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4-9(酔林国9(演武会2))

「プリンスには、他にもいろいろと教えたわ」

 いろいろ。いろいろって、何だろうとカイトが疑問に思っているうちに、木琴がカンカンと打ち鳴らされてカーラの名が呼ばれた。

「私の番ね」

 カーラが演武場を振り返る。

「わたしも少し手のうちを見せてあげるわ、お嬢ちゃん。よく見ててね」

 カーラの対戦相手は、40代ぐらいの男である。身長はカーラの方が高いが、男の体格が半端なくいい。

 胸筋と上腕筋が異常に発達し、上衣がはち切れそうだ。

「父さま、頑張って!」

 娘だろう、カイトと同じ年頃の少女が声援を送り、男は笑って手を振った。しかし同じ少女が「でもカー姉さまには勝っちゃダメよ!」とすぐに言葉を続け、男はがっくりと肩を落とした。

「おいおい。それはないだろう」

「大変ね、父親って」

「だったら勝ちを譲ってくれよ、カーラ」

「そうしてあげたいところだけど、わたしも手合わせしたい子がいるから、それは出来ないわ」

 試合開始を告げる木琴の甲高い音が響くと、カーラはカイトと同じように無造作に対戦相手の男に向かって歩いた。最初はたじろいだ相手も、すぐに前へと向かってきた。二人が近づき、カーラが僅かに後ろへ下がる。

 カーラに伸ばした男の手が、カーラの身体をすり抜けたように見えた。そしてその時には、男の身体は宙に浮いていた。

 ずんっと音がして、土煙が舞う。

「大丈夫?」

 倒れた男の腕を取ったカーラが優しく男に問う。男の返事は、少女たちの上げた歓声にかき消されて聞こえなかった。

「すごい」

 カイトが呟く。

「何がすごい?」

「相手の力の使い方」

 カイトの答えに、ライが頷く。

「そうだな」

 少女たちに笑顔を振り撒きながらカーラが戻ってくる。汗一つかいていない。顔の前に垂れた前髪を指で軽く戻す。たったいま戦ってきたと感じさせる乱れは、それだけだった。

「参考になった?お嬢ちゃん」

「うん」

「それならよかった。対戦するのが楽しみだわ」

「さて。それじゃあ、次はオレだな」

 カンカンと打ち鳴らされた木琴の音と共に自分の名前を呼ばれて、ライはのそりと足を踏み出した。

「しっかり見てろよ、カイト」

「うん」

 演武場にはすでにライの対戦相手が、腰に手を当てて待っていた。

 年齢はライと変わらないだろう。身長も森人にしては高い。ただし、ライと比べると頭半分は背が低く、体格的な不利は否めなかった。しかし男は、ライを恐れるそぶりは微塵も見せなかった。

「遅いぞ、ライ!」

 男がライに向かって、つまりはカイトのいる観客席に向かって叫ぶ。

 カイトは驚いた。

 地声なのだろうか、声の大きさはライに負けていない。いや、態度もライに負けず劣らず、妙にデカい。

 けれど、カイトが一番驚かされたのは男の外見だった。ライの対戦相手の顔には、眉が無かった。無かったのは眉だけではない。男の頭にもまた、気持ちがいいぐらい一本の髪の毛も無かったのである。


「そんなにデカイ声で喚くな、マクバ!煩いだろ!」

 観戦者の多くが、『お前もな』と突っ込んだであろう、ライの大声を聞きながら、「あの人、もしかして軍の人?」とカイトはエトーに尋ねた。

「残念ながらな」

 心底イヤそうにエトーが答える。

「ライの、まあ、いいケンカ相手だ」

 エトーの言う通り、二人は盛んに言い合っていたが内容はほとんど子供のケンカレベルだった。「覚悟しろよ。筋肉バカ」「バカはお前だろ」「バカにバカと言われる覚えはねぇ」「だったらハゲ」「ハゲじゃねぇ!剃ってるんだ!」

 最後に、

「今日こそぶっ飛ばしてやる!」

 とマクバが怒鳴り、

「やれるもんならやってみろ!」

 と、ライが応じて、試合開始を告げる木琴が、長閑に鳴った。


 しかし、木琴の合図で始まった二人の対戦は、長閑でもなければ、子供のケンカレベルでもなかった。

 ガンガンと肉体のぶつかり合う音が響き、互いの拳の風圧で髪が(マクバは無いが)、着ている服が激しく靡いた。

 ライの拳をマクバが鼻先で躱し、マクバの中段蹴りをライが受け止めてドンと前へと踏み出す。ライが頭突きを見舞い、怯むことなくマクバが正面から迎え撃ち、ガツンッと鈍い音がして、二人とも後ろへ下がってたたらを踏んだ。

 それでも踏み止まって顔を上げ、互いに叫び声を上げてドンッと4つに組み合う。

 身長差を生かしてマクバを押し倒そうとするライを、マクバが鬼神かと思えるような形相で押し返す。

 があああーとか、ごぁーとか、人の声とはとても思えない太い叫び声が演武場を飛び交う。

 観客の多くは興奮して熱狂的な歓声を上げていたが、その中にあって、ニーナとロロは身体を寄せ合って震えていた。

「ねぇねぇ、やっぱりカイト、止めた方がいいよぉ。怪獣と戦えなんて、カイトに言えないよぉ」

 泣くように言ったロロに、ニーナもコクコクと頷いた。

 一方、カイトは両手を固く握って演武場を食い入るように見つめていた。二人の戦いに合わせて、時折、身体を前後左右に小さく動かす。

『きっちり反応してやがる』

 と、エトーは唇を歪めて笑った。

「嬢は、どっちが勝つと思う?」

「ライ」

 カイトが即答する。

「もう、カタがつく」

 マクバの息が荒い。体格差が効いてきている。

 ライが上段蹴りを繰り出す。マクバが両腕で受け止め、苦痛に顔を歪める。

 僅かにマクバがよろめいたところへライの左拳が叩き込まれ、すぐに続いた右拳が、マクバのガードを完全に崩した。

「行け!」

 カイトが握った両手に力を入れて、小さく、鋭く叫ぶ。

 無防備なマクバの腹部に、ライの蹴りが正面から入った。

 太鼓を叩いたような鈍い音がカイトにも聞こえた。きゃーっと悲鳴を上げたのはニーナとロロである。マクバの身体は演武場の外まで飛んで、観客の男たちをなぎ倒した。

「どうだ!マクバ!」

 荒く肩を上下させながら、ライが右腕を振り上げる。

 死んだか、と観客の多くが思ったが、マクバはすぐに跳ね起き、右手をまっすぐ伸ばして人差し指をライに向かって突き出した。

「今日のところは勝ちを譲ってやるぜ!」

 試合終了を告げる木琴の音が、長閑にカーンと鳴った。


「こっちに飛ばすな、ライ!」

「アブねぇだろ!」

 口々に文句を言う観客の男たちに、「そっちだから飛ばしたんだ!マクバ一人ぐらい、ちゃんと受け止めろ!」と言い返し、「この身勝手野郎!」「暴君!」と罵られるのを満足そうに聞きながら、ライは演武場を降りた。

 元のところに戻ると、待っていたのはエトー一人でカイトの姿がない。

「カイトは?」

 エトーが胸の前で少し離れた観客席を指さす。

「お前とマクバがあんまりはしゃぐもんだから、嬢ちゃんたちが怖がってる。あっちに呼ばれた」

 言われて見ると、ニーナとロロが縋るようにしてカイトに何かを訴えている。二人ともほとんど泣き顔だ。

「ちっとマズったかな。それで、カイトはどうだった?」

「楽しそうだったぜ。あっちに呼ばれた時も、『もっと頑張らないと』って言ってたからな。意欲は満々だ」

「そうか。ならいいか」

「オレは、お前が嬢を壊してしまわないか、そっちが心配だぜ」

「カイトは強ええからなぁ」

「手加減できるか、あの嬢を相手に」

「カイトと当たるのは順当にいって決勝だからな。あいつはカーラに勝たなきゃならないし、オレは爺っさまを片付けないと戦えないが……、そうだな。ちょっと手伝って貰えないか、エトー」

「何をだ」

「カイトを守るためならルールのひとつやふたつ、平気で破ろうとしている過保護な審査員を、さ」


 ニーナとロロの懇願にも拘わらず、カイトは2回戦にも出た。観客は誰もがカイトが何をしているのか知ろうと目を皿のようにして見守ったが、やはりライやエトー、カーラたち一部の者を除いて誰にも判らなかった。

 カイトはただ、対戦相手に向かって歩き、脇をすり抜けると足払いを掛けた。

 それで終わりである。

 カイトと対戦した相手は、「いや、消えちまうんだ、アイツ」と、呆然と感想を述べた。

 今度はニーナもしっかりと見た。

「少しは安心してくれた?」

 演武場を降りたカイトはそう訊いたが、ニーナは「うん」とは頷けなかった。

「やっぱり心配よ。カイト」

「ありがとう、ニーナ。でも大丈夫。次はカーラさんだし、決勝は多分、ライだから」

「そのライさんが心配なの」

 いっそのことカー姉さまがカイトに勝ってくれればいいのに、とニーナは思ったが、それを口にしないだけの分別はあった。

「あんたを信じたいけど、さっきのライさんの試合を見ちゃったもの」

「……怖くないの、カイト」

 ロロが囁くように訊く。

 カイトが微笑む。

「むしろ楽しみ……かな」

 がんっと何かで殴られたようにニーナは感じた。「出るのは止めようよぉ」と訴えるロロの声が、遠くに聞こえた。

 ああ。この子はわたしたちとは違うんだ。とニーナは思った。

 そもそも、まだ革ノ月を終えたばかりの歳で、酔林国までたった独りで来るような子なんだ、この子は。わたしたちとは、どこか、根本的なところで違う子なんだ、と思った。

 胸がずきりっと痛む。

 でも、友達だ、と思う。

 両手をぎゅっと胸の前で握り締める。やっぱり心配なのは変わらない。心配だと思う気持ちが、確かに自分の中にある。

 だから、信じなきゃ、とも思った。

 カイトを信じて、応援しなきゃ、と。

「……覚悟が足りなかった」

「え?」

「判った。もう止めない」

「にぃーなぁ」

「あんたは勝つ気なのよね、カイト。カー姉さまにも。ライさんにも」

「うん」

 迷うことなくカイトが頷く。

「頑張れ」

 カイトを正面から見つめて、ニーナは言った。

「わたしも全力で応援する。ホントのホントに全力で。だから、必ず勝って」

「うん」と、何ら力むことなく、それでもどこか嬉しそうに、カイトは頷いた。


 準決勝と決勝は午後の開始で、演武会は休憩に入った。観客たちがざわざわと散って行く。

「ふう」

 トロワは一人残った審査員席で大きく吐息をついた。ここまで来れば心配はない。カイトの次の対戦相手はカーラで、その次は多分、ライだ。あの二人なら、カイトに怪我をさせる心配はないだろう。

「トロワ」

 声をかけられて、トロワは顔を上げた。

「おや。珍しい組み合わせだな」

 彼に声をかけたのはライで、ライの隣に、黒いシミのようにエトーが立っていた。

「何か用かい?」

「精霊はもう、しまったのか?」

 ライが囁く。

 トロワはぎくりっとライを見上げ、笑顔で動揺を覆い隠した。

「何のことだい、ライ」

「隠さなくていい。カイトの対戦中、お前、ずっと印を結んでただろう」

「おいおい」

 エトーが呆れたように嘲笑する。

「なんて審査員だ」

「い、いや、オレはそんなこと」

「カイトが危なくなったら術を使って止めるつもりだったんだろう?隠さなくていい。いや、止めなくていい」

「えっ?」

 ライの言葉の意味が判らず、トロワがライを見返す。

「ちょっとカイトが強すぎるんでな、心配なんだ。カーラは大丈夫だろう。だが、オレがキレちまうかも知れねぇ」

「おいおい」

「冗談じゃなくて、それぐらいアイツは強いんだよ。だから、もしオレがキレたら、お前に止めて欲しいんだ」

 トロワが椅子に座り直す。

「キレたお前を?オレが?」

「そうだ」

「無理だ」

 トロワは即答した。

「お前を止められるほど早く術を使える魔術師なんて……」

 ふと、トロワが言葉を止める。少しだけ視線が泳ぐ。もしかすると、誰か心当たりがあったのかも知れない。

 しかし、結局トロワは首を振った。

「どこにもいない」

「だからエトーを残す」

「あ?」

 声を上げたのはエトーだ。

「コイツなら試合の流れを読んで、オレがキレそうになったら判る。だから、コイツの合図で術を使ってくれ」

「手伝えってこのことか」

「ああ」

「いいだろう」

 ニヤリとエトーが笑う。

「引き受けてやる。その時が来たらトロワさん、あんたに『殺れ』って言うよ。それを合図にしよう。

 是非、このバカを殺してくれ」

「……カイトは、そんなに強いのか?」

 トロワはエトーには答えず、ライに訊いた。

 ライが深く頷く。

「強いな。まぁしかし、決勝に出られるかどうかは判らない。オレの見るところ、カーラの方がまだ上だ」

「三日後にはどうなるか、判らないけどな」

 ライの言葉をエトーが補足する。

「とんでもないな」

「ああ、とんでもない。だから、トロワ。もし危なくなったらためらわず術を使ってくれ。恨んだりしねぇからよ」

「もしそんなことになったら、どっちにしてもカイトを傷つけることになるからな。そうならないことを祈っているよ。

 だけど、承知した。準備だけはしておく」

「頼んだぜ。それじゃあ、午後に会おう」

「おい、どこへ行くんだ、ライ」

 独り歩き始めたライに、トロワが声をかける。

「ちょっとな。いろいろ忙しいんだよ、これでも」

 と、ライは軽く手を振った。


 ライの探し人は、演武会の喧騒から離れて、木にもたれかかってひとりで座っていた。顔は空に向けていたものの、目は閉じたままだ。

「ホント、ちょっと目を離すと、お前はすぐに黄昏れてるな」

「性格なんだから仕方ないでしょう?」

 ライには気づいていたのだろう、目を閉じたままカーラが答える。

「完勝だったじゃねぇか」

「判っているクセに」

「まぁな」

 ライはカーラの傍らに立ち、カーラとは別のところ、森のさらに奥、遠く南へと視線を向けた。

「それでもよ、カイトみたいなオモシレェ奴には会える」

 カーラの口元に微かな笑みが浮かぶ。

「生き残るのも悪くはない、って思えるわね」

「オレは、楽しくって仕方ないぜ」

「わたしもよ」

 そう言ったカーラは目を閉じたままで、ライもまた、どこか遠くへと視線を向けたまま黙って木に背中を預けた。

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