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26-11(キャナとのいくさ11(キャナとのいくさ1))

 カイトは座っている。

 見ている。

 人を。

 風景を。

 聞いている。

 激しく振られる旗の音を。鐘の音を。太鼓の音を。人々の上げる鬨の声を。

 時が止まっている。

 カイトの心の中だけが。

 風景も音も、留まることなく、彼女の中を通り抜けていく。


 彼女がいるのは、地上から20mほどのところだ。2基建てられた物見櫓のうちの一つ、その木組みの部分である。

 カイトからすれば頭の上に天井がある。が、そこは床だ。

 数人の兵士がカイトの頭の上、物見櫓で、忙しく太鼓を叩き、鐘を鳴らし、旗を振っている。

 周囲は緩やかな高台になっている。

 カイトの視線の先には、平原が広がっている。ところどころ小さな森がある。が、ほとんどは何もない。

 物見櫓の立つ高台の周囲には、堀が掘られ、柵が設けられている。

 クスルクスル王国の築いた陣である。

 ロールーズの街は、10キロほど南になる。

 カイトが見ているのは、ジュニアの指揮するクスルクスル王国軍の調練である。

 初めてではない。

 もう何度目か判らない。カイトは調練が行われる度に、物見櫓に登った。何をするでもなく、人の動きを飽きることなく見守った。

 クスルクスル王国軍は5万に足りない。

「想定していたよりも、人が集まりませんでした」

 と、ジュニアは言った。

「サッシャ・ロタ殿の力を、少し読み間違えていたようです」

 ペルが来れば、トワ王国から雪崩を打って兵士が馳せ参じる。ジュニアはそう読んでいた。幾人かは合流した。だが、想定よりも少ない。

 トワ王国軍以外からも、ペルの許にはトワ郡中から人が集まった。その中には、月の女神の祠を造った元傭兵のビスもいた。かつてカイトに言った通り、ペルが立ったからと一族を引き連れて現れた。

「嬢ちゃんと敵にならなくて良かったよ」

 と、ビスは笑った。

 そのビスもまた、調練が行われているクスルクスル王国軍の中にいる。そもそも今回の調練は、新しく加わった兵士たちの為のものだ。

 カイトの白い心にさざ波が立つ。

 クスルクスル王国軍の調練から視線を外し、下を見る。

 ライがいた。

 カレント河から戻って来たのだ。

「ライ」

 するすると滑るようにカイトは物見櫓から降りた。


「ジュニアのヤツ、たいしたものだな」

 と、クスルクスル王国軍の調練を見ながら、ライは言った。

「平原王の軍とは、別物だぜ」

 各国の寄せ集めだった平原王の軍は、装備もバラバラで、統制も取れていなかった。

「そうだね」

「何をしてた」

「何も。見てただけ」

「面白くねぇだろ」

「そうでもない」

 クスルクスル王国軍へとカイトが視線を転じる。

「これをわたしたちにさせたかったんだとしたら、イズイィさん、タイヘンだっただろうな」

「早いうちから出来ねぇと諦めてたぜ、あいつは」

「上から見てると、ひとつの生き物みたいだったわ。太鼓や鐘の音、旗の動く先を見てると、どこにジュニアさんがいるか判るの。

 ああ。あそこが頭かって」

「ホント、猟師だな、お前は」

「え?」

「頭を潰せば殺せる。考えるより先に、そう考えてたんだよ、お前は」

「あ」

「さてと、ジュニアに会いに行こうぜ」

「うん」

「頭がどこにあるか考えてたって、ジュニアに言ったか?」

「ううん」

「言ってやりな。きっと喜ぶぜ、あいつ」

「ジュニアさん、ヘンな人だよね」

「それがあいつの強みのひとつだがな」

「え?」

「軍を動かすには、論理的な思考が必要だ。ヤツにはそれができる。

 だが、頭でっかちじゃねぇ。クスルクスル王国を思う心は本物だ。英邁王に向かってバカと言うだけの度胸もある。ひょろりとしてるが、剣の腕もなかなかだ、悪くねぇ。けど、自分が跳びぬけて腕がいい訳じゃないとも知っている」

「まだまだジュニアさんには負けないって、カザンさん、言ってたわ」

「アイツの親父だよな?」

「うん」

「流石は、ジュニアの親父だな」

 ライが笑う。

「ジュニアは人の懐に潜り込むのが上手い。パロットの街の義勇軍は混成軍だが、しっかり信頼関係を築いている。

 カザン将軍の息子という、場合によっては人に遠慮させてしまう立場だが、それを忘れさせてしまう。

 あれだけヘンだとな」

「イズイィさんや、ルゥさんとはズイブン違うね」

「セノーの野郎ともな」

「うん」

「お前によろしく、だとよ」

 ライが話を飛ばす。

 誰のことを言っているか、カイトはすぐに察した。

 顎を引き、「うん」と、カイトは頷いた。



 調練が終わり、ライやトロワたちの顔を見るなり、ジュニアは、「皆さんにお願いしたいことがあります」と言った。「ここから北に、リド城という名の古い小城があります。小城と言うより、関所と言った方が相応しいでしょうが。

 そちらに向かって頂けないでしょうか」

「何故」

「キャナが軍を分けました」

「ふむ」

「指揮系統を統一する為でしょう、洲国の兵を中心に軍を分けています。オセロ公子もそちらにいます」

「厄介者を外に出したか」

「おそらくは。

 それと、不確定要素を減らす意味もあるのでしょう」

「カイトか」

「はい」

 ジュニアが頷く。

「仮にボクがキャナ軍を率いるとしても、同じことをするでしょう。

 旧ロア城でカイトさんが見せた弓の腕は、キャナ軍の兵士の中に怖れとなって残っています。新しい神を鎮めた、そのことも含めて。

 ハラもイスールも愚かではない。

 平原王とのいくさのことは、軍務に携わる者として調べている筈。だとすると、例えキャナ軍の奥深く本陣にいたとしても、カイトさんに射抜かれる恐れがあることも知っているでしょう」

「だから、兵を分けた」

「オセロ公子をエサにして、カイトさんをここから引き離すために」

「お前が王太后をエサにしたように、か」

「ええ」

「どれぐらい兵を分けた?」

 ジュニアが首を振る。

「残念ながら、確とは判りません。

 地元ということもあって、初戦の情報戦ではこちらが圧倒的に優位な状態にありましたが、押し返されています。

 元々キャナが構築していた諜報網は判る限り潰し、攪乱してきましたが、再構築されています。トトさんたち裏のネットワークについても、潰すのは難しいと判断したのでしょう、ノイズのように誤った情報を混ぜてきている。

 流石に優秀です。

 ハラも、イスールも」

「楽しそうだな。ジュニア」

「浮かれて判断を誤らないよう自戒はしていますが、ええ。楽しいのは確かですよ」

「困ったヤツだな」

「褒めて頂くことではありません」

 いや、褒めた訳じゃないんだがな。と、ライだけではなく、その場にいた、カイト以外の全員が思った。

「手許に集まっている情報から矛盾を失くし、集まっていない情報も考慮して、間違いないと思われる情報だけに絞って考えると、おそらくキャナから分かれた軍は大きく北に回り込んでいます。

 北から回り込んで、側面からこちらを襲うつもりでしょう。

 数は、推定2千」

「確かではないが、ということか」

「はい」

 ジュニアが認める。

「ハラとイスールの手許に残った兵の数から判断すると、1万ということはあり得ない。それは確かです。

 ですが、それ以上は判りません」

「で、こちらが割ける兵数は、幾らだ」

「500。それ以上は無理です」

「最悪20倍の敵か」

「お願いできますか?」

「断る理由はねぇな」

「うん」

 と、カイトも頷く。

「指揮はレナン殿にお願いしたいのですが、宜しいだろうか」

「わたしに?」

「カレント河での指揮を見た上での判断です」

「受けるのにやぶさかではないが、わたしには、カン将軍から頼まれた仕事がある。それからとなるが、わたしはクスルクスル王国軍を勝手に離れた身だ。軍法に照らせば死刑となるだろう」

「ああ、これは失礼。それはもう終わったことだと思っていました。

 ペル様がお待ちになっています」

「ペル様が?」

「カン小父のことを是非、聞かせて貰いたいと。

 貴殿のことはペル様の耳に入れています。ボクも、是非、ペル様にお話し頂きたい。カン小父のことを。

 貴殿は、マララ領から来た義勇軍のひとりということにさせてもらっています。ですから、まずはカン小父のことをペル様にお話し下さい。

 貴殿の出発は、その後に」

 レナンが頭を下げる。

「承知いたしました」



 取り合えずライ殿たちだけでもすぐに出発して頂きたい、と、ライたちが引き合わされたクスルクスル王国軍の兵士たちの中に、カイトの知り合いもいた。

「姫と一緒に戦えるなんて、光栄だよ」

 明るくカイトに笑いかける。

「わたしも。ラダイさん」

 カイトが応じたのは、数人の男たちだ。

 弓を持ち、長剣を腰に下げている。

 しかし、彼らが纏った雰囲気は、狂泉の森人のものだった。

 海都クスルでターシャが護衛として雇ったラダイやタオ、ルースたちである。

「誰だ?カイト」

「ラダイさん。海都クスルでお世話になったわ」

「森人か?」

「元、だけどな」

「ふむ」

 ライがラダイたちを値踏みする。

「だったら」

 肩に掛けた弓をライが示す。

 弓の勝負を挑まれて逃げる森人はいない。例え、元森人だとしても。ラダイの顔つきが変わり、口元に不敵な笑みが浮かぶ。

「望むところだ。酔林国の暴君殿の腕、確かめさせて頂くとしよう」

 ラダイの隣で、無口なタオが頷く。

 だが、

「わたしにも、確かめさせて」

 カイトがずいっと前へ出て来て、ライはラダイと顔を見合わせた。二人で苦笑する。

「どうやら、二番目が誰か、決めるだけになっちまいそうだな」

 と、ライは笑った。


「ラダイたちだが」

 ライがカイトに妙に改まった口調に話しかけたのは、リド城に向かう道中のことである。

「なに?」

「アイツらがクスルクスル王国軍に加わったのは、トワ王国に、いや、新しい神の信徒たちの中にお前がいるらしいと聞いたからだとよ」

「え?」

「お前や、フウって子と、クロって名のお前の相棒がどうなったか、気になって仕方がなかったんで、徴募に応じたそうだ」

「……」

「だからと言って、背負いすぎるなよ」

「判ってる」

「ん?」

「わたしやフウのことが心配でラダイさんたちはここに来たのかも知れないけど、それは、ラダイさんたちが自分で決めたことだわ。

 それなのに、それをわたしのせいだって思うのは、違うって思う。

 多分、それはオコガマシイことだって」

 ライが笑う。

「どこで覚えたんだよ、そんな言葉」

「クロが教えてくれた」

「悪いことばかり教えたんじゃねぇのか?」

「んー、クロより、ニーナたちの方がいろいろ教えてくれたわ。悪いことなら」

 声を上げてライが笑う。

「なるほどな」

「うん」

 沈黙が落ちる。

「どうかした?」

「いや」

 ライが笑顔を浮かべる。

「何でもねぇよ。行こうぜ」

 オレに何かあっても同じだぜ。思わず口にしかけた言葉をライが飲み込む。そんなことを言ってもカイトを不安にさせるだけだと判っている。

「どうしてかな。昨日、久しぶりにハイハの夢を見たぜ」

 やはりリド城へ向かう道中でのことだ。突然そう言われて、トロワは驚いてライを見返した。

「ハイハの?」

「ああ」

「どんな夢だ」

「みんなで酒を呑んでた。爺っさまや、エトー、カーラ。マクバもいたな。ハイハだけじゃねぇ。あのいくさで死んだヤツラがみんないた。

 キャナとヤル前の日の夢だ」

「復讐は終わってる。そうだろう、ライ」

「ああ。ハイハを殺ったヤツも、他のヤツラも全部、殺した」

 淡々とライが言う。

 いつの間にか、もう10年以上前になる。

 だが、昨日のことのように、トロワは思い出すことができる。

 カーラを止めるために、ライは自分を抑えた。悲嘆に沈み、怒り狂ったカーラを止めたのは、しかし、ライではなくプリンスの存在だった。

「心配するな、トロワ。判ってる」

「ああ」

「カイトの弓が、すべて払ってくれた」

「--そうだな」

「だから大丈夫さ。キャナとはいっても、ヤツラはあの時のキャナじゃねぇ。カイトのためにも無茶はしねぇさ」



 カイトたちが配されたリド城は、関所とジュニアが表現した通り、深い谷間を守る石造りの城門が築かれただけの簡素なものだった。城門は両側の谷に食い込むように築かれ、城門の両側の斜面にも谷間を見下ろす曲輪があり、そこもまた、リド城の一部だった。

 かつて堅く閉ざされていたであろう扉は朽ちて、すでに失われていた。

 カイトたちはまず城門を補修することから始めた。

 城門の外側にも柵を設け、堀を掘り、扉を造り直した。外側だけでなく、城門の内側にもいくつか深い穴を掘った。

 レナン以下、ライやカイトたち主力は正面に陣取り、ラダイたち元森人は曲輪に配置すると決めた。

 弓の腕比べをし(カイトが圧勝し)、飯を食い、寝て、剣の腕比べをし(ライが雪辱してカイトに悔し涙を流させ)て、キャナ軍が姿を現したのは、準備を終えてから5日後のことである。

「2千、ではないな。ざっと見だが、5千といったところか」

 谷の奥まで延々と続く敵軍を遠望してライが言う。

「そうだな」

 レナンが頷く。

 後ろに控えた兵士を振り返る。

「もし、この軍を通せば、クスルクスル王国軍は、ペル様は、ひとたまりもなく打ち砕かれるだろう!」と、叫ぶ。ここで戦う目的を、意義を明確にする。

「例え我らが最後の一人となろうとも、決してヤツラを通すな!」旧ロア城でカン将軍が言った言葉を思い出す。「我らの土地に踏み込めばどんな目に遭うか、キャナのくされXXXXどもに、骨の髄まで思い知らせてやろうぞ!」

 兵士たちの応じる熱い叫び声が、谷間に大きく反響する。

「さてそれじゃあ、まだ距離はあるが、景気よく」

 ライが弓を構え--、

 まだ距離があるはずのキャナの兵が十数人、のけぞって倒れる。ライの矢は、弓に番えられたままだ。

「え?なに?」

 と、ライの隣で、矢筒に手を伸ばしながらカイトが訊いた。

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