本当に人が作ったの?」

 しばらく前から、カイトの目は城壁に釘づけになっている。

「これでもまだ小さい方だがな」

 カイトは首を振った。

「信じられないよ、これで小さい方だなんて。でも、酔林国の基礎をキャナの人たちが作ったっていうのは、……成程なって思う」

「ま、そういうことだ。入口は南側にある。こっちだ」

 カイトたちが歩く西側にも門--城壁に比べればかなり小さな--があったが、そちらは、まるでカイトたちを拒否するように固く閉ざされていた。南側に回ると、人の流れが見えた。ガヤの街から南に伸びた道が、しばらく先で東西にも分かれていた。

「人が多いね」

「否定してばかりで悪いがな。そんなに多くはねぇ。この街の人口は5千もいないだろう。兵も常駐しているが、数は500といったところだ。

 森ではオレらが遅れを取ることはねぇが、森の外に出ちまうとな。この規模でも十分過ぎるぐらいだ。

 ここの大将がキャナの人間にしてはいい加減なヤツで--。

 おっと。噂をすれば、だな。

 お出迎えだ」


 南門の脇に一人の男が槍を手にして立っていた。

 大男である。身長はライと同じか、少し高いぐらいだろう。ライよりも身体に厚みがある。歳はライと同じぐらいか。

 酔っているのか、髭に覆われた顔が赤く染まっていた。

「酔林国のバカが、人間様の街に何の用だ!」

 酔眼でライを睨み据え、ドンと槍の石突で大地を叩き、大男が怒鳴る。

 声がデカい。

 なんだか既視感がある。

「あれがこの街の軍の責任者だ」

 カイトにライが囁く。やっぱり、とカイトは思った。

「お前ンとこの市民様を送ってきたんだ!何か文句があるか!」

 ライが歩きながら怒鳴り返す。ずっと見えていただろうに、初めてヨリに気づいたように、「おう」と大男が顔全体で笑った。

「お帰り、ヨリちゃん。あっちでバカどもにいじめられなかったかい?!」

「ただいま、タガイィさん。大丈夫、みんな優しかったわ」

「そいつはよかった。

 ありがとうよ、バカ。一応、礼は言っておく。オレはお前ら野蛮人と違って文明人だからな。

 それじゃあ、用事は済んだな。だったらお前はとっとと森に帰りな」

「そうしたいところだがな、コイツに」と、ライがカイトを顎で示す。「ガヤの街を見せてやりてぇんだ。通らせてもらうぜ」

 ライは足を止めない。ヨリもだ。このまま進んでもいいのかなと思いながら、カイトもライと並んで、大男--タガイィに近づいていった。

「誰だ、そのかわいい嬢ちゃんは!」

「お前みたいなアホウに教えられるかよ!」

「なんだとぉ--」

 タガイィが槍を構え、ライに向かって突き出す。

「いいだろう。ヨリちゃんと嬢ちゃんは通してやる。だが、バカはダメだ。バカが通るには、通行許可証が要る。あるなら出してみな」

 ライが足を止める。槍の穂先は、彼の目の前だ。

「いいだろう」

 ライが肩にかけた荷物から何かを取り出す。竹筒だ。槍が下がる。ライが放り投げた竹筒をタガイィが受け取り、すぐに栓を抜いた。

「何、あれ」

「お酒」

 カイトの質問に答えたのはライではなく、ヨリだった。声が明るい。

「いつもの茶番よ」

 タガイィがごくごくと喉を鳴らす。ぷはぁと満足そうに大きく息を吐いて笑う。愛嬌のある笑顔だった。

「通行許可証、間違いなく確認いたしました。ささ、お通り下され。ライ殿」

「いいの?こんなので」

「いいんだよ」

 足元をふらつかせて歩くタガイィの後ろにライが続き、苦笑するヨリと顔を見合わせて、戸惑いながらカイトもガヤの城門を潜った。

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