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30-2(母の呪い2)

 ゾマ市で別れた後のカイトについて、モモが知っていることは少ない。

 海都クスルで森の子が”寄宿舎”に襲われたペル様を助けた。トワ郡庁を落とした反乱軍の中に森の子がいた。旧ロア城にも新しい神と共に森の子がいた。

 ここまではすべて不確かな噂として聞いた。

 マララ領から義勇軍がトワ郡に赴き、確かな情報が伝わってきた。

 カイトは生きていて、義勇軍に加わった。クロさんは行方知れずだ。海都クスルからペル様がクスルクスル王国軍を率いて来られて、義勇軍もカイトも、ペル様と一緒に戦うことになった。

 キャナと洲国の連合軍と。

 オセロさまがいるかも知れない。とモモは思った。攻めて来たのがキャナだけでなく、洲国との連合軍だとしたら。

 いるという情報は、パロットの街まで、彼女のところまでは伝わらなかった。

 ザワ州に戻ってから何をするつもりなのか、モモはオセロに聞かなかった。オセロも話さなかった。人目も憚らず、いつもより激しい口づけだけを残して、オセロは笑って去って行った。

 いる、と思った。

 オセロさまならきっと。

 洲国の軍に。

 そして、カイトがやってきた。クスルクスル王国軍と共に、キャナと洲国の連合軍と戦っていた筈のカイトが。

「うん」

 カイトが頷く。

「オセロさんは言ったわ。モモに会いに行くって」

「……あたしに?」

「わたしを殺したことを謝りに行くって。でも、オセロさんは来られなくなったわ。だから、わたしが来たの」

 ぐらりと世界が回ったように、モモは感じた。

「命を奪うことは、許したり許されることじゃないわ」

 カイトは言葉を続けている。

「でも、オセロさんの代わりに、来たの。あんたに謝りに」

「……あんたが?」

 ゴメンと、カイトが言ったような気がした。モモにその声は届かなかった。気がつくとカイトはすぐ近くにいて、何かを差し出していた。

「オセロさんの、髪」

 見覚えのある髪。

 震える手で受け取る。オセロ自身を抱き締めるように、胸に抱く。

「出て行って」

 自分でも驚くような低い声が、喉から迸った。

「あんたを憎みたくない。だから、出て行って。あたしを、一人にして」

「うん」

 寂し気なカイトの返事がモモの心で響く。扉が開く。カイトが、知らない子が、マルが出て行く。

 扉が、内側から閉じる。

「……一人にしてって、言ったわ」

「判ってる」

 優しくエルが微笑む。

「判ってるわ、モモ」

 顔を伏せたままのモモに歩み寄り、エルは、小さく丸まり小刻みに震える肩を、そっと抱き締めた。



 閉じた扉の向こうから、泣き叫ぶ声が聞こえた。

 カイトは身体の脇で両手を固く握り締め、扉を見つめている。フウが寄り添う。カイトの固く握りしめた拳をそっと握る。優しく包み込む。

「カイト、お前は先に戻ってろ」

 長くなるだろうな、と思ってマルが言う。

「ここにいる」

 マルが小さく息を吐く。

「”古都”の首席さん、聞いてるんだろ?」

『何かしら』

「カイトを連れ帰ってやれ」

『そうね』

「わたしはここにいるわ」

「礼を言うぜ、カイト」

 脈絡もなくマルが言う。

「何?」

「わざわざモモに報せに来てくれたことさ。後で美味いメシを作ってやるから、先に帰って寝ろ。

 死にそうなほど疲れた顔してるぜ、お前」

『戦神の護り人様の言われる通りよ、カイト。あなたには休息が必要だわ』

「あ」と、カイトの声だけを残してカイトとフウの身体が影の中に落ちる。消える。

『カイトは先に連れて帰りますわ。戦神の護り人様の食事を頂けないのは残念ですけれど、夕食はあたしが用意しますわ。

 ですから、急ぐことはありませんよ』

 走り去って行く影を見送り、マルは鼻を鳴らした。「カイトが友だちって言うだけあって、悪いヤツじゃねぇってことかよ」

「よお、マルじゃねえか」

 不意に声をかけられた。

 知っているヤツだ。

 人から姿が見えなくなる術を、フランが解いたのだとマルは悟った。

「一人か。珍しいな。エルちゃんは?」

「中にいるぜ」

「取り込み中?」

「まあな」

「そうか。ま、そういうこともあるよな。仲間外れにされたからって、泣いたりするなよ。マル」

「誰が泣くか!」

 若い男が笑って去って行く。

 マルは顔を上げた。

 確かに、エルと離れるのは久しぶりだ。

 大きく伸びをする。

「いい天気だなぁ」

 ひとり空を見上げて、マルは呟いた。



「あたし、迷ってたの」

 独り言のようにモモが言う。

「オセロさまに、ついて行くかどうか」

「ついて行きたかったの?」

 モモが首を振る。

「お別れしたくなかっただけ。お別れするのが、怖かったの」

「そう」

「でもあの時、オセロさまたちが互助会を潰された時、ついて行っちゃダメだって思ったの」

「どうして?」

「たくさん人が死んだわ」

 あんたのせいじゃない。と思いながら、エルは口を挟むことなく、モモの言葉の続きを待った。

「あたしはオセロさまの足手まといにしかならない。オセロさまとは生きている世界が違う。もし、あたしが一緒に行きたいって言えば、オセロさまは連れていって下さったって思う。でも、ついて行っちゃダメなんだって思ったわ。あたしが一緒に行ったら、死ななくていい人も死ぬことになる。もう、たくさん人が死んだわ。あたしだけのせいじゃないことは判っていたけど、あたしに責任がない訳じゃない。だから、あたしは、オセロさまとは一緒に行けない。

 そう思ったの。

 何より、あたしと一緒だと、オセロさまがオセロさまとして生きることができなくなってしまう。

 それが一番、イヤだったの」

「そうか」

 しばらく沈黙が続く。

「ねえ、モモ。ひとつ教えて貰っていい?」

「なに?」

「わたしが”スフィアの娘”になるには、わたしが”スフィアの娘”を辞める覚悟が必要だって、知っていたの?」

 モモがためらう。

「そうじゃないかって、教えてくれたわ。オセロさまが」

「何て?」

「エルはどうして”スフィアの娘”になれないのかって、訊いたことがあるの。オセロさまに。

 答えを求めていた訳じゃないけど、オセロさまは、もしかしたらゾマ市を出ればいいかも知れないって教えてくれたの。エルは姫巫女様の言いつけを素直に守り過ぎている。それを破ることが最後の試練なんじゃないかって。

 あたしもそれからいろいろ調べてみたわ。神殿の図書館にも通って。それで、多分、オセロさまの言われる通りだろうって、思ったわ」

「わたしのためだったのね」

「違うわ」

 モモが首を振る。

「あたし、イヤだったの」

「何が?」

「オセロさまがザワ州に戻られてから何をされるつもりか、あたし、聞かなかったわ。訊いちゃダメだって思って。でも、本当は判ってた。ザワ州公であるお父様と、公太子であるお兄様を排除して、殺して、オセロさまがザワ州公になられるつもりだって。

 もし、オセロさまがザワ州公になられたら、オセロさまはクスルクスル王国の、ゾマ市の敵になるわ。

 もしかしたら、キャナと組んで、オセロさまがゾマ市に攻めて来られることだってあり得るわ。

 もしそうなったら、エル、マルはオセロさまと戦うでしょう?」

「--そうね」

「ゾマ市を、ううん、エル、あんたを守るためなら、マルが手加減することはないわ。

 オセロさまだってそう。

 相手がマルだからといって、手加減されることなんかないわ。

 あたしはそんなの見たくなかったの。そんなの見たくないから、あたしは、ただ、逃げただけなの」

 エルがモモの肩を抱き、額を寄せる。

「あんたを誇りに思うわ、モモ」

 静かに言う。

「何を?」

「逃げるべき時に逃げる勇気を、きちんと持っていてくれたことをよ」

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