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5-2(タルルナの使い2)

 ガヤの街に行ってみないかと、カイトがライに誘われたのはヨリと森に入った数日後のことである。

「お前、ヨリを知っているんだろう?」

 トロワ宅の夕食の席で、ライはいきなりそう訊いた。

「ヨリの親父さんには世話になっててな。ヨリをガヤの街まで送っていくんだ。どうだ。一緒に行ってみないか」

 カイトが酔林国に来た当初は、狂泉の森の外に出るのが怖かった。それが今はあまり怖いという感覚がない。

 それだけ時間が経ったんだと気づいて、帰りたいなと、旅に出てからカイトは初めて思った。

「うん。行く」

 そう頷いて、

「是非、連れて行って」

 とカイトは続けた。

 キャナとの戦争のことをライが話してくれたのは、その道中でのことである。


「オレは狂泉様の森の生まれじゃないんだ。赤子の頃に森に捨てられた、つまり、”拾われっ子”だったんだ」

 ライはまず、そう話し始めた。一緒に歩くヨリは知っていたのだろう、驚いた様子は見せなかった。

 しかしカイトは、驚きのあまり言葉を失くした。

「だからってグレたりはしてねぇぞ。念のために言うとな。ただ、革ノ月を終えてほとんどすぐに集落を出たのは、それも理由のひとつかも知れないな。

 しばらくは森を彷徨ってた。よくあることだが。2、3年して、狩りばっかりしているのに飽きて、森を出た。他にやれることもないんで傭兵になって、あっちこっちの軍隊を渡り歩いた。

 それがけっこう性にあってたんだな。命のやり取りをしてると、生きてるって実感があった。

 森に帰るつもりは、これっぽちもなかったよ」

「……どうして戻ってきたの?」

「爺っさまに誘われたんだ」

「軍団長に?」

 ライが頷く。

「爺っさまもオレと同じで森を出て傭兵をやってた。

 オレと違うのは、爺っさまは傭兵団を組織して、そこの団長だったことだ。爺っさまの傭兵団に入らないかと誘われたこともあったが、オレは一人でやってる方が気楽で良かったんで、断った。

 ただ、たまに顔を合わせれば一緒に酒を呑む、そんな関係だった。

 それがある時、爺っさまに呼び出されて言われたんだ。

 キャナの様子がおかしい。ひょっとすると酔林国に攻め込むつもりかも知れん、ってな。

 軍を動かすと嫌でも判る。爺っさまの見立てだ。半信半疑ながら、オレは爺っさまと森に戻った。エトーやマクバと一緒にな。

 マクバは元々爺っさまの傭兵団の一員で、エトーはフリーの傭兵だったが、オレと同じで、爺っさまに声をかけられて戻ったんだ。

 戻ってみると、こっちでもトロワが爺っさまと同じ意見で、いくさに備えるようみんなに説いてた。けど、動きは鈍かった。

 それはそうだろう。

 酔林国とキャナはずっとうまくやってきた。

 攻められる理由がない。

 そんなことあり得ないって思う方が普通だ。オレだって半信半疑、どちらかっていうとそれはないだろうと思ってた。

 だから本当に攻めてきた時にはかなり驚いたぜ」

「どうしてキャナは攻めてきたの?」

「あっちの言い分は、元々、酔林国は自分たちのものだってことだったよ。

 狂泉様にお許しをいただいて、ヤツラの父祖が作ったものだって。それを不当に占拠されているってな。

 なるほど酔林国の基礎をキャナのヤツラが作ったのは間違いない。

 しかし、そもそも狂泉様の森は、狂泉様のものだ。人のものじゃない。ヤツラが攻めて来た時に、革ノ月を終えた酔林国の住民はひとり残らず、許しなく森に入った者がいると森に教えられた。

 つまり、狂泉様がヤツラの言い分を認めなかった訳だ。

 だからオレたちは弓を取った。

 攻めてきたのは10万人。女も子供も含めたキャナの人口の倍だ。だが、森での戦いならこちらに分がある。最初は押されたが、すぐに盛り返して、最後はトロワたちが話をまとめて、休戦に持っていった。

 休戦の条件はこちらからは攻め込まねえってだけだ。だからそちらも攻めて来るなってな。単純な話だろ?

 ヤツラが飲むとは思わなかったが、意外とすんなり飲んだ。トロワはヤツラが飲むって確信があったようだな、オレにはさっぱりだが」

「……」

「ヤツラが酔林国に攻めてきた本当の理由は判らねえ。爺っさまとトロワは、百神国ゴダと、洲国との戦争のために狂泉様の森を抜けることが目的だったんじゃないかと読んでいるが、それも推測に過ぎねえ」

「百神国ゴダと洲国……」

 カイトが呟く。洲国は知っている。酔林国への道中で出会った奴隷の男の故国。キャナの東側にある国だ。百神国ゴダにも聞き覚えがある。タルルナが教えてくれた。確かキャナの西側にある国だ。

「キャナって、酔林国とだけ戦争をしているんじゃないの?」

「知らなかったか。酔林国に攻め込む前に、キャナはゴダ、それと洲国とも戦争をしてたんだ」

「そう言えば」

 とカイトは思い出した。ヴィトが話していたハズだ。暗い夜の森の中で。奴隷の男に。

「洲国にあるグンシュウのひとつが、何年か前にキャナに滅ぼされたって、聞いたことがある」

 ライが頷く。

「キャナの南には海しかねぇ。

 つまりキャナは、北にある酔林国、東にある洲国、西にある百神国、まわりの国ぜんぶと戦争をしているってことだ。

 まぁ、酔林国とは休戦中だが、とにかく、爺っさまとトロワは、キャナが酔林国に攻めてきたのは、百神国と洲国との戦争のためだって考えてた。

 確かに狂泉様の森を抜ければどちらの国も側面から攻められる。

 だが、そんなことをするかな。この森は神の支配する森だ。それを抜けようと考えるヤツがいるなんてオレには信じられねえ。

 キャナはおかしいんだ。

 カイトは知っているか?キャナには今、守護する神がいないってこと」

「どういうこと?」

「オレが森を出て5年ほどした頃に、キャナの守護神である雷神様が世界中の神殿の扉を閉じちまったんだ」

「神殿の扉を閉じたって、どういうこと?」

「そうだな」

 とライが言葉を探す。

「狂泉様がこの森を捨てられた、というのに近いかな」

「え」

 驚きのあまりカイトは、思わず歩いていた足を止めそうになった。

「狂泉様が、この森を捨てる……?」

「例えればな。

 森の外では神殿を通じて神の言葉を聞く。神殿を通じて神と繋がっているんだ。神殿の扉が閉じたということは、つまり、神との繋がりが切られちまったってことだ」

「どうして……?どうして雷神様は扉を閉じられたの?」

「判らねえ。未だにな。人の行いが怒りに触れたか、しかしそれなら神罰を与えればいいし、神の方の都合かも知れねえ。

 他の神々も、雷神様が神殿の扉を閉じた理由については黙したままだ。

 キャナがおかしくなっちまったのは、それからさ」

「……」

「雷神様が扉を閉じてから2、3年後に、当時の王が死んだ。

 後継者問題が起こって、国内がモメた。神殿組織が機能していれば仲介することもできただろうが、神殿組織はないも同じ状態だった。

 そこを狙って、百神国と洲国がキャナに攻め込んだんだ」

「百神国と洲国の方が、先に攻め込んだの?」

 意外そうにカイトが訊く。

「ああ」

 ライが頷く。

「口実はある。

 キャナの王家は歴史が古い。歴史が古い分、キャナ王家の血を引いている者はゴマンといて、キャナに比べれば歴史は浅いが、百神国ゴダの王族と洲国の公主どもにもキャナ王家の血が少しは混じってる。

 それが口実だ。我こそが、キャナ王国の正当な後継者だってな。

 キャナが酔林国に攻め込んだのと同じさ。

 本当のところがどうなのかは関係ない。口実さえあればいいんだ。

 で、後継者問題でゴタゴタしていたものだからキャナの軍は連戦連敗。百神国に首都まで攻め込まれそうになった。

 そこに、ヤツラが現れた」

「ヤツラって、誰?」

「一ツ神の信徒たちだ」


 カイトは首を傾げた。一ツ神という名の神を、彼女は聞いたことがなかった。

「どなたなの、その神様」

「そんな神はいねぇ」

「え?」

「いないんだ、そんな神は。他の神々が、ま、神官や巫女たちだが、悉く否定している。一ツ神なんて名の神はいらっしゃらないとな」

 カイトが混乱する。

「でも、信徒はいるのでしょう?」

「いる。だが、神官たちの言葉を信じれば、ヤツラは存在しない神の信徒、ってことになる」

「存在しない神の……?」

 カイトにはまったく理解できない。

「古い信仰ではあるようなの」

 ヨリが口を挟む。

「わたしも嫁いでから知ったんだけどね。

 キャナではかなり昔から信じられていたみたい。いつ頃からかは全然判らないけど、少なくとも大災厄以前から、奴隷や下層の人々--こんな言い方は良くないけど--社会の外に置かれた人々の間でね。

 一ツ神様は常世にいらして、人が死んだ後に、自分を信じる人たちを常世へと導くのだそうよ。

 現世ではなくて、来世を約束しているのね。

 来世しか救いがないということだとしたら、悲しい信仰よね」

「わたし」

 言葉がカイトの口を突いた。

「なんだ、カイト」

 カイトが黙る。うまく言えない。ただ、胸がもやもやする。違和感がある。なんだろうと考えて、

「……狂泉様に救って欲しいなんて、考えたことない」

 と言った。

 カイトは狂泉の加護を信じていた。いや、それも違う。そもそも疑ったことがない。カイトにとって狂泉は常にそこにいる存在だ。

 ただそこにいて--。

 カイトは首を振った。

「うまく言えない」

「カイトちゃんが言いたいことは、なんとなく判る。わたしも違和感があるもの。どう言えばいいのか、よく判らないけど。

 彼らがやっていることもそう。彼らが言ってることとやってることに、ズレがある気がして仕方がないの。

 キャナでも一ツ神のことはほとんど知られていなかったらしいの。それがキャナの人たちに知られるようになったのは、雷神様が扉を閉じられる少し前から。

 王家に逆らう反逆者として、ね」

「ハンギャクシャ?」

「彼らは王家を倒そうとしていたの。国をひっくり返そうとしていたのよ」

「……よく判らない」

「そうだな。森では、ちょっと例えようのない話だからな」

「子供が親を殺そうとするような……、んー、これも違うわね」

「掟を犯して集落を追い出された連中が、逆に集落を乗っ取ろうとした、というのが一番近いか?」

「そうね。掟を犯したんじゃなくて、奴隷という身分から抜け出そうとして、主人を殺そうとした、といったところかしら」

「それなら、ちょっと判る……かな」

 洲国に帰って行った奴隷の男のことを念頭に置いてカイトが答える。もっとも彼は、主人を殺そうとはしなかったが。

「主人を殺そうと狙っていたところに外から侵入者が現れて、主人が侵入者に殺されたので、主人を殺すために持っていたナイフで侵入者を刺し殺して、自分が主人になったってところか」

「そうね。例えればそんなところかな。

 実際に彼らがやったことはね、百神国の軍隊が迫ってパニックになっていた迷宮大都の市民を前に、演説をしたらしいの。それで奮い立った市民の先頭に立って打って出て、市民の力だけで百神国の軍隊を退けたって」

 ライがヨリの言葉を引き継ぐ。

「そのまま余勢をかって百神国を洲国ともどもキャナから追い出して、望み通り、一ツ神の信徒がキャナの実権を握ったって訳だ。

 圧倒的な国民の支持を受けてな。

 後継者問題も片づけた。

 キャナはまだ王政だ。形ばかりだがな。一ツ神の信徒にとって都合のいい、血統だけは確かな女が、今のキャナの王だ。

 今のキャナは一ツ神の信徒の支配する国になっちまってる。

 だからオレたちはキャナのことをキャナ王国とは言わず、ただ、キャナとだけ呼んでいるんだ」

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