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26-5(キャナとのいくさ5(王太后ペルの依頼1))

 噂の方が先にロールーズの街に届いた。

 スティードの街がキャナによって潰されたという噂だ。港が使用できないよう潰され、住民がすべて殺されたという噂だ。

 サッシャは違和感を覚えた。

 キャナにスティードの街を潰す理由がない。

 むしろオム市への補給路として確保したかった筈だ。と、思う。

『だとしたら、これは』

 誰かが意図的に流したウソだ。

 キャナか、それとも?

「サッシャさん」

 思索に沈んでいたサッシャが弾かれたように顔を上げる。立ち上がる。執務室の閉じた扉の前に、人が、カイトがいた。

「カイトさん」

 どこから。とも、どうやって、とも、サッシャは訊かなかった。

「ご無事でしたか」

 と、サッシャは安堵した。

「お一人なのですか?クロさんは……、ミユ様は?」

 カイトが首を振る。

「判らない。旧ロア城で、探したけど、見つからなかった」

「見つからなかった……」

「うん」

 サッシャが顔を伏せる。

「そうですか」

「うん」

「では、なぜ、お一人でここに?」

「ジュニアさんに言われて来た」

「もしや、カザンジュニアのことですか?」

「うん」

「何のために」

「サッシャさんと話してきて欲しいって」

「それだけですか?」

 訝し気にサッシャが訊く。他に何かあるのではないかと、カザンジュニアの意図を疑って。

 サッシャはカザンジュニアと面識はない。

 しかし、群臣が居並ぶ中、彼が英邁王に向かってバカと言ったことは知っている。パロットの街から義勇軍を伴ってゾマ市を訪れたことも耳に入っている。

「あ」

「何かあるのですか」

「えーと。どういう意味かわたしには判らないけど、サッシャさんの愚痴を聞いてきて下さい、って言われたわ」

 サッシャが大きく目を開く。しばらく沈黙した後、笑う。

「考えすぎるな、ということですか」

「え?」

「こちらのことです。気にしないでください。少し行き詰まっていましてね。確かに、カイトさんに愚痴を聞いていただければ、良い考えが浮かぶかもしれない。

 しかしその前に、あれから何があったか、詳しく教えていただけますか?」

 カイトが頷く。

「わたしは、その為に来たもの」



「ミユ様を本当に生かす--」

「うん」

 サッシャが首を振る。

「恐ろしい方だ、カン将軍は」

 到底オレの敵う方ではなかったか--と、思う。

 まるで文字を読むように胸の内を見透かされている。

「レナンさんは、カンさんが伝令を出したって言ってたわ。キャナが来たって。クスルクスル王国とトワ王国に。

 無事、着いたの?」

「着きましたが、遅かった。旧ロア城が落ちて、新しい神が顕現したという報せと同じ日に着いたんです。

 もう、どうしようもなかった」

 サッシャの言葉の裏にあるものに、カイトは気づかない。サッシャも説明しない。説明する必要はないと判っている。

「今日、スティードの街がキャナに潰されたという噂を聞きました」

「え?」

「ですが、おそらく街を潰したのは、キャナではなく、ムラド艇長でしょう」

「艇長さんが?どうして?」

「おそらくムラド艇長は、カイトさんと会った後、スティードの街を出たのでしょう。ペル様と共にキャナと戦うために。

 しかし、スティードの街をそのままにしておいてはキャナに占拠される恐れがある。キャナ軍の補給路として利用される可能性がある。

 そんなことをムラド艇長が許せる筈がない。

 だから、ムラド艇長はスティードの街を、港を潰したんです。オム市を押さえたキャナを干上がらせるために」

「あ」

「どうかしましたか?」

「確かに、えーと、陸の方の補給路を断つって、ジュニアさん、言ってたわ。だから、ジュニアさんたちはカレント河に行くって」

 カレント河。

 クスルクスル王国と洲国の国境の一部を成す大河だ。

「洲国からの兵站線を断つということですね。ですが、キャナがカレント河のどこを渡って物資を運んでいるか、判っているのでしょうか?」

「それは、トトさんが調べてる」

「どなたですか?」

「パロットの街の顔役。裏の人たちの方が情報を集めるにはいいって。いろんな街の裏の人たちに協力してもらうって言ってたわ。

 ジュニアさんは、キャナはカレント河に橋を架けている筈だって言ってた。

 キャナの一番の強みは、土木工事だって。

 だから、大軍を渡らせることのできる仮設の橋を架けた筈だって。

 それを壊すって」

「なるほど--」

 言われてみれば、5万の軍勢がオム市を押さえている。キャナならば確かに、船を使うよりも、カレント河に橋を架けている可能性が高い。

「キャナ軍の補給路を断って、干上がらせて、カザンジュニアがそれからどうするつもりなのか、カイトさんはご存知ですか?」

「洲国からの増援がすぐには来られないほどトワ郡の奥深くに引き込んで、叩くわ」

「どうやって?」

「ペル様を、エサにして」

「エサ」

 一瞬呆気に取られてから、サッシャは笑った。

「なるほど、カザンジュニアらしい。

 それで--」

 サッシャが笑いを収める。

「カイトさんは、どうされるのですか?」

「わたしも一緒に戦うわ。ジュニアさんと。ペル様と一緒に」

「何のために?」

「このいくさを終わらせるために」

「え?」

「このいくさを終わらせる。そのために、トワ郡に攻め込んで来たキャナの軍をまず止めるべきだって、ライが言ってる。

 いくさならライの方がわたしより詳しいわ。

 それに、わたしもそうするべきだと思う。あの人たちを、オセロさんをまずは止めるべきだって。

 そう思うわ」

「……」

「サッシャさんは?サッシャさんたちは、どうするの?」

 サッシャが吐息を落とす。

「愚痴になりますが--」

「うん」

「マウロ様が援軍を連れてきて下さったおかげで、兵の数が増えました」

「え?」

「人が増えた分、オレとは考えの違う者も増えてしまいました」

「どうするか、決めてない、ってこと?」

「ええ」

 サッシャが立ち上がる。執務机から手紙を二通取り上げ、カイトの前に置く。

「これ、何?」

「クスルクスル王国からと、キャナからの手紙です」

「え?」

「キャナからは何通も届いています。トワ王国の独立を約束するので、味方になって欲しいと言ってきています。

 一方、クスルクスル王国は、ただ、『義務を果たす』とだけ言ってきています」

「義務って?」

「トワ王国がトワ郡となった時に、平凡王様とペル様は、トワ郡を必ずクスルクスル王国が守ると約束されました。

 その約束を守るということでしょう。

 ですが、トワ王国内に、クスルクスル王国への不信感があります。ここのところ会議会議の毎日です。

 キャナと手を結ぶべきだという声も大きい。

 いま、トワ王国は大きくふたつに分かれている状態なんです」

「そうなんだ」

「ですが、これは絶好の機会でもあります」

「え?」

「より強くトワ王国を固める為の。しかし、まだ一手が足りない。もう一手、何かがあれば--」

 扉がノックされる。サッシャの返事を待つことなく扉が開く。姿を現したのは、カイトが初めてサッシャに会った時、サッシャの背後でケサンと共に護衛を務めていた若い男だ。

「サッシャ様」

 男の声に動揺がある。

 カイトは--カイトが座っていた筈の椅子には--誰もいない。いつの間にか。

「何だ」

「ペル様が、来られています」

「--え?」

「カザン将軍と、もう一人、たった三人で--」

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