4-7(酔林国7(弓技会))
「カイト!頑張れ!」
ニーナたちの声援を背に、カイトは弓技会に臨んだ。ニーナたちの声援は大きく響いたが、あまり目立つことはなかった。
周りが騒がしすぎるのである。
「もっと厳かにやってると思ってた」
弓技会の会場は、文字通りお祭り騒ぎだった。
弓技会の参加者の多くも、観戦者も、審査員である5人の委員たちでさえ、程度の差こそあれ、朝からすでに全員が酔っ払いだった。
「この国の名を忘れたか?カイト。酔林国だぜ?それに酒神である狂泉様に技をお見せするんだ。むしろ酔ってた方がらしいだろ?」
「だったらなんでライは呑んでないの?」
「誰かさんが井の中の蛙に過ぎないって、教えてやる約束だからな」
カイトの質問にそう答えて、ライはニッと悪戯っぽく笑った。
午前の予選は100m離れた50㎝大の的に5回試技を行って、一矢でも命中すれば通過である。
的は土を盛って造った低い土手の手前に並べてあった。
酔っ払いたちがワイワイと騒ぎながら放った矢が、的の遥か手前に落ちたり、土手を越えて行ったりと、とても神に奉納する技を競っているとは思えない有様だった。
カイトは矢を番えて自分の的と向き合った。と、どこからか飛んできた矢が、カイトの狙う的に見事に突き刺さった。
「おー!やったぞー!」
何人か挟んだ向こうで歓声が上がる。
ため息を落としながらも小さく笑って、気を取り直し、カイトは突き刺さった矢を狙って弦を引いた。
午後の予選になると、千鳥足の酔っ払いは消えた。
今度は50m離れた30㎝大の的の中心に、5射してどれだけ当てられるかを競った。5人から7人のグループに分けられて、こちらもカイトは難なく一位で通過した。
「ちょっと相談があるの」
カイトと同じように余裕で予選を通過したライに、カイトは声をかけた。
「んー?なんだ?」
「わたし、演武会に出ようと思うの。いいかな」
「演武会にか?」
驚いて声を上げたが、ライはすぐに頷いた。
「いいんじゃないか。弓技会の決勝に出たんだ。資格は問題ない。あとは審査員が認めるかどうか、だな」
「認めてもらえるかな」
「聞いた方が早い。行って聞いてきな」
「うん」
審査員の座る席に、もっと正しく言えば審査員が朝からずっと宴会をしている席に、カイトは足を向けた。
「カイト!」
途中、カイトに走り寄ってきたのはニーナとロロである。
「予選通過、おめでとう」
「余裕だったね」
「ありがとう。それでね、わたし、演武会にも出ようと思うの」
「えっ」と最初は声を上げたが、ニーナもライと同じようにすぐに頷いた。
「判った。あんたがそう決めたのなら反対しない。応援する。骨は拾ってあげるから、頑張って」
「頑張れ、カイト」
「ありがとう。でも、まずは出して貰えるかどうか、今から審査員の人たちに聞きに行くところなの」
ニーナとロロが、申し合わせたように両側からカイトの腕を取る。
「いっしょに行こう。わたしたちも口添えしてあげる」
「うん」とカイトも頷いて、3人は足並みを揃え、威風堂々胸を張り、風を切って審査員席へと歩いていった。
弓技会の決勝は、午後の予選と同じく、50メートル離れた的に5射してどれだけ的の中心に当てられるか、正確さが競われた。
ライが2番手、カイトは4番手である。
1番手として現れたのは女性で、前髪は目に届くほど伸ばしていたが、後髪はえりあしがすっかり見えるほど短く切っていた。
革ノ月から戻った頃のカイトと比べても随分と短い。
旅に出てからカイトはずっと髪を伸ばしており、いまでは肩に届くまで伸びている。
「カー姉さまぁ!」
「頑張れ!」
少女たちから黄色い声援が飛ぶ。声援を飛ばしている少女たちの中に、ニーナとロロの姿もあった。
30代だろう女性は、声援を送る彼女たちに慣れた様子で笑みを浮かべて手を振り返していた。
「相変わらず女子に人気があるな、お前は」
ライが親しげに女性に声をかける。
「あんたは相変わらず女の子に人気がないよね、ライ」
女性の方もまた、親しげな様子で応じた。
「カイト、こいつはカーラ。オレと同じく軍の者だ。カーラ、コイツがカイト。知ってるか?」
「ええ。ニーナから聞いたわ。よろしくね、お嬢ちゃん」
「わたしもニーナから聞いています。よろしくお願いします」
「演武会に出るならカー姉さまも手強いわね」
とニーナは教えてくれた。
「カー姉さま?」
ニーナの声に妙な響きを感じて、カイトは首を傾げて問い返した。
「ライさんやエトーさんと同じ軍の人よ」
「カッコいいのよ、カー姉さま」
ぼそぼそと呟いたロロの方は、完全に乙女の声音である。
「カッコいいのはあまり関係ないと言いたいところだけど、カー姉さまと戦うことになったら残念ながらみんな、カー姉さまを応援すると思う。けっこう厄介よ」
「でも、わたしはカイトを応援する」と、ロロ。
「もちろんわたしも。だから頑張って」
確かにカッコいい人だ、とカイトも思った。
鮮やかな赤い口紅が女らしさを演出しながらも湿っぽさがなく、むしろ凛々しさを強調している。目に見えない光を纏ったような華やかさがあり、頬に浮かんだ笑みは涼やかで、しかもどこか翳があった。
ロロに言わせれば、「そこがいいの」となる。
カーラが弓を構える。
『きれいな構え』
構えを見ただけで上手いのが判る。
カーラの放った矢は、すべて的の真ん中に突き刺さった。
「今回はわたしが勝たせて貰えそうね」
「そうはいくかよ」
軽口を交わしながらライが射場に向かう。
ライが弓を使うのを見るのは初めてだったが、ライの構えもまた、『きれい』とカイトは思った。やはり構えを見ただけで上手いことがよく判る。カーラよりも弦を引く姿が力強い。
酔いも手伝って、カーラを応援する少女たちが、楽しそうにライにブーイングを浴びせる。
けれど同じ少女たちが、ライの矢が的の真ん中に突き刺さるたびに歓声を上げて拍手を響かせた。
「さぁ。お前の番だぜ、カイト」
「うん」
別の参加者を一人、間に挟んで、カイトは射場に立った。
「もし、わたしも5射すべてを真ん中に命中させたら勝負はどうなるの?」
矢筒に指を沿わせて、カイトは背中越しにライに尋ねた。
ライもカーラと同じく当然のように5射すべてを的中させている。
ライが首をひねる。
「そうだな。トロワ!カイトも全部的中させたらどうする?!」
審査員席を振り返ってライは大声で尋ねた。しかし、朝から飲酒し続けている審査員たちは、とっくに全員が正常な判断力と思考力を足元まで流れ落としていた。委員であるトロワも、審査員として当然その中にいる。
「その時はオレらが決める。だから早く射ってみてくれ、カイト」
呂律の回らない舌でトロワは答えた。
赤い顔をした他の審査員も口々に同意した。「おう、早く射ろ」「とにかく早く終わらせろ」と。
「すまんね。適当で」
「謝って貰うことはないわ。何をすればいいかは、判ったから」
審査員に代わって謝ったライに、カイトはそう応えた。彼女の右手に、矢が5本、握られていた。
5本の矢が的に当たる音は、ほとんど同時に聞こえた。矢はすべて、的に吸い込まれるように真ん中に突き刺さった。いや、正確には、最初の4本は的の中心近くにほぼ円形に打ち込まれ、その円の中心に最後の矢が突き刺さって、的を打ち抜いたのである。
ポカンと口を開いたひとりの審査員の手から酒の入ったコップが落ちた。
審査員も狂泉の森の住人の端くれだ。多少の腕なら驚くことはない。しかし、カイトの腕は彼らの想像以上だった。
カイトは弓を下し、ライを振り返った。ライはやはり、ポカンと口を開いて立ち尽くしていた。
観客席の一角でわっと歓声が上がる。
ニーナとロロだ。両手を叩いてはしゃいでいる。
二人に続いて、観客席が浮き上がったかのような歓声が、どっと上がった。
「すご」
カーラが呟き、ようやくライは我に返った。
「こいつは」
喉の奥から声を絞り出す。
「まいった」
コップを手にしたまま固まっていたトロワもようやく我に返って、酔眼に苦笑を浮かべた。
「ライ。お前もやってみるか?」
トロワに問われて、ライは軽く肩を竦めた。
「やってやれないことはないけどな。今日は勝ちを譲ってやるよ、カイト」
トロワがカーラに顔を向ける。
「カーラ、あんたは?」
「わたしはやれないわ、あんなこと。だから降参」
念のためにカイトの後に試技を行うはずだった参加者にも確認し、彼が棄権したためそのままカイトの優勝となった。
優勝賞金はなく、この日のために用意されたトロワ謹製の特撰酒が優勝賞品である。酒の苦手なカイトは特撰酒を謹んでニーナとロロに進呈し、他の少女も加えたみんなで楽しく乾杯した。




