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26-2(キャナとのいくさ2(このいくさを止めるために2))

 アイブに連れられて行った先で馬車を降りて、カイトは「ここ」と呟いた。

 知っている場所だった。ゾマ市の東側、元ジャング互助会の屋敷だ。

 前と違うのは、屋敷の外にいくつもテントが張られ、多くの兵士がたむろしていたことだ。

「1000はいるな。だが、正規軍、ではなさそうだ」

 兵士たちを見て、ライが言う。

 装備が統一されていない。

 ガラの悪そうな連中も混じっている。

 そうした連中と談笑していた一人の男が、カイトたちに気づいて歩み寄ってきた。

「よう。嬢ちゃん。久しぶりだな」

「あ」

 男にカイトは見覚えがあった。額から顎にかけて大きな傷跡がある。

「悪い人」

 と、カイトが男を指さす。

「もしかして、それ、クロが言ってたのか?」

 呆れたように男が言う。

 パロットの街で、攫われていた娘たちを助け出した時に会った顔役の男だ。

「オレの名前はトトだ。よろしくな」

「カイト」

 ライが後ろから問う。

「あ、なに?」

「お前、コイツとどこで知り合った?」

「パロットの街」

 ライが頷く。

「とすると、あんたらは、マララ領から来た義勇軍、といったところか?」

「良く判ったな。で、あんたは?」

「ライ。酔林国のライだ」

「それはまた、ズイブン遠いところから来たな」

「ライ、カイト!こっちだ!」

 トロワに呼ばれ、「じゃあな、トト。また後でな」とライが言い、「ああ、また、後でな」とトトが応じた。

 トロワとレナンに追いつき、固く唇を結んだレナンに、「カン将軍の言った通りか?」とライは囁いた。

 口を開くことなくレナンが頷く。

 兵士に先導されてカイトたちが引き合わされたのは、ひょろりと背の高い若い男だった。

 痩躯ではあるが、肉付きは良い。

 大きな瞳が子供のように明るく輝いている。

「やはりこちらに来られましたね」

 と、笑いながらカイトに言う。

 パロットの街で会ったカザンジュニアである。

 大きなテーブルの据えられた室内には、荷物が雑多に積み上げられている。

 椅子の埃を払いながら、

「我々も今朝、着いたばかりで、まだ片付けができていません。ゾマ市は中立だと頑なに主張して、アイブ殿がなかなか街に入れてくれなくて、スフィア様を否定する者たちは貴殿の敵なのではないですか?、と説得して、ようやく落ち着いたところです。

 さて」

 と、椅子を示す。

「どうぞお座りください。それぞれの情報を突き合わせましょう」

 トロワとライが視線を交わす。

「まだ、お互い挨拶も済ませていないと思いますが?」

「ああ、そうでしたね」

 カザンジュニアがまずアイブを指さす。

「アイブ殿とは、既に皆さん挨拶は済んでいるようですね。

 カイトさんは元々、みんな知っている。

 レナン殿の名は、取り次いだ兵士に教えてもらった。

 で、ボクの見立てに間違いがなければ、そちらのお二人は、酔林国の暴君さんと、トロワ殿、ですね」

「カイト、ちょっと殴ってもいいか、コイツ」

 顔をしかめ、ライがカイトに訊く。

「ジュニアさん、ライとトロワさんを知ってるの?」

「いやいや」

 ジュニアが首を振る。

「お会いするのは初めてですよ。ですが、噂では聞いたことがある。酔林国の暴君の勇名は海都クスルまで轟いていましたからね。並ぶ者のない槍使いにして、傲岸不遜、一兵たりと残さず敵を薙ぎ倒すいくさ場の王だと。槍を使う森人がそうそういる筈がない。加えてその風貌です、間違いようがない。

 そしてトロワ殿からは、麹の臭いがしている」

「麹?」

 予想外の言葉に少し沈黙してから、

「--噂通りの変わり者のようだ。あなたは」

 と、トロワは言った。

「カザンジュニア、で間違っていませんね?」

「ええ」

 ジュニアがトロワに右手を差し出す。

「ジュニアと、遠慮なくお呼び下さい」

「何故、あなたがここに。海都クスルを追放されて、パロットの街にいらっしゃると聞いていましたが」

「立ち話をするようなことではありません。どうぞお座りください」

 椅子に腰を落ち着け、

「鳩です」

 と、ジュニアは答えた。

「ポルテ殿が海都クスルとパロットの街の通信手段として用意されていました。その鳩を使って母から連絡がありました。

 王が亡くなられた、カリナ姫が王位につかれた、ぺル様がトワ郡に行く、とそれだけの内容ではありましたが、情報としては十分でしたし、準備は出来ていましたのですぐにゾマ市まで来ました。

 外にいる兵士と共に」

「カリナ姫--、確か、最近になってキャナから英邁王様に嫁がれた方ですね」

 トロワが確認する。

「ええ」

「王が急死した際に妃が王位を継ぐことはよくあるが、カリナ姫がクスルクスル王国に嫁がれてまだそれほど時間が経っていない。

 それにも関わらずペル様がこちらに来られるということは、後顧の憂いがない、おそらく王宮内にカリナ姫が王位を継がれることに反対する者がいないからでしょう。

 よく群臣が反対しなかったものだ」

「トロワ殿は、」ひとつの名をジュニアが口にする。「--様をご存じですか?」

「薫風王様の御子のひとりですね。王太子だったが、英邁王様が即位した際に、王太子から廃されたと聞いています」

「王となったカリナ姫が、夫とされました」

 トロワが唸る。

「宰相殿がどうなったか、報せはまだ届いていませんが、おそらく宮廷内の一ツ神の信徒は一掃されたでしょう」

 二人の話についていけず、「どういうこと?」と、カイトはライに囁いた。

 ライが肩を竦める。

「オレやお前には理解できない話さ。

 うちわでモメていたクスルクスル王国が、キャナを討つ、という方向でひとつになったってことだけは判るがな」

「それが5日前のことです」

「5日前」

 ジュニアの言葉をカイトが繰り返す。旧ロア城で、カイトがキャナと戦ったのと同じ日だ。

「偶然なのかな」

「どうだろうな。偶然、と考えるのが普通だろうが」

「ボクの持っている情報はこれだけです。

 トワ郡の状況については、アイブ殿の方が詳しいでしょう」

「まだ情報を集めているところだが--」

 と、アイブが口を開く。

「オム市を二日前に、キャナが占拠した。

 郡庁は機能していないし、トワ王国軍もロールーズに拠点を移している。抵抗らしい抵抗はなかったそうだ。

 オム市から逃れて来た兵士の話を集約すると、キャナの軍の規模は5万前後と推定されている」

「カイトが聞いた話より多いな」

「うん」

「見聞官殿は、どんな話を聞かれた?」

「オセロさんが、キャナの軍は2万人だって言ってたって、聞いたわ」

「ファロを攻めるのに軍を分けたかな」と、ジュニア。

「輜重部隊も置いて急襲して囲んだらしいな。旧ロア城を」

「見聞官殿、まさかとは思うが、オセロ公子がキャナ軍にいたのですか?」

 信じられない、といった口調でアイブが訊く。

「うん」

「何故--」

 カイトが首を振る。

「オセロさんから話を聞いたけど、わたしにはよく判らなかった。

 モルドって人を殺そうとしたけど出来なくて、すべての神々をこの世界から立ち去らせる手伝いをして欲しいって言われたってオセロさんは言ってたけど、でも、それはホントの理由じゃないって気がしたわ」

「そうか--」

「そのオセロってヤツが、龍翁様の英雄だったそうだ」

「オセロ公子がキャナの軍にいたということは、侵攻軍は洲国との連合軍、ということですか。

 となると、ザワ州から物資を運び込めるということですね。

 アイブ殿、スティードの街がどうなっているかは、ご存じですか?」

「トワ王国がオム市を押さえていた時にはスティードの街の方で外部との連絡を絶っていたが、今は、キャナ軍が外からスティードの街を囲んでいる。港の外にもキャナの軍船がいて、孤立している状況だ」

「トワ王国は?」

「オム市でキャナと小競り合いはあったが、ロールーズに引いたまま、特に動きはないようだ。

 ちなみに、トワ王国の王位は空位のままだ。

 いまはロタの若者が、家宰としてトワ王国を取り仕切っている」

「カサイ?」

 カイトが首を捻る。

「トワ王国がトワ王朝だった頃、トワ王国の宰相のことを、家宰と呼んでいたんだよ。それに倣っているんだろう」

「そうなんだ」

 ジュニアがカイトに視線を向ける。

「では、カイトさん、ファロで何があったか、教えていただけますか?」



「急に消えた、ですか」

 ジュニアがカイトの言葉を繰り返す。新しい神のことだ。

「そんなことがあるのだろうか、トロワ殿」

「わたしの知る限りでは、そもそもすべての信徒が殺されたという前例自体がない。だから確かなことは言えないが、破壊の跡から判断すると、新しい神が顕現したことはほぼ疑いがないと思われる。

 そして、消えた。

 それだけが確かなことです。

 残念ながら、何か判断を下すには、まだ情報が少ない」

「また現れるだろうか」

「可能性はあるが」

 トロワはフランの関与を疑っている。もしそうだとすれば、もう一度、新しい神が現れる可能性は低いという気がした。

「突発的な嵐に備えるようなものでしょう」

「キャナとのいくさには、あまり影響がない、と言うより、考えても仕方がない?」

「ええ」

「確かに、そうですね」

 ジュニアが少し間を開ける。

「カイトさん」

「なに?」

「訊きにくいことを、訊きます」

「うん」

「新しい神の信徒は、本当に、全員、亡くなったのですね?」

 カイトが首を振る。

「判らない。クロ--、ううん、ミユさんと、フウは、行方知れずだわ」

「そうですか」

 ジュニアが言葉を選んだのは、イクの宿でのことを覚えていたからかも知れない。

「もしかすると、カイトさんには許せないことかも知れませんが--」

「なに?」

「新しい神の姫巫女は、特に、ミユ様は、死んだことにさせて頂きます」

 妙な間があった。

 レナンが小さく手を上げる。

「発言しても宜しいか?」

「どうぞ」

「キャナとのいくさの前夜に、カン将軍が同じことを言われた」

「カン小父--、失礼。カン将軍が?」

 レナンが頷く。

「このいくさは既に我らの勝ちだと。そのために、ミユ様には亡くなって頂いた方がいいのだと」



 いくさの前の夜、カン将軍にひとり呼び出され、カン将軍の話を聞いたレナンは、「何を言われる!」と思わず立ち上がった。

「レナン。そもそもそれがミユ様の筋書きじゃ」

 諭すようにカン将軍が言う。

「--筋書き?」

「そうじゃ」

 座れ、とカン将軍が身振りで示す。

「ミユ様は人柱になるおつもりだったのじゃ。新しい神の姫巫女となり、ザカラめを殺し、その後、討たれると。あくまでもザカラめを討ったのはトワ王国軍だという形にし、トワの民の心を一つにし、責めを一身に受けての。

 サッシャとかいうロタの小僧も、ミユ様の想いには気づいておるようじゃな」

「サッシャ様が?」

「ミユ様を引き留めなかったのじゃろう?」

 頼むぞ。

 暇乞いをしたレナンに、サッシャはそう言った。

 続けて、『すまん』とも。

「……はい」

「おぬしらがミユ様に従うのを止めなかった。それが、ロタの小僧なりの、ミユ様への華向けだったのじゃろう」

「……」

「キャナが釣れたのは、ミユ様にとって、予想外の僥倖だったじゃろう。

 ここでキャナがミユ様を討てば、ザカラに向かっていたトワの民の恨みはキャナへと向かうことになる。トワ王国にとっては利として働く。

 例え我らがここで一人残らず討ち果たされたとしても、それは些細なことじゃ。

 大局的に見れば、このいくさ、既に我らは勝っておるのじゃよ」

「しかし--」

「だからと言って、ミユ様を死なせる気はないぞ」

「え?」

「ミユ様を本当に生かす道は、ミユ様が何をなさろうとしたか伝えることじゃ。トワの民だけでなく、クスルクスル王国の民に。

 それこそが、ミユ様が本当に生きる道じゃ。

 よいか、レナン。

 ミユ様がここで死のうが、生き延びようが関係はない。ミユ様はここで死んだ、ということにするのじゃ。

 それが一番良いのじゃ」

「カン将軍--」

「先程のミユ様の芝居、見たか?」

「はい」

「あれこそが、あの方の進むべき道じゃ。人を率いるのではない、ましてや人柱などではない。芝居を通じて人を笑顔にすることこそ、あの方の進むべき道じゃ」

「--はい」

「だが、状況は絶望的じゃ。生きてここからミユ様を逃がすことができる可能性は限りなく低い。

 だからこそ、備えはしておかねばならん。

 レナン。

 おぬしには、大事な役目を頼みたい」

「どのような役目でしょう」

「生きることじゃ」

「え?」

「何があっても生きて、伝えることじゃ。ここで何があったか、トワの民に。クスルクスル王国の民に。

 何より、ペル様に」

「ここを落ちて、海都クスルへ行けと?」

「その必要はない」

「どういう意味でしょうか?」

「ペル様の方から来られるからじゃ。我らがキャナに討たれたと知れば必ず。軍を率いてトワ郡に。

 キャナを討つために。

 ペル様は、クスルクスル王国の民人が殺されたと知って黙っていられる方ではない」

「しかし、王が許されるとはとても思えません。

 カン将軍を捕らえ、いくさの経験のまったくないリプスを将軍として送り込んでくるような方が、いくらペル様が望まれようともペル様が軍を率いるなど、絶対に許さないでしょう」

「そうじゃな。だが」

 カン将軍が笑う。どこか寂しそうに。

「その時には、王が許す、許さない、という話ではなくなるじゃろうよ」

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