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24-20(新しい神20(旧ロア城の戦い4))

 身体の上にパラパラと落ちてきた欠片に、イタカは意識を取り戻した。

 生きている。

 と、思い、気を失っていたか、と思った。だが、長くはない。おそらくほんの一瞬だ。城壁と共に投げ出され、受け身を取り、落ちて来た大きな石の塊に頭を強打された。

 北門が見えた。

 イタカがいた側の城壁は、完全に崩れ落ちている。

 さほど遠くないところでガラガラと重く硬い物が崩れ落ちる音がする。身に纏った瓦礫を脱ぎ捨てるかのように、大柄な男が立ち上がる。

 考えるまでもない。

 オセロ以外、あり得ない。

 額から流れ出た血が、オセロの顔を鮮やかな朱色に染めている。

『自分ごと城壁を吹き飛ばしたのか』

 いぬ先生が関わり合いになりたくないと言う筈だな。と思う。

『コイツはイカレている』

 立ち上がったオセロの口元には笑みがある。皮肉に満ちた、声を上げて笑いそうになるのを堪えている笑みだ。

 イタカが身体を起こす。オセロから視線を外し、新しい神から下された神剣を探す。傷はすでに治っている。痛みは遠ざかった。

 歩み寄ってくるオセロの足を止めるために、

「イタカだ」

 と、イタカは言った。すぐ傍らに落ちていた神剣を握る。

「ん?」

 イタカの狙い通りオセロが足を止める。

「さっきあんたが訊いただろう。同じ英雄同士だから名を教えろと。イタカ。それが、オレの名前だ」

「そう言えば、訊いたな」

「公子様--、ああ、違うな。いぬ先生がそう呼んでいたから、ずっと公子様だと思っていたが、弟君がザワ州の州公になられたんだ。公兄様、とお呼びするべきかな」

 オセロが薄く笑う。

「いぬ先生か。不思議だな。オレは犬公殿と呼ばせてもらっている」

 イタカも笑った。

「カイトちゃんのことは、何と呼んでる」

「嬢ちゃんだ」

「なるほどな。ところで公兄様、あんた、英雄になって何か、後悔したことはあるか?」

 短い沈黙があった。

「ないな。何も。楽しんでいるよ、オレは。英雄の力を」

 何かあるんだな。と思いながら、イタカは、「オレは、いくら酒を呑んでも酔えなくなったことを後悔しているよ。英雄になる前に、もっと呑んでおけばよかったってな」と言った。

 同意の笑い声をオセロが上げる。

「だが、まだ、味が判るだけマシだ。そう思わないか?」

「そうだな。痛みが消えないのも同じことかな」

「そうかも知れな--」

 オセロの声が途切れる。額を焼かれた。火球で。辛うじて躱した。イタカの口元を見る。呪を唱えていない。

 しかし、確かに火の精霊の気配がある。

「む」

 神剣を構え、オセロが四囲に視線を走らせる。

 イタカが何をしたか判らない。

 肌が粟立つ。大きく後ろへ飛ぶ。火球が炸裂する。更にもうひとつ。横腹を焼かれる。

「すまないな。少し、時間稼ぎをさせてもらったよ」

 イタカが呪を唱える。

 風の精霊と土の精霊の気配。

 砂塵が巻き起こる。

 イタカとオセロの周囲に。

 轟音を立てながら壁となって二人の周りを包み込む。

 イタカがまだ、魔術師見習いとも言えないヒヨコだった頃のことだ。

 何日もかけてようやく編み上げた呪が、まったく働かなかったことがあった。呪を調べた師匠に言われた。終了する条件に誤りがある、と。だから、精霊が嫌がったんだ、呪を働かせる前に、と。

 だけど、何とかすれば、コレ、使えるんじゃないか?

 と、若いイタカは思った。

 詠唱の前に精霊に感謝の歌を念入りに歌った。無理を言っていることを謝り、宥め、間違った呪であることは知っていると伝えた。

 長くは無理だった。

 複雑な呪も。

 呪文を唱えても、気紛れな精霊はすぐには従ってくれなかった。

 しかし、一度精霊が従ってくれれば、自動的に何度でも働く特別な術となった。

 イタカが火の精霊に託したのは難しい呪文ではない。

 終了条件をわざと壊し、乱数に従って火球を発生させる。それだけだ。いま、ここには二人しかいない。条件を単純化できる。二人のうち、体重の重い方を狙うようにと。

 イタカが立ち上がる。

 後ろへと下がる。

 砂塵の中へと姿を消す。

 イタカを追おうとしたオセロの目の前で、火球が炸裂する。たたらを踏む。イタカの気配を探る。だが、激しく回る砂塵の音が、オセロの感覚を狂わせている。ランダムに襲ってくる火球を避けるので手一杯になっている。

 足元。

 ちりちりと空気が熱くなる気配。

 後ろへと逃げる。

 そこへ、砂塵を突いてイタカが躍りかかった。


 イタカはオセロの背後から神剣を鋭く薙いだ。オセロの首を落とすべく。首を落とせば英雄は死ぬ。

 オセロの姿が消える。

 下へと。

 イタカの神剣が躱される。

 オセロはイタカの前にしゃがんでいる。神剣を構えて。オセロが神剣を突き出す。イタカの腹部へ。

 腹を深々と抉った神剣がイタカの背中へと抜け、ぞくりっ、とオセロの背筋を悪寒が走った。

 常に相手を我の意志の下に置き、行動を支配する。

 それが攻勢だ。

 イタカはオセロの行動を制限した。自分の腹を貫くように。イタカの狙い通り、オセロは動いた。

 他に選択肢はなかった。

 オセロには。

 そして、イタカにも。

 我が身を投げ出さなければ、死を覚悟しなければ、コイツには勝てない。それしか、イタカには手がなかった。

 激痛に耐えながらイタカが神剣を投げ捨て、オセロの腕を掴む。

 まだオセロには見せていない。昨夜、編み上げた呪。イタカの腕と脚、背中に描いた呪が、白く輝く。岩をも砕く英雄の力を底上げし、オセロを逃がさないように己の骨が砕けそうになるほどの力で、固くオセロの腕を掴む。

 イタカが呪を唱える。オセロを爆散させるための火の精霊術を。狙ったのは、オセロの心臓の少し上。首を切らなくても、胸から上を跡形もなく破壊すれば死ぬ筈だ。『今こそ』と、イタカは思った。『フウのために、力を貸してくれ』と。

 火の精霊がイタカの想いに応じる。

 フウが聞いていたであろう精霊の声を、確かに聞いたと、イタカは思った。

 巨大な火球が、イタカの目の前で炸裂した。


 英雄の力を、呪で底上げしていた。それでも、止められなかったのである。

 イタカが掴んだ手を易々と振り払い、イタカの腹を貫いた龍翁の神剣を離し、オセロは上へと跳んだ。オセロの足のずっと下で火球が炸裂し、術者であるイタカが投げ飛ばされ、瓦礫となった城壁に叩きつけられる。

 イタカが呻く。

 動けない。

 目も見えない、耳も聞こえない。

 イタカの身体の前面が焼けただれている。修復が追いつかない。

 呻きながら、イタカの指が動く。地面を探る。

 神剣を探している。

「舐めて悪かった」

 と言ったオセロの声は、イタカには届いていない。

 オセロは神剣を手にしている。彼が龍翁から下された神剣ではない。イタカが投げ捨てた、新しい神がイタカに託した神剣だ。

「たいしたもんだったぜ。あんたは」



 憎しみに歪んだアルランの首が飛んだ。

「オレたちを舐め過ぎだぜ。神官様」

 身体を起こし、カエルが言う。首を失くしたアルランの身体が崩れ落ちる。カエルが後ろを振り返る。愛嬌のある笑顔をかかしに向ける。

「いやあ。強ええな、かかし」

「うん」

 にこにこと笑ってかかしが頷く。

「ボク、剣のけいこ、いっぱいしたもの」

「さて」

 カエルが視線を向けたのは、腕を組んだままのボルである。

「次はあんたかい?」

 ボルが嗤う。城壁に突き刺した槍を、龍翁から下された神槍を抜く。

「いいだろう。ソイツ」アルランのことだ。「とは格が違うってことを、思い知らせてやるよ」

 足を踏み出そうとしたボルの肩に、誰かが背後から手を置いた。

「お前にゃ無理だ。その二人は」

「何……!」

 振り返ったポルの腹を、拳が深々と打ち抜いた。唾を飛ばし、ボルが白目を剥く。そのまま崩れ落ち、痙攣する。

「役不足だよ、お前では。ああ、そういう意味じゃなかったか、この言葉は」

 倒れたボルからカエルへと、オセロが視線を上げる。「オレがあんたらの相手をさせてもらうよ」と、告げる。

「おいおい、仲間なんだろ」

 呆れたようにカエルが言う。だが、カエルは戦慄している。「カエルちゃん」かかしがカエルに声をかける。「このひと--」

「ああ」

 カエルが頷く。ヤバイ、と、カエルも思っている。ボルではないが、アルランやボルとは格が違う。

「あんたが、ザワ州の公子さまかい?」

「犬公殿から聞いたのか?」

 クロのことだとカエルにもすぐに判った。

「お嬢は?」

 オセロが苦笑する。

「逃げられたよ。少々、邪魔が入ってね」

「そうか」

 カエルが息を吐く。

「先生はちゃんと、やるべきことをやったんだな」

「危うくこちらが殺られるところだったよ」

「仇討ち、させてもらうぜ」

「期待している」

 ハッタリじゃない。と、カエルには判っている。

「じゃ、行くぜ」


 カエルは横に飛んだ。

 オセロの注意を自分に引きつけるために。

 カエルの陰から、かかしがオセロに斬りかかる。長い足を生かし、一息に、オセロとの距離を詰める。かかしの手にした神剣がまだ宙にあるうちに、かかしの腕から背中にかけて描かれた呪が白く輝く。かかしの剣が加速する。オセロが受ける。両手で。それでも押し込まれた。

 かかしの神剣を受け止めたまま、オセロが身体を反らす。

 カエルの剣を躱す。

 かかしの神剣を押し返し、かかしが押し返してきた力を利用して剣を外す。そのままカエルを両断するべく薙ぎ払う。

 カエルの両の足が白く輝き、姿を消す。

 オセロは追えない。かかしが許さない。追わせない。オセロとかかしが激しく打ち合う音が何度も、甲高く響く。

 英雄の力の本質は、物事の認識力が上がることじゃないか。

 オセロはそう思っている。

 力が強くなるとか、治癒能力が上がるとか、神々に授けられた特別な力を使えるというのは、表面的なことじゃないか、と思っている。

 本来は人を正しく導くのが英雄というものじゃないか。そのために多くの情報を処理し、決断を下すために、認識力が高くなるんじゃないか。いくさ場で鍛えた己の勘にオセロは自信を持っている。だから思った。英雄の力の本質は、物事の認識力が上がることじゃないかと。

 英雄になってから、いくさ場の出来事が手に取るように判るのである。以前よりも。

『この二人は、そのことをよく理解している』

 と、カエルとかかしの戦いぶりを見て、オセロは思った。

 連係がいいという言葉では足りないほど連係がいい。二人ともお互いに相手がどこにいるか知っている。常に意識している。相手がどう動くかも。

 カエルはオセロがこれまで会った誰よりも俊敏だ。

 そして、かかし。コイツは強い。と、オセロは思った。手足が長い。間合いが自分よりも広い。広い間合いの使い方もよく知っている。思わぬところから剣が飛んでくる。予想もしないタイミングで。

 しかもためらいがない。判断が速い。

 剣に迷いが感じられない。

 イタカが最後に使った、腕から背中と、膝から下に描いた呪。瞬間的に力を上げるだけのようだが、その使い方も上手い。

『アルランが殺られたのも無理はないな』

 と、他人事のように思う。

 オセロの思考はカイトに似ている。考えない。考えてはいるが、過程があまり意識の上に現れない。

 相手の動きを読むのもカイトによく似ていた。カイトは一矢で3羽の鳥を落とす。鳥の動きを先読みする。さほど意識することなく。

 オセロもまた、論理立てて考えることなくカエルとかかしの動きを追っている。

 かかしの剣を躱したオセロに向かって、カエルが城壁を蹴る。

 跳ぶ。

 姿が見えないほどの速さで。

『獲った!』

 と、カエルは確信した。

 オセロの首を落とすべく神剣を振るい、そこでカエルの意識は途切れた。


 カエルが薙いだ神剣が空を切る。彼の顔面にオセロの拳がめり込んでいる。カエルの身体が飛ぶ。カエルの身体が城壁に叩きつけられるより早く、いびつに身体を捩じったオセロの神剣がかかしの心臓を貫く。かかしが苦悶に呻く暇もなく、オセロがかかしを蹴り飛ばす。

 カエルが意識を取り戻す。

 何が起こったか理解できない。

 薄く目を開く。

 彼の目の前に何かが立ち塞がっていた。拳を振り上げたオセロだと気づく前に火花が飛び、再び意識が散った。声も上げられない。カエルのあばらが折られ、息が止まる。「がっ」と呻く。『待て』と思い、『待って』と思う。圧倒的な暴力に、カエルの自尊心が踏みにじられる。

 カエルが動かなくなってもオセロは殴るのを止めない。最後に、カエルの胸を思いっ切り踏み潰した。

 カエルは白目を剥いている。

 息はできない。

 身体が、胸で二つに分かれている。

 砕かれた城壁が見えている。

 筋肉も、骨も、内臓も、悉くオセロが殴り潰したのである。

 オセロの拳もまた、潰れている。

 ぐしゃぐしゃになっている。

 だが、オセロは潰れた手の痛みを気にする様子もなく、カエルから離れ、かかしへと向かった。かかしが落とした新しい神の神剣を拾う。

 かかしを見下ろし、かかしの胸に突き刺さった龍翁の神剣を抜く。代わりに、新しい神の神剣で、倒れたままのかかしの心臓をオセロは改めて貫いた。

「あー!」

 かかしが、彼らしからぬ悲鳴を上げる。

「ああ……」

 細くかかしが泣く。

 かかしの泣き声に、カエルは意識を取り戻した。

 まだ死んでいない。

 死ねない。

 薄く開いた視線の先に、ひとり立つオセロがいる。影になったオセロの顔は黒いヴェールで覆われたかのように表情が読めなかった。

『怖い』

 子供のようにカエルは思い、『怖えよ』と、胸の内で呟いた。

「怖いよぉ」

 かかしの震える声が聞こえた。

「でも」

 と、震える声は続けた。

「ボクは、ボクは、かかし……」

 何を言ってる。と、カエルは思い、「みんなを守るのが、ボクの……、しごと」と言うかかしの声を聞いて、ああ、と納得した。

 かかしは己の胸に刺さった神剣を抜こうとして刀身を掴み、指が落ちた。

 血塗れの両手を見る。

 指がない。

 けれど、すぐに修復される。

「む」

 かかしは服を引き裂き、刀身に巻いて、慎重に抜いた。

「はあ」

 大きく息を吐く。

 身体を起こす。神剣を握り直す。刀身に巻いていた服を捨てる。「ボクはかかし……、みんなで、ミユちゃんとフウちゃんと、アースディアに……」

「その通りだな」

 カエルも身体を起こす。潰れていた胸が修復され、繋がっている。

「怖えなんて、言ってられねぇなぁ」

「うん」

 かかしが立ち上がる。

 カエルも。

 オセロは二人の様子を黙って見ている。待っている。彼らに同情したのではなく、観察している。

『あれでも死なないか』

 と、思っている。

 それと試したいことがある。

 英雄の力が、認識力が、どれほどのものか。

「行くぜ。かかし」

「うん」

 カエルとかかしがオセロへと向かう。かかしの陰にカエルが隠れる。『いい連係だ』とオセロは思う。かかしの後ろで、カエルが左右へと複雑なステップを踏んでいる。

 オセロが考えるのを止める。

 これまでいくさ場で培ってきた勘と経験に身体を委ねる。

 英雄の認識力に任せる。

 オセロが龍翁の神剣を一閃させた時、オセロにはカエルの姿は見えていなかった。かかしの身体に隠れていた。だが、ここだ、とも思うこともなく放ったオセロの神剣の先に、まるで吸い寄せられるように、ふたつの首が並んだ。



 ニスは城壁に寄りかかったまま見ていた。カエルとかかしの首が飛ばされ、ふたりが力なく崩れ落ちるのを。「ちくしょう」と呟く。

「ちくしょう」

 ニスの声に気づいて、オセロが振り返る。

 ニスの身体には、矢が3本、突き刺さっている。ニスに歩み寄り、オセロは「楽になりたいか?」と、尋ねた。

 震える唇をニスが開く。

「……くたばりやがれ。カス野郎」

 ニスの声は細く、微かだった。が、英雄であるオセロは嗤った。

「いつかは、な」

 ニスに背中を向ける。

 城壁の内側ではあちらこちらで小競り合いが起こっている。

 旧ロア城の裏手側でも争う人の声がする。

 英雄となったオセロの耳には、「ミユ様を守れ……!」「ミユ様だけは……!」という切迫した、けれども覚悟を決めた者たちの、落ち着いた叫び声が聞こえた。ただ、聞こえるとはいえ、流石に遠い。さざ波とも言えない。誰の声かも判らない。

『できれば死ぬなよ。犬公殿。嬢ちゃん』

 と思い、ふと、妙な気配を感じた。

 オセロが顔を上げる。

 墨を落としたかのように黒い雲が、旧ロア城の上空で低く渦を巻き始めていた。



「これまでか」

 と、呟いたレナンの声に悲壮感はなかった。

「レナン殿、」

 長剣を手にしたマウロの息は荒い。

「まだ諦めるのは--」

 早い--、と言いかけたマウロが声を途切らせる。矢が飛んだ。彼らに迫っていたキャナの兵士の全員が、たちまち倒れた。

「マウロさん!レナンさん!」

 林の中からカイトが駆け出して来る。走りながら矢を放つ。新しく現れたキャナの兵士が悲鳴を上げることなく倒れる。

「大丈夫!?」

「ああ。助かったよ、カイト」

 レナンが応じる。安堵の吐息を落とす。

「ミユさんとフウは?!」

「スマン、はぐれた。クロは一緒だが」

「どこで?」

「今、カイトが出て来た林の中だ。まだそんなに離れてはいない筈だ」

「判った」

 走り出そうとしたカイトを、突然、強風が襲った。吹き飛ばされそうになって身体を屈める。辺りが暗くなる。まるで夜が訪れたかのように。空を振り仰ぐ。雲が低く渦を巻いている。

 手を伸ばせば届きそうなほど低い雲が堅く陽の光を遮っている。

「あれは……」

 呆然とマウロが呟く。低く垂れ込めた暗雲を見詰め、立ち竦んでいる。

「まさか」

 レナンが声を漏らす。彼も呆然と立ち竦んでいる。レナンとマウロだけではない。近くにいた味方の兵士たちも呆然としている。

「なに?」

 カイトには判らない。

 マウロがカイトに視線を向ける。仮面のように表情のない顔。カイトの知っている顔。父と母が死んだと告げた時に、クル一族の巫女である婆さまが見せた顔だ。

「ミユが……、ミユとフウが、死んだ」

 と、マウロは告げた。

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