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28-2(秩序をもたらす者2(契約の外に在る者1))

 カイトは迷わなかった。

「うん」

 と、すぐに頷いた。

 ミユはまだ見つかっていない。

 フランもミユとクロの行方は知らない、という。

 だったら、生きているかも知れない。

 ミユさんは。

 だから、フウは”門”を潜る気だ。新しい神を連れて。ロールーズの街で言ったように、ミユさんの代わりに。

「カイト--」

 フウがカイトを見る。「うん」と頷き、カイトがフウの手を握る。「フウを一人で行かせたりしないわ」

「”門”を潜るということは、死ぬ、ということよ」

 フランが言う。

 口を挟もうとしたマルタは、リンリンに止められた。声ならぬ声で制止され、ぐっと言葉を飲み込んだ。

「それでもいいの?」

「いい」

 フウがフランへと視線を回し、カイトに同意するように、頷く。

 硬いカイトの手をしっかりと握り返す。

「判ったわ」

 フランがペルへと顔を向ける。

「明日、遠雷庭への足を用意して貰えるかしら。ペル」

「ありがとう、フラン」

 フランが微笑む。

「お礼を言われることじゃないわ。カイト」

 それじゃあ、明日に備えて、そろそろ休みましょう、とフランが言ったところで、

「ねえ、フウ。ひとつ、訊いていい?」

 と、カイトがフウに尋ねた。

「なに?」

「新しい神様、さっきからずっとマルタさんの後ろにいらっしゃるけど、どうしてフウと一緒にいないの?」

 カイトに新しい神の姿は見えていない。しかし、気配は感じている。新しい神はマルタの後ろにいる。まるで隠れてでもいるかのように。姫巫女であるフウの傍ではなく。それをカイトは不思議に思ったのである。

「あー。だって、カイト、主を弓で射ちゃったんでしょう?」

 ためらいがちにフウが答える。

「あ」

「だから警戒されているのよ。カイトのこと」

「本当に見えてないのねぇ」

 フランが笑いながら言う。

「さっきからずっと、カイトに向かって唸られてるわよ。可愛らしく」

「そうなの?」

「カイトに姿を見せることも出来るでしょうけど、そうしたらまた射られるかもしれないから、姿を見せてはくれないと思うわ。

 いまは獣の姿をされているから、今度は獲物としてね」

「そうですね」

 フウがくすくすと笑う。

 姫巫女に向かって新しい神が不満そうにぐるぐると唸る。しかし、その声もカイトには聞こえてはいない。

「カイト、これ、返しておくわ」

 フランが影の中から矢を二本、取り出す。

 ニーナとロロの矢だ。

「あ、うん」

 カイトは矢を受け取り、「ありがとう、フラン」と、矢筒に大切に仕舞った。


 あまり人目につくのは良くないから。

 と、翌早朝、カイトたちは人知れずフランの影に入った。十分にクスルクスル王国軍から離れた辺りで影から出て、ペルが呪を唱えた。

 遠雷庭への足は、凄まじい勢いで空から舞い降りて来た。ほとんど減速することなく大地を蹴って降り立ち、天が揺れるほどの咆哮を上げた。

 小山ほどもある身体は火で焼かれたように黒い。岩のようにゴツゴツとした四角い顔は幾つものツノに硬く覆われている。腕に小さな翼があり、腕の翼とは別に、背中にも巨大な翼がある。

 雷竜である。

 バチバチと幾つもの電光が巨体に纏いついて音を立てる。

 雷竜が視線を止める。

 フランに。

 怒りに満ちた咆哮を響かせる。

 大地が揺れる。雷竜がフランに走り寄り、フランに鼻先を突きつけ、吠える。フランの赤い髪が激しく靡く。

 カイトとフウは瞳をキラキラと輝かせ、マルタは悲鳴を上げそうになるのを懸命に堪えた。

「そんなに怒らないで貰える?」

 艶やかに微笑んで、雷竜の怒りを少しも気にすることなく、フランはそっと雷竜の鼻先に手を添えた。

「雷神にいじわるをしたことは悪いと思っているわ。だから、謝りに行くの。遠雷庭まで乗せて貰えるかしら?」

 雷竜がフンッと鼻を鳴らす。後ろに下がる。ドスンッと音を立てて頭を落とす。乗れ、ということだ。

「それじゃあ、行ってくるわ、ペル」

「お気をつけて。フラン姉さま」

「マルタ、行くわよ」

 マルタはあまり気乗りがしていない。「はい」と、不承不承、フランに続く。

「カイト、フウ!」

 フランが二人に声をかける。

「乗りたいんでしょう!」

「うん!」と、カイトとフウが頷き、「あ、でも」と、フウが足を止めた。彼女の懐には、新しい神がいる。

「わたしがお預かりしましょう」

 ペルが優しく笑って新しい神に顔を寄せる。

「姫巫女としばらく離れることになりますが、宜しいですか?」

 ペルの問いに、新しい神は威厳を込めて頷き、「にゃ」と、重々しく承諾を与えた。



 雷竜の背中で瞳を輝かせて周囲を見回していたカイトとフウが、「あ」と声を上げたのは、カレント河を越えてしばらく飛んでからである。

「フラン、軍がいる!」

 雷竜が旋回する。

「あら。ホントね」

 東へ、クスルクスル王国へ向けて人の群れが蠢いている。数万は優に超えているだろう。平原が人に埋め尽くされている。

「そう言えば、カザンジュニアが、洲国で10万の軍を編成中と言ってたわねぇ」

 呟くようにフランが言う。

 ファロの子供たちが埋葬された支城跡でジュニアがペルに報告していた話だ。カイトも憶えている。しかし、あそこにフランはいなかったんじゃなかったっけ、と思う。

「あれをそのままにしておくとペルが後で困るかも知れないから、ちょっとあたしが片づけてくるわ」

 カイトが地上の人の群れに視線を走らせる。

「一人で?」

「ええ」

 カイトと話している間にも、フランは呪を唱えている。

 雷竜の背中に乗っている。猛烈な向かい風に備えて、フランやカイトの周囲には、フランが構築した障壁がある。つまり、風防がある。フランは風防から出る前に、まず、自分自身の周りにクッションとして厚い空気の層を造った。

「マルタ、フウに気をつけていてね」

 雷竜の後ろへと歩きながら、フランがマルタに声をかける。

「はい」

 フランを空気の層ごと妖魔が包む。フランが黒い影に覆われる。

「じゃあ、行ってくるわ」

 妖魔が翼を広げる。

 向かい風がたちまちフランをさらっていく。雷竜の後方で、更に大きく妖魔が翼を広げる。フランを包んだ黒い影が、羽ばたくことなく滑空していく。

「フラン一人に任せて大丈夫?マルタさん」

「心配ないわ、カイト。フラン姉さまに任せておけば」

 自分の不安を抑えて、マルタが答える。

「でも」

「フラン姉さまが、千の妖魔の女王って呼ばれているのは知っているでしょう?」

「うん」

「千のって、多いっていう意味だから。フラン姉さまが従えている妖魔が何体いるか、誰も知らないわ。

 それよりカイト、フウの手を握ってて貰える?」

「え?」

「フウも、わたしとカイトと強く心を結んでて。自分を見失わないように。たくさんの人の死は、意外と堪えるから」



 10万のキャナ軍を率いる司令官は、軍の中央辺りにいた。

 慣れた様子で手綱を絞り、ゆるゆると動く自軍へと鋭く視線を投げかけていた。

 小柄だが、身体は良く引き締まっている。

 まだ若い。

 たが、短い髪は、すべて白髪だ。

 一ツ神の信徒が政権を取る前、キャナ王国の混乱に乗じて攻め込んで来た百神国を迎え撃つ軍の中に、一兵卒として、彼はいた。指揮系統の乱れたキャナ王国軍は百神国に粉みじんにされ、恐怖が、怒りが、彼を白髪に変えたのである。

 迷宮大都に迫りながらモルド率いる市民軍に打ち破られ、故国へと逃げ帰る百神国軍の兵士を、彼は残存の兵を集め、追い、殺した。徹底的に。容赦なく。

 それがモルドの目に留まった。

 以来、彼はモルドに忠誠を誓い、一ツ神の信徒となり、百神国で戦い続けてきた。

 クスルクスル王国遠征の第二陣の司令官に任ぜられたのは最近のことで、名誉なことではあったが、彼にとっては不本意な異動でしかなかった。

 あくまでも彼の敵は百神国だったからだ。

 司令官の名は、グン、という。

「止まりなさい」

 すぐ耳元で女の声が響き、馬上でグン司令はぎょっと周囲を見回した。

 兵たちの間で影が揺らめく。

「わっ」と声を上げて兵が飛び離れる。

 影は一つではない。

 ゆらゆらと揺らめき、陽炎のように女の姿を浮かび上がらせる。顔ははっきりとは見えない。おそらく30代ぐらいか。赤い髪が鮮やかだ。

「止まりなさい」

「止まりなさい」

「止まりなさい」

 と、軍内のあちらこちらで声が響く。いくつもの同じ女の影が、兵たちの間で揺らめいている。多い。数えきれない。

 10万の兵士とほとんど同じ数の影が揺らめいている。

「わたしはシャッカタカー。千の妖魔の女王。何を騒いでいるの。誰に断って、ここを通過しようとしているの」

 ひとつひとつの声は小さい。しかし、影は軍内のあらゆるところにいる。すべての声が重なり、大音量となって、兵たちを、キャナ軍を覆った。

 グン司令の頭に血が上る。

 キャナの多くの将兵がそうであるように、”古都”の魔術師を彼は快く思っていなかった。

「”古都”の首席か!」

 怒気に溢れた声を迸らせる。

「ここを立ち去りなさい。さもなければ、ひとり残らず死ぬことになるわ」

「あそこです!」

 兵の一人が指さす。

 軍の進む先。小さな丘がある。そこに、くっきりと一人の女の姿がある。遠くからでも、鮮やかな赤い髪が見て取れる。

「何故だ!」

 グン司令が声を張り上げる。

「”古都”の首席が、何故、我らに止まれなどと言う!」

「お昼寝の邪魔よ」

 しっとりとした声が、グン司令の背後で響く。

 グン司令が素早く振り返ると、幻覚にしては存在感の濃い女が、彼の馬の背後に浮いていた。艶然と微笑んで彼を見下ろしていた。

「あたしを煩わさないで貰えるかしら?」

 グン司令の護衛兵が槍を女に向ける。「下がれ!」と、鋭く突く。が、槍は女の身体を通り抜けた。手応えがない。女が笑い声を上げる。

「それが答えということね」

 女が消える。

 軍内のあちらこちらで陽炎のように揺らめていた影も消えていく。

 からかわれている。

 ぎりぎりとグン司令は歯を鳴らした。

 彼は、一刻も早くクスルクスル王国を片付け、百神国へと戻りたかった。心の内には、”古都”の魔術師に対する不快の感情が厚く鬱積していた。

 そうしたことが、彼の判断を誤らせた。

「全軍、戦闘態勢を取れ!”古都”の淫売を殺せ!キャナの害悪を、ここで叩っ切ってくれるわ!」


 キャナ軍の中にはザワ州の軍もいた。第二陣に加わるようモルドから求められ、新しく州公となったオセロの弟が、自ら一軍を率いて参陣していた。

「さて、どうするべきかな」

 ザワ州公は、無精ひげをがりがりと掻いた。髪も以前は短く刈り込んでいたが、オセロを真似て山賊か何かのように長く伸ばしている。

 ザワ州公が尋ねた相手は、近くに控えた同じく馬上姿の参謀である。州公の座を彼に譲った兄がザワ州に残していってくれた男だ。

 参謀として仕えさせている。

 男は狂泉の森の南の国々の事情に明るかった。

 迷宮大都で起こったハララム療養所の騒動についても、キャナが発表していないこと、ただの火災ではなく本当は何があったか、かなり正確に掴んでいた。

「どういたしますかなぁ」

「兄上ならば、どうしただろう」

「オセロ公子であれば、誰よりも先に突っ込んで行ったでしょう、アレに。楽しそうに笑って。オセロ公子であれば我らも従ったでしょうな。嫌々ではありますし、オセロ公子とならば死ぬのも止む無し、と覚悟をした上で、ですが」

 ザワ州公が笑う。

「わたしでも従いそうだよ。

 兄上になら」

「アレは、人が相手にしてよいモノではありません」

 参謀は、魔術の心得もあった。

 シャッカタカーが見せた幻。陰影まで伴っている。しかも、10万のキャナ軍のあらゆるところに出現している。

「それほどか」

「正直に申し上げれば、怖くて洩らしそうになっていますよ。わたしは」

 ザワ州公が頷く。

「司令官殿に伝令を。ザワ州軍は、側面から回り込んで、アレを討つと」

 参謀が伝令を呼ぶ。

「すぐに戻れよ!」

 駆け出した伝令の背中にそう叫んで、ザワ州公は馬を回した。

「行くぞ!」

 と、馬に鞭を入れる。

 ザワ州軍が州公に続いて走り出す。目指すのは、故郷である。


 逃げたのはザワ州軍だけではない。洲国の兵の多くは逃げた。

 洲国の兵だけでなく、キャナ軍の中にも逃げた兵はいた。大隊ごと逃げた部隊もいる。逃げた大隊を率いていたのは、つい最近まで狂泉の森を望む街に駐屯していた、タガイィである。

 クスルクスル王国を攻める第二陣として、平穏なガヤの街に軍は不要と、駆り出されたのである。

「大将、どうします?」

 ガヤの街から従って来た古参兵がタガイィに問う。

「そうだなあ」

 タガイィは迷っている。

「あんなの、相手にできやしませんぜ」

「そうなんだけどよ」

「わたしも逃げることを勧めます」

 タガイィと古参兵の間に割って入ったのは、新しくタガイィの下に配された百神国からの転戦組の兵士である。

 元は運び屋をやっていた男で、彼の妹とタガイィは偶然にも知り合いだった。

 他でもない、パメラの兄である。

「ケツの穴がぞわぞわします。こんなに強ええのは初めてだ。今まで感じたことねぇ。それぐらい、アレはヤバイですよ、タガイィさん」

 パメラの兄は自分の勘に自信があった。

 運び屋として、いくさ場で、ここまで生き残ってこられたのもすべては、彼が危険を察知する能力に長けていたからだ。

 タガイィも判っている。誰にも話していないが、狂泉や平原公主を友だちと呼ぶ女なのだと知っている。

 雷神様とも知り合いなんだよな。

 と思うと、タガイィもケツの穴がぞわぞわした。

「だが、逃げた、というのはマズい。国に帰れなくなる。何かいい口実はないか?」

「あれ」

 古参兵が指さしたのは、ザワ州軍である。

「敵前逃亡ですぜ?」

「おお」

 タガイィが喜色を浮かべる。自軍の兵に向き直る。

「ザワ州軍が逃げた!軍法に照らし、ヤツラは死罪だ!ヤツラを追うぞ!」

 すぐに「おお!」と兵たちが応じた。

「行くぞ!」

 タガイィを先頭に、一隊が走り出す。タガイィの部隊だけではない。クスルクスル王国とのいくさに大義を感じられない者は多い。”古都”の首席の噂を聞いたことのある者もいる。タガイィの配下ではない兵たちも、かなり多くの兵が、タガイィに続いて全速力で走り始めた。



「側面から討つ?」

 グン司令の冷ややかな言葉に、ザワ州の伝令は「はっ」と頷いた。「すぐに戻れという命令です。失礼いたします!」

 伝令も判っている。

 一目散に味方を追って走り出す。

 グン司令は視線を上げた。ザワ州の軍は、側面に回り込むにしては全速力でまっすぐ南へと走っている。

 逃げているように見える。

 何故かキャナ軍の一部も続いている。敵前逃亡した軍を追っているように見えたが、追っているというより、一緒になって逃げているようにも見えた。

 グン司令が視線を回す。

 逃げたのはザワ州軍だけではない。

 いつの間にか、すでに全軍の半数以上が逃げ出していた。

 残っているのは、グン司令に従って百神国から転戦して来た直属軍と、血の気の多い一部の洲国の連中だけだ。

「構わん!彼奴らなどはじめからアテになどしてはおらん!むしろ都合がよい!すみやかに陣を組み直せ!」

 グン司令が一人の男を呼ぶ。

 最も信頼している部下の一人だ。共に百神国で戦ってきた騎兵隊の隊長である。

「アレを踏み潰せ」

 簡潔な命令に、男が頷く。

「承知しました」

 騎兵隊が軍の前へ進む。全員が鎧を黒く染めている。染めた鎧には、呪が刻んである。イーズの呪と同じだ。詠唱を行うことなく術を発動できる。馬に乗るのに有利なように、鎧を軽量なまま強化している。

 隊長は指揮下の騎兵のうち精鋭200騎を選び出し、その200騎を3列横隊に並ばせた。

「あそこに、キャナ最大の敵がいる!」

 鋭く隊長が叫ぶ。

「”古都”の魔術師の首席が!彼奴こそがすべての元凶!我が愛すべきキャナを私物化し、弄んでいる毒婦がいる!彼奴を肉の一片も残さず踏み潰し、我らが愛すべきキャナを、我らの手に取り戻すのだ!」

 騎兵が大声で応じる。

 キャナ軍から鐘が太鼓が鳴らされる。魔術を破るためだ。シャッカタカーが唱える呪を乱すためだ。

「放て!」

 グン司令の命令に、弓兵がシャッカタカー目掛けて矢を放つ。ただの矢ではない。矢が鳴っている。様々に。鏑矢だ。これもやはり、詠唱を乱すためだ。騎兵隊を援護するために間を空けることなく次々と放たれる。

「突撃!」

 騎兵隊が駆け出す。馬蹄の鳴る音が天地に満ちる。騎兵たちも叫ぶ。喇叭手もいる。仲間を励ますために高らかに吹き鳴らしている。

 すべてが、魔術対策になっている。

 だが、

「ああ、いけない」

 と、グン司令に息を乱して駆け寄った者がいる。

 魔術師の黒いローブを纏っている。

「何か。ラベル師」

 ラベル師と呼ばれたのは、騎兵隊の隊長と同じく、グン司令と共に長く百神国で戦ってきた魔術師だ。

「魔術を封じただけでは、意味がありませんぞ」

「何故?」

「アレの異名をお忘れか、グン司令。アレは、シャッカタカー、千の妖魔の女王。妖魔の使い手ですぞ!」


 大地を揺るがして騎兵隊がフランへと迫る。次々と放たれる鏑矢の音さえ馬蹄の音に紛れてほとんど聞こえない。

「あたしもダメね」

 フランは嘆息した。

「できれば全員逃げて欲しかったけど。こんなに残っちゃうなんて。少し長く不在にし過ぎたかしら」

 フランは小さな丘の上にいる。

 騎兵隊の速度が上がる。丘を一気に走り上がり、命令通り、フランを踏み潰すつもりだ。騎兵隊の隊長はフランを睨み据えている。

 長剣を抜き、フランに向かって振り下ろす。馬蹄に負けない大声で叫ぶ。

「かかれ……!」

 隊長の声が途切れる。馬蹄の音も。

 代わりに、ぐしゃっとも、ドシンッとも、表現し難い複雑に絡んだ音が響いた。

 騎兵隊の行く手を遮るように、高さが3mはあるであろう黒い壁が、突如としてそそり立ったのである。

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