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29-5(全ての神々の背信者5(背くものと背かれる者))

 モルドの執務室の壁を抜けて、カイトが出たのは、剥き出しの石材に囲まれた窓のない狭い部屋である。

 窓がないにも関わらず、どこからか光が射している。

「ここ、どこ?フラン」

「”古都”と迷宮大都を繋ぐ通路よ」

「通路?これが?」

 部屋のどこにも出口はない。

「それ」

 フランが示したのは部屋の奥の床である。何かが描かれている。二重の円と、呪文らしき文字が見て取れる。

「転移陣よ。ここと”古都”を繋げているわ。これを潰すわ。”古都”の側にある転移陣と両方。しばらく”古都”の子たちがキャナに手を出せないようにね」

 フランの影から、影よりも濃い影が、妖魔が、フランの前に伸び上がる。

 何かを持っている。

「ありがとう」

 フランが受け取る。

 フランの手の平に乗る程度の大きさのガラス製の球体だ。濃い緑色をしており、光を透かしてはいるが中は見えない。

「それは何ですか?フラン姉さま」

「知らない方がいいわ、マルタ」

 部屋の奥、頭の上の高さにある窪みにフランが球体を置く。

「それじゃあ、みんな、転移陣に入って貰えるかしら」

「”古都”に行くの?」

「あちらの転移陣を潰すためにね」

「でも、これは?」

 カイトが問う。

 足元の転移陣のことだ。

「あたしたちが”古都”に行った後に、あたしの妖魔が潰すわ。みんな入ってるわね。目を閉じて、開いちゃダメよ。絶対に」

「はい」「うん」

 それぞれにカイトたちが頷き、念のため全員の視覚をこっそりと妖魔で塞いでから、フランは転移陣を起動した。



「次席、次席--!」

 ひどく慌てた声に呼ばれて、”古都”の次席であるルモアは、畑仕事の手を止め、身体を起こした。

「何を慌てているの?」

 優しく問う。

「しゅ、首席が、ぎ、議場にいらっしゃっています、次席に会いたいと……」

「あら」

 ルモアがにこりと笑う。

「久しぶりにご帰還されたのね」


 この人が、と、カイトは思った。

 ルモアのことだ。

 カイトがいるのは”古都”の議場だとフランは説明した。12人いる”古都”の委員が会議をするところだと。

 迷宮大都で転移陣を潜り、元の小部屋とよく似た小部屋に出た。

「こっちよ」

 フランに従って、扉ではなく壁を抜けた先が、議場だった。

 円卓がある。

 ズイブン大きな円卓だ。席は12。席と席が、隣に座った者と話すのさえ難しそうなほど離れている。円卓の向かい側に座った者とは、怒鳴り合わなければ声が届きそうにない。

 ムダにデカい。

 議場には円卓しかない。

 天井は高い。窓は天井近くにだけ設けられている。陽の光は円卓には直接は届いていない。しかし、室内はどこからか差し込んだ光に照らされて明るい。

 扉はひとつ。

 フランは議場の一番奥の席に、円卓を挟んでその扉に向かって座っている。

 丸々としたふくよかな顔の小柄な老婆が閉じた扉の前に立っている。にこにこと笑っている。

 それがルモアだった。

 魔術師の黒いローブも纏っておらず、日よけの頭巾をかぶり、動きやすそうなズボン姿だ。

 人々に恐れられる”古都”のトップにはとても見えない。

 ただ、ルモアは扉から入って来たのではなかった。直立したまま、何もない床から浮かび上がったのである。

「ご無沙汰しております。お姉さま」

 と、老婆は笑った。

「随分と長いご不在でございましたねぇ」

「いろいろあったのよ。あなたも元気そうで何よりだわ、ルモア」

 笑顔でフランが応じる。

「いえいえ。最近では身体が思うように動かなくて、難儀しています」

「とてもそうは思えないわ。迷宮大都であなたの製品を見たけれど、とても良くできていて、感心したわ」

「まあ」

 ルモアが顔を綻ばせる。

「お姉さまに褒めて頂けるなんて、頑張った甲斐がありましたわ」

「迷宮大都からみんなを引き上げて貰えるかしら」

「そうですわねぇ。ハララム療養所も潰れてしまいましたし、お姉さまがお戻りになられたのなら、そうした方が良さそうですわねぇ」

「ありがとう、ルモア」

 フランが椅子から立ち上がる。

「話は終わったわ。ペルのところに帰りましょう」

「いいんですか、フラン姉さま」

 マルタが問う。

「何のこと?」

「だってこの人、フラン姉さまを殺そうとした人なんでしょう?」

「いいのよ。この子は魔術師としてするべきことをしただけだから。何も悪いことはしていないわ」

「でも--」

「あたしを本当に殺せるかどうか、試してみたかったんでしょう?ルモア」

「お戻りいただけて嬉しく思っておりますよ、お姉さま」

 全く翳りのない笑顔でルモアが応じる。

「あたしもあなたに会えて嬉しいわ」

 フランも温かく笑う。

「あなたには悪いけれど、迷宮大都とここを繋いでいる転移陣は潰すわ。あなたがしばらくキャナ王国に手を出せないようにね。

 ああ、それから」

「何でございましょう」

「今回のことでお母さまの怒りを買ったってこと、忘れないでね。お母さま、意外と執念深いから」

「憶えておきますわ」

「それでは邪魔をしたわね」

 フランに続いてマルタが、カイトとフウが、壁の向こうに消える。そのまましばらく待ってから、ルモアも壁の裏の小部屋に入った。

 転移陣が切り裂かれている。

「流石はお姉さま。これではとても修復は出来そうにないわねぇ」

 再び壁を抜けて議場に戻ろうとして、ルモアはそこに新たな結界が施されていることに気づいた。出られない。転移陣も潰されている。つまり、閉じ込められた。

 ルモアの顔に笑みが広がる。

 これは嫌がらせではない。むしろ、ご褒美だ。

 結界にはルモアの知らない術式が組み込まれている。

 ルモアの製品をフランは余程高く評価してくれたのだとルモアは悟った。

「ああ、素晴らしい--」

 新たな術式に触れることほど楽しいことはルモアにはない。

 ルモアは腕まくりをし、きらきらと瞳を輝かせ、嬉々としてフランの結界を、未知の結界を解きにかかった。


    ***


 転移陣から出て、マルタは思わず「……あ」と小さく声を上げた。

 空気に存在感がある。

 湿気が多い。まるで水の中にいるかのようだ。肩に重いと錯覚するほど周囲に生命が溢れているのが感じられる。

「フラン姉さま、ここ、どこでしょう?」

 訊いたマルタに答えたのは、フランではなかった。

「狂泉様の森だ」

 カイトが呟く。

「うん」とフウが頷く。「でも--」と呟いたフウに、カイトが再び答えた。

「紫廟山の禁忌の森だわ」

「え」

 フウがカイトを振り返る。

「本当に?」

「うん」

「良く判るわねぇ、カイト」

 フランが笑う。

「本当にここ、狂泉様の森なのですか?フラン姉さま」

「そうよ」

「だったら、ここ」

 カイトたちがいるのは石造りの建物の中だ。床には、いま抜けて来たばかりの転移陣がある。扉のない入り口の向こうには禁忌の森が色濃く広がっている。

 カイトは、ここの方が規模はずっと小さいが、迷宮大都の誓約の神殿を思い出した。

「狂泉様の神殿?」

 神殿を持たない狂泉の神殿が、紫廟山にはある。タルルナの護衛として酔林国に向かう途中に、ライから聞いた話だ。

「そうよ」

「だったら、これは何?」

 扉とは反対側、神殿の真中に、ゴツゴツとした巨岩があった。球形で、カイトの背丈の倍以上も高さがある。

 巨岩の表面、神殿の入り口を向いた側が平たく削られ、そこにカイトの知らない文字が刻まれている。

「竜王の回廊よ」

「え」

 驚きの声を上げたのはマルタである。

「これが……」

 カイトとフウはきょとんとしている。

「マルタ姉さま、竜王様の回廊って、何なんですか?」

「神々と竜王様の契約が刻まれた回廊だって、わたしは聞いているわ。神々に天にお控えいただいた時に、人が神々と守るべき約束を記した物だって。魔術の基の基になっている契約を記した物だって。

 でも」

 マルタが巨岩を見上げる。

「とても、回廊には見えない--」

 フランが頷く。

「あたしもそう思うわ。でも、竜王はこれを、回廊と呼んだの。どうしてかは、あたしにも判らないけれど」

「それに、フラン姉さま、神々と人の契約を刻んだにしては、文字が少なすぎる気がします」

 刻んである文字は、マルタも知らない文字だ。おそらくは今はもう使われていない言葉を、旧い文字で刻んである。

「そうね」

 もちろんフランには読める。

『我らが生まれる前から在り、我らより後に生まれ、我らが行きし後にも在り続ける、』と、ここまでは神々と竜王、双方の言葉だ。『我が最愛の友、』と竜王の言葉が記され、『我らが最愛の妹、』と神々の言葉が併記されている。

 そして最後に、

『フランに全てを託す。』

 と、再び神々と竜王の言葉が記されている。

「契約の詳細はここには記されていないわ。契約の詳しいことは、あたしに預ける、と記してあるのよ」

「え?」

「フランに?」

「あたしは何も忘れないって言ったでしょう?」

 カイトが竜王の回廊を見上げる。

 疑問に思う。

 何故、フランに預けるのだろう。フランは何も忘れないと言ったけど、神々は永遠の存在だ。いずれは死すべき人であるフランが憶えるよりも、神々が憶えていればいいんじゃないかな?

 と。

「幾らお前でも、わらわの許しもなく人をここに連れて来るのは、褒められたものではないな」

 笑いを含んだ声が低く太く響く。

 カイトが身体を震わせる。

 初めて聞く声だ。しかし、まったくの初めてではない。以前聞いたのは、声でありながら声ではなかった。肩口から差し込まれた細い腕を思い出し、主の姿を見ないよう、カイトは顔を伏せて膝をついた。

 フウがすぐに続き、マルタも膝をつく。

 フウにとっては初めて聞く声だ。しかし、雷神の信徒たちが初めて聞いた声を主の声と悟ったように、フウも悟った。

 狂泉の声だと。

 フウの身内に怖れがある。

 母に破門された自分がここにいていいのか、という怖れが。

「怖れる必要はない、我が信徒であり、我が妹でもある者よ。そなたは我が信徒、ここにいる権利がある」

 フウのが身体が震える。胸の奥底から喜びが湧き上がってくる。

「--はい」

「それで何故、ここに来た、フラン。妹たちに竜王の回廊を見せる為ではあるまい?」

「ペルのところに帰るのに、ここに来るのが一番早いでしょ」

 狂泉をからかうようにフランが笑う。

「わらわを馬車代わりにするのは、お前ぐらいのものじゃ。まあよかろう。愚弟どもが迷惑をかけたからな。送って行ってやろう」

「狂泉様」

 狂泉が、水面の如く揺れる透き通った瞳をカイトに向ける。

「何じゃ。我が落し子よ」

 カイトがより深く頭を垂れる。

「お許しいただけるなら、ペル様のところに戻る前に、行きたいところがあります」

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