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26-12(キャナとのいくさ12(キャナとのいくさ2))

 とにかく煩かった。

 洲国の連中は。

「おいおい、ヤラれちまったぞ!」「まだ距離があるってのによ!」「盾だ!盾を上げろ!」音を立てて一斉に盾が上げられる。「あのガキがいるんじゃねぇか!」「ああ、旧……なんて城だったっけ」「ロア城だよ、バカ!」「バカだとぉ!」「あのバケモンか!」

 何故か歓声が上がった。

「あいつだ!」「あの嬢だ!」「おお!」「あの森人のガキか!」「会いたかったんだ!」「オレもだ、オレも!」「あのクソガキの首を取るのは、オレだ!」

 おおっ!と、今度は喚声が上がる。

「行くぞっ!」

「おおっ!」

 盾を構えたまま、一群の男たちが走り出す。

 地響きが轟く。

 不思議と息が合っている。

 野太い叫び声がリド城に迫る。

「楽しいヤツラだな」

「うん」

 笑って話しかけてきたライに、カイトが頷き返す。だからと言って、二人とも、もちろん手加減するつもりはまったくない。

「あの人たちの足を、わたしが射抜くわ」

「判った」

「待て、カイト」

 止めたのはレナンである。

「まだ他の兵の矢が届かない。もう少し引きつけてからにしてくれ」

「ん」

「今だ」

 カイトが矢を放つ。

「ぐおっ!」「ぎゃ」「なんじゃあ!」

 悲鳴が、叫び声が、転倒した洲国の男たちから起こる。「バカ、止まるな!」「何してんだよ!」「わわわわわわ」後ろに続いていた男たちも叫び、そこに矢が降り注いだ。

「痛ぇ!」「ぎゃん!」「ヒィ!」「クソだらぁ!」

 洲国の男たちが見苦しく叫び、悪態をつく。叫ばない者たちは死んでいる。

 一矢で。

 カイトとライの放った矢だ。

「右の曲輪のヤツラもクソ上手いぞ!」

 彼らは知らないが、彼らから見て右手側の曲輪にラダイたちがいる。ラダイたちもまた、正確に急所を射抜いている。

 死体がみるみる増えていく。

「左だ、左!」「左の曲輪のヤツラは、普通だ!そっちから行っちまえ!」「おお!」

 悪態をつきながら、何故か彼らの行動は統制がとれていた。喚声を上げながら、リド城の左側へと殺到する。

「やっぱダメだ!」「右の曲輪からも届くじゃねぇか!ここ!」「ダメだダメだ!下がれ下がれ!」

「あ」

 洲国の男が立ち尽くす。

「もう、オレしか残ってねぇじゃ……!」

 額を射抜かれ、最後の一人となった男が崩れ落ちた。

「あーあ」「やられちまった」「おいおい、とんでもねぇぞ、アイツら」「森人の小娘だけじゃねぇな」「おお、突っ込んだら西の公女様の白い御手に触れられること間違いなしだぜ、ありゃあ」

 駆け出さなかった洲国の兵たちは、見世物でも見るかのように賑やかに言い合っている。

「だけどよ、ここには届かねぇだろ?」

 一人の男が言い、

「だったら試してみろよ」「おお、やれやれ」「根性があるとこ、見せてくれよ」

 仲間の声に押し出されるように、「おお。見せてやらあ!」と肩をいからせてひとりの兵士が前へ出て来る。

 息を吸い、リド城に向かって大声で叫ぶ。

 と言うか、喚く。

 カイトが顔をしかめる。

 聞くに堪えないほど下品な悪態だ。

「ははははは」

 ライが笑う。

 城壁から身体を乗り出す。叫び返す。こちらも文字にすることも憚れる下品で下劣な悪態である。

 楽しそうにキャナの兵たちが笑い声を響かせる。

 ひとり前に出て来ていた洲国の兵士がズボンを脱ぎ、リド城にケツを向ける。大声で悪態をつきながら自分のケツを叩いて見せ、舌を出したところで、額を矢で正確に射抜かれた。

 弓を下したカイトが「フン」と鼻を鳴らす。

「なんじゃあ!」「冗談が判らんのか、ガキッ!」「射返せ!射返せ!!」

 キャナの陣内から無数の矢が飛んだ。

 だが、届かない。

 リド城の手前で勢いを失くして落ちる。

 まだ生きて呻いていた洲国の兵士たちの何人かが、落ちて来た矢に射られて苦しむのを止めた。楽になった。

「ぜんぜん届かねぇじゃないか!」

 と、煩いこと、この上もない。


「やはり楽しいな。アル州の連中は」

 前線の騒がしさを離れて、キャナ軍の後方でオセロはひとりの男に声をかけた。

 背の高い細身の男だ。男は口元に、いくさ場にいるとは思えない、さわやかな笑みを浮かべている。

 旧ロア城でオセロが城壁を破壊する前に、カン将軍に一時休戦を申し込んできた男である。

「どうするね。ソト殿」

「どうしましょうか、オセロ公子」

 さわやかな笑みを残したままソトと呼ばれた男が軽い口調で応じる。

 二人の視線の先で、洲国の男たちの一群が怒りに任せて再び駆け出し、先程と同じく矢で射られてバタバタと倒れていく。

「このままでは、何年経ってもここを突破できない。何か妙案はありませんか?」

「あちらの曲輪をオレが潰そう」

 オセロが指さしたのは、オセロから見て右手側の曲輪である。

「森人の娘は、正面にいますよ?」

「あちらの曲輪を落とせば、嬢ちゃんが来る。だからさ」

「どういうことです?」

「狂泉様の森人は、弓の腕に強い拘りを持っている。あそこにいる連中が嬢ちゃんとどういう関わりがあるかは判らないが、あれだけの腕だ。まったく関わりがない筈がない。元々知り人ではなくとも、同じ部隊にいる間に何らかの繋がりはできているだろう。

 だから、あちらの曲輪を落とせば、嬢ちゃんを正面から引き離すことが出来る。一石二鳥となるだろう」

「わたしは何をすれば?」

「嬢ちゃんの気を引いてくれ。右の曲輪から矢が飛んでこなくなったら、後は好きにすればいい」

「承知いたしました」

「ではな」

 右手の森へと姿を消すオセロを見送り、ソトは伝令を呼んだ。

「お待ち下さい、オセロ公子!」と、ひとりの若い男がオセロを追って行ったが、ソトが気にすることはなかった。


「どけどけ!」

 と、洲国の兵を押し退け、最前線に姿を現したのは、腕と足が異様に太い、身体のバランスが崩れた巨漢である。

 ライが目を細める。

「あれ、お前がゾマ市で戦った”古都”の製品か?」

「うん」

「何をする気かな」

 ライやカイトの見守る先で、巨漢は何かをぐるぐると回し始めた。長い紐の先に袋がついている。

「--投石器代わりか!」

 と、ライが悟った時には、巨漢の手から石の入った袋が放たれていた。

「石が飛んでくるぞ!避けろ!」

 巨漢の放った袋はライやカイトの頭上を越え、城壁の内側へと落ちた。クスルクスル王国の兵士たちが叫び声を交わしながら逃げたところに袋が落ち、激しく砕ける。

 洲国の男たちが歓声を上げる。

「また出て来たわ、ライ」

 巨漢が三人、並んでいる。それぞれ、長い紐のついた袋を手にしている。

「カイト」

「うん」

 巨漢三人が袋を回し始める。カイトが弓を構える。

「行けぇ!」「ぶっ殺せ!」

 洲国の男たちが叫ぶ先で、巨漢がぐるぐると回していた石の入った袋が、不意にあらぬ方向に飛んだ。

「え」

 巨漢が手に残った紐を見る。

 切られている。

 キャナ軍の後方で悲鳴が上がる。石が落ちて来たのである。

「なんで?」

 呆けたように呟いた巨漢の頭を矢が貫く。膝をつく。だが、倒れない。巨漢は頭に突き刺さった矢を乱暴に引き抜くと怒りの声を上げた。

 リド城に向かって走り出す。

 城門の上でカイトは巨漢へと弓を構え、いきなり方向を変えた。

 放つ。

 誰もいない空に向かって。

「ぎゃっ!」

 と悲鳴が上がり、矢で頭を射抜かれた男が霧を払うように姿を現し、城門に落下する。

 ライも矢を放っている。

 カイトと同じく、誰もいない空間に向かって。カイトが射抜いたのとは別の男が、矢で頭を射抜かれて姿を現し、倒れる。

「”古都”の製品だ!首を落とせ!」

 レナンが叫ぶ。

 彼自身、すでに長剣を抜いている。

 ”古都”の製品が投入された場合にも備えはしてある。基本は、複数人でかかって殺し続けることだ。

 カイトが射た方の男の首をレナンが落とす。まだ指が動いている。他の兵士と男の身体を掴む。城門の内側へと落とす。

「まだ生きてるぞ!」

 そう叫びながらレナンは切り落とした首を掴み、城門の外へと投げ捨てた。

 首だけで何かができるとは考えていない。

 しかし、用心に越したことはない。

 城門の内側へと落とされた首のない身体は、城門の内側にいた兵士たちが掴み、予め掘ってあった垂直の深い穴へと引き摺り落とした。穴の傍にはトロワがいる。呪を唱える。風の精霊を呼び出し、首のない身体の落とされた穴の空気を一気に圧縮する。赤い光が穴の底で瞬き、そこへ油の入った壺が投げ落とされた。

 絶叫が穴の底で起こる。投網が穴の入り口に被せられ、素早く打ち止められる。

 カイトとライがそれぞれ、再び何もない空間に向かって矢を放つ。さっき射たのとは別の”古都”の製品が頭を射抜かれて姿を現す。

 兵士たちが首を落とす。

 ライは首を落とされた”古都”の製品を掴むと、城門の内側に掘られた穴めがけて投げ飛ばした。

 首のない身体が穴の縁で跳ね、落ちる。

 すぐに火がつけられ、投網で穴が塞がれる。

 穴の中から悲鳴が上がる。

「怯むな!殺し続けろ!容赦をすれば、こちらが死ぬぞ!」

 レナンが叫ぶ。

 だが、怯むな、と言われても難しい。凄まじい悲鳴に、一人の兵士の杭を打つ手が鈍った。穴を塞ぐのが遅れた。炎に包まれた”古都”の製品が悲鳴を迸らせながら飛び出し、何人かの兵士が引き裂かれた。

「見えてないぞ!」

 まだ目が再生されていないと見て取って、一人の兵士が叫ぶ。

「殺せ!」

「穴へ追い込め!」

 槍を手に、”古都”の製品を取り囲んだ兵士たちの前で、”古都”の製品に矢が何本も突き刺さる。後ろへと下がらせる。カイトだ。カイトが、城門の上から矢を放ったのである。

「今だ!」

 兵士たちが一斉に槍を突き出し、”古都”の製品を穴へと突き落とす。

「もっと油を落とせ!」

「焼き尽くせ!」

 油が落とされ、穴が素早く塞がれる。

 兵士たちの声を背中に聞きながら、カイトは「おかしい!」と、ライに向かって叫んだ。ライは城門へと走り寄って来た巨漢を矢で射ている。足止めしている。

「曲輪から矢が飛んで来ない!」

 城門の外では、ライに矢で射抜かれた巨漢が堀に嵌まり、油が投げ落とされ、火がつけられている。

 ライも判っている。

 城門側からすれば左手の曲輪、ラダイたちがいるハズの曲輪から援護がない。巨漢が走り寄ってくるまで、一本も矢が飛んでこなかった。

「カイトッ!」

 行け!

「うんっ!」

 と、ライの叫び声を背中に、カイトは曲輪に続く道を駆け上がった。


 曲輪に、人の姿はひとつしかなかった。

 立っている者の姿は。

「やめて!」

 カイトが叫ぶ。

 長剣を手にした男が振り返る。全身に返り血を浴びている。口元には笑みがある。

「今度は間に合ったな。嬢ちゃん」

 と、オセロはカイトに暖かい笑顔を向けた。

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