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26-7(キャナとのいくさ7(王太后ペルの依頼3))

 馬車が走り出すと、ペルはすぐに、

「旧ロア城で何があったか、おおよそのところは知っています。

 ですが、ひとつだけ、教えて貰ってもいいですか?」

 と、カイトに尋ねた。

「何?」

「カンは、幸せそうでしたか?」

 思わぬ質問に、カイトが黙る。

 首だけになってしまったカン将軍を思い出す。微かに開いた口。広い額、血に汚れた絆創膏--。

 しかし、

「楽しそうだった」

 と、カイトは答えた。心の底からそう思った。

 堅苦しく生真面目で、それでいて子供のように明るいカン将軍の笑顔を思い出す。

「カンさんは、うん、楽しそうに見えたわ。それに--」

「それに?」

「強かったわ、カンさん」

「旧ロア城で、何かの試合でもしたのですか?」

「わたしがみんなと手合わせしたの。体術で。カンさんとも戦って、カンさんが一番じゃなかったけど、レナンさんの次には強かったわ」

「歳は取っても衰えず、と言ったところか」

 カザンが低く笑う。

「幸せなことよ。この歳になって、いくさ場で死ねるとは」

「カザンさん、カンさんと友だちだってジュニアさんが言ってたけど、やっぱりそうなの?」

「平凡王様にお仕えした時からな。賑やかなヤツがまたひとり減ってしまった。悲しいことだがな。

 しかし、ペル様の方がワシよりもつき合いは長いよ、ヤツとは」

「本当?」

「ええ」

 ペルが頷く。

「あの子がまだ10歳にもならない頃から知っています。利発で、幼くともしっかりした子でした」

「生意気だったと、はっきり言われたらどうです?」

 ペルが微笑む。

「そう言った方が、カンには相応しい言い方ですね、確かに」

「ペル様。

 ペル様は、どうしてこんなに早く来られたの?ジュニアさんは、ペル様が来るのはまだ先だって言ってたのに」

「カンのおかげです」

「え?」

「カンは、タリ郡に武具や兵糧を残してくれていました。

 心ならずもタリ郡に赴任させられてから、タリ郡の郡主や商人と協力して、いくさに必要な物資の集積地をタリ郡に造っていたのです。

 トワ王国と戦うためではなく、キャナと戦うために。

 ですからわたしは、海都クスルから船を使って兵を運ぶだけで良かった。

 これほど早く来られたのは、すべてカンのおかげです」

「そうなんだ」

「わたしは、ファロの子供たちの墓にお参りをしたかったので、カザン将軍とララと先に三人だけで来たのです。

 飛竜で」

「え」

 ペルが笑う。

「カイトも乗りたかったですか?」

「うん」

 素直にカイトが頷く。

「あんなもの、わざわざ乗るようなものじゃないぞ、カイト。今は慣れたが、まだ若い頃にペル様の操る飛竜に初めて乗った時には、船酔いしてタイヘンだったわ」

「そうなの?」

「わたしは」

 カイトに問われ、ララがためらいがちに、「それほどひどいとは思いませんでした」と答えた。

「海軍で初めて嵐に遭遇した時に比べれば、随分、快適だと。むしろ、眺めも良く、クセになりそうなほど素晴らしい乗り心地でしたよ、カイトさん」

「快適とはな。恐れ入ったよ、ララ少尉。ワシの息子が何と言うか、いささか楽しみだな」

 と、カザンは笑った。

「ジュニアさんが?どういうこと?」

「いくさの前にジュニアとも話しておきたかったので迎えをやったのですよ」

「そうなんだ」

「カイト、あなたにもお願いしたいことがあります」

「何?」

「『森から訪れし者が、南の国々に秩序をもたらす』。聞いたことがありますか?」

「うん」

「何処の神が下されたかも判らない。本当に神託なのかも判らない。ですが、人々はあなたがそうなのではないかと噂しています。狂泉様の落し子であるあなたこそが、神託の告げる『森から訪れし者』なのではないかと」

「わたしが?」

「はい」

 ペルが頷く。

「神託の正否はわたしには判りません。ですが、わたしはあなたに、神託の告げる『森から訪れし者』になって貰いたいのです。

 キャナを打ち破り、この無益ないくさを終わらせるために」

「……」

「改めて訊きます。

 カイト。

 いえ、狂泉様の落し子よ。

 わたしと一緒に、キャナと戦って頂けますか?」

 カイトが沈黙する。戸惑い、どう言えばいいか、言葉を探しているように、ペルには見えた。

「不思議な気がする」

 独り言のようにカイトが言う。

「何がですか?」

「ちっともムカつかないこと」

「どういうことです?」

「わたし、嫌いだったわ」

 カイトが顔を上げ、ペルを見返す。

「狂泉様の落し子って呼ばれるの。だって、わたしはそんなに大したものじゃないもの。弓の腕だけなら、わたしは誰にも負けたくないし、負けないと思う。でも、猟師としての腕は、知識は、父さまにはとても敵わない。父さまだけじゃない。クル一族や、他の一族の人たちにも敵わないわ。

 ライだってプリンスだって、わたしの知らないことをたくさん、いっぱい知ってる。ハルも、ニーナも、ロロも。

 だから、狂泉様の落し子って呼ばれると、からかわれてる気がしたわ。いつも」

「いまは違うのですか?」

 カイトが頷き、「どうしてか判らないけど、」自分の腹部に手を添える。「今はここに、狂泉様の落し子っていう言葉がぴったり隙間なく収まってる気がする」

「そうですか」

「わたしの矢は、どこまでも届くわけじゃないわ」

『大丈夫さ。みんな頑張ってる。やれることをやってる。だから、お前もお前のやれることをやりゃあ、良いんだよ』

「うん」とカイトが頷く。

 ペルに向かって。

 ここにはいないクロに向かって。

「だから、わたしは、わたしのできることをするわ。ペル様」

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