エピローグ2
旧大陸の南方に、幾つもの国と接しながら、どの国にも属さない広大な森が広がっている。
狂泉様として怖れられる、狩猟と復讐を司る泉の神の支配する森である。
狂泉の森に接する国の住人は、狂泉の許しを得ることなく森に足を踏み入れることは決してなかった。狂泉が他者の立ち入ることを好まず、許しなく森に入った者を、狂泉の森に住む猟師たちが悉く狂泉への供物としていたからである。
狂泉の森に、赤子の泣き声が響いている。
「ほら、あそこ」
ひとりの森人が、木々の間から姿を現す。まだ若い女だ。
彼女にはひとり、連れがいた。
「ん」
こちらも若い女だ。周囲を注意深く見回す。
「両親は、いないね」
「うん」
最初に姿を現した森人が赤子を壊さないよう、そっと抱き上げる。
「おなかがすいてるの?」
連れに問われて、赤子を抱いた森人は「ううん」と首を振った。「おなかは一杯だわ。多分、捨てられる前にお乳はもらってる。泣いてるのは、不安だからよ」
大丈夫。大丈夫よ。
言葉とは別に、力を赤子の心に届ける。
赤子が泣くのを止める。
自分を抱いた森人を、涙をためた青い瞳で赤子が見上げる。
「この子、あたしたちで育てる?」
連れの森人が「うん」と頷き、「どっち?」と訊く。
「男の子」
赤子を抱いた森人が、赤子をあやしながら答える。
「そう」
「どうしたの?」
「だったら、その子の名前、わたしが決めていいかな」
「どんな名前?」
「わたしの幼馴染でね--」
赤子を抱いた二人の姿が狂泉の森の奥へと消えていく。
「カイト、フウ!どこにいるの!」
森の奥から二人を探す友だちの声が響き、「ここにいる!」と赤子を抱いた森人が応え、鳥の声が落ちてきて、それきり、生命に満ち溢れたいつもの賑やかな静けさが狂泉の森に戻った。