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24-15(新しい神15(旧ロア城で芝居を見る1))

「何の用だったんだ。洲国の公子は」

 レナンの問いに、クロは首を振った。

「ここに来ているのは、キャナの軍だと教えてくれたよ」

「キャナ?」

「ああ」

「何のために」

「悪いな。ここじゃあ、ちょっと話せねぇ。カン将軍と隊長さんにも聞いてもらおう。

 んー、お姫様はまだ、外した方がいいかな」

「何事だ」

「くそったれどもの話さ」


 カエルはまだ、英雄の力をよく理解していなかった。

 静寂が戻った室内で、カエルはパツが悪そうに「すまねぇ」と謝った。

「謝ることはない」カン将軍が軽く首を振る。「ワシが若ければ、お前と同じことをしたからの」

「ムリじゃね、それ」

 と、クロ。

 彼らの前には、粉々に砕かれたテーブルがある。怒りの余り両の拳を叩きつけ、カエルが粉砕したのである。

「新しい神の信徒を全て殺したら何が起こるか確かめるために来たなどと、そんなフザけたことのために、ミユ様を死なせたくはないからの」

「おお」

 カエルが頷く。

「新しい神の居場所が判る、か」

 レナンが呟く。

「本当だろうか」

「さてな」

 クロが肩を竦める。

「ただのハッタリかも知れねえ。あの御仁ならやりかねねえよ」

「だが、それを確かめる術がない」

 レナンの言葉にクロが頷く。

「まんまと公子さまにハメられたって感じだな」

「2万か」

 イタカが唸る。

「本当かな」

「多分。ハッタリの掛けどころを間違うような人じゃねぇからな、公子さまは」

「本当だと、わたしも思う」

 クロが声を振り返ると、カイトが戸口に立っていた。

「どこに行ってたんだよ。戻ってねぇから何かあったのかって心配したぜ」

「戻る前に辺りを見て来た」

「へぇ」

 クロが声を上げる。

「お前にしちゃあ、気が利くじゃねえか」

「何人いるか、わたしには正確には判らないけど、正門の前だけじゃなくて、ここをすっかり囲まれてるわ」

「打つ手はなし、か」

 イタカが呟く。

「わたしは諦めない」

 カイトがイタカを、クロを、集まった人々を見回す。

「必ず、みんなと一緒にアースディアに行く」

「そうだな」

 クロが頷く。

「カイトの言う通りだな」

 カン将軍が軽く首を左右に振る。パキパキと関節を鳴らす。

「アースディアまでミユ様たちを逃がす。そのためにどうすればいいか、ワシも老いぼれた頭で頑張って考えるとするか--」



「レナン、まずは、人数読みが得意な兵を偵察に出してくれんか。カイトを疑う訳ではないが、確認は必要じゃからな。

 ああ、無茶はさせるなよ。

 今はひとりでも兵を失いたくないからの」

 カン将軍がカイトに向き直る。

「それでカイト、ヤツラがどこらにいたか、教えてくれるか」

「ここと--」

 カン将軍が広げた地図を、カイトが指さしていく。

 忌々しげに、カン将軍が舌を鳴らす。

「流石に、押さえるべきところを押さえておるのオ。キャナの若造めは」

「知ってんの、カン将軍。キャナの大将」

 クロの問いに、カン将軍が頷く。

「いずれはクスルクスル王国に攻め寄せて来ると思っておったからな。情報は集めておったよ。

 おそらく軍を率いているのは、ハラという名の若造じゃ」

「どんな男なんです?」

 イタカが問う。

「兵たちの後ろにいるよりも兵たちと常に前線に居たがる、ま、いい意味でバカですな。戦場を見通し、正しく状況を把握し、常識に囚われることなく、決断力もある。

 裏表のない性格で兵たちにも人気がある。

 一方で、若さゆえか、感情的になることも多い。下級貴族の三男坊で、そのことに劣等感があるとも見受けられる。

 しかしむしろそれが強烈な反骨心となって、彼奴めの強みとなっておる。

 調べれば調べるほど、若い頃のカザン将軍によう似ておりますわ」

「いいの?さっきバカって言ったヤツとよく似てるって言っちゃって。カザン将軍が怒るんじゃねぇ?」

 呆れたように訊いたクロに、

「いやいや。バカ。でしたからな、カザン将軍も。いや、いい意味で、ですぞ」

 悪びれることなくカン将軍が答える。

「このハラに副官としてついているのが、イスールという名の青びょうたんでしてな。

 こちらは王家にも繋がる名門貴族の跡取りで、武芸の腕はからっきしだが兵法に通じていて、いい具合にハラを補佐しております。ハラが雷神様の信徒で、イスールは一ツ神の信徒なのじゃが、どういう訳か上手くいっている。

 彼らの指揮する部隊も強い、強い。洲国では負け知らずですわ」

 クロが嘆息する。

「イヤな情報ばかりだねぇ」

「だが、つけ込む隙がない訳ではない」

「へえ」

「先に偵察に出した者の報告では、輜重部隊の姿が確認できておらん。クロがザワ州の公子殿から聞いてきた通り、とっとと片付けるつもりで、十分な糧食もなしにここに来ておるのじゃろうな。

 ワシの聞き及んでいるところでは、ハラもイスールも”古都”の魔術師を嫌っておりましてな。”古都”の魔術師の好奇心を満たすためだけにこんなところまで来るのを二人とも納得はしていないでしょうな。

 だから、士気は低い。

 洲国の軍との混成軍というのも良い情報だ。

 指揮命令系統がふたつある軍は弱い。

 ましてや、ザワ州の公子殿がクロの言う通りの御方なら、副官のイスールはともかく、主将のハラとは、けっして上手くいかないでしょうな」

 クロが頷く。

「あの御仁と上手くやっていけるヤツの方が、少ないだろうしなぁ」

「一方こちらだが、人数は少ないがミユ様を守るという目的が一致しており、ハナから命を賭ける覚悟があり兵たちの士気も高い。

 武具も糧食も十分で、城の造りからすると、2万の軍勢とはいえ一度に攻めかかることのできる人数となるとそう多くはない。

 しかも指揮を執るのは、名将の誉れも高き、このワシときておる」

「言うねえ。カン将軍」

「当たり前じゃ。ケツの青い若造なんぞに負けてられるかよ。

 んん、まぁ、それはさて置き、普通にやれば、この城で1年は耐えて見せましょう」

「龍翁様の英雄--ですな」

 カン将軍の言葉の意味を、イタカが確認する。

「忌々しいことですがな」

 カン将軍が頷く。

「イタカ殿」

「何でしょう」

「失礼だが、こちらにいる3人の英雄の中では、あなたが一番、肉体的な能力は劣ると見受けられるが、そのあなたでも、この城の城壁を飛び越えられますかな」

「易々と」

「煎じ詰めれば、そういうことですな。城壁を飛び越えて中に入られては、籠城どころではない。

 ここからミユ様を逃がすにしても、立て籠もるにしても、ザワ州の公子をはじめとするあちらの英雄が問題、ということになる」

「つまり、オレたちがあっちの英雄をぶっ殺せばいいんだな」

 カエルが言う。

「簡単じゃねぇか」

「簡単なら良いのじゃがのう。

 クロ」

「なんだ?」

「強いか?ザワ州の公子殿は」

「オレに強いかどうかって訊かれても困るけどよ、前にあの御仁が戦ってるトコを見たことがあるけど、暴力的なだけじゃなく、とにかく冷静だったよ、公子さまは。それでいて、戦うことを心底楽しんでいたよ。

 オレとしては、なるべく関わり合いになりたくない人なのは確かだよ」

「強い、と思う」

 カイトが口を挟む。

「どれぐらい強いか、わたしにも判らない」

「底が知れぬ、ということか?」

「うん」

「カエルよりも、か」

「うん」

「ひでぇなぁ、お嬢」

「イタカさんよりも強いと思う。でも、かかしさんはよく判らない」

「ほう」

 かかしはにこにこと笑ったままだ。

「オレではザワ州の公子殿に敵わない、というのはその通りだろうな」

 イタカが認める。しかし、イタカの声に、己を卑下する響きはない。ただ、事実を事実として認めた落ち着きがある。

「だから、敵わないなりに工夫をしようとは思っているよ」

「どんな工夫かな。イタカ殿」

「カエルとかかしにも協力してもらおうと思っています。魔術師ですからね、わたしは。ただ、時間があるかどうか」

「時間があるか、という点に関して言えば、夜襲、ということもあり得ますが」と、レナン。

「公子さまは、明日、攻めるって言ってたけどな」

「明日、というのが朝、とは限らないんじゃないか?」

「ああ。そりゃそうだ」

「今のところ、すぐに仕掛けてきそうな気配はないがのう」

 カン将軍が考え込む。

「あちらの様子を探ることができればいいのじゃが--」

「それでしたら、わたしが、ハラ、だったか。キャナの司令官と話してきましょう」

 と、声を上げたのは、それまで黙って話の成り行きを見守っていたマウロである。

「もし、ここから引いてもらえるのならば引いてもらいたい、と交渉するのも一手かと思います。陣内を見れば、夜襲をかけるつもりなのか、気配は判ります。

 如何ですか?カン将軍」

「ふむ」

「それは危険すぎます、マウロ様」

「いや--」

 カン将軍がイタカに向かって首を振る。

「一戦交える前に交渉をするというのは、悪くはない。ハラとイスールならば、応じるやも知れん。少なくとも話は聞くじゃろう。おそらく、あちらも時間が欲しい筈じゃ。兵を休ませる時間が。

 そういう意味では、我々と利害が一致する」

「しかし、マウロ様に行って頂くのは危険すぎます、カン将軍」

「下っ端では話にならん。むしろマウロ様なら、適任じゃよ、イタカ殿」

「でもよ、話しに行くってどうやって?いきなり行っても、それこそ捕まえられて人質にされるのがオチじゃね?誰か、仲介できるヤツ……」

 クロが声を途切れさせる。

 カン将軍だけでなく、室内の全員が彼を見返していた。

「なるべく関わり合いになりたくねえって、オレ、言わなかったっけ」

 と、愚痴ってから、クロはカイトを振り返った。

「カイト、悪いが、ちょっと公子さまを探しに行くの、つき合って貰えねぇか?」



「オセロさん」

 不意に声をかけられて、オセロは振り返った。

「よお、嬢ちゃん」

 カイトが近づいて来るのに気づかなかった。英雄となっていたにも関わらず。もし襲われていたら死んでいたかと思うと、ぞくぞくした。

 死の恐怖と。死と相対した喜びに。

「何か用か?」

「わたしじゃない。クロが話したいことがあるって」

「犬公殿が?」

「ああ」

 闇の中からクロが現れる。

「イヤだって言ったんだけどね。あんたに頼みたいことがあるんだ」



 軽い驚きがあった。

『若いな』

 キャナ軍の司令であるハラと副司令であるイスールのことである。カン将軍から若いとは聞いていた。

 だが、想像していた以上に若い。

 30には遠い。

 ひょっとすると20そこそこか。

「お会いしたいとわたしも思っていました。マウロ様」

 釣り目の若者が、手を差し出しながら話しかけてくる。大きな口には、親し気な笑みがある。こちらが、司令官のハラだ。

 頬がこけている。

 しかし、不健康というのではない。

 無駄を残らずそぎ落として研ぎ澄まされているという感じだ。

 鼻すじが通り、下級貴族の三男坊と聞いていたからか、なるほど、品があるな。と、思う。

 左の顎から首筋にかけて大きな傷跡がある。

 小さな傷となると数え切れない。

 柔和な物腰とは裏腹に、彼が常に兵士と並んで最前線で戦ってきた証しだ。

 副指令のイスールの方も細身だ。

 身長も同じぐらいか。

 丸顔で、目が小さい。口元には、ハラと同じくマウロに対する親しみがある。青びょうたんとカン将軍が言っていたのも判る。ハラは腰に長剣を下げて動作も機敏だが、イスールの方は丸腰で、動きに鈍さがある。

 瞳の色は菫色。

 マウロやミユと同じ色だ。

「失礼だが、お二人とも、随分お若いようだが」

 椅子を勧められながらマウロが訊く。

「望まずに司令と副司令になりましたからね。わたしもイスールも」

 ハラが兵士に飲み物を持って来るようにと命じる。イスールはハラの後ろに立ったままだ。

「わたしとイスールは兵学校の同期で、初めて配属された部隊の上官が、皆、戦死してしまいましてね、生きるために戦っているうちに、気がついた時には今の立場になっていました」

「洲国でですか」

「はい」

 ハラが洲国の郡州のひとつの名を口にする。

「--での戦いで」

「激戦地とは聞いていましたが、そこにおられたのか」

「部隊の半数以上が死にました」

 笑顔のままハラが言う。しかし、声に微かに苦いものがある。「さて」と、話を打ち切るようにハラがマウロを見返す。

「どういったご用件でしょう。マウロ様」

「わたしたちと手を組めないか、そのご相談に参りました」

 と、マウロは言った。


「そもそもあなた方がクスルクスル王国に来られたのは、何のためでしょう。

 わたしの聞き及んでいるところに間違いがなければ、かつてキャナ王国の土地であった狂泉様の森の南側の土地を取り戻すためとか」

「ええ」

 マウロから視線を逸らすことなく、ハラが頷く。マウロもまた、ハラから視線を逸らすことなく言葉を続けた。

「新しい神を討つことは、あなた方にとって害こそあれ、利はない」

「利がないことは確かですが、害もない。わたしはそう認識していますよ」

「害はありますよ。それも大きな害が」

「教えていただけますか?マウロ様。どんな害が我々にあるのか」

「トワ郡の郡主殿を裏で操っていたのは、キャナ、です」

「郡主殿とは?」

「ザカラ殿ですよ」

「ふむ」

 ハラが考え込む。

「知っているか?イスール」

「国の定めを越えた税を課すなど、数々の悪政を行っていたとか。何日か前に、トワ王国軍に殺害された筈です」

 シラを切っているのか。イスールが淡々と答え、ハラがマウロに視線を戻す。

「わたしは聞いたことのない名だが、その、郡主殿を、キャナが操っていたとおっしゃるのですか?マウロ様」

「はい」

「何のために?」

「トワ郡で騒動を起こすために。トワの民に、クスルクスル王国に対する反乱を起こさせるために」

「悪くない手だ」

「ほう」

「自らの失政を他国の責とするとは」

「キャナは関与していない、と?」

「わたしが知らない。ということは、キャナ王国は関与していない、ということですよ」

「我々は、トワの民は、キャナが関与していたと確信しています」

「トワ王国も?」

「ええ」

「それは早く誤解を解いた方が良さそうだ。

 しかし、その郡主殿と、新しい神を討つことがどう関係するのですか?」

「郡主殿はいささかやり過ぎた」

「やり過ぎたとは、どういう意味でしょう」

「トワの民の恨みをあまりに買い過ぎた、ということです」

「ふむ」

「郡主殿を裁いたのはトワ王国軍だが、実際に捕らえたのは、新しい神の信徒です」

「ほう」

「トワの民は、誰が郡主殿を捕らえたか、知っている。

 本来であれば背信者だ。

 新しい神の信徒を討つべきですが、トワの民はそうはしなかった。街を通ることに目をつむり、泊るところを用意し、食事まで提供した。トワの民は、背信者となってまで郡主殿を捕らえてトワ王国軍に差し出した、新しい神の信徒に感謝している。

 その彼らを討つことは、トワの民の反感を買うことになるでしょう」

「多少の反感は、これまでもありましたよ。マウロ様」

 マウロが首を振る。

「郡主殿への恨みが深かった分、新しい神の信徒に対する感謝の思いも大きい。もし、新しい神の信徒を討てば、郡主殿へ向かっていた恨みが、そのままあなた方に向かうことになるでしょう」

「どう思う?イスール」

「あり得ることだと。ただ、逆恨み、だとは思いますが」

「そうだな」

 ハラがマウロに向き直る。しなやかな強さを秘めた青い瞳が、マウロの菫色の瞳を臆することなく見つめる。

 魅力的な若者だ、と、マウロは思った。

 誰かを、何かを、妄信した者の目ではない。熟慮し、自分の考えに--、信念に至った者の目だ。

「神々に対する義務を果たして恨まれるのであれば、仕方がないことでしょう」

 肘掛けに両肘を預けて、ハラが言う。

「神々、と言われたが、いずこの神なのでしょう」

「雷神様ですよ。マウロ様」

「一ツ神、ではなく?」

「ええ」

 ハラが深く頷く。

「雷神様です。だから、わたしたちはここにいる。

 何か勘違いされているようだが、キャナ王国ではいずれの神を信仰しようと自由です。

 わたしは雷神様の信徒です。

 雷神様の信徒の務めとして、新しい神を討伐するのです」

「イスール殿も?」

「わたしはただの副官に過ぎません。ハラ司令が討伐されると言うのであれば、従うのみです」

「龍翁様も我らを認められている。だからこそ、我が軍には龍翁様の英雄もいる。もう、お会いになられていると思いますが」

「ここに案内していただいたザワ州の公子殿ですね」

 ハラの瞳を、一瞬、不快の念が掠める。イスールの表情は変わらない。

「ええ。オセロ公子です」

「それと、あと、二人。全部で、三人」

 マウロが探りを入れる。少し、不和の種を蒔く。

「何故、三人だと?」

「オセロ公子から教えていただきました」

 舌打ちこそしなかったが、ハラは忌々し気に顔をしかめた。

「我々は、アースディア大陸に逃れようと考えています」

 マウロは話題を変えた。

「アースディア?」

「スティードの街を襲って、船を手に入れて」

 ハラが笑う。

「随分と、無謀なことを考えられる」

「手を貸しては頂けませんか?」

「スティードの街を落とす手助けを?」

 予想外の言葉に、ハラが驚きを浮かべる。

「あなた方もスティードの街を手に入れたい筈だ。海からの補給路が確保できれば、クスルクスル王国とのいくさに大きな助けとなりますからね。神の英雄、6人で攻めれば易々と落とせるでしょう。

 我々は、船を一隻貰えればいい。

 そうすれば、新しい神の信徒は、アースディア大陸に渡ることができる。

 雷神様の信徒の務めとして、と、先程言われたが」斬られるか、とマウロは瞬時、思った。が、言葉は止めなかった。「雷神様は、神殿の扉を閉じられたままだ」

 怒りがハラの顔に掠める。だが、何も言わない。

「キャナの国益を優先しても、雷神様はお許し頂けるのではないだろうか」

「--あなたは、クスルクスル王国に対する恩義は感じないのか?ザカラという郡主が、仮に我々の手先だったとすると、クスルクスル王国には罪はないということになる。我々が、あなたの本当の敵、ということにはならないのか?」

 マウロが微笑む。

「アースディアに行く船に、わたしは乗るつもりはありません」

「え?」

「わたしはここで生まれた。

 あなたの言われる通りだ。クスルクスル王国に、いや、王太后であるペル様には、感謝しかない。ペル様を裏切ることなどできない。

 だから、わたしはここで死にますよ」

「そういうお覚悟か」

「”古都”の魔術師の言いなりになる必要はありますまい」

 ハラとイスールの表情を、マウロは探っている。流石はカン将軍。二人が”古都”の魔術師を嫌っているという情報に間違いはないな、と確信する。

 だが、

「あなたのお話は判りました」

 と、ハラが言った時、『やはり、乗っては来ないか』と、マウロは思った。

 掴みかけていた細い糸が手からすり抜け、夜気に溶けて消えたかのように、マウロは感じた。

「”古都”の魔術師からの働き掛けがあったか、わたしは知らない。だが、新しい神の信徒を討つことは、執政殿からのご命令です」

「では--」

「マウロ様の言われる通り、新しい神の信徒を討つことは、我々にとって害にしかならない。利はない。

 しかし、あなたの話に乗ることはできません」

「無駄に兵を損じることになる」

「たとえ、そうであっても。我々は、明朝、攻め寄せることになるでしょう」

「え?」

 ハラの言葉にマウロは思わず驚きの声を上げた。何か、聞き間違えたか、と疑った。

「マウロ様。あなた方トワ一族が、竜王様の血を引いているというのは、本当のことですか?」

「--そう、伝え聞いています」

「大変失礼だが、名をもう一度、教えて頂いて宜しいでしょうか」

 改まった口調でハラが訊く。

 そう言えば、この若者は最初から、丁重に接してくれていたな、と今更ながらにマウロは思い、

「マウロ・コム・レルム・トワです」

 と、答えた。

「そうですか」

 マウロの答えを深く噛み締めるようにハラが呟く。

「わたしは竜王様の民です。竜王様の民として、夜襲はかけないと約束しましょう。今夜はゆっくり休まれるがいい」

 ハラが少し間を開ける。

「雷神様に誓って、夜襲をかけることはしませんよ。マウロ様」

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