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4-3(酔林国3)

「なぜ、お前がカイトを知っているんだ?」

 土間に落ち着き、お茶を飲みながらライは訊いた。カイトはトロワを警戒して、タルルナを挟んで少し離れて座っていた。

「オレの副業は知っているだろう、ライ」

「ショナの魔術師協会の事務長ってヤツか」

「情報を集めるのも仕事でね。ウワサで聞いたことがあるんだ。北のクル一族に弓が抜群に上手い子がいるって。

 狂泉様の落し子って呼ばれているってね」

「スゲェ呼び名だな」

「そう呼ばれるのは嫌だったかい?」

 カイトの表情を見てトロワが訊く。その通りだったので、カイトは口を結んでむすっと頷いた。

「悪かった。謝るよ。情報を集めるのが仕事だからといって、君のことをショナに報告したって訳じゃない。ただ、仕事柄、耳に入ってきているってだけだよ。

 それと、君はヴィトを知っているだろう?」

 思わぬ名前にカイトは「え」と声を上げ、トロワを見つめたまま、今度はこくりと頷いた。

「誰だ、それ」

「狂泉様の森の……」

 と、ある地名をトロワが口にする。

「……で宿をやってる人でね。あの辺りの一族の神官だよ」

「ええっ」

 カイトが再び声を上げる。

「宿のオジサンが神官様?!」

 驚きの余り声が裏返った。もしかすると、旅に出てから一番驚いたかも知れない。

「そうだよ。知らなかったのかい?それもひとつだけじゃなくて、複数の一族の神官を務めていてね、なかなかの人物だよ。

 彼はオレの顧客の一人で、彼から手紙が来たんだ。カイトという子が酔林国に行くから、気にかけてやって欲しいって」

 正確には、手紙にはカイトのことを『弓がバカみたいに上手い、乳くせぇガキ』と書いてあったのだが、それを口にするつもりはトロワには当然なかった。

「クル一族の、と書いてあったからすぐに判ったよ。あのカイトなんだと。

 歓迎するよ、カイト」

「どうだい、変わり者だけど、この男のことはあたしが保証するよ。ここに世話になるかい?」

 まだ迷うカイトに、トロワがぐっと体を乗り出す。

「そうしてもらえると嬉しい。是非に、お願いしたいことがあるんだ。狂泉様の落し子である君にね」



 翌早朝、キャナへ旅立ったタルルナとライを見送り、トロワ宅への手土産を用意するために、カイトは森へと向かった。昼過ぎにトロワの酒蔵に着いたカイトの手には、森で獲って来たばかりの鳥が5羽、ぶら下げられていた。

「まあ、ありがとう、カイトちゃん」

 拝むように両手を合わせて、ハノは声を弾ませた。

「あたしがこうじゃなかったら、自分で獲りに行くんだけどね。すごく助かる」

 大きなおなかをさすりながらハノが笑う。

 歳が離れてはいるが、彼女がトロワの妻だということを、昨日、カイトは聞いた。トロワが家族を捨てて、単身、酔林国に渡ったのがおよそ20年前。

「捨てた、はよしてくれ。残念ながらまだ子供もいなくて、酔林国に行くって言ったらオレの方が捨てられたんだから」

 自分をからかうライに、トロワはそう言い返した。


 夕食は騒がしいほど賑やかだった。

 トロワの家族だけでなく、ハノの妹と、ハノの従姉が二人、それに彼女らの子供たちもいたからである。

「居候だったわね。トロワさんは」

 カイトの獲ってきた鳥を胃に納めながら、ハノの妹が言う。

「あたしたちの父がトロワさんを気に入ってね、酔林国に着いたばかりのこの人を連れて来たのよ。今日から一緒に住むぞって」

「何歳だったっけ、その時、ハノは」

「5歳、かな」

 従姉に問われてハノが答える。

「それがまさかトロワさんのお嫁さんになるなんてねぇ」

「ホント、びっくり」

「結婚したのは、ハノが大人(つまり14歳)になってすぐよね」

「そうそう。もうびっくり」

「手が早いわよねぇ」

 すでに子持ちとなって久しい女たちが、あはははははと、豪快に笑う。

 トロワは苦笑を浮かべたまま何も言わない。ここに地獄あり。もしかすると彼は、そう思っていたかも知れない。


「着いたばかりなのに、騒がしくて申し訳ない」

 夕食の後、トロワはそうカイトに謝った。カイトはカイトで、夕食の間、ずっと子供たちの遊び相手になっていたのである。最初は戸惑った彼女だったが、子供たちは誰もが屈託がなく、カイトはすぐに彼らに慣れた。

「ううん。楽しかった」

「それならよかった」

 片付けも終わり、ハノも従姉たちも子供を寝かしつけるためにすでに引き上げて、居間にはカイトとトロワしかいない。

「トロワさん、どうして酔林国に来たの?」

 改めて訊かれて、「そうだなぁ」とトロワは呟いた。まっすぐ自分を見つめるカイトに、ふとトロワは、正直に話した方がいいか、と思った。

「師匠に勧められたからなんだよ」

「どういうこと?」

「オレの魔術の師匠は酒が好きな人で、酔林国なら絶対旨い酒が造れるって言ってね。

 師匠と会ったのは、オレが15歳の時か。

 オレの生まれたショナは建国してからまだ日が経っていなかったから、首都に出さえすれば仕事には事欠かなかったんだ。オレは5男坊だったから、成人するとすぐに家を出たんだよ。

 師匠に会ったのは、居酒屋で、だね。いつも仕事が終わった後に食事代わりに独りで呑んでいたんだけど、そこに師匠の方から声をかけて来たんだ。

 なぜ、オレに声をかけたんです?って後で聞いたら、『あなたの目つきがひどく悪くて、からかったら面白そうだったから』って言われたよ」

「ヘンな人」

 トロワが苦笑する。

「その通りだけど、気をつけた方がいい。オレたちの話をどこで聞いているか判らない人だから」

「幾つぐらいの人なの、その人って」

「オレも知らない。知っている人は、いないんじゃないかな。

 それで何度かいっしょに呑むようになったんだけど、いつも酒の話をしていたな。文句ばかりだけど。オレならもっと旨い酒が造れるって。

 そうしたらある時、彼女に言われたんだ。魔術師になってみない?って」

「女の人なの?師匠って」

「そう。びっくりしたよ。師匠は『魔術師になるには論理的な思考が出来ることが最低限の条件だけど、あなたにはそれがあるわ』と言ってね。

 何より酒に対する熱意があるから、魔術を覚えれば絶対、いい酒が造れるって」

 ん?とカイトは思った。

 トロワの話を頭の中で整理する。

「えーと。それって、トロワさんは酒を造るために魔術師になったってこと?」

「そう」

 笑いながらトロワが頷く。

「あくまでも目的は、酒を造ることだったんだよ。

 でも、なんだかそれが面白くてね。承諾したんだ。魔術を勉強しながら、酒造りも同じぐらい、いや、酒造りの方を優先してたか、勉強してね。

 オレの造る酒は、冬に仕込んだ方が旨いんだ。気温が高すぎるといろいろ支障があってね。だから、魔術も勉強したのは氷雪に関係することがほとんどなんだ。

 それで、なんとか魔術師になって、いい菌にも出会って、さあ、これから本格的に酒造りに取り掛かろうってなった時に、また師匠に言われたんだ。

 狂泉様のところの水なら格段に旨い酒が造れるから、行ってみないかってね。ちょうど酔林国の魔術師協会の支部に空席があるからって。

 オレもとにかく旨い酒を造りたかったから、どこでも行きますよってことで、ここに来たんだ。

 さっき夕食のときにみんなが言ってたけど、最初は居候状態でね。

 酒造りがようやく軌道に乗ったのが10年ぐらい前。師匠もよく様子を見に来てくれてて、師匠に良くなってるって言われるのが励みだったけど、満足のいく酒が造れるようになる前に、ぱったりと来なくなったな」

「亡くなられたの?」

「それはないよ」

 トロワが断言する。

「それを心配する必要は、ない人なんだ」

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