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26-3(キャナとのいくさ3(このいくさを止めるために3))

 ひどく悲しそうに言ったカン将軍の声を、レナンは思い出す。

「カン将軍がどこまで見通しておられたのか、わたしには判らない。ですが、ペル様は確かに来られた。

 カン将軍の言われた通り。

 だから我々は、--カイトも含めて--、むしろこちらから、ミユ様が亡くなられたことにするべきだと提案するつもりでいました」

「--そうですか」

「ジュニアさん、カンさんのこと、知ってるの?」

「父とは友人でしたから。カン小父は。幼い頃からよく知っています。カン小父が亡くなられたのは、本当に悲しい、いや、まだ信じられない。

 ですが」

 ジュニアが沈黙する。

「カン小父らしい」

「ジュニア、あなたにもカン将軍から伝言がある」

 軽い驚きを浮かべ、ジュニアが姿勢を正す。

「承りましょう」

「その前に、カン将軍からあなたに尋ねて欲しいと頼まれたことがある。

 もし、あなたなら、ミユ様を生かすために、旧ロア城でどんな手を打たれたでしょう?」

「逃げていただいたと思います。夜のうちに。カイトさんと一緒に」

 ジュニアが即答する。

「理由を教えていただけますか?」

「オセロ公子がわざわざクロさんやカイトさんに会いに来られたからです。

 そんなことをする理由がない。

 逃げて欲しくない。

 だから、いつわりを言うために会いに来た。

 そう思うからです。

 だとしたら、ミユ様を助けるためには、カイトさんと一緒に森に紛れてもらうのがいちばん可能性が高い。旧ロア城に残した兵士を全て囮として。

 ボクならそうします」

 レナンが深く頷く。

「カン将軍も言われていました。ジュニアなら、ミユ様に森へと逃げて頂いていたか、と。しかし、カン将軍には怖くてできないと。歳を取り過ぎたか、と。

 ジュニア。

 カン将軍からの伝言です。

 もう年寄りの出る幕ではない。これからはあなた方の時代だ。ペル様が軍を率いて来られれば、ペル様から指揮権を奪い取ってでも、あなたが軍を率いるように、と」

 ジュニアが目を閉じ、レナンの言葉を噛み締める。

「承りました」

 と、ジュニアはレナンに向かって、深々と頭を下げた。



 ペル様が来る前に、やっておきたいことがある。

 と、ジュニアに言われ、アイブは「ゾマ市はあくまでも中立だ。話を聞くのは止めておこう」と席を立った。

「アイブさん」

「何でしょう。見聞官殿」

 立ち止まったアイブに、カイトは、

「クロはキャナと戦ったわ」と言った。「クロの友だちとしてキャナと戦うことはできないの?」

 と言った。

 諾とも否とも答えず、

「クロには借りがあります。ですが、だからと言ってゾマ市を、姫巫女様を危険に晒す訳にはいかない」

 軽く頭を下げ、「外でお待ちしています」と、アイブは部屋から出て行った。


「ねぇ、ライ」

 改まった口調でカイトがライに声をかけたのは、ジュニアとの打ち合わせの後、部屋から出てからだ。

「何だ」

「わたし、ずっと考えてたわ。このいくさを、どうしたら終わらせられるかって。ファロを出たときから」

「何か思いついたか?」

「うん」

 迷いを残したままカイトが頷く。

「もし、雷神様が神殿の扉を開いたら、このいくさは終わるんじゃない?」

 ライがカイトに向き直る。

「雷神様が扉を開いたら、か」

「うん」

「何故、そう思う」

「パメラさん--迷宮大都に行った時に知り合った人が言ってたわ。

 早く雷神様がお戻りになられたらいいのにって。そうしたらこのいくさもきっと終るのにって。

 もし、雷神様が神殿の扉を開いたら、このいくさは終わる。わたしもそう思う。だって、キャナの人たちはみんな、そう望んでいたから」

「そうかもな。だが、どうやって雷神様に神殿の扉を開いて頂く?」

「さっきジュニアさんが言っていたのを聞いて、思い出したの。ジュニアさんなら、旧ロア城の人たちをみんな囮にして、わたしにミユさんを連れて逃がさせたって」

「それで」

「どこかで聞いた話だなって思って、ああ、イズイィさんが言ってたことかって思い出したの。平原王とのいくさの時にイズイィさんが言ってたことに似てるなって」

「ああ」

 平原王とのいくさの際に、カイトひとりを主力と定め、狂泉の森に残った森人を囮とした時のことだ。

「それでイズイィさんのことを思い出して、初めてイズイィさんに会った時に、イズイィさんがわたしに話してくれたことを思い出したわ。

 雷神様が神殿の扉を閉じられて、イズイィさんが遠雷庭を離れる時に、姫巫女様がイズイィさんに、あの御方がもう一度訪ねて来られれば、雷神様が神殿の扉を開かれるだろうって言ってたって。

 トロワさん」

 カイトがトロワに顔を向ける。

「姫巫女様が言ってたあの御方って、フランのことじゃないかな」

「……師匠の?」

「トロワさん言ってたでしょう?雷神様が神殿の扉を閉じたことに、フランが関わっているんじゃないかって。

 わたしもそう思う。

 ううん。きっとフランのことだわ。

 フランは雷神様が扉を閉じられたことに関わってる。姫巫女様も知ってる。

 だから、フランが遠雷庭に行けば、雷神様は扉を開かれるわ」

「あ、いや」

 トロワが考え込む。

「だが、あり得る……な」

「うん」

「仮にそうでなくても、雷神様が神殿の扉を閉じたことに師匠がどう関わっているのか、確かめる必要はあるな」

「うん」

「カイトの言う通りだ。

 確かに、雷神様が戻られれば、少なくとも状況は大きく変わるだろう。いくさを終わらせられるかどうかは判らないが」

「うん」

 トロワとカイトが勢い込んで頷き合ったところへ、「で、その、性悪な師匠は、いまどこにいるんだ?」と、ライが水を差した。

「あ」

「呼べば現れるのか?」

「いや」

 軽く首を振り、トロワが天を仰ぐ。

「ここに来てくれって呼んだりしたら、逆に隠れるような人だよ。師匠は」

「ホント、性悪だな」

「ライ。あまり性悪って言わないでくれ」

「またからかわれるからか?」

「良い人とは言えないが、オレの師匠だ。尊敬している」

 ライが鼻で笑う。

「そうかよ」

「ああ」

「判った。もう言わねぇ。カイト」

「なに」

「お前の言う通りだ。雷神様が戻られたら、このいくさは終わるかも知れねぇ。

 タガイィが言ってたからな。国が疲弊しているのは確かだってよ。いくさを続ける力を、キャナはだいぶ失くしてる。

 確かにそれが、いま考えられるいちばんの方法だろうよ」

「うん」

「よく考えたな」

「熱が出そうになった。ライと、剣技で戦った時みたいに」

 ライが笑う。

「だが、今日のところは、行くところがあるんだろ?」


「よぉ」

 屋敷から出たところでライに声をかけたのは、トトである。ライの口元に楽し気な笑みが浮かぶ。

「ああ?なんだ」

「あんた、強いんだろう?暴君さんよ」

「それがどうした。んん?」

 挑発に挑発で返すライとトトの間に、二人に比べれば随分と小柄な人物が割り込む。カイトである。

「そういったことは後にして」

「何だよ、カイト。お楽しみはこれからだろ」

「わたしは早く行きたいの」

「どこへ行くんだ、嬢ちゃん」

 カイトをからかうようにトトが訊く。

「スフィア様の神殿」

「何のために」

「ねえ」

 低く抑えたカイトの声に怒りがある。

「ライと戦りたいのなら、わたしに勝ってからにして」

「何でオレが嬢ちゃんと」

 せせら笑ったトトに、「わたしに勝つ自信がないのなら、放っておいて」と、カイトは言った。

「なんだとぉ」

 ライとトトのやり取りは、まぁ、軽い挨拶みたいなものだとカイトも理解している。トトがカイトに向けた怒声も表面上のものだ。

 ただ、カイトはうんざりしていた。

 だからトトを挑発して、とっとと終わらせた。

 カイトの頭の右斜め上で、酔林国の女の子たちがコロコロと笑っていた言葉がぱちんと弾ける。

 ホント、バカよね。

 オトコのコって。

 肩をいからせてカイトに歩み寄ったトトの身体が、宙に舞った。

「え」

 カイトに手首を取られ、大の字になってトトは声を上げた。何があったかまったく判らない。

「ライの方がわたしより強いから。いい?」

 倒れたままトトがカイトを見上げる。カイトに投げられたのだと、ようやく悟る。

「え?」

「お前、また強くなってねぇか?」

 ライの声とともに、カイトが歩み去っていく。

「今度はオレと、戦らねえ?」

「それはホントに、今度にしよう」とトロワが、むっと黙り込んだカイトとライの間に割り込み、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と、慌てて身体を起こしたトトがカイトに声をかけた。

「なに」

 ジロリとカイトがトトを睨む。

「そう怒るなよ、嬢ちゃん。いや、ちゃんと名前で呼ぶべきだな。すまなかったな、カイト。

 マルに言われてたが、ホント、強ええな」

「マル?!」

「ああ。パロットの街を出る時に、『オレでも勝てないんだ。カイトに会ってもちょっかいを出すなよ』って、注意されてたんだ」

「マルがパロットの街にいるの?!それじゃあ、エルもモモも?!」

「みんないる。エルからカイトに伝言を頼まれた。もし、会うことがあれば伝えて欲しいってな」

「なに?」

「スフィアの娘になれた、見習いじゃなくなった。それと、モモの子供は、無事、生まれた、だそうだ」

 カイトの胸に、暖かいものが広がっていく。

「良かった……」

 トトの言葉の意味を深く噛み締める。モモ、子供ができたんだ。と思い、「どっち?」とカイトは尋ねた。

「女の子だ」

 そうか。と、思う。オセロさんとモモの子か。

「ありがとう。トトさん」

「礼を言われるほどのことじゃねぇよ。そうだ。礼代わりに、どうしてスフィア様の神殿に行くのか、良ければ教えてくれねぇか」

 カイトが顎を引く。小さく息を吐く。

「挑戦するの。最強って言われてる、戦神様の護り人に」



 カイトとゴランが向かい合って床に座る。カイトは弓を脇に置き、ゴランは長剣を前に置いた。

 瞑想でもするかのように二人とも目を閉じる。

 姫巫女は部屋の奥に据えた簡素な椅子に座っている。

 ライとトロワは、姫巫女とは反対側、部屋の扉近くから見守った。

 トロワには二人が何をしているか判らない。だが、ちらりとライの様子を伺うと、ライはトロワが見たことがないような真剣な表情で二人を見詰めていた。

 カイトもゴランもぴくりとも動かず、しばらくして、ライが組んでいた腕を解いた。驚きのあまり、ポカンと口を開けている。

「あれは--」

「ふむ」

 ゴランが瞼を開く。

「森の子よ。それは他の誰かの技かね?」

 と訊く。

 遅れてカイトが瞼を開き、小さくため息をつく。「うん」と頷く。

「忘れた方がいいな。一度」

「え?」

「君は彼とは違う」

「--うん」

「もう一度、お願いできるかね?」

「うん」

 カイトとゴランが再び目を閉じ、すぐにカイトが眉をしかめ、「ん」と、短く声を漏らす。息を吐き、両手を前につく。

 ゴランは同じ姿勢のまま瞼を開いた。

「どうなった」

「今度も負けだ。カイトの」

 トロワの問いに、難しい顔のままライが答える。

「森の子よ。そうだな。重心をもう少しだけ、高く意識した方がいい」

 カイトに向かってゴランが言う。

「高く?」

「そうだ」

 カイトが頷く。

「判った」

 三度、カイトとゴランが目を閉じ、向かい合う。

 短い静寂。微動だにしなかったゴランの指がぴくりっと動く。そして突然、ゴランの笑い声が弾けた。

「わたしの負けだ、森の子よ」

 カイトが短く息を吐く。

「うん」

「あにさまが負けたのですか?」

 姫巫女が不思議そうに訊く。

「完敗だよ。マーヤ」

 ゴランの声は明るい。

 姫巫女も、楽しそうに笑った。

「あにさまが負けを認めるのを、初めて見ました」

「おや、そうだったかね?」

「はい」

「ゴラン様」

「ん?」

 カイトがゴランに向かって深々と頭を下げる。

「ありがとうございました」

「こちらこそ礼を言おう。楽しませてもらったよ、森の子よ」

 と、ゴランは明るく笑った。


「ライ、さっき何があったんだ。カイトは何をしたんだ」

 スフィア神殿を出て、トロワに問われて、

「オレは、もう少し真面目に腕を磨くことにするよ、トロワ。そうでなければ、次は、剣技でもカイトに負けっちまいそうだからな」

 と、ライは応じた。

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