25-3(空を射る3)
激しく雨が地面を叩いていた。
どこだろう。
ここ。
と、カイトは思った。
どこかの軒下だ。他には誰もいない。
いつから自分がここにいるのか、どうやってここまで来たのか、カイトは思い出せなかった。
カイトの視線の先、広い庭に手桶がひとつ、あった。
跳ねる土に汚れ、雨に叩かれている。
誰か片づければいいのに。
と、思う。
どうして誰も片づけないんだろう。
と、不思議に思う。
手桶は雨に叩かれ続けている。
ふと気づくと、カイトは雨に濡れて手桶を見下ろしていた。
半分ほど水が溜まっている。雨は痛いほどに激しく、手桶の中で、波紋が波紋を塗りつぶしている。
カイトは手桶を持ち上げた。
ひっくり返し、水を捨て、軒下へと運ぶ。もう一度、水を切り、雨に当たらないところに置いて、カイトは滝のような雨の中に歩み去っていった。
「マウロさん」
呼びかけられて、マウロは振り返った。
「カイト」
声に驚きが混じった。カイトが立っていた。だが、髪が短い。まるで男の子のように。
「髪を切ったのか」
「うん」
カイトが頷く。
「ミユさんも、フウも見つからなかった。--クロも」
「そうか」
「他の人は?」
マウロが首を振る。
「イタカさんや、カエルさんも?」
「かかしもだ」
「そう」
カイトの声が沈む。
「あれは、キャナの人たち?」
カイトが視線をやったのは、手当てされている人々だ。味方に混じって、キャナの兵士もいる。
「戦いは終わったからね」
カイトが頷く。
それが森の外のやり方だということだろう、と思う。
「これからどうする?森に帰るのか?」
カイトは首を振った。
「オセロさんを探す。--オセロさんを探して、カンさんの、イタカさんや、かかしさん、カエルさんの仇を討つわ」
オセロがイタカたちを殺すのを見た訳ではない。しかしカイトは、イタカたちを殺したのがオセロだと確信している。
「それから、フウとクロを探す。ミユさんも。死体が見つからない。だったら、生きているかもしれない。
みんな」
「そうか」
カイトが短く沈黙する。
「--それと、わたし、このいくさを止めたい」
「え?」
カイトは改めて、手当てを受けているキャナの兵士たちに視線を向けた。手当てをしているのは、ファロの民人のようだった。
カイトは、迷宮大都で会った人々を思い出した。
パメラやフィータを。
リアを。
「みんな、このいくさが終わればいいって思ってる。パメラさんも、フィータさんも。ハララム療養所で会ったあの人も」ディディの名をカイトは知らない。しかし、警備員に殴られ、倒れ、恐怖に震えながら、それでも必死に叫び返していたディディの姿は、カイトの心に強く残っている。
「リアちゃんも、オーフェさんも。ううん」
キャナの人たちだけじゃない。
「イクも。モモもそう」
あの人。
と、ふと思い出す。
赤子を森人に託して、狂泉の森で死んだ、あの人も。
カイトがマウロを見返す。
「わたしに何ができるかは判らない。でも、このいくさを、わたしは止めたいわ」
「だったら、オレが手伝ってやろうか?」
と、カイトの背後で声が響いた。